W杯カウントダウン特別版
岡ちゃん直撃インタビュー
「頭の中ではアルゼンチンに勝ってます」


日本代表の最終メンバーも発表され、残すところ1か月余りに迫ったW杯本番。初戦アルゼンチン戦へ向け緊張が高まる日本チームだが、われらが指揮官の頭の中には歴史的勝利への戦略が描かれている。世界が驚く日本サッカーを披露したいという岡ちゃんを直撃!

変わらないパサレラ監督の闘志

     インタビューは、岡田監督が初めてアルゼンチンを視察したアイルランド・ダブリンで行われた。監督は同行した記者のために、じつに多くの時間を快く割いてくれた。同時にそれは、帰国すれば、もうこうやって記者と気楽に話すことはできない、そういった覚悟を示すものだったのかもしれない。

 頭の中は90%、アルゼンチン戦のことしか考えていません。いや95%といってもいいくらいでしょう。昨年12月、マルセイユで行われた抽選会で初戦がアルゼンチンと決まってからというもの、こうやってどこかの土地のホテルに滞在しているときも、移動しているときも、車を運転してるときも、頭のどこかでずっとアルゼンチンのことばかり考えているんだ。
 彼らの試合のビデオは、入手できるものはすべて、もう何十本あるのかわかりませんが、ずべて、何度も繰り返し観ました。ぼくの頭の中ではもう何戦も戦って、勝つところまで行っている。そうして、ほぼ3つの戦い方があること、そのアウトラインはつかみました。
 けれども、そういうイメージの中でも、どうしてもボケてしまう箇所があります。それは実際にスタジアムで観ないとわからない部分で、例えば、パサレラ監督(アルゼンチン代表監督)が指揮官としてどういう性格で、ある局面ではベンチも含めたチーム全体がどう動き、どう動かないのか、チームの持つ雰囲気とかそういうことなんです。
 これは、戦いのディテールを判断する上では非常に大切な要素なんですが、それはビデオではわからない。あの視察の前に、全体のイメージをつかみたい、と話したのはそういう意味で、アイルランドまで(4月22日親善試合、2−0でアルゼンチン勝利)来たことで、欲しかったピースを埋まった、そういう手応えはありますよ。

 アイルランド戦を観て、相手がとてつもなく強い、速い、巧い、何て、もうわかり切っていることなんで、驚きなんて全然ないですよ。細かな戦術は説明できないけれど、考え方としてはこういうことです。つまり、相手の長所を消し、自分たちの長所を出す、そのバランスの問題ということ。アルゼンチンの、攻撃という彼らの最大の長所を徹底的に消そうというなら、これはもうゴール前を徹底的に固めればいいわけです。しかしこれでは、これが日本のサッカー、という長所は引き出せないままに終わる。逆に、自分たちの、早く組織的な面だけを生かそうとした場合、大量得点を許す結果につながるかもしれない。
 何を捨てて何を取るか。両方をどのれくらい加減で調整すれば一番バランスがとれるのか、その天秤を探っているところとでも言うんだろうか。そういう選択になってくるんでしょう。代表を発表する直前まで、考えに考え抜いて決断を下すところなんです

大切なのは「判断」ではなく「決断」

     自らを「空想家」と呼ぶ通り、すでに頭の中では何度もアルゼンチンを対戦した。じつはこの数か月、たった1人でホテルにこもったこともたびたびだったという。相手のビデオだけではない。95年、前代表監督の加茂周氏の下でコーチを始めた最初の試合から58試合すべてを、改めて見直しヒントも得た。
     アイルランドでの早朝、1人で散歩する監督を見かけた。少し足早で、やがて、何か考えついたのか、ふと立ち止まった。声をかけるのはやめた。

