1997年度卒業論文

 日本社会における女性労働者
──女性差別緩和へ向けて──


政経学部経済学科4年 44107番

     大橋 美智子

<もくじ>

はじめに
第1章 女性差別の根源
 第1節 「差別」について
  第1項 「差別」とは何なのか
  第2項 「主観」と「客観」
  第3項 嫌悪の気持ち
  第4項 差別はなくならない
 第2節 女性差別に関わる問題
  第1項 日本人について
   1、「和」と「仲間意識」
   2、「集団主義」と「恥の文化」
  第2項 家父長制
第2章 女性労働者の歴史と現状
 第1節 女性労働者の歴史
  第1項 戦前から1950年代半ばまで
  第2項 高度成長期
  第3項 高度成長期以降1980年代半ばまで             
 第2節 様々な労働形態とその現状
  第1項 M字型曲線
  第2項 様々な女性の労働形態
   1、パートタイマー
   2、派遣労働者
   3、正社員
  第3項 男女賃金格差の国際比較
第3章 女性の労働問題をめぐる法律
 第1節 均等法成立へのあゆみ
  第1項 国際婦人の10年
  第2項 日本の動向
  第3項 均等法の内容とその問題点
 第2節 均等法施行後の実態
  第1項 コース別管理
  第2項 能力主義管理
 第3節 現行法の改正
  第1項 改正男女雇用機会均等法
  第2項 労働基準法の見直し
  第3項 誰のための法律なのか
第4章 セクシュアル・ハラスメント
 第1節 セクシュアル・ハラスメントの概念
  第1項 セクシュアル・ハラスメントの起こり
  第2項 セクシュアル・ハラスメントの定義
 第2節 アメリカの取り組み
  第1項 訴え続けた成果
  第2項 EEOCのガイドライン
 第3節 セクシュアル・ハラスメントの対策
  第1項 セクシュアル・ハラスメントの徹底理解
  第2項 女性の側からの予防策
おわりに
参考文献


はじめに

 3年間、働く女性の諸問題を考察してみて、私が最も問題があると感じたのは、次の2点である。まず第1に、すべての女性の労働上の問題に女性差別が多かれ少なかれからんでいること。第2に、女性差別は数世紀にわたりなされてきたことであるため、男性はさも当たり前であるかのように、また女性の方はというと、対処しようのない慣習であるかのようにあきらめの境地にきていることである。この2点は世界的規模でみても日本人の意識感覚が低いことがわかる。
 そこで、この論文では、企業で働く女性に関わる性差別に着目し、まず差別を根本的に考えることから始まり、次に日本における女性労働者の歴史とその実状をふまえつつ、現在注目されている男女雇用機会均等法、労働基準法とセクシュアル・ハラスメントなどを考察しながら、女性差別緩和へ向けての見解を述べていきたい。
 本文を進めていくにあたり、企業における女性差別を以下の7項目2種類に分類した。
         
 1、募集・採用 
 2、仕事の配置 
 3、教育訓練    
 4、昇進  
 5、賃金  
 6、退職・解雇 
         
                
 7、セクシュア・ハラスメント 
                
 1〜6までにおける性差別と7のセクシュアル・ハラスメントは、まったく別の種類の性差別である。なぜならば、セクシュアル・ハラスメントは、その行為があってから賃金、退職・解雇等に関わってくるものを含んでおり、その行為自体が世界規模で問題になっている人権侵害行為であるからだ。逆に、1〜6の性差別はどうやら日本的雇用慣行がいちばんのネックになっていると思われる。
 この分類により、日本社会における女性差別の根深さ、複雑さがはっきりしてくることと思う。
 また、この論文での女性差別とは、企業による雇用上の性差別に限定することをここで述べておく。

第1章 女性差別の根源

第1節 「差別」について

第1項 「差別」とは何なのか

 まず、差別とは何なのかということを考えてみたい。辞書を引いてみると、そこには、「優劣の違いをつけること」とある。人種差別、部落差別、障害者差別、女性差別、また、今問題になっているいじめなどは、たしかにそこに優劣がある。しかも差別は、誰もが抱えている感情というか、社会的病理といった感じもする。すべての人間の心の中に自分のプライドを満足させるための差別の心が潜んでいて、容貌、学歴、財産、職業、生活レベルなどで人を差別しているようだ。
 そしてそれは、改めて考えることもなければ、意識することなく無意識になされている。意識せずに差別をしてしまっている。「すり込み現象」なのだろうか、人はなぜ差別をするのかというと、生活してきた環境や外部からの情報などが源のように思われる。しかもその「すり込み」も、無意識になされてきたものなのではないだろうか。
 そうは言っても「差別なんてしていない。」「そんな差別は存在しない。」という人がいるかもしれない。しかし、ある一定のルールのもとで成り立っている社会においてはそう強く断言することはできない。それは、「主観・客観」の成立を考えれば説明がつく。そこで、私自身が予備校時代に早稲田予備校の川崎雅美先生に聞いた、「主観・客観」の原理を以下に記したい。

第2項 「主観」と「客観」

 <図1>を見てもらいたい。1本の木にリンゴがひとつなっている。そのリンゴを見て、数人の人が発言をしている。1人目の人は「赤いリンゴだ。」と言った。2人目の人は「青いリンゴだ。」と言った。3人目は「赤い!」。4人目の人も「赤いリンゴだ。」と言った。つまり、圧倒的多数の人の主観的意見は、圧倒的少数の人の主観的意見を打ち消し、客観的意見となる。まず、「主観」があり、それをふまえて「客観」があるということだ。そして「客観」は社会的に認知されてこういうことになる。「青いリンゴ。」と発言したひとは、「だけどもさっきのリンゴは客観的にいえば赤いリンゴだね。」と、付け足すというわけだ。

<図1>


図省略


 では、これを「女性差別」にあてはめて考えてみたい。ある行為に対し、「女性差別だ。」と言う圧倒的多数の人と「これは女性差別ではない。」と言う圧倒的少数の人がいた。すると、この行為は社会的に「女性差別」ということになり、「これは女性差別ではない。」という主観的意見を言った人は、「でもこれは(客観的にいえば)女性差別だね。」と言わざるをえなくなる、というわけだ。しかもこの場合、「女性差別」という言葉があること自体、その行為があるということにはならないだろうか。言葉は事象のあとからついてくるものだ。最も、何を「女性差別」と指すかも問題になってくるが…。

第3項 嫌悪の気持ち

 また、差別に関わる問題として、こういう話を友人から聞いたことがある。誰かのことを「あの人、嫌いだ。どうも気に入らない。」と言うとき、そこにはその人の持っている力や能力、生活スタイルなど、何かしらをねたむ、うらやむ気持ちが存在するそうだ。例として「女性差
別」の場合をあげてみたい。
 企業において、男性の上司が部下の女性に対し、女性であるという理由だけで「愛社精神のない、協調性に欠ける奴だ。気に入らないな。」という感情を持っているとする。すると、その裏には、「俺は会社のために、家族を養うために、残業までして働いている。あいつよりはがんばっている。」という優越の気持ちと、その反面「養う家族がいないのがうらやましい。気楽さがうらやましい。」といった気持ちがあるのではないだろうか。そして無意識下において、そうなってみたいそうなりたいという自分があるのではないだ
ろうか。
 このことは、すべての差別のケースに多かれ少なかれ関わっているのではないだろうかと私は考える。
  
第4項 差別はなくならない

 以上のように、差別について自分なりに考えてきたが、考えれば考えるほど悲観的にならざるを得ない。差別はある程度緩和できても、決してなくならない問題のようだ。なぜならば、まとめてみると、 
                    
 1、誰もが抱えている意識であること  
 2、その源が意識下にあること  
 3、優越をつけるといった社会システム 
  には不可欠の要素を含んでいること 
                    
といったことがあげられるからだ。
 では、どうすれば緩和できるのだろうか。それは後の章にまわすことにし、次の節では日本企業における女性差別に関わる根本的問題として、また日本におけるあらゆる差別の根本的問題として、日本人論、家父長制などを取り上げていく。

