• 前日、ザースフェーからバスと登山電車でツェルマットへ移動した。ホテルは同行の岡田さんが前回宿泊したアルプフーベルにした。1人76スイスフラン(約5500円)だった。今回、モンテローザはガイドなしでも行けると判断して、自分たちだけで行くことにした。初日は行程が短いため、7時からの朝食をゆっくり食べた。ホテルからモンテローザ小屋の予約を電話でした後、出発した。ゴルナーグラート行きの登山電車は混み合っていた。
  • 終点の一つ手前のローテンボーデンで登山電車を下車した。あたりには日本人観光客が多かった。マッターホルンが逆さまに映る事で知られる池(Riffelsee)を見物した後、モンテローザ小屋に向かって歩き始めた。斜面をトラバースする道で最初はほとんど平坦だった。高山植物があちこちで咲いていた。やがてゴルナー氷河への下りになった。急坂を下り終えると氷河に出た。氷河は予想よりも岩や石が多く、黒く汚れた感じだった。ところどころ氷河の上に水が流れていた。旗の付いたポールに従って氷河を横断した。ゴルナー氷河と次のグレンツ氷河との間はモレーンになっていて、岩の上をいったん登らなければならなかった。モレーンの一番高くなったところで休憩した。行く手のグレンツ氷河上にはモンテローザ小屋から戻って来る人たちが点々と見えた。よく見ていると点は左右に動いていた。氷河の上はクレバスがあるのでまっすぐ歩けないようだった。
  • モレーンを下り、次のグレンツ氷河を歩き始めた。今度の氷河は岩が少なく青みがかっていた。クレバスが多く、渡れる所を探して、氷河上を右に左に移動しながら進んでいった。氷河を渡り切ると急な岩の登りになった。登り切るとモンテローザ小屋があった。小屋の周囲には20人くらい登山者が休んでいた。モンテローザに登って来たのだろうか、靴を脱いで乾かしている人が多かった。宿泊手続きが始まるまで、小屋の外で休んでいたら、ぽつりぽつりとモレーン沿いに上から人が下りて来た。おそらくモンテローザから下りてきたのだろう。やがて受付が始まった。2食付き58フラン(約4200円)だった。受付時に「・・・のメンバーか?」(・・・は聞き取れず)と聞かれたが、もちろん「No」と答えた。メンバーだったら割引があったのだろう。朝食は登山者用の早朝の部と、ハイカー用の7:00からの部のどちらかを選択できた。荷物は地下の荷物置き場に置くよう言われた。朝、起きたときに使うものは廊下に置くようにとのことだった。宿泊者は約40人だった。日本人は他に誰もいなかった。夕食までの間、屋外で生ビールを飲んだり昼寝をしたりして休んだ。
  • 夕食はフルコースだった。アイスクリームのデザートも付いていた。隣にはオランダからの二人連れが座った。別室で食事中のガイドと一緒に登るとのことだった。一年に一回の登山だと言っていた。食事中の写真を撮ってもらった。
  • 翌朝の起床は1:30だった。ドイツ語で多分「起床」とのかけ声とともに 電気がついた。手早く衣服を着て、下の食堂に行った。パンとコーヒーにコーンフレークだけの簡単な朝食をとり、外に出た。星空だけで真っ暗だった。階下の荷物置き場からザックを取り出し、準備をした。準備の終わった者から次々に出発して行った。ガイドに連れられた登山者たちは予想に反して裏の山に直接登って行った。自信のない我々はモレーン沿いを登ることにした。ケルンを探しながら岩のごろごろしたモレーンを登っていった。4人組の先行者のランプが見えた。やがてケルンがはっきりしなくなり、ルートが分からなくなった。やや左寄りに登っていくと右上から左下へと流れる雪渓に出た。岡田さんの持っていた25000分の1地形図とガイドブックでコースを確認し、そのまま雪渓をトラバースする事にした。雪渓の途中で雪渓上を登るたくさんの足跡を見つけた。雪渓をそのまま上に登ることにした。雪渓がゆるくなったところでモンテローザ氷河の末端に出た。氷河上にはトレースが付いていた。ようやく正しいルートだと確信した。アイゼンをつけ、ロープを結んだ。少し明るくなってきた。先行者は、はるか先に行ってしまい見えなかった。我々だけが最後に置いて行かれた感じだった。
