岡田監督「アルゼンチン戦に秘策あり」


自国だけでなく、ブラジル、イタリア、フランス、そして日本人と、合計300人以上が詰めかけたパサレラ監督の記者会見(6日、サンテティエンヌ)。その中から、まずは日本に関するものを紹介する。会見は監督自身の申し出通り、きっかり30分。ただの1秒たりとも「ロスタイム」はなかった。

──日本戦はどう戦うのか、それとも先発メンバーはもう決まったのか?
「そんな話をするわけがない」
──格下の日本戦のメンバーが言えないということは、何か不安があるということですか?
──「(記者を睨んで)ケガ人もほぼ完璧に回復している。あなたがどうしてもメンバーを知りたいというなら、来週の日曜日に聞いてくれ(試合当日の意味)。その時にすべて教えよう」
──日本についての印象は?
「初戦に当たること、彼らの勤勉さと向上心を思うと、おはじく初出場のジャマイカとの戦いよりも厳しいものになると考えている。日本にはスピードもある。3日のユーゴスラビアとの試合でも、日本のほうがチャンスは多かった」
──選手の情報はあるか?
「中盤の髪を染めた選手、(記者がナカタか? と聞き直して)そうナカタだ、彼はこれまで見てきた日本人の中でも素晴らしい選手だ。スピードがあり、何よりタフだ」
会見が行われたのは、リヨンから60キロほどの所にあるスポーツセンター。丘に囲まれ、雨天練習場を含む3つのグラウンドと、宿泊施設が完備されている。このため取材をしようにも、選手の姿を300メートル先から確認するのがやっと。その過激さで、世界に名だたるアルゼンチンプレスでさえ、金網に顔をくっつけるだけという厳しい警備管理下で、日本戦に備えている。

 アルゼンチンの記者たちに、カズ(三浦和良)、北澤豪(ともに川崎)のトップ選手を外した岡田武史監督の印象を尋ねた。記者たちは、「聞くまでもない」とばかりに苦笑し、「パサレラはもし髭をそらずに朝食に来た選手がいたら、それでメンバーを外す。彼はディエゴ(マラドーナ)といい、カニージャ(長髪のストライカー)といい、選手を切ってここまで来た。もう誰が切られても驚かないさ」

 現役時代には、代表主将としてW杯に優勝を果たし(78年アルゼンチン大会)、今回も優勝候補の筆頭に挙げられる国を率いるパサレラ。前監督の更迭、という緊急事態で監督に就任し、自ら「32番目(出場国)の実力」と評する初出場国の岡田監督。2人の立場は、比較するまでもなく対照的である。
 しかし、初戦を前にした監督対決、意外な接点もある。
 岡田監督が古河のDFだった頃、パサレラもまた同じポジションの世界トップ選手として活躍していた。当時こうしたビデオを入手しては研究史、チームの戦術に生かして行くのが岡田監督の役割のひとつでもあったという。
 監督が説明する。
「パサレラは、DFの考え方を変えるような、オフサイドというルールを利用して、自分たちを優位にする、そういうDFを統率していた。憧れの選手でもあった」
 選手・パサレラにはかなり触発されたようだ。岡田監督と一緒にプレーしていたGKの加藤好男氏(ジェフ市原育成部コーチ・解説者)も言う。
「DFに細かな役割分担を与え、組織的に守れるという考えでした。パサレラとアルゼンチンのやり方というのは、大きなヒントでしたし、対戦が決まって、何か不思議な縁も感じました」
 選手・岡田武史にとって、パサレラは、厳しさ、DFとしての戦術的発想など、目指す理想の1人だったといえる。
 だからこそ、人間的に徹底的に研究し、14日の決戦を迎える。それが監督・岡田武史の戦略のひとつだ。
「パサレラはどんな時、どんな風に動くか、それをこの眼で確認したかった」と、4月のアイルランドとの親善試合を視察した理由を話していた。
 厳しく強気で自信家で、ちょっとでもサボった選手はすぐ替える、昔と全く変わっていなかったという。

 再び、現役時代から取材しているというアルゼンチン記者の話に戻る。
「彼がこの試合をどう位置づけるか、我々は中盤に置く選手でそれを知ることができる。もしもサネッティなら、初戦であることを考え、DF重視の慎重な戦いをするということ。ガジャルドなら、より攻撃的に、日本を完膚なきまでにたたくという彼の意志の現れだ」
 岡田監督もそういった性格、DF出身としての戦略の立て方、などを踏み切っているようだ。フランス入りしてからも「パサレラ監督の性格を考えて、様々な対策と可能性を考えている」と明言。エクスレバンで初めて非公開練習を行った8日にも、相手の先発予想メンバーを3・5・2のシステムで挙げ、「アルゼンチンが日本の分析なんて必死にやるわけないんですよ」とニヤリ笑った。

 エクスレバンに取材に訪れるアルゼンチン報道陣の取材でもこんな場面があった。
「パサレラを尊敬しているそうだが」
 リポーターのこの質問に、「今は、倒したいと願う対戦国の一監督に過ぎない」と、毅然として言ってのけた。
 もう1つの共通点は「子煩悩」であること。岡田監督には2男2女がいる。鬼軍曹といわれるパサレラ監督だが、実は95年、交通事故で当時18歳のセバスチャン君を亡くしている。U−21の代表に入ったばかりで、選手として将来が期待されていた矢先だった。「息子とフランスW杯に行くのが夢」。それが口癖だった。
 その監督が、フランス入りする直前、「わたしはW杯を自分のために戦った来た。しかし今回のW杯の勝利は息子と、国民に捧げる」と誓った。
 パサレラ監督はその「鉄の意志」通り、日本を倒して、息子へ初勝利を捧げるのか。それとも岡田監督が阻止するのか。壮絶な心理戦が展開される。
 ゲキを飛ばす「最後」のミーティングは、トゥールーズ入りした12日か、前日の13日に行われる。
 14日の天気予報は快晴。気温23度。微風。ピレネー山脈と地中海からなるこの地方の予報は、国内では外れることで有名らしい。もしかすると外れる予想は、天気だけでは……。

週刊文春・'98.6.18号より再録)

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