第2節 女性差別に関わる問題

第1項 日本人について 

1、「和」と「仲間意識」
 聖徳太子の憲法17条のひとつに「和を以って貴しとなし、…」というのがある。古来から日本人は、この「和」というものを人間関係における最高の価値と考えていて、現在でもいろいろな場面で「和」が尊重されているようだ。家族からはじまって、地域社会や学校、また企業においても「和」が最優先されている。
 この「和を以って貴しとなす」という和の社会が日本企業における女性差別に関わっていると私は考える。企業において「和」を貴ぶ男性と、「和」を乱してしまう女性、つまり、性差により、生理休暇、出産や育児休暇、介護休暇をとらざるを得ない女性という関係がある限り、「和」を乱す女性は差別の対象になってしまうというわけだ。基本的に「みんなで一緒に」というのが日本人の行動パターンだ。そこでは自分の価値観もなければ、考えや意見もなく、生活スタイルまでも、すべて殺されてしまっている。
 また、人が何らかの行動を起こすときには、方針や原則に基づいてそうするものだが、多くの日本人は行動の基準となるべき方針や原則を持っていないそうだ。ヨーロッパには「キリスト教」という普遍的な価値が存在しており、キリスト教がいいか悪いかは別として、ヨーロッパ人はそのキリスト教という普遍的な価値を背景として、それを導きの糸として、「個」を確立してきた。そして「仲間」は価値観や思想で結びついているように思われる。
 これに対し、日本人の「仲間」というのは、先ほども述べたように、行動パターンが似た者同士の集まりだ。だからこの「仲間意識」を共有しない人、つまり企業において行動パターンの異なってしまう女性が差別の対象になってしまうのではないだろうか。

2、「集団主義」と「恥の文化」
 1で述べた日本人の特性は、ひとことで「集団主義」と呼ばれている。アメリカのルース・ベネディクトという文化人類学者が『菊と刀』という書物のなかで、日本人のアイデンティティーの根拠としてこれを指摘している。その中で彼女は日本人を日本人の国たらしめているものとして以下のことをあげている。

(1)日本人の社会組織としての集団主義
(2)日本人の精神態度としての恥の文化 
     
 「集団主義」とは1で述べたとおりである。では「恥の文化」とは何であるかということを述べていきたい。
 「恥の文化」の逆が「罪の文化」である。ヨーロッパ人は何か悪いことをしたと思ったときには「罪」の意識を感じるという。では、誰に対してかというと、それは普遍としての神であり、神が内在化した良心だそうだ。これに対して、日本人はまわりの人間に対して「恥」を感じるという。
 ここで例をあげてみたい。企業における女性が出産休暇をとることに対して「仕事にでれない申し訳なさ」を感じたとすると、それは他の仕事仲間に対するひけめ、つまり「恥」を感じてしまっているということになる。これに対し、ヨーロッパの女性は、同じ心理状態だとすれば神が内在化した良心に「罪」を感じてしまっているといえる。ようするに、このように考えられると私は思う。「恥の文化」の悪循環で働く女性は企業から遠ざかるを得ない状況を自らも作り出してしまっているのではないだろうか。何も恥じる必要のないことにまで「恥」を感じてしまっているのではないだろうか。

第2項 家父長制

 東大名誉教授の中根千枝氏によると、「日本社会に根強く潜在する特殊な集団認識のあり方は、伝統的な、そして日本の社会の津々浦々まで浸透している普遍的な(家)の概念に明確に代表されている。」ということである。このことに関して、家父長制について述べていきたい。
 「家」は、父(男性)を長とする家父長制を前提としている。これはどこの国でも同じである。しかし、日本と欧米諸国が違うのは、個々人のあり方だ。欧米では「家」をコミュニティーとしてとらえている。「家」がひとつの共同体であり、個々が独立しているのだ。これとは逆に、日本の「家」は、父(男性)が常に上に位置し、その下に母(女性)と子が位置する、がっしりとした上下関係のある個のあつまりだ。日本はこの家父長制プラス集団主義のために、性差別が根深く、なかなか解決出来ないでいるといえるのではないだろうか。
 女性にとって主婦業は、唯一の仕事ではなくなっている。今では、女性の経済への貢献は、夫に対して行う主婦としての貢献よりも、賃労働者としての直接的貢献の方が多くなってきている。男性もまた、法的にも慣習的にも、かつて夫が妻に対して持っていたような支配力はもっていない。もっとも、女性が男性の世帯主に経済的に依存することが少なくなってきたとはいえ、家父長制がなくなったのではなく、公的な家父長制へと変化してきたといえる。
 これは、アメリカのフェミニスト、キャロル・ブラウンが指摘していることだ。公的家父長制は、女性の社会参加を制限するのではなく、不平等な条件の下での女性の社会参加を推進しているという。少し前でも述べたことの繰り返しになるが、この公的家父長制と、私的家父長制(家における家父長制)が複雑にからみ合い、また集団主義と相まって、日本の女性差別は緩和へなかなか進まないでいるのではないだろうか。

第2章 女性労働者の歴史と現状

 第1章では差別について述べてきたが、第2章ではその女性差別意識が根強い日本社会において、女性がどのように働いてきたか、また今日どのように働いているか、そして、その背景にみえる具体的な男女の差や国際比較をみていきたい。
 
第1節 女性労働者の歴史

第1項 戦前から1950年代半ばまで

 昔の女性は今よりも働いていたということをよく耳にする。というのも、戦前はほとんどが農民であったため大部分の女性は農家の娘であり、農婦であり、農作業に従事していたからだ。農業は労働集約的産業なので女性も男性同様の大きな働き手だった。農家の女性は、乳役兼用無角牛といわれ、子どもをたくさん生み育て、牛馬のように働き、生じたところの利益は家=家父長に帰し、労働はただ内助の功にとどまっていた。働いていたといっても無償の労働だったのだ。
 では、女性の本格的な賃労働化はいつ頃はじまったかというと、それは明治政府の殖産興業の時である。繊維産業の勃興により、製糸・紡績女工が出現したのだ。1902年の『工場通覧』によると、製糸業では全工員のうち94%が女性で、紡績業では79.3%が女性だった。これらの分野で働いていた女性は、『女工哀史』でも知られているように、過酷な労働を強いられていた。賃金の面でも紡績業の場合には1891年で男性100に対し、女性38で、格差は大きい。この背景には家族制度下の性別分業規範が存在している。家父長制の名の下、家庭を持たない未婚期に限定された若年の短期労働力を、家計補助を目的に、口減らしや出稼ぎで働きに出していたのだ。
 1910年代以降になると、都市を中心に「職業婦人」が出現する。第一次大戦の勃発後、好況期を迎え資本主義の経済体制が確立されてきたからだ。企業で働く被雇用者が増加し、サラリーマン家庭のいわゆる中流階級の女性が職を持つようになった。1920年東京における女性有職者は13万7373人で、女性全体の13.7%だが、その内容は注目すべきものだと思う。おおかたのものが、知的職業である教師や医師、事務員等と、技術的職業である看護婦、タイピスト、交換手等といった職業に分けられる。それなりの経験を必要とするものが大部分で、今でいうパートに値するものはまだないが、女性が外で働くことに対する世間の風は冷たく、また、家の仕事を家族や女中に任せていたことが現代との相違点だ。だが、女性がこのように働きだしたことは今につながる大きな前進と考えられる。
 その後、昭和恐慌等による不況の際には、女性の労働力率は低下したが、1931年の満州事変により長期戦争体制に入ると、女性は男性の労働力率を補うために製造業などにも動員され労働力率は上昇した。しかし、終戦後には男性の職場確保が優先し、再び女性の労働力率が低下した。このように、女性の労働は、社会全体の景気に合わせてかなり流動的なものだったようだ。

第2項 高度成長期

 1950年代の半ばから1970年代半ばの第1次、第2次オイルショックまでの間は、日本経済の高度成長期にあたる。第1次産業と第2次産業の就業者数が逆転し、第2次産業においても繊維から鉄鋼・機械産業へ移った。都市には人口が流入し、企業の雇用者であるサラリーマンも急増した。
 この高度成長期は、女性の生活スタイルや労働形態が急激に変貌した時期だ。まず、専業主婦が増加したことである。夫は外で所得を稼ぎ、妻は家事労働に専念する性役割分担が確立されてきた。また、<図2>からもわかるとおり、女性労働力率が低下した時期でもある。しかし、女性雇用者数や15歳以上人口に占める女性雇用者数比率は確実に上昇している。
 これはなぜかというと、<図3>と合わせて考えてみると納得できる。まず、15〜19歳の労働力率が大幅に低下している。これは高校への進学率が高まったからである。25〜34歳は結婚してサラリーマンの妻になった女性、専業主婦の増加によるものである。第1次ベビーブームの世代もこの中に入るので、女性労働力率の低下につながるものではないだろうか。
 一方、20〜24歳と35歳以上は上昇しているが、この点が最も興味深いところで高度成長期の女性労働の特徴的な部分と思われる。若年未婚と中高年既婚の2つの女性労働形態が企業の合理化体制の中に組み込まれていったのだ。
<図2>

