203高地は売店が3軒に増えて、ますます観光化しています。それぞれ立派な店を構えて、成り立つのかどうか心配なほどです。記念碑の形に似せて12.7mm機関砲の弾で作ったボールペンを、203元で買いましたが、これは帰りの飛行機の手荷物検査で見事に引っかかりました(取り出してボールペンであることを見せたらOKでした)。
大案子山堡塁は203高地の南東にあり、その北に位置する椅子山堡塁とともに旅順港の西側の防衛線を形成しています。陣地争奪戦がここまで及ぶ前に降伏に至ったために、 案子山堡塁はほとんど無傷で残りました。戦後、最近までは中国軍の弾薬庫として使われていたので、内部はよく整備されています。大案子山堡塁は、当時のロシア軍堡塁の構造を知るのにまことに好都合な遺跡です。このような所をもっと観光に利用すべきだと思いますが、現在の所、大案子山堡塁への道路は整備されていません。自動車道路から、約1キロの山道を歩いて登らなくてはなりません。
以前の文面:「戦後、日本軍の司令官、乃木希典は、“二零三”の諧音に基づいて山名を改めて“爾霊山”とし、侵略軍の死者の霊を祀った。今となっては帝国主義が中国の領土を侵略した歴史の見証となっている。」と較べると、ますます激しい口調になっています。大案子山堡塁