普及事業の今後の在り方に関する研究会報告書

「新たな普及事業の展開方向について」

平成11年2月


目次

はじめに

第1 普及事業の基本的役割

第2 普及事業をめぐる状況と見直しの必要性

第3 今後の普及事業展開の基本的方向

第4 基本的方向に沿った見直しの具体的方策
 1 対象者及び課題の重点化の考え方
 (1) 農業の担い手となる人材の育成、支援
ア 対象者
イ 取り組むべき普及活動の内容
 (2) 地域農業のまとめ役となる人材に対する支援
ア 対応すべき課題と対象者
イ 取り組むべき普及活動の内容
 2 普及事業の高度化及び効率化のための体制・方法の見直し
 (1) 農業者の要請に対応した高度な技術の迅速な開発・移転等
ア 高度な技術の迅速な開発・移転を求める農業者の要請への的確な対応
イ 試験研究機関との連携強化と専門技術員体制の充実
ウ 普及活動の高度化のための情報面からの支援
 (2) 個別支援型の経営指導の総合的な展開
ア 農業者個々の自由な経営展開を促進するための活動手法の考え方
イ 市町村経営改善支援センターを活用した関係機関との連携強化
ウ 制度資金、補助奨励事業の積極的活用と行政機関との連携強化
 (3) 民間等との役割分担と活動の支援
ア 農協営農指導事業との役割分担とこれに対する活動の支援
イ 民間専門家の活用とこれに対する活動の支援
 (4) 効率的・効果的な普及活動体制の整備
ア 高度な分野に対応するための普及職員の資質の向上
イ 効率的・効果的な活動体制の整備と計画・評価機能の強化
ウ 普及センターの情報提供・相談機能の強化
 (5) 農業研修教育の充実強化のための体制の整備
ア 普及センター及び農業大学校等における研修教育機能の充実強化
イ 先進的な経営を実践する指導農業士等による研修の充実
 (6) 農業・農村への理解の醸成と将来の担い手確保のための農業教育への取組

第5 国の役割の在り方


はじめに

協同農業普及事業(以下、「普及事業」という。)は、昭和23年に発足して以来、試験研究や一般行政と並ぶ最も基本的な農政の推進手法として実施されてきており、これまで、農業生産の増大、生産性の向上、農業経営及び農村生活の改善、青年農業者の育成等に大きな役割を果たしてきた。
 農業政策に関しては、昨年9月に「食料・農業・農村基本問題調査会」から答申が提出され、昨年12月には「農政改革大綱」が取りまとめられたところであり、今後、本大綱に沿って新たな農業基本法の制定により、農政の抜本的な改革が進められようとしている。
 このような情勢の下、普及事業についても、農政改革の基本方向に即し、また行財政改革、地方分権の推進の動向も踏まえつつ、21世紀に向けた効率的、効果的な事業を展開していくことが強く求められている。
 本研究会は、このような視点から、普及事業全般について幅広く見直しを行い、今後の展開方向を明らかにすることを目的として、平成10年1月に設置され、これまで7回にわたり会議を開催して鋭意検討を進めてきた。
 本報告書は、これまでの検討結果を整理したものである。


第1 普及事業の基本的役割

1 普及事業は、農業技術や経営等についての専門家集団である普及組織が、直接農業者に接しつつ、試験研究機関等で開発された新しい技術等を地域条件に適応し得るように組み立て、これを移転する過程を通じて、あるいは農業大学校等における研修教育の場を通じて、自主的に農業経営と農村生活の改善に取り組む農業者を育成することを基本に実施されてきた。

2 国際化が急速に進展する中で、経営規模が零細な我が国の農業が、狭隘な国土条件の制約の下で、国民の命と健康を支える基礎的な物資である食料の安定供給など、農政の基本的課題に的確に対応するためには、優良農地の確保、生産基盤の整備、農業生産の組織化、研究開発の推進等と併せ、先進的な技術、農法等を農業経営に積極的に取り入れ、これを効率的に駆使し得る意欲・能力に優れた農業の担い手を確保・育成し、これを支援していくことが極めて重要となっている。
普及事業は、農業者に直接接することを通じて農業者の技術や経営能力の向上を図る最も効果的な手法であり、こうした農業の担い手を確保・育成し、支援していく上で、その充実・強化を図ることが不可欠となっている。

3 また、国土・環境の保全、水資源の涵養、緑や景観の提供、地域文化の継承等の公益的・多面的な機能を発揮している農村地域について、地域農業の振興や農村社会の維持・活性化を進めていく上で、農業者の自主的な取組に対するソフト面からの支援を効果的に行うことが求められており、このような観点からも普及事業による取組が重要である。