図省略


<図3>

図省略


 若年未婚の20〜24歳のグループの場合は、企業に就職するものの企業が求めていたのは若年未熟練労働の短期回転だった。高度成長期でありながら、戦前の繊維業の女性労働そのままである。企業は、合理化対策の一貫として、女性の早期退職政策を、露骨に強行していた。サラリーマン家庭の経済的ゆとりの拡大もあり、マスコミも「女性の就業は結婚まで」とあおったこともあり、女性が結婚、出産に伴う退職を素直に受け入れ専業主婦となる下地ができあがっていた。日本型雇用形態である終身雇用、年功賃金が確立されてきたのもこの時期であることを考えると、低賃金で、しかも早期退職させられる女性がいたからこそできたことなのではないかと思われる。また、税制の面において配偶者削除が実施されたのも1962年で、この高度成長期にあたる。企業も政府も女性が外で働くことに対する考えは戦前と少しも変わってないことから、家父長制が根強いことの一端がうかがえる。
 中高年既婚のグループはというと、先ほどの若年未婚グループとは違い、パートとして企業が積極的に活用しだしたことによる。その内容は販売員、製造作業、単純作業といったものだ。戦前若年未婚が担っていたものがこの世代に移行したと考えられる。専業主婦ではないサラリーマンの妻である主婦が臨時日雇いの形で、低賃金で働いていた。若年労働者はこういった仕事を嫌う傾向があったので、若年労働力を補う形での労働である。例えば、テレビ、冷蔵庫といった電化製品が急速に普及し、その組み立てなどにこの世代が登用されていた。人手は必要だが企業が合理化を求めた結果が<図3>に表れているのではないだろうか。

第3項 高度成長期以降80年代半ばまで

 この時期には、<図2>をみてもわかるとおり、低下し続けていた女性労働力率が上昇に転じた。また、雇用者数も1975年以降急激にのびている。この背景にはパートタイマーを中心とする既婚女性がますます増加したことがあげられる。
 その要因としては、第3次産業の拡大に伴う産業構造の変化が最も特徴的に示している。サービス業の割合が増し、時間的に仕事の繁閑が生じやすくなり、急がしい時間帯に登用する企業が多くなったのだ。また、高度成長の時期も終わりを告げ、経済成長率が低下するなかで、日本型終身雇用、年功賃金で可能となった住宅ローンの返済や、教育熱の高まりによる教育費を妻が働かなければ家計が苦しくなる状態になる家庭が増えてきたことや、電化製品のさらなる普及による家事労働の軽減なども考えられる。企業の雇用ニーズと家計の事情がぴったりと一致した形だ。
 また、正社員として雇用され、働き続ける女性が徐々に増えてきたことも<図2>、<図3>からうかがえる。企業の中にはパートタイマーをうまく活用する一方で、勤続年数の長期化や、自分自身の収入と夫の収入をにぎりだした女性消費者のニーズに対応した商品開発や販売戦略を立てるためにも、本格的に女性従業員の戦力化をはかるところも現れ始めた。女性は従来、男性の補助といわれてきたが、少しずつ男性がそれまで担ってきた基幹的業務に女性が携わるようになってきたのだ。
 1975年の国際婦人年を期に、フェミニズム運動が広がり、女性が働くことに対する社会の風潮が変わってきたのもこの時期である。朝日新聞のアンケート調査によると、「男は仕事、女は家庭」に賛成する人は1972年で83%、1980年には72%、1985年になると60%といったように、人々の間に着々と意識の変化が芽生えていることがうかがえる。しかしこれはマスコミに後押しされただけの、見かけだけの変化ではなかっただろうか。女性に性差別の意識、雇用において性差別があるのではないかという意識が生まれてきたのもこの時期であるからだ。
 そこで、この論文では1985年、男女雇用機会均等法が制定された時期を境に現代と位置づけ、次の節では女性の労働形態の現状を中心に、男女比較、国際比較もみていくことにする。

第2節 様々な労働形態とその現状

第1項 M字型曲線
 
 第1節では、女性労働者の歴史をみてきたが、私自身最も気になったのは、女性のライフサイクルに合わせた企業の雇用ニーズなのか、または企業の雇用ニーズに合わせた女性のライフサイクルなのかということである。 産休後の再雇用制度があっても、正社員として再び働きづらいという環境があったり、パートのほうが安上がりという現実や、フルタイム並に長時間働くパートタイマーがいたりすると、女性は企業の雇用ニーズに合わせたライフサイクルで外に働きに出ているように思える。本来、労働とは生活の中にあるものだから、本末転倒、この労働形態に合わせるといったライフスタイル、ライフサイクルは不可解なものといっていいだろう。
 この女性のライフサイクルを端的に示しているものが年齢階級別女子労働力率、M字型曲線だ。

<図4> <図5>

図省略


 <図4>の年齢階級別女子労働力率をみてみると、20〜24歳層の74.5%と45〜49歳層の71.9%を左右の頂点として、30〜34歳層の52.7%をボトムとするM字型曲線を描いている。これは日本における女性に特有のライフサイクルに対応した就業行動を表していると、あらゆる書籍にはそう書いてある。
 在学者が多い時期の労働力率は当然低いが、卒業を機に就業して、率は上昇する。しかし、かなり多くの女性が結婚または出産に伴って退職し、しばらくは子育てに専念する。これがM字の谷を形成する。この谷は出産、育児による一時的な労働市場からの離脱を意味しているが、そのことは同時に、わが国の主婦(有配偶者)にとって就業と出産、育児が二者択一の関係にあることを示している。やがて女性は、育児と家事労働から解放され、あるいは夫と死別、離別して、中年期に労働市場へ再参入し、労働力率は第2のピークを作る。そして、年齢とともに少しずつ労働市場から引退し、労働力率はゼロに向かって低下していくのだ。
 このように、多くの女性がM字の曲線をたどるように働いている。しかもこれは日本に特有のものだ。<図5>の国際比較をみてみるとよくわかる。スウェーデンを始め、フランス、アメリカ、ドイツは逆U字形に近い形をしており、谷を形成していない。結婚、出産により職を退くということがほとんどないという表れだ。
 もうひとつ、興味深い図をみつけた。年齢階級別女子労働力率に就業希望率を合わせた女子潜在有業率<図6>だ。

<図6>


図省略


 これをみると先ほどの諸外国とほぼ同じ形をしており、日本の女性労働のあり方も西欧諸国並になりうる可能性があるということではないだろうか。
 ということは、日本の年齢階級別女子労働力率であるM字型曲線を形づくっているものは、日本型雇用形態である、終身雇用、年功賃金に裏付けされた女性雇用のあり方、ひいては日本においてなかなか改善されない女性差別なのではないだろうか。そしてもうひとつ、就業と出産・育児の両立が困難である社会環境なのではないだろうか。
 
第2項 様々な女性の労働形態

1、パートタイマー

 女性の雇用形態のなかでも、最も複雑なのがこのパートタイマーである。「パートタイマー労働に関わる調査研究会」(座長・高梨昌信信州大学名誉教授)がまとめた報告書によると、1996年度の勤務時間週35時間未満ののパート労働者は前年度より119万人増えて、1015万人(うち女性692万人)となり、雇用者全体の19.4%を占めるという。これに擬似的パートといわれるフルタイム並に働くフルタイム非正社員を加えると、もっと数が増えるだろうと思われる。
 パートタイマーの雇用のあり方で問題となってくるのが、この擬似的パートの存在と、収入調整の事実、そして何よりも不安定で劣悪な雇用・労働条件だ。

(1)擬似的パート
 擬似的パートとは、日本労働研究機構が1989年に行った「パートタイム労働実態調査」によると、「同じ事業所の正社員と1日の所定労働時間が同じ(あるいは長い)で、かつ所定勤務日数が同じ(あるいは多い)」非正社員であるとしている。そしてこれは現在の配偶状況と学卒後の勤務状況により、大きく有配偶再参入タイプ、未婚継続タイプの2つに分類できる。
 有配偶再参入タイプは、学卒後働いていたが結婚や子育てのために退職し、その後再び仕事を始めるようになった人たちで、未婚継続タイプは未婚で学卒後ずっと仕事を続けている人たちだ。興味深いのは、今の雇用状態に対する考え方の違いで、前者は、フルタイムとはいえある程度の勤務の柔軟性の存在により、「現在のような形でできるだけ長く働きたい」とする者が大半を占めており、後者は、「今の職場に関係なく正社員で働きたい」とする者が半数近くいる。
 労働条件が悪くても時間の融通がきくからよしとする人と、正社員の職がないからパートで長時間働く人がいる。どちらも妥協する形で就業しているわけだ。企業がパートを雇用する理由は「人件費が割安だから」という考えが最も多い。何と比べて割安かというと正社員と比べてなわけだから、この擬似的パートに関しては、雇用者側に対して疑問が残る。有配偶再参入タイプは、時間の融通がネックなら自由時間が叫ばれる今日、正社員も含めたフレックスタイム制の導入や、時短を進めるといったこと、未婚継続タイプにおいては、日本型雇用慣行が崩壊しつつある昨今、正社員への格上げもやれないことではないだろうし、当然のことであろう。

