井原正巳「FW批判はやめてくれ」


 勝ち点0、得点わずか1に終わった日本代表が帰国した29日、成田空港には1000人を超えるファンが詰めかけていた。嬌声、拍手に混じって、3敗の結果に罵声も飛んだ。すでに退任を明確にした岡田武史監督(41)がいないにもかかわらず激しい言葉が飛び交った。

「岡田腹切れ、土下座しろ」「城なんて辞めちまえ」
誰1人笑顔はなく、どういう表情をしていいのか戸惑っている一瞬の隙、FW城彰二(22=横浜M)の頭越しに水がかけられた。その場面を後で説明された井原正巳(30=横浜M)は、口を結んで顔をしかめた。日本代表を率いたキャプテンは長い1か月を振り返る。

井原 3敗したのだから批判も、罵声を浴びることもすべて当然だと思っています。どんな批判でもこれからは甘んじて受けます。でもぼくらの中には、自分たちが善戦した、とか、よくやったなんて思っている選手は1人だっていない。それぞれ悔しくて悔しくて仕方ない。その悔しさをどこにどうやってぶつけるのか、これからのサッカー人生をかけて、それぞれが見つけなくてはならないんじゃないか。確かにFWに決定力はなかった。しかし、自分としては4点取られた。
 守備にも問題はあったと思うし、現に0点に抑えていれば、1点もゴールできなくても、勝ち点1は取れたことになる。サッカーは 誰か1人のせいでうまく行 かなかったなどということは起きない。それから、これは日本が戦った現実として、城や中山ほど、つまり日本のFWほど守備の比重が重いポジションはほかの国にもなかった。あれだけ前線から厳しくチェックして守っていて、さらに攻撃と「攻守のバランス」でいうなら、ひどく、アンバランスな仕事をこなしていたわけです。それは理解してもらいたいと思う。

 今大会、日本が放ったシュートはアルゼンチン戦で13本、クロアチア戦で14本、ジャマイカ戦では実に29本ものシュートを放ちながら(予選中 位)1得点と、決定率では 位に転落する。日本選手のシュート練習を見ていれば分かることだが、GKが立っていてもいなくても、シュートは大概枠を外れる。「世界との壁」以前の、シュート練習からその状態では、ガムをかもうが噛むまいが、笑顔だろうがしかめっ面だろうが、厳しい試合で入るわけがない。ボールを大切にしていない「ツケ」はこんな所で回って来たことになる。
 岡田監督は退任会見を行った27日、「攻守のバランスをもっとどちらかに片寄らせてもよかったかもしれない」と話した。何度か紹介したが、監督が今回の戦いの基本にした「自分たちの長所を殺さず、相手の長所を封じる」という点に置いてバランスが保ちきれなかった。それが、攻撃パターンの欠如につながった。

井原 自分が感じた世界の 壁とは、1センチとか、何ミリとか、0コンマ何秒、とかそういうものだった。DFは、いわば1秒の主導権争いで、今回は主導権を持っているのに、例えば、左右両方からパスもセンタリングもケアした、と思ったのに、ビシっとセンタリングが上がる。クロアチア戦でスーケル1点を入れられた時もそう。あの暑さの中かなりじらせて追い詰めたと思ったし、表情も相当いら立って疲労していた。なのに、入れられる。DFを崩された、完敗、という点ではなかったことが悔しいし、これからのことに強烈な闘争心が沸いた。

 27日、選手が宿舎を出発する前、岡田監督が1人1人と会話をしながら握手を交わした。こんな場面もあった。
 DF秋田豊(鹿島)に「秋田、有難う」と監督が言うと、秋田が「こちらこそ有難うございました。下手くそなDFで本当にすみませんでした」と、返した。
 選手を見送った監督は、いち早くホテルのロビーの奥に駆け込み、表玄関に背を向けたまま身動きしなかった。
 秋田は「岡田さんは、とにかく実直で真面目で厳しくて、自分たちから見るとものすごく信頼できる人だった。経験のなさを筋道立てて理論付けることで納得させてくれた」という。

井原 結果が出なければ自分が辞めるというのは以前から聞いていましたし、そのことに誰も驚きはありませんでした。今回の22人枠のことについても、監督はこの8か月、常にプロとは何か、という根本的な問題を選手に身を持ってつきつけて来たんだと思う。22人枠に絞られた6月2日から1週間、自分にとっては一番辛い苦しい期間だった。どの選手でもいなくなるのは辛いけれど、カズさん、キーちゃん(北沢)は自分の支えでもあったから、呆然として中山の部屋に行って、2人で、どうやってこれからチームを引っ張ろう、と本当に辛かった。監督は今までの監督にはない、そういう考えをチームに徹底させてくれた。去年のカザフスタンから一番苦しかったのは岡田さんだったと思う。ぼくらを労ってくれたけれど、岡田さんこそ体を休めて、少しでもゆっくりしてもらいたい。

 監督、家族にはカズ、北沢の落選帰国後、深刻な脅迫があったという。大仁強化委員長に退任の意向を伝える際、「平静を取り戻したい、普通の生活をしたい」と切り出したという。
 さて、大きな課題のひとつは、技術においても、精神面においても「プロ」という意識を実感した代表と、協会組織のアンバランスさである。
 今回、日本代表の選手へのホスピタリティは32か国中トップクラスだった。食事、調理師、栄養士の同行、トレーナー3人、ゲーム機や映画など備えたリラックスルームの設置。フランスの組織委員会関係者さえ目を見張っていた。選手のために環境を整備し、資金繰りをした協会の役割は認めなくてはならない。
 一方、加茂監督を更迭し、岡田監督は退任するにもかかわらず、その2人を選んだ本体が無傷というのは、世間的には納得されないであろう。しかし、感情的で安易な辞任要求で1人、2人が辞めることより、組織の機構大改革に目を向けることが先決だ。
 岡田監督が代表の続投要請を固辞することは分かっており、8月のブラジル戦を暫定、あるいは代理監督で戦う可能性も現段階では残る。4年後に向け再スタートを切る試合に、代理も暫定もないのではないか。
 岡田監督は昨年の監督交代劇を踏まえて「個人的には監督の任期は4年がいいのでは」とする。強化部門をどう立ち上げ、軌道に乗せるか、2002年日韓共催へ最大の宿題となる。
 MF山口素弘(横浜F)は帰国後言った。
 「4年という時間がどういうものなのか、今回初めてオリンピック選手の気持ちがわかった。4年かけて2度目の雪辱を晴らそうという柔らちゃん(田村亮子)の気持ちも」
 昨年10月4日に始まった岡田ジャパンの戦いは、294日目、ついに終わった。

週刊文春・'98.7.9号より再録)

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