4 このため、普及事業については今後とも、効率的、効果的な運営を通じてその役割を十二分に果たしていくことが必要である。


第2 普及事業をめぐる状況と見直しの必要性

1 食料、農業及び農村に係る基本的な政策に関しては、食料・農業・農村基本問題調査会答申とこれを踏まえて決定された農政改革大綱において、新たな基本法の制定を含む農政全般の改革について、基本的な考え方と具体的な施策の方向が示されたところである。
 その中で、国民の必要とする食料を安定的に供給するとともに、不測の事態における食料安全保障を確保するため、国内農業生産を基本に位置付け、食料自給率の目標を策定しつつ、可能な限りその維持・拡大を図る方向と、その方策として、多様な担い手の確保・育成と農業技術水準の向上等が重要であることが示されている。特に、これまで我が国農業の中核を担ってきた「昭和一桁世代」がリタイアする時期が近づきつつあることから、これを契機に、自立の精神と優れた経営感覚を持った農業者が地域農業の中心を担う農業構造を実現すべく、対象となる農業者を明確にし、集中的に施策を行うとともに、これら施策の一層の充実を図る必要性が強調されている。
 また、農村地域の混住化、過疎化、高齢化等が進み、農村社会が変貌してきている中で、生産性向上に制約のある中山間地域には特別な配慮を行いつつ、都市と農村の交流や地域資源を活用した高付加価値型農業の実現などの取組を通じた地域農業の振興、農村社会の活性化を図り、これにより農業・農村の持つ公益的、多面的機能を発揮していくことが求められている。この場合、農業生産活動は自然環境を保全する一方で、環境に負荷を加えている面もあることから、農業の持つ自然循環機能を高めることにより持続的な農村社会が形成されるような取組を強化していくことが求められる。
 こうした農業構造の変革や地域農業の振興、農村社会の活性化を図っていく上で、効率的かつ安定的な農業経営の育成を基本としつつ、一方で、農村はもちろん都市で育った青少年を含め、次代の農業を担う若い世代についての農業・農村への参入や、農業生産のみならず農村社会の活性化に大きな役割を果たしている農村女性の役割の明確化と地位の向上を通じて、女性が意欲と能力を一層発揮し得る男女共同参画社会の形成を図っていくことが重要である。その際、少子化問題や農村の配偶者問題への対応も視野に入れつつ、次代を担う子供たちを生み、育てることができる環境づくりや、都市住民の農村に対するイメージの改善などの視点についても重視していく必要がある。
 また、豊富な知識・経験や熟達した技術と意欲を有する高齢者については、生涯現役として、生きがいを持って地域農業や農村社会に貢献する活動等を支援する視点も重要となっている。
さらに、農業、農村への理解を醸成するとともに、将来的に農業の担い手を確保していく観点からは、子供世代を中心に、農業体験学習への取組の推進等、多様な農業に関する教育の機会を提供することも必要となっている。

2 このような中で、普及事業については、農政の最も基本的な推進手法の一つとして、これまで、農業生産の増大、生産性の向上、青年農業者の確保・育成等に大きな役割を果たしてきたと評価されるが、一方においては、事業効果の観点から、次のような指摘が出されている。
@ 農業・農村をめぐる状況の変化に伴い、農政課題が多様化、複雑化する中にあって普及事業についても、農業生産の振興のみならず地域全体の振興や活性化を図るための対応が求められるなど、限られた体制のもとで活動の領域が拡大し、活動内容が拡散してきているために、その具体的な成果が見えづらくなってきている。
A また、農業者の技術水準の高度化や経営管理方法の高度化、経営内容の多様化が進展する中で、それぞれの農業者が目指す経営の姿は異なり、経営改善を進めるために必要とする技術や情報の内容も多様化してきていることから、地域全体の農業者を対象とした画一的な技術についての指導では、効果的な普及活動を行うことは困難であり、また農業者の要請に必ずしも十分に応えていない。

3 さらに、財政改革の視点からは、我が国経済社会情勢や国際情勢の変化等の中で、国及び地方公共団体の財政が危機的状況にあることから、経済構造の改革を進めつつ、財政構造を改革し財政の再建を果たすことが国家の課題として掲げられている。
したがって、今後の普及事業の展開に当たっては、こうした財政の状況や地方分権の推進の流れを十分に踏まえた上で、民間との役割分担や各都道府県の自主性にも配慮した弾力的な事業運営等を前提としつつ、普及事業の全般的な見直しを行うことにより、一層、効率的、効果的な活動体制・活動方法への転換を図っていくことが求められている。

