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平成14年5月20日

主人の仕事関係で、海外出張のお供は、健常だった時代にも行きました。

20数年前アムステルダム&ロッテルダムに行った時は、アンネの家に行けませんでした。

2001年9月9日〜19日は、オランダ(アムステルダム)・スウェーデン(ヨーテボリ)・ フランス(パリ)でした。ヨーテボリに行くには、直行便はないので9月9日〜10日はオランダ(アムステルダム)に1泊しました。念願のアンネの家を訪ねました。

 

Anne Frank huis

オランダの博物館 <アンネフランクの家>

 

アンネの日記(1943年2月5日、金曜日)より

「いつぞや、事務所に来客があって、そのあいだトイレが流せなくなりました。」

 

と、書かれてありましたので部屋の中のトイレを見ました。60年前も水洗トイレだった のです。「外国は進んでいたのだ・・!」と、納得しました。 そのほか色々調べて出かけました。でも「アンネのバラ」は、見あたりませんでした。

 

<発症後、神代植物公園のバラを観賞>

 平成4年6月、発症から1年になろうとしていたある日「バラを見に行こう!用意しな!

「何処へ!」「決まってるじゃないか?神代植物公園のバラだよ!行きたいだろう?」

「ウン、ウン〜!」途中で、ガールフレンドが加わりました。

正面の入口で「車を置いてくるから、ここにいな!」辺りをキョロキョロしている間に、 彼らは戻って「彼女のキップを買って来るから、先に入っていな?」

障害者手帳を出し、中にはいりました。 すると自分でも不思議なくらい、バラの咲いている方に歩き始めました。 どれくらい歩いたのか、「政範がいない!」その場に呆然として立ちつくしていました。 雨が降って来ました。傘をさしてくれる人、濡れない場所に移動しょうと言ってくれる人、 皆、親切にしてくれたけど「言葉が出ないの!なにかいいたいの!政範がいないの!」と、 訴えたかった。「申し訳ありません、もう大丈夫です、ありがとうございました。」 「心配ないからね!雨が降って来たけど、バラ見る?」「ウン、ウン」 「じゃあ〜行こうね!」政範にピッタリくっ付き腕を離しませんでした。バラ園まで行く うちに、平静さを取り戻しました。でも、気持ちはバラの色ではありませんでした。

(平成4年6月の日記より)

都立・神代植物公園のバラ園>

このバラ園は、日米親善のため昭和34年にロスアンゼルス市長から贈られて来た約80品種のもとにつくられました。

 アンネフランクのバラは、ベルギーの陶芸家がアンネフランクを追悼するため作出し、オットーフランク氏に捧げたバラです。氏と親交のあった奈良県の伝道師さん、杉並区の中学の先生の手を経て、昭和55年当園に植えられました。

(神代植物公園ニュース 昭和56年12月1日ニュースより)

(アンネのバラ2002年5月15日撮影、文5月20日)