  • モンテローザ氷河は真っ白で広い氷河だった。ところどころにクレバスがあった。ひたすら登っていくと、やがて先行者が見えてきた。途中、トレースが左に別れ、モンテローザの隣にあるノルトエンド方面に向かっていた。順調に1時間に標高差300mのペースで登って行った。やがて、調子の悪くなった様子の60歳位の夫婦を抜かし、4359mの小鞍部(ザッテル)で4人組に追いついた。ここまでは高度障害は全く出なかった。ザッテルには先行者の荷物が5個くらい置いてあった。慣れていない我々はまだ先が長いのでこのまま荷物を持っていくことにした。
  • ザッテルからは急な雪面の登りだった。アイゼンをきかして登った。下ってきた2パーティとすれ違った。最初のパーティは小屋の食堂で隣にいたオランダ人二人組だった。雪面を登り終えると岩場になった。多少ルート取りに苦労して通過した。いったん雪面を下り、急な雪面を登り返すと、再び岩場になった。三点確保の連続だった。すでに登頂を終えたパーティと次々すれ違った。ルート表示が全くなく、分かりにくかった。行きつ戻りつしながら進んだ。途中、岩の上でじっとしている登山者が二人いた。多分、これ以上進めなくなり、仲間から待っているよう言われたのだろう。この付近は、左右とも100m以上落ちていて高度感のある岩場で緊張した。足元から雪つぶてが落ちていった。交互に確保しあいながら慎重に進んだ。岩登りに気を取られてすぎて深呼吸がおろそかになり、高度障害で頭が少し痛くなった。もう山頂かと思ってピークに立つごとに、まだ先がありがっかりした。やがて、すぐ目の前の岩場にアベックが休んでいるのが見えた。どうやらそこが山頂らしかった。左右の切れ落ちた細い岩場を通過し、山頂の真下についた。アベックのものと思われるピッケルが置いてあった。最後の8mの登りだった。我々もピッケルを置いて登ることにした。岡田さんが先に進むが、手がかりが少なく容易に登れなかった。もうここであきらめざるを得ないかと思い始めたとき、上のアベックが下りようとして、我々に気が付いた。「Come on !」と言われ、意を決した岡田さんが無理矢理山頂へ登った。続いて私をロープで引き上げてくれた。「登頂できただけで満足」と感じた初めての山だった。今までの緊張感がとけない中で狭い山頂に中腰になって周囲を眺めた。二人だけの山頂だった。360度の展望だった。
  • 岩場の下りが待っているので早々に山頂を出発することにした。下りも緊張した。確保しあいながら下った。すぐにザッテルで抜かしたパーティとすれ違った。しばらく進むと岩の上にじっとしている登山者とすれ違った。先程のパーティの仲間で、山頂から下りてくるのを待っている様子だった。声をかけたら岩の左右どちらがルートか教えてくれた。岩場も終わり、4359mのザッテルに着いてようやくほっとした。一休みのあと、だらだらとしたモンテローザ氷河を下り始めた。日差しと照り返しが強く暑かった。雪がゆるんできて歩きにくくなったので、途中でアイゼンを外した。やがて氷河が終わり、ロープを外した。モンテローザ小屋までは、更に岩の間や雪渓の下りが続いた。昼間でもルートが分かりにく、小屋まで長く感じた。ようやく着いた小屋でコーラでも買おうかと思ったが、受付が混んでいたためあきらめた。代わりに岡田さんに水を少し分けてもらった。小休止の後、重い腰を上げて、グレンツ氷河とゴルナー氷河に向かった。二つの氷河を渡り終えると西日の暑い登り返しが待っていた。あえぎながら登った。途中、岩の上にアベックが座ってモンテローザを眺めていた。登山電車の駅に着いたのは最終の5分前だった。ようやく長い一日が終わった。鉄でできた駅のベンチがひんやりとして気持ちが良かった。
  • ホテルに戻り、疲れた岡田さんは食事もせずにシャワーをあびて寝てしまった。私も食事はしたものの、シャワーをあびる元気がなくベットに倒れ込み泥のように寝た。