4 農政改革大綱においても、農業生産力の飛躍的向上、農産物の品質・安全性の向上、担い手の確保・育成等のため、技術の開発・普及を重点的に展開していくこととし、そのために、効率的かつ効果的な事業運営の観点も踏まえた普及事業の見直しを実施し、対象者の重点化、担い手となる個々の農業者の経営実態等に即したきめ細かな普及活動を展開していく方向が示されている。


第3 今後の普及事業展開の基本的方向

1 このような普及事業をめぐる状況を踏まえ、今後の事業展開に当たっては、民間を含めた関係諸組織との役割分担を明確にしつつ、また、普及事業として直接関与すべき分野は何かとの視点から、従来実施してきた事業内容を見直し整理した上で、より重点化すべき分野への転換を図ることとし、
@ 普及事業の対象者及び課題の重点化 と
A 普及事業の高度化及び効率化を進めていくための体制・方法の見直し
を進めることが必要である。

2 農業の多様な担い手を確保・育成し、これに対する支援を行うことが、現下の喫緊の農政課題であり、農業者に直接接することを通じて農業者の技術水準や経営管理能力の向上を図るという、普及事業の有する機能を十分発揮し得る分野であることから、「担い手となる人材の育成・支援」を普及活動における当面の最重要課題として位置付け、意欲ある農業者や就農希望者が将来に向けて効率的かつ安定的な農業経営を形成していけるよう、その育成・支援に重点的に取り組むことが必要である。
また、担い手となる農業者を中核として、その周辺の農業者との融和を保ちつつ、地域農業の振興や農村社会の活性化を進めていく観点から、担い手への作業や農地の集積を図るとともに、生産・加工・販売活動等の組織化を通じた産地の形成や生産調整の推進、環境と調和した持続性の高い農業生産方式への転換、男女共同参画社会の形成のための農村社会における意識改革、高齢化に対応した農村生活や営農環境の改善などの課題に対応していく必要があり、そのためには地域全体の合意形成等が極めて重要である。
こうしたことから、担い手となる人材の育成・支援に加え、地域農業のまとめ役となる人材の掘り起こしと、これらの者に対する支援についても、普及事業において積極的に取り組む必要がある。なお、まとめ役となる人材の掘り起こし等に当たっては、豊富な知識・経験等を有する高齢者や、地域の中で重要な役割を果たしている女性を積極的に活用していくことも必要である。
したがって、今後は、農業の担い手となる人材の育成・支援を最重要課題としつつ、地域農業のまとめ役となる人材に対する支援を効果的に組み合わせた普及事業を展開することにより、農業構造の変革と地域農業の振興、農村社会の活性化を図っていく必要がある。

3 一方、農業・農村への理解を醸成するとともに、農業の担い手を将来的に確保していく観点から、農業大学校等における研修教育の充実と併せて、農業高校生の実践的研修や小中学生等の農業体験学習等についても、普及組織の持つ情報や技術指導能力の活用が望まれていることから、学校教育との連携を図りつつ、普及事業としても一定の支援を行っていくことが必要である。