(2)収入調整
 収入調整とは、有配偶の女子パートタイマーで、自分自身の年間収入が一定水準を超えると夫に対するその勤務先からの配偶者手当が停止されることや、厚生年金などの社会保険への加入義務が生じることの結果、世帯全体としての収入が減少することになるため、年間収入を一定水準以下に抑えることである。 その目安が所得税の非課税限度額の103万円だ。労働省の「パートタイム労働者総合実態調査報告」(1995年)によると、収入調整するパートタイマーは38.6%もおり、これは年々増加している。「100万円の壁」といわれているが、これを超えると、所得税はとられ、社会保険料もとられ、夫はというと会社から配偶者手当をもらえず、税制面では配偶者削除、配偶者特別削除が受けられなくなり、結果、世帯全体としての収入が減ってしまう。妻の収入が相当高額でなければ妻が働くことが家計の足手まといになってしまう訳だから、こうするのも当然だろう。国が専業主婦を推奨しているといわれているのはこの点である。先の「パートタイマーに関わる調査研究会」は、配偶者手当、配偶者削除などの廃止を含めた見直しを労働省に提言したが、これは将来的にも必要なことだと思う。  

2、派遣労働者

 派遣労働者もパートタイマー同様、増加傾向にある。<図7>をみてもわかるとおり、1986年には8万7370人だった登録者は、92年には50万3156人と増加した。その後一時減少したものの、その後再び増加傾向にある。

<図7>


図省略


 登録者数と実際に派遣された派遣労働者には大きなひらきがある。その後の動向がわからないので断定はできないが、労働意欲はあるものと思われるので、推測するに、パートへやむなく転向したか、正社員として雇用されるに至ったか、またそのまま派遣先を待っているかだろうと考えられる。また、複数の派遣会社に登録している者が多いそうだ。それでも仕事が月に2〜3日あるかないかという例もあるので、派遣のシステムには疑問が残る。派遣先を頂点に、派遣元、派遣労働者、というピラミッド型の上下関係においては、派遣労働者はかなり弱い立場におかれてしまう。派遣先、いわゆる派遣労働者を雇用する企業の上に立つ組織が必要なのではないだろうか。
 企業が派遣労働者を活用する理由としては、労働省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(1994年)によると、専門的業務への対応が最も多く37.8%、次いで人件費の節約で35.9%だ。月々の給料はそれなりに多いが、ボーナス等を含めると同じ仕事をしている正社員よりも年収は低くなるという。また、雇用保険加入者は3割にすぎず、仕事は正社員と同じにもかかわらず、産休・育児休業が原則的に保証されておらず、出産時には雇用保険も切れてしまうなど、労働権は保証されていない。
 山一証券が11月に自主廃業となり、7500人の社員が来年にも解雇されるという事態になったが、その他にも1600人あまりの「山一ミディー」といわれる派遣労働者・契約社員がいたことはあまりマスコミでも報道されていなかった。組合にも入っておらず、雇用保険もない中で、その後の就業は難しいものとなるであろう。この「山一ミディー」の中には、10年以上も勤めていた人や、家族を扶養している人も多いという。しかも、正社員よりもいち早く、解雇されることが決まった。山一証券からは、何の説明も、誠意も受けていないそうだ。
 諸外国をみてみると、ドイツには同一の派遣先で、3カ月とか6カ月といった期間を超えて勤務すれば、その企業との直接雇用が成立したと認められる派遣労働者保護の制度が存在する。こういった制度も含めた法を制定するべきなのではと思う。

3、正社員

 正社員についてはその後の章で大きく問題点をあつかうので、ここではごく簡単に前書き程度に述べることにする。パートタイマー、派遣社員同様、女性の正社員も増加してきていることは、本章第1節で述べたとおりだ。問題は、その中身である。
 日本型雇用慣行のなかで、そして古くからある女性差別のなかで、企業内において女性は差別を感じずにはいられないでいる。それを端的に表しているのが男女の賃金格差であったり、雇用における処遇の面であったりするのだが、それと同様、セクシュアル・ハラスメントといった見えにくい間接差別というものがあるのは「はじめに」で示したとおりである。
 次の節では、労働の対価であるはずの賃金の格差を明示した上で、後の章へとつなげたい。

第3節 男女賃金格差の国際比較

 男女賃金格差の国際比較をみれば、その国の労働における女性差別がどのような状態にあるかが歴然とわかるのではないだろうか。なぜならば、すべての労働は対価である賃金に反映されてくるからだ。

<図8>


図省略


 <図8>は、男女間の賃金格差の国際比較である。これをみてみると、日本は男性を100とした場合、女性の賃金の水準は63.5となっている。欧米諸国に比べると格差が大きいことがわかる。その国ごとの社会的背景や、法の整備状況とあわせて考えてみると、納得のいく結果なのではないだろうか。
 日本において、女性差別が緩和されていけば、一目瞭然、この賃金格差に現れてくると思われる。また逆に、次の章で述べることだが、規制緩和に後押しされた、人間性に欠ける法の改正の結果も、これに現れてくるのではないだろうか。今後の展開に注目したい。

第3章 女性の労働問題をめぐる法律

第1節 均等法成立へのあゆみ

 男女雇用機会均等法は1986年の4月から施行されたわけだが、ここではその成立までのいきさつと、その具体的内容と背景をみていく。
 女性の権利向上を願うのは、日本の女性だけではなく、これは国際的にも問題になっていることで、全世界の女性が願っていることだ。国際的な男女同権の動きは、国連憲章の男女同権の原則に始まっていて、1948年の「世界人権宣言」、1967年の「婦人に対する差別撤廃宣言」へと続いた。戦後つくられた日本国憲法の第14条でも、実は基本的人権の一環として男女の平等を保障しており、男女平等の労働権や、男女平等の学習権等が規定されている。しかし、戦後、日本的企業社会が確立されていく中、企業に雇用される女性は理想と現実との大きなギャップに悩まされ続けてきたように思われる。
 そうした中で、1975年、国際婦人年に、1975年に国連の一機関として発足した「婦人の地位委員会」を中心に、世界最初の女性会議がメキシコシティーで開催され、それに続く10年を国連婦人の10年とし、地球的規模で男女平等を世界の共通課題とし、活動してきた。そこで、国際婦人の10年がどんなものだったかみていきたい。

第1項 国際婦人の10年

 国際婦人の10年の初年に当たる1975年、メキシコ大会では、「世界行動計画」を採択し、10年間の国際的な行動目標を定めた。この会議の特色は女性の問題を人権問題としてとらえていることである。この方向性がさらに深められたのが、1979年12月に国連で採択された「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」だ。これは、この第34回国連総会で、130カ国(反対0、棄権11カ国)の賛成で採択された。さらに、1980年、デンマークで開かれた「国連婦人の10年世界会議」で、この条約の賛成署名を日本を含む75カ国がした。この条約では、男女平等達成の必要条件として何を掲げていたかというと、以下のとおりである。

(1)女性が子どもを産み親となることが差別の根拠となってはならない(母性と労働権の保障)
(2)子の養育は男女双方と社会の責任である(男女共同参加の実現)
(3)男女の役割分担の変更(性別役割分業の変革)

 その他に、家庭と職場の調和をはかる具体的な提言として、労働時間の相対的短縮、時差通勤、フレックスタイム制度、子供の世話を助けるための保育施設や育児休業等が掲げられている。
 そしてさらに、1985年のナイロビの世界会議では、「2000年に向けての婦人の地位向上のための将来戦略」が採択された。ここでは、パートタイム労働条件の改善、家庭責任の調和のための労働時間の弾力化、雇用差別撤廃、男女双方の育児休業の確立が明記された。