 アルゼンチンのパサレラ監督は、自分のサッカーにとって非常に大きな意味を持つ人でしたね。確か欧州での代表の試合だったと記憶してるんだけど、彼とぼくは同じポジション(DF)だったことがあるんですよ。自分は当時、古河電工にいて、戦術的なものもある程度まで任されていましたから、海外のビデオをずいぶん観てました。
 その中でパサレラが、自分たちDFを、オフサイドというルールを逆手に取って優位にしている、これは単にオフサイドトラップという意味ではないんだけれど、そういう場面があったんですね。ああ、これだ、と。鮮烈な印象を持ちましたね。それと大敗している試合で、彼だけが最後までものすごいファイトで戦っていた、そういった試合をいくつか観ています。
 今回のポイントのひとつは、彼のメンタリティー、戦い方を確認することでもあります。
 変わってませんでしたね、全然。闘志があって、攻守の切り替えの指示が徹底している。ちょっとでもサボった選手がいたら、すぐに外す。
 戦う上では、相手の指揮官の精神構造というのはとても大きな要素です。W杯で優勝を狙うチームの監督が、どんな精神状態で大会前の1か月を過ごし、それを乗り切るのか、ぼくには想像もつきません。でも、(実力が)32番目の監督にでも多少気持ちはわかります。きっと余裕なんてないでしょうね。
 ジーコ(ブラジル代表テクニカルディレクター)や、リティ(リトバルスキー、元ドイツ代表)と話すチャンスも何度かあって、彼らには貴重なアドバイスをもらっているんです。彼らは、ブラジルだろうが、アルゼンチンだろうが、優勝国とはいえ、W杯はみな同じなんだと言いますね。結局、メディアからのプレッシャーの度合いがまったく違うだけだ、と。もちろん経験という最大の違いはありますよ。でも、優勝国の監督だって采配ミスをするし、選手の失敗だってあるんだ、自分たちはJリーグでやっているからよくわかるんだけど、日本は自信を持って挑むべきだ、と2人には言われました。
 パサレラたちのプレッシャーに比べれば、自分なんて楽なもんです。まあできるだけ、どこの国も日本を相手にしていない、そういう状況がいいんじゃないかと。大会の監督公式ビデオでも、謙虚さを全面に出しましたよ。日本風に言えば、胸を借りる、上手い表現ですよね。

代表のすべてに責任を負う

     アルゼンチンの主将・シメオネがアイルランド戦を前に、日本記者がいない席上で「(H組は)非常にイージーなグループだ。しかも初戦が日本というのは運がいい」と発言していた。
     当然の答えだが、このことを伝えると、岡田監督は、「シメオネは正しい」と話しながらも、ほくそ笑んでいた。わずかでもつけいるスキがあるとすれば、まずは彼らの油断とプライドからだろう。ダブリンで、メディアの凄まじいプレッシャーにさらされていたパサレラを見て、自分の家族の話になった。表情が少し曇った。

 代表監督になって、これはもう腹をくくってはいるけれど、常に「判断」ではなく「決断」をしなくてはならないということ、これが本当に苦しい。自分の決断や言動が、選手や選手の家族を傷つけてしまう。自分が周囲の人々を巻き込んでしまう。
 世の中が進むべき方向というか、ぼくが理想としていた人生の方向、つまり、博愛をか平和とかそういうことなんだけれども、そういうこととは全然反対のことをやってるんだよね。消費して自分も消耗するなんて、菅z年に時代に逆行してしまっている。
 代表監督という大任を受けたのは、指導者としてどのくらいできるのか、そういう純粋な気持ちからだったのに、人間として、と考えると、ずいぶん違う方向になってしまったんじゃないかな。
 家族も大変だと思う。長男、長女は思春期を迎えてる。もっと小さい子とか、逆にもう大人なたいいんだろうけれど、思春期というのがとても気がかりですね。電車で、父親のことがボロクソに書かれている雑誌や、新聞の見出しなんかをみるらしいんですよ。でも、わたしがそういうものを読まないことを知ってますから、父親にはそんな素振りも見せないけれど、女房(八重子夫人)にはこっそり、お父さんのこと、こんな風に書かれてるんだよ、と言うらしい。まあ、子供たちなりにいろいろと大変な毎日なんだと思います。終わったら、家族に孝行したいと考えています。
 この仕事がどんなにきついか、よくわかっているつもりなんだけれど、それは、責任は自分しか取れない、ということなんじゃないかな。みなさん、こんなんじゃあW杯で勝てっこないとか、得点0だとか、この選手を入れろとか外せとか、いろいろ論評をしますが、責任は取れるものではないわけです。でもわたしは、口に出したことはすべて、日本代表に関わるすべてのことに責任を負う。何かあったら責任を負うのはわたしただ1人。孤独だという意味は、そういうことなんです。今回惨敗すれば、指導者としての自分には見切りをつけねばならないでしょうね。覚悟はいつでもできてます。