第4 基本的方向に沿った見直しの具体的方策

1 対象者及び課題の重点化の考え方

 (1) 農業の担い手となる人材の育成、支援

  ア 対象者
各地域ではそれぞれの実態に応じ、家族経営のほか、法人経営や集落営農など多様な形態で農業生産が行われているが、普及事業においては、これらを構成する主要な担い手となる人に着目して、認定農業者やこれを志向する農業者などの経営改善に意欲的な農業者、意欲と創意を持って新たに就農した者や就農を希望している者など、要すれば意欲を持って農業に取り組む者を活動の対象として重点化していく必要がある。
その際、農業就業人口の6割を占める女性については、農業生産活動や家族農業経営において重要な役割を果たしており、農業経営の多角化や高度化等を進めていく上で、今後ますます重要な役割を果たすことが期待される。このため、農業経営者として自立していく過程にある経営参画志向のある女性についても、農業の主要な担い手として捉え、これを普及活動における重点対象として位置付けていく必要がある。
  イ 取り組むべき普及活動の内容
   (ア) 経営改善に意欲的な農業者
「生産者」から「経営者」への誘導を図る観点から、その自主性を尊重し、より自由な経営の展開が行われ得るよう、農業者が経営展開に当たって判断するために必要な素材の提供が重要となる。
このため、@経営の分析及び診断、A診断結果に基づく経営改善に向けた計画の策定、B経営改善の計画に基づいた、生産性向上・労働改善のための革新技術や土づくりを中心とした持続性の高い農業生産方式等の組立と経営への導入、経営管理能力向上等のための技術・経営に係る多様な情報ソースの紹介斡旋や、法人経営への誘導等の支援活動を行っていくことが必要である。
   (イ) 新規就農者や就農希望者
新規学卒就農、他産業からの就農、農業生産法人等への就農等の多様な就農形態に適切に対応するとともに、就農時の隘路である「技術・経営管理方法の習得」や「資金の手当」、「農地の確保」、「販売先の確保」等について、関係機関が密接な連携をとりつつ、就農関係情報の提供と併せて積極的に支援していく必要がある。
このため、普及事業においては、@就農形態に応じた技術・経営管理・資金等に関するきめ細かな情報の提供及び相談、A過去の経歴、研修経験等に基づいた研修教育プログラムの作成とこれに基づく研修の実施、B経営が軌道にのるまでの間の就農初期の技術・経営管理についての相談、支援活動等を行うことが必要である。
   (ウ) 経営参画志向のある女性農業者
担い手としての女性の地位の向上と役割の明確化を図り、女性が意欲と能力を一層発揮し、農業経営に積極的に参画できるような「家族経営協定の推進」、「技術・経営管理能力の向上」、「起業活動の支援」等の条件整備を行うことが重要である。
このため、@男女共同参画社会の形成に向けた、地域の農業者等への意識啓発と経営参画のためのセミナー、A農産物加工販売等の起業活動を始める場合や、経営に参画するに当たっての技術・経営管理等に関する研修や先進地研修、B経営に参画し定着するまでの間の各種の相談、支援活動等を行うことが必要である。

 (2) 地域農業のまとめ役となる人材に対する支援

  ア 対応すべき課題と対象者
これまでの普及事業においては、担い手となる人材が活躍できる環境づくりや地域農業の振興等地域的な広がりのある課題について、改良普及員自らが各々、地域全体の農業者や集団等に対する合意形成等のための働きかけを直接行う場面も多かった。今後、こうした課題への取組については、普及事業の効率性という観点からも、地域の農業者等が自らの問題として取り組むことを誘導し、これに必要な支援を地域農業改良普及センター(以下、「普及センター」という。)として組織的に取り組んでいくことが重要である。
そのための実践的な手法として、集落リーダーなどの地域農業のまとめ役となる人材が、地域の計画づくりや、今後ますますその重要性を増してくる様々なねらいを持つ共同化や組織化等についての合意形成等に取り組むことを積極的に支援することが必要である。
まとめ役を通して対応すべき課題については、それぞれの普及センターにおいて、地域の実情に応じて重点的に設定されるべきものであるが、全国的に取り組むことが期待される課題の例としては次のようなものが挙げられる。
・ 環境と調和した持続性の高い農業生産方式の地域全体の取組
・ 国内農業生産の維持・増大を図る上で重要な作物(麦、大豆、飼料作物等)についての生産性の高い産地の形成
・ 中山間地域等における地域資源を活用した高付加価値型農業の実現
・ 集落営農の活用等による地域の実情に応じた多様な担い手の育成
・ 新規就農者の確保・育成や定着のための地域の受入体制の構築
・ 農山漁村における男女共同参画社会の形成とゆとりある営農環境の整備
・ 高齢化に対応した農村生活・営農環境の改善 等
普及事業による支援の対象者としては、集落や生産組織のリーダーなど地域農業のまとめ役となる農業者が中心となるが、必要に応じ、女性グループ、高齢者グループ等の集団についても対象として含めることが必要である。
  イ 取り組むべき普及活動の内容
地域の実態に応じて、普及センターとして取り組むべき課題を絞り、普及指導計画に明確に位置付けた上で、関係機関と積極的に連絡調整を図りつつ、課題に対応した地域農業のまとめ役となる人材の掘り起こしを行い、これらの者が地域課題解決の実践に向けた計画策定、地域の合意形成や組織化等の推進を行う上で必要となる、@他地域の取組事例や農業の動向等に関する情報の提供、A合意形成手法や組織形態の選択やその構築についての指導、技術・経営面からの実証、B地域全体の農業者に対するセミナーや研修会の開催などの支援活動を計画的に行っていくことが重要である。

2 普及事業の高度化及び効率化のための体制・方法の見直し

取り組むべき課題や対象者の重点化に対応し、普及事業を効率的かつ効果的に実施することができるよう、活動体制や活動方法についても次に掲げる視点から改善を行っていく必要がある。

