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わたし流の旅日記 福井・金沢(2003年5月7日〜10日)

 

5月7日

東京米原(乗換車椅子)敦賀三方泊

米原〜敦賀乗換には時間が8分しかありません。それで2日前に米原駅に電

話連絡し、車両番号を伝え乗換に車椅子を手配して下さいと申し出ました。

新幹線の駅員がエスカレーターを上り(通常は下りる人優先)にして移動し

ました。北陸本線特急サンダーバードのホームまで4人で車椅子に乗った私

を降ろし、乗車させました。 発車時刻は少し遅れたようでした。

普段は車椅子を使用しておりません。

 

敦賀で下車しました。ホームの階段を下り小浜線に乗換え、三方で降りまし

た。 敦賀から三方に行く電車の中から“山ふじ”が咲いているのが見えま

した。10年ぶりの訪問は季節が異なり全てが新鮮でした。電車はワンマンカー一両で、後方乗り前方降りでした。通学帰りの高校生で賑やかでした。

車で社員が迎えに来ていたので、三方湖畔の天然温泉の旅館に入りました。http://www.irokasane.com/top.html

           2003.5.7.三方湖の夕方雨上がり空!

2003.5.7.夕食に海鮮・活魚姿造り)

5月8日

今回の旅の目的は、主人が福井・三方町50周年記念式典に出席する事です。http://www.town.mikata.fukui.jp/

お供の私は、同病者の社員を見舞う事(2度目)です。月日の経つのは早かったです。前回行かれなかった“三方石観世音”にお参りし、本堂内後宝前の御手足型(上半身は手型、下半身は足型)を借受け、御利益を念じました。

http://www.komusyoukai.com/point/ishikannon/

         2003.5.8. 三方石観世音御手足型借受けた!

金田正一、有馬稲子の提灯が奉納されていました。10年も来ていないので

世の中の変貌に驚くばかり、拉致問題もこの港からと思い複雑でした。主人

と式典会場で合流し三方発2時半の電車で寒い雨の中、金沢に移動しました。

 

ホテル日航金沢の客室の最上28階に宿泊。WEB−アドレス

夕食は29階の“銀杏“で旬の鮮魚、加賀野菜とともに鉄板焼きステーキを

優雅な気分で味わいました。

2003.5.8.ホテル日航金沢“銀杏”の加賀野菜と鮮魚のオードブル)

          2003.5.8.ホテル日航金沢“銀杏“のステーキ)

玉ねぎの甘さが絶妙でした。

5月9日

永平寺http://www.mitene.or.jp/~katumin/eiheiji/top.htm  永平寺には

車椅子がありましたが使わず、大晦日でお馴染みの鐘楼、山門、仏殿を見学

しました。寺内は“左側通行”で修行僧の撮影は禁止ですが、他は許されて

いました。全ての人々がお参り出来るよう階段には手摺りが付いており、清

掃完備したお手洗いに感謝感激でした。修行の場の“永平寺”にただただ合

掌でした。

             2003.5.9. 永平寺“鐘楼”を撮影!

今年の大晦日は鐘楼で打たれる“音”に煩悩が消される事を願います。

車で永平寺〜金沢市街ぶらブラ見学WEB−アドレス、 WEB−アドレス 

夜、加賀百万国の迎賓館つば甚WEB−アドレスで伝統の設えとお料理でお出迎えを受けました。「歴史の間」に時間が止まるのを感じました。私達は「月の間」で、歴史上の偉大な方々と同じ調度品(お椀)等でお料理を戴きました。

      2003.5.9加賀会席料理「治部煮」

        2003.5.9加賀会席料理“ゴリ”揚げ物

“ゴリ”の思い出は・・。

 鮴「ゴリ」を初めて食べたのは1516年前六番町に勤めてした頃でした。水槽に大きな

口を開けて威嚇する姿で泳いでいたのが“ゴリ”でした。ゴリの唐揚げは淡泊で美味しい

物でした。その時先生は『「ゴリ押し」の語源知っていますか?ゴリの無理強い(後ろから

押し出す)を「ゴリ押し」と言うのです。君が子供達や下請けを怒りながら、仕事をやっ

ている姿はあの口の大きい魚「ゴリ」と同じですよ!』「ハッ」とした苦い言葉でした。

5月10

WEB−アドレス 

      2003.5.10.金沢“兼六園”琴橋より霞ヶ池を撮影!

朝9時、待望の兼六園に出かけました。自分の目に入った景色・建物はたく

さんで忘れるからカメラにもおさめました。上記はとても気に入った作です。

http://www.hot-ishikawa.jp/ 

金沢城だけ時間の関係で、車椅子を主人に押してもらい見学しました。

http://shofu.pref.ishikawa.jp/inpaku/castle/index_j.htm

前田利家と正室まつを祭神とする尾山神社を見、泉鏡花生家の前で「ごりの

佃煮」を子供達買い、小松空港から帰途に着きました。  (2003.6.21.記)