第2項 日本の動向

 この間、日本はどのような動きをみせていたのだろうか。1980年に掲げられた「婦人の対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」では、日本も賛成し、批准したわけだが、ひとつここに疑問が生じる。なぜならば、1979年に日本政府は「家庭基盤充実政策」を打ち出し、家庭の意義を見直し、経済社会の急激な発展に対応し得る家庭づくり施策を提起していたらだ。その意図していたものは、性別分業の強化であり、福祉の負担を個別家庭の自助努力に押しつけることであったので、明らかに矛盾がある。これはさらに1980年初頭に政府が打ち出した「日本型福祉社会」構想に組み込まれていった。
 そして、国際婦人の10年の最終年、1985年に向けて、あたかも矛盾を埋めるかのように国内法の改正、新たな制定に乗り出した。「あらゆる男女差別撤廃条約」は、第11条で、労働権、職業選択の自由、男女同一の雇用機会、平等な報酬と待遇を要請している。これを受けてできあがったのが男女雇用機会均等法なのである。

第3項 均等法の内容とその問題点

 男女雇用機会均等法ができるまでは、雇用における性差別についての規制は、労働基準法第4条による男女同一労働、同一賃金の原則規定だけだったので、この単独での立法は本来、職場の男女平等実現に向けて、画期的な意味をもつものだったのだろう。しかし、制定をめぐっては、女性労働者、労働組合と企業側との見解が折り合わず、労働組合の右傾化をすすめつつあった財界・政府の圧力によって、男女雇用機会均等法は多くの弱点を含む内容で制定された。現在、結果として平等が確立されているとはいえない状態をみても、その制定をめぐっての攻防がわかるように思える。

<図9>


図省略


 <図9>が男女雇用機会均等法の構成である。その内容を大まかにみてみると、総則では男女雇用機会均等法が日本国憲法に基づいて、雇用の分野における男女の均等な機会と待遇を確保し、女性労働者が母性を尊重されつつ性別によって差別されることなく職業生活と家庭生活との調和をはかることができるように、福祉と地の向上を促進するものであるとしている。しかし、目的や基本理念もすべての性差別の撤廃という明確な表現をさけている。
 7条〜12条の事業主の講ずる措置では、あらゆる雇用の過程を具体的に記して規制しているが、規制の方法が問題だ。
 <図9>をみてもわかるとおり、募集、採用、配置、昇進については「努力義務規定」としており、教育訓練、福利厚生、定年、退職、解雇については、「禁止規定」としている。差別された女性が裁判所に訴える場合、禁止規定であればそれを根拠に違反、無効として訴えることができるが、努力義務規定ではそれができない。しかも、雇用する側である事業主だけの努力に期待する規定では効力もないのではないだろうか。
 また、男女雇用機会均等法には罰則規定がない。禁止規定に違反したとしても、事業主は罰せられることにはならず、法の実効性が弱い。アメリカでは同様の法律に罰則規定が存在する。罰則を受けると企業の存続も危うくなるほどの罰金の額になるという。法の実効性を考えるとこうなるのが当たり前なのかもしれない。しかし、企業中心社会で労働者が弱い立場に置かれがちの日本では、企業側は法制定の段階で罰則規定をよしとしなかった。これは暗に、女性差別をする、女性差別は会社運営のシステムに必要不可欠なものだということを認めているということにならないだろうか。そうでなければ、制定時から罰則規定はあったはずだし、逆に企業に女性差別がないとしたら、罰則規定があったとしても、何の問題も起こらないはずだ。
 男女雇用機会均等法の制定はまた、労働基準法の母性保護規定の大幅な改定、縮小と抱き合わせという問題もあって成立した。性差別を規制する新立法化を余儀なくされた企業側は、母性保護の縮小を男女雇用機会均等法制定の前提条件として主張し、労働者側の抵抗を押し切った。政府もそれに同調し、労働基準法の女性労働者に対する保護規定(第64条〜68条)を「直接保護」(出産休暇、育児時間、及び妊産婦保護)と、「間接保護」(妊産婦以外の深夜労働禁止、時間外・休日労働制限、危険有害物業務の就業制限、坑内労働禁止、生理休暇)に分断整理を行い、直接保護だけを母性保護として存続、強化するが、間接保護はこれと区別して「女子保護」と称し、縮小していくという方向付けを行ったのだ。


第2節 均等法施行後の実態

 男女雇用機会均等法が施行されると、これまでのおくれた意識や慣習を最大限に利用した古い形態の性差別から、表向きは男女の機会均等をたてまえとするいっそう巧妙な性差別というような、企業側の人事管理の強化による差別の再編が明らかになってきた。コース別管理や、能力主義管理がそれにあたる。

第1項 コース別管理

 コース別管理とは、企画的業務や定型的業務などの業務内容や、転居を伴う転勤の有無などによっていくつかのコースを設定して、コースごとに異なる配置、昇進、教育訓練などの雇用管理を行うシステムのことだ。コースの数、区分の仕方、名称などは企業によって様々だが、一般的に、管理職コースである「総合職」と、平社員コースである「一般職」にわかれる。
 総合職は、基幹的業務に従事し、転居を伴う転勤があるが管理職への昇進が可能なコースで、一般職は、定型的業務に従事し、転居を伴う転勤はないが管理職へは昇進できないコースである。問題は、コースに配置する基準は性差によるものではなく、本人の自主選択をたてまえにしながらも、一般職には女性が多く流れていく現実だ。総合職を女性が希望しても、面接の段階で一般職を選択することを勧められる、また強いられるといったようなことも少なくないようである。また、総合職で採用されたとしても、実際働いてみると同僚男性からの見えない女性差別を感じる女性が多いという。
 <図10>は、コース別採用の現状である。これをみると、総合職は「男女とも」募集が多いが、採用は「男性のみ」が大部分で72.3%となっている。逆に一般職は「女性のみ採用」が74.9%となっている。
 表向きは男女同一でも、実際には総合職は男性、一般職は女性という差別が温存されていて、男女とも募集の見せかけによって、それが見えにくくなっている。そのために、このようにして起きる結果としての差別を規制しない男女雇用機会均等法には違反しないことになる。これが、コース別管理の特徴で、企業としてのメリットになっているのではないだろうか。

<図10>

図省略


第2項 能力主義管理

 コース別管理をしていない企業でも、表面からは性差別が見えにくい賃金形態による賃金差別が、民間大企業を中心に広がっている。これまでは労働者の勤続年数や年齢、学歴、性別を基本にして、それに仕事の違いや企業への貢献度を加味して賃金を支払う年功制賃金、年功給形態が主流だった。これとは別に、労働者1人1人の職務遂行能力を基準とする「職能給」が賃金形態に組み込まれるようになった。
 では何が問題なのかというと、給与額の決め手となる人事考課の手法である。年功制による賃金や昇進の場合は、勤続年数、学歴など、比較的はっきりした基準が重視されるが、能力主義による昇進や、昇格、職能給の場合の基準は、より抽象的な職務遂行能力となる。この能力を決定するのがその労働者の直接の上司と人事委員会など、ほとんどのケースで、企業側の権限で行われる。一般的には、業績、職務遂行能力、勤務態度などをもとに、それぞれの項目を設定し、1人1人をABC…や点数で評価し、その総合点で査定されているようだ。この総合点が決められた点数以上であれば昇格し、以下であれば据え置き、または降格となって賃金や昇進が決まるしくみとなっている。
 そこには企業側の意志、つまり経営戦略が反映しているらしい。1人1人を公平に処遇するためというよりも、人件費をできるだけ抑えながら、1人1人に差を付けることにより、労働者同士の競争を刺激して仕事の能率をあげる人事管理、賃金管理と結びついて行われるものだ。したがって、企業が行う業績、能力、勤務態度の評価基準の根底にあるのは、企業に対する労働者の忠誠度、貢献度となるのではないだろうか、ということになる。
 すると、ここでもやはり、女性が差別の対象となってしまうことは明らかだ。上司となると男性の場合が多いので、忠誠度、貢献度といった、いわゆるつきあいの深さのようなものは、男性の方がポイントが高くなる。また、何度も述べているように、根深い女性差別の現状とあわせて考えてみると、その感情が入らないとも限らない。抽象的な評価基準を抜きにした人事考課、または、労働者自身や職場の同僚全員参加型の人事考課が望ましいのではないだろうか。

第3節 現行法の改正

 こうした流れを受け、男女雇用機会均等法が施行されてから10年以上経過し、改正すべきだという声は多方面から出ていた。これは制定された時点からであったが、いよいよ1999年4月から改正男女雇用機会均等法が施行される運びとなった。それは再び、労働基準法との抱き合わせになる。しかも、労働者側からの不満・不安も多いものとなっている。男女雇用機会均等法制定時以上のものなのではないだろうか。この節では、改正男女雇用機会均等法はどのようなものになるのか、そして労働基準法はどう変わるのかをみると同時に、その不満・不安は何からきているのかを考えていきたい。