 (1) 農業者の要請に対応した高度な技術の迅速な開発・移転等

  ア 高度な技術の迅速な開発・移転を求める農業者の要請への的確な対応
農業者の技術水準の向上に伴い、要請が多様化、高度化していく中にあって、現場の要請に即応した技術開発や技術移転の迅速化を進めていくことが求められているが、現状においては必ずしも現場の要請に的確に応えていないとの指摘がある。
このため、都道府県の試験研究機関においては、専門技術員等の参画を得つつ、現場の要望に対応した技術についての実用化研究の一層の推進を図ることが重要である。その際、今後は商品性を重視した品種改良に加えて、地域資源や地域条件を活用した加工技術の開発に努めていく必要がある。
また、これを支援するために、国の試験研究機関においては、基礎的・先導的研究や地域に共通する課題に係る研究開発を推進するとともに、これらの成果について体系化しつつ、的確な情報提供を行っていくことが重要である。
さらに、現行の「国の試験研究機関(専門場所→地域農試)→都道府県の試験研究機関→専門技術員→改良普及員→生産現場」という成果伝達の仕組のみでは機動性や迅速性に欠けることから、普及組織自らも、国や都道府県の試験研究機関の指導の下で、農業機械、種苗、資材等に関する民間の技術者や技術力の高い農業者等の協力も得つつ、現場解決型の実証試験に積極的に取り組んでいく必要がある。
  イ 試験研究機関との連携強化と専門技術員体制の充実
現場ニーズに即応した技術開発や技術移転の迅速化等を進めていく観点からは、普及事業と試験研究との一層の連携強化を図っていくことが重要である。
このため、両者について計画段階から課題設定等についての目標の共有化を図るとともに、たとえば、作目を担当する専門技術員についての試験場への集中的配置や、試験場における普及組織と他の研究部との調整機能を有する、普及部の設置等による組織体制の一体化を通じて、改良普及員に対する指導力の強化や、開発された技術の現場への普及状況等についてのフォローアップ機能の強化を図ることが重要である。
また、専門技術員については、主要作目等に応じた配置となっていない、あるいは一人の専門技術員が2項目の専門分野を担当している場合もあるが、これらの状態を是正するため、活動の重点化に伴う改良普及員の配置の見直しを行いつつ、専門技術員の体制について充実を図っていくことが必要である。
  ウ 普及活動の高度化のための情報面からの支援
高度情報化社会に対応し、普及活動の高度化のために必要な多様な情報を入手していく観点から、普及センター間はもとより、普及センターと国の試験研究機関、大学、民間の研究機関、海外の研究機関等とのインターネットによる接続と、これを利用した情報交流の積極的な推進を図っていくことが重要である。この場合、情報ネットワークの運営、データの共有化等に係る普及センターにおける情報管理体制についても整備していくことが重要である。
また、現在、画像情報の処理が可能となるよう整備が進められている、全国の普及センターや専門技術員室等を結ぶ普及情報ネットワーク(EI−NET)についても、都道府県の試験研究機関や農業大学校等関係機関の接続加入を増やしつつ、データベースを一層充実させていくことが重要である。
この場合、高度な技術や限られた分野に係る技術については、大学や専門の研究機関等に関する情報の収集に努め、担い手となる農業者の求めに応じ適時に提供するとともに、必要に応じ農業者が行うこれら機関との連絡、相談に係る支援を行うことも必要である。