「ぼくは日本一の楽天家」

     代表監督として海外に出るようになり、出入国の申請書には何と書き込んでいるのか興味を持った。職業を記す箇所が必ずあるからだ。プロフェッショナル、あるいはマネージャー。何と書くのか質問すると、監督は「Employee(雇われ人)」だと笑った。雇われている──大会1か月前となった今でも、いつでもクビを切られるのだという緊張感を示しているかのようだ。
     趣味のスキューバダイビングはお預け。読書もままならないという。しかし、視察前には成田空港であわただしく本を買い、機内で読んでしまったものもあった。

 代表を5月7日に発表してからは、もう迷うということは許されません。わたしが迷えばスタッフが迷い、スタッフが迷えば選手が迷う。だから発表までの数日は、どこかにこもって、スタッフとビデオの分析に集中し、すべてやり尽くす。キリン杯(5月17日対パラグアイ、24日対チェコ)はホームですし、本当に押し込まれて苦しい思いで試合をするというのではない。W杯直前の2試合(メキシコ、ユーゴスラビアとの親善試合)までそういう状況にはならないんで、キリンでテストをして変えるなどというミスは許されないのです。
 アルゼンチンだけではありませんが、スカウティングビデオをいつものように作ります。ただし、全部ではなく、アルゼンチンでもこういうプレッシャーを受けると、こんな風にミスをしてしまうとか、ボールを出してしまうというような、我々にとってポジティブな点を中心に見せておきたいと思ってます。
 初戦で自分たちの達成感が高い試合をしてこそのクロアチア戦、ジャマイカ戦であって、初戦はだめだったからクロアチア用に、あるいはジャマイカ用に変更しようというのは、どだい無理な話です。初戦にいいゲームをする延長線上にクロアチアがあり、ジャマイカがいる。どう見ても彼らの「実力」のほうが上なんですから、コロコロ変えることはできません。それが90%集中する、の真意です。
 初戦は心理戦も重要な鍵になるんじゃないかと思いますね。例えば、大学生相手にプロが試合をする。自分の経験でも、DFでボールを取ったはいいが、格下相手に外に蹴り出すクリアなんて、見栄もあるしできないんですよ。だからプライドが邪魔して、無理してでも後ろから回そうなんてする。そうやってかわそうとして、たった1回でもミスをしてしまう。
 日本の批評の中には、日本の組織戦術は全然だめだという意見もあるようですが、ぼくはそうは思ってないんだ。確かに個々の潜在的な能力は劣る。でも、組織戦術とそれを達成する力は非常にレベルが高い。そこに自信があります。
 ですから5か月前に申し上げた「1勝1敗1分」の目標に変更はありません。
 代表チームには、17差異の高校生・市川(大祐、清水)が入ったり、中堅、ベテランと、チームとしてのバランスがとれてきました。代表選手を一言で表すなら、みなものすごく純粋な男たちです。ぼくらとか、井原やカズの世代は、気持ちで盛り上げて試合に入るタイプなんですよ。さあ行くぞって気持ちから入る。ところが中田たちのような若い世代は、理論で試合を把握しようとする。こうこうこうだから、いいんだろう、となる。どちらのタイプにせよ、片方だけではだめなんで、そうですね、ステレオの音と思ってください。右と左のスピーカーそれぞれから、いい音を加減しないと美しいハーモニーにならないでしょう。実際のところ、いい音になってきてますがね。
 世界がアッと驚く、人々を釘づけにするような、日本のサッカーを見せたいと思う。あと1か月、全身全霊をこの仕事に傾けます。ぼくは、もしこの試合に負けたら、なんて考えたことは一度もない。予選でもそうでした。いつでも勝つと思って考え抜いて来ましたし、今もそのことに一点の曇りもないですね。そういう意味なら、極めて楽天的と言えるんじゃないかな。
 そう、日本一の楽天家なのかもしれません。

週刊文春・'98.5.14号より再録)

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