第1項 改正男女雇用機会均等法

 改正男女雇用機会均等法は、企業は採用や配置・昇進にあたって女性を差別しないよう努力するとして、男女の機会均等を努力目標にしている今の規定を全面的に改め、努力規定を禁止規定にした。また、女性差別防止の実効性を確保するため、違反企業が是正勧告に従わない場合、労働大臣が企業名を公開できる措置を盛り込んだほか、職場でのセクシュアル・ハラスメントについても新たに防止のための企業の努力規定を設けた。女性労働者の救済機関として設置している調停委員会も、従来調停入りには労使双方の同意が必要だったが、女性労働者の申請のみでも可能にするよう改善した。
 これらは現行法を大幅に改善したということでは大きな前進といえるかもしれないが、欧米の同様の法律にはまだ追いついていない。というよりか、日本人特有の考えの浅さ、甘さのようなものが見えるように思われるのだ。
 ではどうすればいいのかというと、私自身の考えは2つある。
 第1に、これまで努力義務規定だったものが禁止規定になり、違反企業は企業名が公開されるまでとなったが、これはさらにその上の罰則規定までにならないだろうか。罰則規定ならば自然と企業名公開プラス罰則になる。企業としての1番の目的は利潤の追求であり、違反をすればそれに痛手を被るわけだから、労働問題に関してはあらゆる法の網の目をくぐり抜けてきていた日本企業だけに、このくらい厳しいものが実効性があるのは間違いないように思われる。
 2番目として、セクシュアル・ハラスメントに関する努力義務規定だが、これはなぜ禁止規定にならなかったのか。努力義務規定としても、将来的に禁止規定にする見通しの上でのことなのだろうか。セクシュアル・ハラスメントの認知度は高い。企業で働いている人であれば、当然知っていることであろう。ただ、具体的にどういうものがセクシュアル・ハラスメントにあたるのか、抽象的なものであるだけにそのことがわからないだけのことである。労働省婦人局や東京都労働経済局など、あらゆる機関でセクシュアル・ハラスメントに関する冊子を発行し、はっきりと認識してもらおうと努めている中で、施行が2年後の1999年であれば、禁止規定にするべきだと思われる。

第2項 労働基準法の見直し

 男女雇用機会均等法改正と同時に、労働基準法も改正されることになったのだが、これは男女雇用機会均等法制定時の労働基準法改正段階で振り分けた「間接保護」(妊産婦以外の深夜労働禁止、時間外・休日労働制限、危険有害物業務の就業制限、坑内労働禁止、生理休暇)、つまり「女子保護」の縮小化がここで実現される運びとなったものだ。
 ではその内容をみていくことにする。まず、現在の女子保護規定では、女性の時間外労働は原則として年間150時間に規制され、午後 10時から翌朝5時までの深夜労働はスチュワーデスや看護婦など特定業務を除き禁止されているが、この女子保護規定が撤廃されることになる。休日労働についても同じだ。戦前、繊維業・製糸業などでの女子労働環境の劣悪さもあり、戦後ようやく獲得した女子保護規定だったのだが、再び戦前の状態に戻ってしまうのだろうか。
 長時間労働が女性を巻き込み、野放しとなる懸念がある。残業と深夜勤務を拡大させるだけのような気がする。これは家事と育児を現実には担っている、仕事と家庭を両立している女性にとっては過酷なものとなるのではないだろうか。男性の時間外労働の目安規制は年間360時間以内とされているので、一気にここまでつり上げることになる。男性に対する規制も守られていないのが現状だけに不安は多い。年間360時間というのもやはり努力義務規定だからだ。違反すれば罰則ではなく指導となる。将来的には男女共通規制として年間150時間を目指すとしているが、努力義務規定のままでは、実現味が危ぶまれる。
 また、新たに「裁量労働制」や「変形労働制」がホワイトカラーのかなりの層に拡大される。労使協定で決められた時間(みなし労働)で決められる裁量労働制は、自由時間を確保できるメリットはあるが、いくら働いても給与は変わらない。裁量労働制を打ち出すにも、それが残業につながるのは問題なのではないだろうか。企業側は労働力を自由に使いたいだけに、裁量労働制の名にまかせて実際の労働力に値しない給与を支払わないとも限らない。導入にあたっては、それぞれの企業ごと、それぞれの労働の困難度、必要時間などを細かく分析し、はっきりとした基準を定め、労使双方納得の上でのものにするのが望ましいと思う。

第3項 誰のための法律なのか

 こうしてみてくると、法律とは一体誰のためのものなのかという疑問が生じてきた。法律はある一定の団体(企業)のためのものではなく、国民1人1人のためのものではないだろうか。なのに、労働に関するあらゆる法律は、企業が労働力を思いのままに使いやすくするための部分が大きい。これではいくら「規制緩和」といって、あたかも良い方向に向かっているようにしむけられても、冷静に考えてみると、人間らしさに欠いた法律に間違いないように思われる。
 過労死が生まれるような長時間労働がまかり通る現状を考えると、法の下で暮らす私たちだが、法律でしばられている労働を打破したい気持ちも出てくる。しかし、労働省でさえも、残業は景気変動に対する雇用調整機能があると、時間外労働の法的規制には消極的だ。人間らしい生活、労働ができるような法律の斬新な改正を求めたい。
  
第4章 セクシュアル・ハラスメント

 3章で女性の労働に関する法律について述べてきたのを受け、この章ではセクシュアル・ハラスメントについてみていきたい。セクシュアル・ハラスメントは労働問題にかかわる女性差別を考える上で、最も悪質であり、根深いものだ。しかも、一企業内に留まらない、外部企業との接触の上でもあり得る問題なのである。
 セクシュアル・ハラスメントを日本語に訳すと「性的な嫌がらせ」となる。しかし、セクシュアル・ハラスメントは単なる嫌がらせではなく、その中身をみてみると明らかに「性的な差別」であるように思われる。女性であるがために、雇用その他業務上のあらゆる面で不公平に扱われている場合が多い。差別する側も意識しないまま、女性の方もさも当たり前かのように、また時には何かが変だと思いつつも差別がまかり通っているのが事実だ。
 女性であるが故にあらゆる状況下で間接的に差別を受けてしまうのが現実だ。間接差別の象徴であるセクシュアル・ハラスメントをその起こりから順を追っていく。

第1節 セクシュアル・ハラスメントの概念

第1項 セクシュアル・ハラスメントの起こり

 そもそも「セクシュアル・ハラスメント」という考え方が起こったのはいつ頃、どこでなのか…。それは1970年代、アメリカでのことである。それまでも今日言われている、セクシュアル・ハラスメントに相当する行為言があったことはまぎれもない事実であるが、それを差別であると受け止め、就業上の問題点だと意識し始めたのである。70年代に入ると、アメリカでは働く女性が急増し、フェミニズム運動も盛んになり、職場でのあらゆる女性差別を告発する運動が進められた。そうして、隠れていたセクシュアル・ハラスメントの被害が表面化してきたのである。さらに、1980年代半ばになると、急速に世界へと広がっていった。
 世界の舞台でセクシュアル・ハラスメントが具体的に問題事項としてあがったのは、1985年の「婦人の地位向上のためのナイロビ世界戦略」の場である。ここで初めてセクシュアル・ハラスメントが取り上げられ、防止策・法的措置強化が提起された。また、1990年に採択された「ナイロビ将来戦略の実施に関する第1回見直しと評価に伴う勧告及び結論」では、セクシュアル・ハラスメントは女性に対する性暴力であるとしている。さらに、1993年の世界人権宣言で採択された「ウィーン宣言及び行動計画」では、あらゆる形態のセクシュアル・ハラスメントが人間の尊厳及び価値と両立せず撤廃されなければならないことであり、法的手段・国内行動・国際協力が必要とされた。1995年に北京で開催された第4回世界女性会議では、女性に対する暴力がテーマとなり、セクシュアル・ハラスメントは、対価・地位利用型、環境利用型ともに、女性の尊厳・性的自由に対する見える形、見えない形での暴力的侵害であるとしている。
 この間、ILOでも、1985年の総会では、「雇用における男女の均等な機会及び待遇に関する決議」で、セクシュアル・ハラスメントは女性労働者の労働条件、雇用、昇進を害するものであり、均等促進政策のなかに予防措置を含む必要があることが決議されている。そして、1994年の世界女性大会で、さらに、すべての労働協約にセクシュアル・ハラスメントの定義とその苦情処理手続を加えることを義務づけること、セクシュアル・ハラスメントに対する刑事法を制定すること、使用者に防止措置を行うための組合との協力を要請すること、組合内での啓蒙などについて採択している。
 このように、着々と世界的な運動の高まりのなかで、セクシュアル・ハラスメントが問題視されるようになり、防止・廃絶への方向付けがなされてきたのだ。

