変わらなきゃ

イチローは今年で6年連続パ・リーグの首位打者である。これはめちゃくちゃすごいことだと思うのだが、マスコミなどでは当り前のように扱われて、松坂や上原の話題の陰に隠れてしまっている。去年、5年連続の首位打者になった時にもあまり話題にならず、イチローは「これ以上どうすればお客さんに喜んでもらえるのか」と嘆いていた。でも、話題というのは珍しさで成り立つようなものなのでしょうがない。イチローはすでに話題を盛り上げる存在ではなく、静かだが説得力のあるメッセージを発する存在である。

何年か前、イチローが「変わらなきゃ」と言っていたが、そのメッセージは今でも有効である。彼は「変えなきゃ」とは言わなかった。「他人を変える」だと自分は変わらないし、「自分を変える」でも「自分の一部が残りの一部を変える」わけだから変わらない部分が残る。「変わる」というのは自分の一番重要なところも含めて変わることを意味する。「変える」だと意識性が強くなってしまうのである。「変わる」というのはもっと内発的な意志の問題である。では、どうすれば変わることができるのかというと、イチローは「あなたの好きなことをできるだけ長く続けて下さい」とも言っていたのである。意志というのはやりたいことをやることに発揮されるのであり、その意志が内発的であるほど長く続けることができるのだ。

好きなことというのは、やりたいことと大体同じだが、好きなことは「もうやっていること」で、やりたいことは「まだやっていないこと」である。「まだやっていないこと」をやろうとしても、いきなりうまくやれるはずはなく、最初は必ず失敗する。でも、やってみるとどんな感じがするかということくらいは判る。だから、結果はうまくいかなくても、とにかく新たな経験をしたという意味では成功である。そうやって、何か新しいことを知ると自分は変化する。更に続けていると、だんだんうまくやれるようになるが、それも自分の変化である。

やりたいことをやるというのは、時間をかけてそれができるようになることである。できなかったことができるようになると、いつの間にか自分が変わったことになる。何かができるようになるのはとても面白いことだから、それをやるのが好きになる。そして、そこからが問題である。イチローはそれを「できるだけ長く続けろ」と言うのだ。

どんなにやりたいことでも、続けていると飽きたり行き詰まったりして挫折しそうになるものである。それを乗り越えて長く続けるためには、自分がどういう風にやりたいのかということをより詳細に自分に問いかけていかなくてはならない。それは、自分の中のより深いところにある内発的な意志を探ることである。世の中を見渡しても内発的な意志に基づく表現はあまり見つからない。目につきやすいのは一過性の盛り上がりであり、一過性の盛り上がりに内発性は必要がないからである。僕がイチローから感じるのはとても深いところにある意志のようなもので、彼は「それは誰にでもあって長い時間をかければ見つけることができるんだよ」と言っているような気がするのだ。

1999.10.30