 (2) 個別支援型の経営指導の総合的な展開

  ア 農業者個々の自由な経営展開を促進するための活動手法の考え方
今後の普及活動の展開に当たっては、「生産者」から「経営者」への意識の転換を図り、農業者個々の自由な経営展開を促進することが重要である。
このため、従来の画一的な技術についての指導型中心の活動から、経営の発展段階に応じ、農業者の自己責任を前提としつつ、新技術の紹介や当該技術を導入するに当たってのコスト比較など、経営上の判断材料や情報等を総合的に提供することを基本とした、いわば、個別経営についての支援型中心の普及活動への転換を加速していくことが必要である。
なお、この場合、農業者から要請がなければ普及活動を行わないということではなく、将来の地域農業の担い手となる人材の経営に係る個別情報等を収集整理し、普及指導計画に明確に位置付けた上で、これに対する経営改善等のためのきめ細かな支援活動を展開することが重要である。
こうした支援型の普及活動を展開するに当たっては、個々の農業者の経営の実態や今後の意向等を聞き取り、技術・経営等の現状を把握するとともに、その分析を通じて問題点を明らかにし、これにより明確となった解決すべき課題を、農業者が改良普及員と相談しながら計画的に改善していく手法を活用していくことが効果的である。
  イ 市町村経営改善支援センターを活用した関係機関との連携強化
支援型の普及活動を効果的に展開していく観点からは、農地の流動化、簿記記帳、法人化、資金の借入、マーケティング等の面についての支援も非常に重要であることから、農業委員会や農協など地域の関係機関との役割分担を明確にしつつ、これら関係機関における各種の推進施策と積極的に連携した総合的な取組が必要である。
このような観点から、関係機関の連携を前提に認定農業者を育成・支援するために設置されている市町村経営改善支援センターを、人材の育成及び支援に係る普及活動を行う際の拠点の一つとして積極的に位置付け、関係機関との連携を強化していくことも重要である。
  ウ 制度資金、補助奨励事業の積極的活用と行政機関との連携強化
これまで、普及事業においては、各種補助奨励事業等の実施に当たり、技術、経営面からの指導援助という形で協力を行ってきている。今後は、農業の担い手や地域農業のまとめ役となる人材に対する支援活動を効果的に展開していく観点から、農業改良資金、農業経営基盤強化資金、就農支援資金等の制度資金に加え、各種補助奨励事業を有用な手段として、地域の関係機関の合意を得た普及指導計画に明確に位置付けた上で、積極的に活用していくことが重要である。
また、この場合、地域農業のビジョンや振興計画の策定、普及指導計画の策定、補助奨励事業の導入、その他各種行政施策の実施等に関し、都道府県の他の行政機関、市町村、農業団体、民間指導機関等関係組織と密接な連携をとる場として、地域農業改良普及推進協議会等の活性化や機能の拡充を図っていくことが重要である。

 (3) 民間等との役割分担と活動の支援

  ア 農協営農指導事業との役割分担とこれに対する活動の支援
普及事業として取り組むべき課題や対象者の重点化等を進めていく上で、既に確立された技術による生産の安定化、品質の高位平準化・均質化や、簡易な土壌診断などの一般的な営農指導あるいは農業生産の組織化等については、マーケティングと同様に、農協営農指導組織が担当していくことが期待されている。
こうした農協との役割分担を円滑に進めるに当たっては、改良普及員と営農指導員との合同指導チーム編成等、一体的活動を通じた営農指導員に対する技術の伝達、農協が行う研修への普及職員(改良普及員、専門技術員)の講師派遣など、いろいろな機会を通じて、農協営農指導組織が体制を整備する上で必要な、営農指導員の資質向上を図るための支援を行う必要がある。
また、現在整備が進められている普及センターと管内の農業者をオンラインでつなぐ普及情報ローカルネットワークにおいても、農協の加入を促進し、技術、経営、マーケティング等に係る情報交換を効率的かつ効果的に行えるよう、体制を整備していくことが重要である。
  イ 民間専門家の活用とこれに対する活動の支援
農産物の加工、販売等の分野については、地域における流通業者や加工業者等にも、普及活動における協力者(普及協力委員)としてその協力を得てきている。
今後は、こうした普及協力委員の掘り起こしや活動の活性化を図る一方で、農業経営の高度化や法人化に伴って要請が高まると想定される税務、労務等の特殊な専門分野については、税理士、社会保険労務士等の民間専門家に委ねることが効果的であることから、普及組織が行う個別支援型の活動の中でこれら専門家との連携を通じて、農業者自らが専門家と相談し、経営を改善していくような方向への誘導を図っていくことが重要である。
このため、これら民間の専門家の農業分野への参入を支援する観点から、地域の農業情勢・課題、農業経営、農業施策の概要等についての情報を随時提供していくことも必要である。
この場合、経営改善支援センター等関係機関との連携を図りつつ、これら機関が登録している民間の専門家を積極的に活用することが有効である。

