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紅葉谷
中仕切り門をくぐって進むと、小諸城内で数少ない人口の横谷の一つ、紅葉谷があります。これは現在よりも深い(約8・5メートル)ものでした。戦争中は、埋められて橋なしで渡っていました。
算盤橋
紅葉谷を渡る橋で、算盤橋、黒門橋とも言われています。現在は太鼓橋ですが、かつては算盤を伏せたような形の取り外しの出来るものだったといわれています。全国的にも、算盤橋という名前は残っているものの、それがどういう橋であったか分ってはいないそうです。記録では、江戸時代中期の100年間くらいの間に9回も懸け変えられています。
黒門
一の門で、多分黒く塗られていたのでしょう、本丸に至る最後の守りとなる門が紅葉橋を渡ったところにありました。今は礎石のみが残っていますが、現在は、市内八満の正眼院の山門として移築されています。薬医門(本柱の後方に控え柱を立て、その上に梁をかけて、切妻屋根を乗せた門。)で、江戸初期の様式を残し、仙石時代のものの可能性もあります。
御駕籠台
黒門をくぐって、右手にあった駕籠を置く場所で、2台の駕籠がおかれたといいます。ここで殿様が駕篭から下りたということでしょう。
つづく
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