第2項 セクシュアル・ハラスメントの定義

 では、「セクシュアル・ハラスメント」とはいったいどういったことを指して言うのであろうか。労働省はその定義を以下のように定めている。 
                    
  相手方の意思に反した性的な言動を行 
 い、それに対する対応によって仕事を遂 
 行する上で、一定の不利益を与えたり、 
 就業環境を悪化させること。  
 (「女子雇用管理とコミュニケーション 
 ギャップに関する研究会報告」1993年) 
                    
 また、セクシュアル・ハラスメントは次の2つの形に分類されている。
              
 1、 対価型・地位利用型 
 2、 環境利用型  
              
 1の対価型・地位利用型とは、「権限を持つ上司からの性的要求を拒否したために、解雇や昇進差別、配置転換、業務上の指示などについて、不利益な扱いを受けるなど、職務上の地位を利用し、または何らかの雇用上の利益の代償あるいは対価として性的要求が行われるもの」であり、2の環境利用型とは、「はっきりとした経済的な不利益は伴わないものの、屈辱的、敵対的な発言や動作の繰り返しにより、就業環境を不快なものにすることで、職場に行くのがつらい、顔を合わせたくないなど個人の職務の円滑な遂行を妨げるなど、就業環境を悪化させる性的言動が行われるもの」である。
 まず、定義の中身をみていきたい。「意思に反する」とは、どういうことなのだろうか。この場合、本人の同意・承認のないもの、または仮にやむなく受けてしまったとしても当人が歓迎していない、または迷惑なもの(例えば、しつこい、気恥ずかしい、いたたまれないもの、不快を感じる等)をいう。それは、相手側から「強いられたもの」より広義なものだ。そして、意思に反するものかどうかを決めるのは、あくまでも受けた側の個々人の気持ちが判断の基準となる。
 この「判断の基準」が問題だ。セクシュアル・ハラスメントといっても人や、状況によって判断基準が違ってくる。その判断過程において、当事者がどれだけ嫌な思いをしたか、しているかという主観的問題が入り込んでくるからだ。だからこそ、企業内で第3者的立場に立てる人が必要なのであり、苦情処理機関を設け、相談できる人を置く必要があるのだが、これは企業の努力義務でしかない。
 労働省は、なぜセクシュアル・ハラスメントが起こってしまうのかということを、コミュニケーションのギャップであるからとしている。しかし、単なるコミュニケーションのギャップではすまされない。セクシュアル・ハラスメントは、人間の尊厳の侵害・性差別・女性の働く権利の侵害という人権問題ということを国の機関でさえもわかっていないのは、一体どういうことなのだろうか。重要視されるべきなのだが、日本では軽く扱われているのが現状だ。
 そこで次の節では、アメリカを例に取り、セクシュアル・ハラスメントへの取り組みをみていくことにする。

第2節 アメリカの取り組み

 セクシュアル・ハラスメントに関し、ほとんどの先進国で最近10年の間に問題の重要性が認識され、企業が予防策を講じることが重要であるとの認識が高まっている。その中でもアメリカは、世界に先駆け、セクシュアル・ハラスメントの問題に10年以上も前から取り組んでいる国である。

第1項 訴え続けた成果

 本章、第1節、第1項冒頭でも述べたとおり、アメリカではフェミニズム運動が盛んになるにつれ、セクシュアル・ハラスメントの被害が表面化してきた。当然、セクシュアル・ハラスメントの禁止を唱った法律はまだなかったわけだが、アメリカには1964年に制定された公民権法第7編というものがあった。これはもともと人種差別の是正を目的として提案されたものであるが、性差別のほかに、人種、宗教、国籍などを理由とする雇用上の差別を禁止した法律だ。アメリカの女性たちは、セクシュアル・ハラスメントをこの公民権法第7編の性に基づく差別禁止に違反するとして、裁判所に持ち込むようになってきたのである。
 セクシュアル・ハラスメントに関する最初の裁判は、1974年のバーネス事件(コロンビア特別区連邦地裁)である。そのセクシュアル・ハラスメントの内容は以下のようなものであった。

 バーネスは連邦環境保護局の雇用機会均等部門の経理事務員として採用されたがまもなくして部門の長である男性上司からのセクシュアル・ハラスメントがはじまった。退社後どこか一緒に行こうと誘われ、彼女が拒否しても、繰り返し繰り返し誘われた。性的な話も何度もされた。さらに、彼と性的な関係を持てば昇進させてやることを何度もほのめかされた。バーネスはこれをきっぱりと拒否していた。するとその報復として、彼女へのいじめが始まった。彼女をけなしたり、困らせたり、仕事を与えなかったり…。そしてついには、彼女の職自体が廃止されてしまった。

 第1審での判決は原告敗訴だった。裁判所はバーネスは「女性であるからではなく、上司の要求を拒絶したがために差別されたのだ」として、公民権法第7編の適用を否定した。
 アメリカでさえも当初はこのような状態だった。しかし、ここからが日本が見習うべき点になる。それは何かというと、訴え続けること、つまり白黒をはっきりさせることだと思われる。他人になかなか理解してもらえないことを理解させるには、言い続けること、訴え続けることがいちばんの良策だと私は考えている。
 決して泣き寝入りせずに、これはセクシュアル・ハラスメントであり、女性差別なのだと主張し続けた結果、控訴審(1977年)ではバーネスの訴えが認められるまでとなった。「女性であるが故に、上司の要求を拒絶したから差別された」ということを裁判所が認識し、人的侵害であると認めたのだ。裁判の国、アメリカでは、裁判の判例をもとに、その後に続く判例も左右されてくる。1976年のウィリアムズ事件(内容省略)の肯定判決をかわきりに、次々とセクシュアル・ハラスメントを受け、訴えた女性が勝訴するようになってきた。そうした背景でできたのが、EEOC(雇用機会平等委員会)のガイドラインである。

第2項 EEOCのガイドライン

 EEOC(雇用機会平等委員会)とは、アメリカにおける差別の行政救済機関である。差別の申し立てを受けると事実の調査を行い、それによって差別申し立てに理由があると判断した場合には、調整、説得によって差う゛ぇつの是正を行う。もし説得が不調に終わった場合には、EEOC自らが民事訴訟を提起したりもする。
 また、EEOCは差別の判定基準となるガイドラインの策定も行っている。裁判所はこのガイドラインを尊重して判決を下しており、セクシュアル・ハラスメントに関するガイドラインが発表されたのが、1980年のことである。このガイドラインは画期的なものであり、セクシュアル・ハラスメントを考えるにあたって、世界の手本となったものだ。その内容の一部を以下に記す。

(1)セクシュアル・ハラスメントは、公民権法第7編703項に違反す る違法な性差別である。
(2)セクシュアル・ハラスメントを排除する最善の方法は予防策をとることであり、使用者には、発生を防ぐために必要なあらゆる手段をとる義務がある。

 この2点に注目したい。まず(1)の中の「性差別」という表記である。日本においては、アメリカほど「差別」に関して積極的な姿勢がない。腫れ物でもさわるかのように、なるべく避けて済まそうというのが日常であり、話題にのぼることもあまりない。だからこそ、この「性差別」と明確に表記する必要性があると思うのだが、先に記した労働省のセクシュアル・ハラスメントの定義の中にもそれはない。「相手方の意思に反した性的な言動を行い、それに対する対応によって仕事を遂行する上で、一定の不利益を与えたり、就業環境を悪化させる性差別。」と、表記を改めるべきである。
 (2)に関しては、「セクシュアル・ハラスメントを排除する最善の方法は予防策をとること」という記述である。予防すること、つまり、前もって防ぐことが重要なわけだが、日本の場合、事が発生してからさあどうするか、という点に重点があるようだ。これは、セクシュアル・ハラスメントをはっきりと認識していない人があまりにも多いということからきているのかもしれない。だからこそ、女性の側が「拒絶」という予防を張ること、プラス社内教育で、セクシュアル・ハラスメントの徹底理解を図ることが最善の方法なのだと思われる。
 このように、目を見張るほどEEOCのガイドラインは完璧なものとなっている。日本でも、改正男女雇用機会均等法にセクシュアル・ハラスメントに関する条項が盛り込まれることになるが、言葉によるぼかしは否定できないものになっているようだ。

