大脳と小脳

伊藤正男著「脳と心を考える」によると、大脳の出力信号が興奮性であるのに対し小脳の出力は抑制性であり、「大脳と小脳」は「興奮と抑制」という対比で表されます。もちろん「頭の記憶と身体の記憶」という対比も述べられています。これらから、抑制というのは身体で覚える記憶に属するものと考えられます。したがって、抑制というのは一種の技能であり社会的には文化に属すると思われます。

何かを「やめる」ということ、即ち自分自身を抑制するということが、何かの標語を頭で覚えれば済むような簡単なことではないのは、誰もが身にしみて感じていることだと思います。抑制ということが簡単でないのは、それが小脳の仕事だからではないでしょうか。僕は、大脳の生む視覚言語文明を作り出すのだと考えていますが、その文明というものが拡大のみを志向して抑制を知らないということも、大脳の神経回路における興奮性接続という性質からくるものと思われます。

また、脳生理学の研究によれば、大脳は構造が複雑で場所によって専門の機能に分化しています。大脳においては部分ごとに構造が異なり、記憶された情報の相互的な利用が容易ではないと考えられます。また、興奮性の接続からなっているということは、大脳内部ではどんなフィードバックも自己を肯定する形で作用するわけです。このことは、文明が専門家を生んで専門家によって自己肯定的に維持されるということにも対応しています。それを象徴するのが、厳密に定義されて融通の利かない専門用語です。

一方、小脳は大脳に比べ単純な構造の繰り返しでできています。したがって、小脳においては異なった部分における情報が普遍的に交換可能なはずです。これは、文化の世界においては高度な技能の持ち主が専門の範囲に留まらず分野を越えて才能を発揮することも多いということに対応しています。僕は文化というのは小脳に蓄えられるものだと考えます。