 (4) 効率的・効果的な普及活動体制の整備

  ア 高度な分野に対応するための普及職員の資質の向上
普及活動の成果は個々の普及職員の資質によるところが大きいことから、技術革新や多様化、高度化する農業者ニーズに即応していくためには、普及職員についてもその資質向上対策の充実を通じて、優れた人材を将来にわたって確保・育成していくことが一層重要となっている。
このため、これまで普及職員の経験年数に応じて、体系的に実施されてきている研修について、全般的な見直しを行いつつ、新任の改良普及員に対する試験研究機関等における一定期間の技術研修の実施、経営指導実践能力向上のための通信教育コースの活用や専門学校等への派遣、国際感覚を涵養するための海外派遣研修の一層の活用とその充実及び国の試験研究機関等における普及職員に対する研修コースの充実強化等に努める必要がある。
また、改良普及員の普及活動方法についての能力向上を図っていく観点から、専門技術員が中心となって、実践事例の蓄積やその分析等を通じてより効果的な活動手法を確立しつつ、これを改良普及員に対する研修に活かしていくことも必要である。
さらに、普及職員の技術力の向上を図る観点からは、研究員と普及職員との人事交流を一層推進していくことが重要である。
なお、今後の課題として、専門技術員の専門項目について、新規就農の促進、男女共同参画社会の形成、環境と調和した農法の導入等新たな分野への対応等を踏まえた総合的な整理、見直しについての検討と併せ、普及職員の資格試験についても、実践的指導能力の確保、技術水準の高位平準化、社会科学系人材の採用の促進等の視点からの試験内容、試験方法等に関する見直しについて検討していく必要がある。
  イ 効率的・効果的な活動体制の整備と計画・評価機能の強化
限られた人材、組織の中で、これまで以上に効率的・効果的な普及事業を展開していく観点から、都道府県や地域の実態に応じて、たとえば、地域を担当する普及センターと専門性に特化した普及センターを組み合わせて配置する等、普及センターがその機能を十分に発揮し得るような弾力的な配置を進めることが重要である。
また、普及センターにおける活動体制についても、従来の作目別の専門分担、地域分担の体制に加え、専門によって複数の普及センターの管轄区域を担当する改良普及員の設置、担い手となる人材の育成・支援やまとめ役となる人材に対する支援に対応した機動的なチームの編成等、地域の実態等に即し、より効率的、効果的な活動体制に移行していくことが重要である。
さらに、より計画的な普及活動を推進する観点から、普及事業の成果を普及関係者のみならず、試験研究、行政、学識経験者等の幅広い視点から客観的に評価し、今後の活動の目標設定、活動方法、活動体制及び行政施策や試験研究の取組等に反映することが可能となるよう、都道府県段階の外部評価制度の導入についても検討していくことが必要である。これに併せ、専門技術員の専門項目の見直しの一環として、普及活動の計画・評価を行う専門技術員の設置等により、組織全体の計画・評価機能の強化を図っていくことも重要である。
  ウ 普及センターの情報提供・相談機能の強化
近年、普及センターの管轄範囲の広域化等が進む中で、普及組織と生産現場との接点が希薄になってきているとの問題指摘も出されていることから、地域の実態や課題の内容に応じて、より現場に近い市町村、農協の営農センター、第3セクター等における普及センターの相談窓口の設置などの取組も重要である。
また、人事異動を含む普及職員の配置に当たっては、農業者との信頼関係を維持しつつ継続的な普及活動を行い得るよう配慮することが重要である。
さらに、地域に開かれた情報センターとして普及センターの機能を一層充実させる観点から、地域の農業者が活用できる土壌診断施設、営農相談・研修施設等の充実、普及情報ローカルネットワークについての整備や情報内容の充実を一層推進していく必要がある。
一方、普及事業の重点化・高度化に伴い、一般的な営農支援活動については、農協営農指導組織等の役割が期待されるが、これら組織による活動体制が地域の実情に応じ順次整備されるまでの当面の間においては、農業についての知識、技術を有する普及活動の経験者や有資格者等を活用しつつ、普及センターの相談機能の充実に努めることも必要である。