第3節 セクシュアル・ハラスメントの対策

 セクシュアル・ハラスメントの対策としては、要所、要所でその一部を述べてきたが、まとめると以下の3つになるだろう。それはセクシュアル・ハラスメントの徹底理解であり、女性の側からの予防策であり、後ろ盾としての法律の強化である。法律については第3章ですでに述べたとおりである。残りの2つについて、述べたいと思う。

第1項 セクシュアル・ハラスメントの徹底理解

 まず、セクシュアル・ハラスメントの徹底理解が必要である。これがいちばんの問題なのではないだろうか。誤解されやすいマスコミの報道や、興味本位で語られる場合が多いからである。
 例としてあげると、カラオケでのデュエットの強要やお茶くみの強要はセクシュアル・ハラスメントにあたる、と聞くと、まず、そんなことがセクシュアル・ハラスメントなのかと思う人が多い。そう思うことには何の間違いもなく、当たっている。セクシュアル・ハラスメントとはそれだけではいえない。しかし、その背後に精神的苦痛がある場合と、拒否した場合にそれに続く報復や女性蔑視からくる賃金や解雇にみられる性差別がセクシュアル・ハラスメントなのだということをどれだけの人が理解しているのだろうか。女性の側も理解していない人が多いのではないだろうか。
 この理解が甘く、浅いために、セクシュアル・ハラスメントに対する意識が低く、重要視されていないのだと思われる。だからこそ、セクシュアル・ハラスメントの徹底理解を初歩からすすめるべきだ。先ほどの点を踏まえた企業での社内研修、政府機関によるパンフレットでの呼びかけなどをもっと徹底して行うべきなのではないだろうか。

第2項 女性の側からの予防策

 セクシュアル・ハラスメントの徹底理解は、その結果として自然と企業や労働組合、そして労働者1人1人のセクシュアル・ハラスメントを予防しようという意識につながるだろう。これはEEOCのガイドラインにあった、「最善の方法は予防策をとること」にも当てはまる。しかし、セクシュアル・ハラスメントはいわゆる「差別」であるため、第1章で述べたとおり、決してなくならないものである。ということは、セクシュアル・ハラスメントに至る言動や、セクシュアル・ハラスメントがなされたときに、女性が予防策を張ることも重要になってくる。
 では、その予防策は何かというと、「拒絶」の意思表示だ。その拒絶をすると、報復や嫌がらせを受け、就業環境が脅かされるから嫌々ながらしたがってしまう、我慢してしまうというのが、セクシュアル・ハラスメントの悪循環をまねくのではないだろうか。
 法律も完璧とまではいかないが、整備されつつあり、これにセクシュアル・ハラスメントの徹底理解がなされれば、拒絶することを恐れる必要もなくなるのではないかと思われる。

おわりに

 以上、企業における女性差別を念頭に置き、女性労働者の歴史と現状、あらゆる雇用形態、またその背景にある法律やセクシュアル・ハラスメントなどをみてきたが、全体を通していえることは3つある。それは第1に、男性、女性ともに意識改革の必要性があること。第2に、法律の再強化、第3に母性の再認識である。
 意識改革がなぜ必要なのかというと、女性軽視、女性蔑視は性差別なのだという男女双方の理解の欠如や、セクシュアル・ハラスメントの誤った認識、不理解があるからである。パートタイマーの低賃金、劣悪な労働環境は、もとをたどると、主婦パートタイマーは家計の補助的役割であり、今までもてあましていた時間に金を稼げる訳なのだからこれでいいのだという性差別からきていないだろうか。企業にとってのやすい労働力、イコール、パートタイマーという図式は、パート労働者の勤続年数は今後のびるだろうという予測や、疑似的パートの存在からも、そして女性差別であるという観点からいっても通用しなくなるだろう。企業は、パート、派遣労働者、正社員までも含めた女性労働者に対するあらゆる雇用上の不具合を女性差別と認めるべきである。
 セクシュアル・ハラスメントについても、同様である。これに関しては、人的侵害行為であり、女性であるが故になされる性差別であるという男女双方の意識の欠如がいちばんの問題である。「はじめに」でセクシュアル・ハラスメントと他の性差別を区分したのは、ここに理由がある。全体的な女性の賃金の低さや解雇などは、長年なされてきた性役割意識、女性蔑視からくる無意識の性差別であり、セクシュアル・ハラスメントはこれをベースに、さらに屈辱的人的侵害行為の上に、雇用上の不利益を重ねられた二重の女性差別であるからだ。ここに複雑さがあり、理解する難しさがあるのではないだろうか。だからこそ、根本からの意識改革がまず必要なのである。
 2点目としてあげた法律の再強化だが、これは今、日本では過渡期にあたる。1999年の施行へ向けて、男女雇用機会均等法、労働基準法をめぐり、試行錯誤の真っ最中である。その中身は改善方向へ向かっているものもあれば、人間らしい生活の保障を全く無視した、企業中心に考えられた悪法といってよいものまである。今一度、再検討する必要があるのではないだろうか。また、言葉のあり方の検討も望みたく思っている。女性に対する雇用上のあらゆる不具合は、差別なのだという認識を深めるためにも、アメリカのように「差別」という言葉を盛り込むべきなのではないだろうか。
 3点目としては、母性の再認識である。産む性であることと、労働者であることは、どちらも日常生活を基盤にしているものである。日常生活の中に母性があり、労働があるわけで、決して企業の中に日常生活があるというわけではない。本来はそうである。だからこそ、日常生活の中にある、働く場である企業は、母性を尊重するべきなのだし、政府は保護するべきなのだが、労働基準法の改正をみても、これは悪い方向に向かいつつあり、母性を理由に女性差別を受ける場合もある。
 将来的に労働力人口が減りつつあり、女性の労働力無くしては、日本経済が成り立たなくなるという予測があるが、来る未来において、出生率もかなりの所まで落ち込み、労働力不足になったとき、政府は産めよ増やせよと言い、企業は働け稼げとせきたてるのだろうか。母性の尊重・保護無くしては、日常生活全体、つまり就業体型、日本経済も含めて危ぶまれるのだ。
 3つの点を指摘してきたが、これらはそれ1つだけでは、女性差別は緩和されない。意識改革をしてからこそ、法律改善の声が高まるのだろうし、法律が強化されてからこそ、母性の尊重が再認識されるに至るのだと思う。相互に関連し、互いにそれぞれが良い方向に向かうにつれて、女性差別緩和への道が開けるのではないだろうか。


【参考文献】

◆井上輝子・上野千鶴子・江原由美子編『権力と労働』 岩波書店、1994年。
◆上野千鶴子著『家父長制と資本制』岩波書店、1990年。
◆上野千鶴子著『資本制と家事労働』海鳴社、1985年。
◆大脇雅子・中島通子・中野麻美編『21世紀の男女平等法』有斐閣選書、1996年。
◆金子輝子著『男女協働社会の創造』きょうせい、1993年。
◆川口和子著『雇用における男女平等とは』 新日本出版社、1997年。
◆神田道子・木村敬子・野口眞代編『新・現代女性の意識と生活』NHKブックス、1992年。
◆経済企画庁編『国民生活白書』大蔵省印刷局、1997年。
◆竹中恵美子・久場嬉子編 『労働力の女性化』 有斐閣選書、1994年。
◆中下裕子・福島瑞穂・金子雅臣・鈴木まり子編『セクシュアル・ハラスメント』有斐閣選書、1991年。
◆中島通子・山田省三・中下裕子編『男女同一賃金』 有斐閣選書、1994年。
◆中根千枝著『タテ社会の人間関係』 講談社現代新書、1967年。
◆原ひろ子・杉山明子編 『働く女たちの時代』 NHKブックス、1985年。
◆藤井治枝著『日本型企業社会と女性労働』ミネルヴァ書房、1995年。
◆村松安子・村松泰子編『エンパワーメントの女性学』有斐閣選書、1995年。
◆労働省広報室編『労働時報(第581号)』 第一法規出版、1996年。
◆労働省婦人局編『働く女性の実情』大蔵省印刷局、1996年。
◆東京都労働経済局『セクシュアル・ハラ スメント防止のために』、1994年。
◆日本労働組合総連合会東京都連合会『セクシュアル・ハラスメントをなくすために』、1997年。
◆『イミダス1997』 集英社、1996年。
◆朝日新聞
◆日本経済新聞
◆読売新聞
◆その他、Nifty Serveのクリッピングサービス(GO CLIP)で、女性・労働・雇用をキーワードにクリッピングした新聞記事を参考文献として使用。