「カラ兄」読了クラブ

村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」で、主人公の友人「鼠」が書いた小説の一つは「カラマーゾフの兄弟」を下敷きにしたコックの話だったということになっている。僕は「風の歌を聴け」を20回くらいは読んだが、その間に本の中に登場するビーチボーイズやスタン・ゲッツやグレン・グールドの音楽を聴いてみて、どれも結構気に入った。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の主人公は「カラマーゾフの兄弟」の兄弟の名前を言える。そして「カラマーゾフの兄弟」の兄弟の名前を言える人間が世間にどれだけいるだろう、と独白する。というわけで、僕はその「カラマーゾフの兄弟」を読んでみたくなった。

ドストエフスキイ著「カラマーゾフの兄弟」は分厚い文庫4冊で1500ページくらいある。僕は週に1、2冊のペースで本を読むが、「カラ兄」だけに集中して読む気にはなれなかったので、会社帰りの通勤時間に読むことにした。朝は奥さんと一緒に軽自動車で子供たちを保育園に送ってから会社まで行くのだが、帰りはたいてい奥さんが車で子供たちのお迎えに行くので、僕はバスに乗る。通勤時間といっても15分ほどである。

読み出してみると「カラ兄」は結構読みにくい小説だった。何しろ登場人物がエンエンとしゃべる。各自のセリフのひとつひとつがほとんど短編小説である。だから、なかなかストーリーが展開しなくて鬱陶しくなってくる。それをバス停の暗がりと揺れるバスの中で読むのは苦行に近い。そもそも車の中で字を読むとすぐに気持ちが悪くなるものだが、それも毎日続けていると慣れてくるのが不思議である。それと、バスの運転手によって運転の上手いヘタの差がものすごく激しいことがわかった。クラッチ操作の丁寧な運転手さんには降りる時にお礼をいいたくなる。

半年かかって読み終えたので村上春樹さんにメールを書いた。村上さんのウェブサイト「村上朝日堂」のネタに「『カラ兄』読了クラブ」というのがあり、「カラ兄」を読破すると会員になれるのだ。僕は「要約すれば『だんご3兄弟』ですね、なんであんなにセリフが長いのでしょうか」というようなことを書いたのだが、それに対する返事は「それは過激な要約ですね。だんだんくせになって、セリフが短いと腹が立つようになります。そうなったら本物です。次は『戦争と平和』にいきましょう」というものだった。それで次は『戦争と平和』を読むことにした。

これは更に分厚い文庫4冊で、2000ページくらいある。しかし、「カラ兄」よりはずっと読みやすい。村上さんは「これもセリフは長いです」と言っていたが、それほどでもない。むしろ、トルストイが地の文で語る哲学が長い。でも、それも面白い。面白いとは言っても相変わらず毎日少しずつしか読む気がしないので、結局8ヶ月くらいかかってやっと終わった。「カラ兄」から始まって1年2ヶ月も続いた苦行が済んで、何となく肩の荷が降りた気分である。さて、どちらが面白かったかというと「戦争と平和」だが、どっちをもう一度読みたいかというと、なんだか良く分からなかった「カラ兄」の方である。でも、まあ当分は読みたくない。

(00.3.11)