 (5) 農業研修教育の充実強化のための体制の整備

  ア 普及センター及び農業大学校等における研修教育機能の充実強化
近年、新規就農の動向については、Uターン就農及び新規参入が増加傾向にある中で、他産業転職等中高年齢者の就農や、農業生産法人等の経営体によるいわゆる雇用就農も増えてきている等、就農の多様化が進みつつある。
こうした中で、意欲と能力に優れた人材を確保・育成するためには、就農形態に応じたきめ細かな情報提供、相談活動や研修教育を行っていくことが重要である。
このため、普及センターにおいては、新規就農に対する支援を専門に担当する改良普及員を配置し、道府県の農業大学校や指導農業士をはじめとして、青年農業者等育成センター、農業会議、市町村、農業団体、民間指導機関等関係機関との密接な連携の下に、地域における新規就農者の受入体制の整備や、新規就農者等に対する中長期的な研修プログラムの作成とその進行管理等を行うことを通じて、地域における就農に関する中心的機能を果たすことが重要である。
また、農業大学校については、研究部門の設置の促進、バイテク関係等の施設の充実、指導職員の資質向上等を通じて、より高度な研修を行うことが可能となる体制整備を進めるとともに、農業者の生涯学習の拠点及び一般国民に開かれた農業教育の場として位置付け、それに対応した多様な研修コースの設定等を積極的に行うことが必要である。
こうした取組に加え、新規就農を志向する他産業に従事している者などが働きながら就農準備のための研修を受講する機会の拡充整備を進めることも必要である。
なお、国の農業者大学校については、地域農業のまとめ役となる人材を養成する役割と併せ、研修教育手法の改善指導など道府県の農業大学校、民間の研修教育機関の指導的立場にある機関として、全国の農業研修教育水準の向上に寄与することが期待される。
  イ 先進的な経営を実践する指導農業士等による研修の充実
指導農業士等による研修は、実際の農業経営の場を活用することから、若い新規就農者等に実践的な技術力や経営管理能力を身につけさせる上で最も効果的な手法と評価されるが、一方で、現在行われている研修については、カリキュラム等に基準がなく研修内容も区々であることから、研修の水準にばらつきが見られる状況にある。
指導農業士等に対しては、普及協力委員として今後一層積極的な協力を得るとともに、研修の実態を踏まえ、より効果的で体系的な研修が行われるよう、研修実施の際の参考となるガイドラインの作成や、効果的に行われている研修に係る情報提供等を通じて研修を充実するための支援が必要である。また、これらによる研修の修了者に対しては、施策上、一定の位置付けをしていくことの検討も必要である。

 (6) 農業・農村への理解の醸成と将来の担い手確保のための農業教育への取組

国民の農業、農村への理解を醸成し、農業の担い手を将来的に確保する観点から、農林水産省と文部省との連携の一層の強化を図りつつ、児童・生徒をはじめとする学校教育及び社会教育における実践的な研修や、農業体験学習等への取組の強化が求められている。
特に、近い将来の就農が期待される農業高校生に対しては、技術力と経営管理能力に優れた青年農業者として確保していく観点から、学校教育との連携を図りつつ、実践的な研修機会の提供や、学校農業クラブと農業青年団体との交流促進などを通じ、積極的な支援を行っていく必要がある。
また、農業体験学習等については、農業体験学習の指導者の不足がこれを推進する上での隘路となっていることから、普及事業としてこれに係る支援を行っていく必要がある。
この場合、農業体験学習等については、児童・生徒、教職員、都市住民等多数の非農業者が対象となり、また、支援する内容についても受入農家等に関する情報の提供や基礎的な技術についての助言、実技指導が中心となることから、普及や研究の経験者等を積極的に活用しつつ、地域に開かれた普及センターとしてこれらの支援活動を行うことが適当である。


第5 国の役割の在り方

普及事業については、主要先進国においても、各国の社会・経済・歴史的条件を背景に、農業事情や国と地方自治体を通じた行政機構の違い等に応じて様々な形態で行われているが、行政として必要な分野については、国あるいは州政府が責任を持って事業が行われている。
我が国の普及事業は、もともと米国における普及事業を模して、国と都道府県との協同事業という形で始められたが、食料の安定供給などの農政の課題と産地形成などの地域農業の振興上の課題との調整を図りながら、農業者に直接働きかけることを通じてこうした目的を達成する効果的な手段であるという意味において、公益性の高い事業としての位置付けができる。
我が国の普及事業の具体的な運営方法としては、一定の技術水準を全国的に維持しつつ事業を安定的に行うために、国と都道府県との協同事業の枠組みの下に、都道府県に普及職員と普及活動や情報提供の拠点施設となる普及センターが設置され、国が財政面でその活動を担保するために協同農業普及事業交付金(以下、「交付金」という。)を交付している。
また、交付金に加えて、普及事業の高度化、効率化を効果的に推進する観点から、これに必要な補助金を国が都道府県に対し併せて交付している。
今後の普及事業の展開に当たっては、厳しい財政状況等を踏まえつつ、その使命を的確に果たしていくことが求められる。
このため、国の役割の在り方についても、国と都道府県との協同事業の枠組みは維持しつつ、農業・農村、社会経済状況の変化に対応し、対象者及び課題の重点化と活動の高度化を積極的に誘導する観点から、基礎的な経費を負担する交付金と政策性の高い補助金とを組み合わせた効率的な予算措置を講じることを基本に、そのための具体的な事業等の推進方策について検討する必要がある。