11月6日

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ニューヨークシティマラソンの取材を終えて

 久しぶりのニューヨークシティマラソンの取材は、なかなか面白いものでした。
 有森裕子(リクルートAC)は10位に終わりましたが、営団地下鉄の山本泰明は7位と大健闘しました。シドニーで10000メートルとマラソンに出場した唯一のランナー、ロルーペ(ケニア)も上位に食い込み、さらに男子マラソンで7位だったモロッコのモヌージは優勝を果たし、「きょうも風が強かった。シドニーを思い出したけれど、もう一度(強風に)負けるのは恥ずかしいからね」と言って月桂冠を受けていました。
 ここにも五輪や世界選手権とはまた違う「トップの世界」があります。86年に瀬古利彦さん(現在エスビー食品監督)がロンドンマラソンに優勝してから、当時の陸上担当記者だった私は海外の賞金レースを取材するチャンスをもらいました。

 以後、これで4度目でしょうか。しかし当時も、そして非常に残念なことに今も、日本には大都市を制限なく走れるフルマラソンがありません。当時、賞金レースの取材をするたびに、その規模と、賞金などの組織力、何よりも1万、2万といった人たちがそれと同じほどの数にのぼるボランティアに支えられて街中を走るようなレースの存在が驚きでもあり、同時に羨ましくもありました。
 車椅子、全盲のランナー、障害者、こういう人たちもみな一緒に同じゴールを目指すことは何にも変えがたい楽しみではないでしょうか。シドニー五輪パラリンピックの中継や報道が今回はいつになく多かったことは非常に啓示的です。すばらしいと思います。しかし、一緒に日常生活の中で一緒にスポーツを楽しむためのいわば「ボーダーライン」がある限り、本当の楽しみも、彼らの偉大さもなかなか理解しにくいのではないかと思います。
 その意味で、ランニングというのはどの「ボーダーライン」をも比較的簡単に取り払うことのできる非常に優れた手段ではないでしょうか。

 ニューヨークも一時は財政難で大変な時期もありましたが、それでも税金と、その税金によって作られている道路、公園は「市民のものである」という考えが変わることはなかったようです。2万人というと、想像もつかないほどのランナーの数ですね。しかしニューヨークは毎年、トップアスリート、海外から参加するどんな国のランナーにも一日中、道路を提供してきました。「タックスペイヤー」と言いますね。税金を払う人々のために、すべての利益が還元されなくてはならないということです。大体、警察とのやり取りは非常に不毛なもので、東京マラソンのような男女のトップエリートと、しかも厳しい難関を越えられるこれもエリート市民ランナーとでも言いましょうか、彼らがたったの3時間半くらい道を使うことでも大変なのです。こうした会議の取材を何度もしてきましたが、必ず繰り返されるのは「道路は公共のものであって、一競技団体、私企業(スポンサーですね)に公共の利益を妨げるようなことはできないし、第一、警察の仕事はマラソンの警備ではない」となります。しかし「公共の利益」こそ、好きに道路を使うことなんです。ニューヨークにあって東京にないもの、それは「市民マラソン」しかもトップランナーとともに走れるフルマラソンです。一方では、日本には駅伝があって、今ごろ、東日本だ、九州一周だ、と全国たすきだらけではないでしょうか。やればできるはずなのです。

 日本では福祉などさまざまな話はされますが、一方ではスポーツにおいて、税金を払う人々が十分に楽しめるものが、東京、大阪といった大都会に乏しいのではないでしょうか。
 石原都知事はさまざまな改革をしていますが、東京シティハーフマラソンくらいの予算を財政難として消滅させました。
 東京でフルマラソン、しかもどこの国のランナーも、どんなカテゴリーの人もともに走れるマラソンがあればどんなに面白いでしょう。昨晩も、夜8時を過ぎてもセントラルパークは戻ってくるランナーで賑わっていました。ボランティアも残っているんですね。
 有森は10位に終わりましたが、それでもこうした海外のビッグレースにコンスタントに出ることの難しさ(勝手に出られるわけではなくて、正式な招待が必要です)、そこで賞金を手にして帰ること、五輪や世界選手権とは違った「世界の大舞台」があることを、身をもって示していることは評価できるはずです。一流ホテルに数千人ものランナーが参加して行なわれる閉会式はすばらしいものです。最年長の完走者の登場では、全員が立ち上がって拍手を送り、ニューヨーク在住の完走者はサイン攻めに合っていました。

 弾丸ツアーではありましたが、久々のニューヨークシティマラソンでスポーツの面白さをまた思いました。と同時に、何年もいい意味で変らない市民のスポーツと、悪い意味で変革されない市民のスポーツの差異をしみじみと感じました。大都市にフルマラソンを、と願わずにいられません。
 きょう6日帰国しますが、そのまま家には戻れないようです。機内で、サッカーの日韓W杯に頭を切り換えてシンポジウム、札幌でサッカーとアイスホッケーの取材をしてきます。スポーツはやはり「する」ものであって、間違っても「書く」ものではありません。

 それではニューヨークJFK空港で皆様の健康をお祈りして

増島みどり           

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