科学される昆虫たち! by 大外一気
第4回 消化と吸収 〜なぜマットを発酵させるのか?〜


はじめに

先日、”マットの発酵に関する議論”がまちかね掲示板でなされました。
何故マットを発酵させるのか?
何故マットを発酵させるのか?2
発酵というのは微生物の作用なのでよく解らないし、解明しようにも長い時間を必要とするし・・・という先入観たっぷりの大外はROMをきめこむことに(いつものことですが)しようと思ったのですが,えりーさんからこんなんで次回の昆虫生理学の講義はできませんか?との発言がありました. ”ええい,えりーさんのリクエストなら仕方なし”ということで快く要望を承け,知っている範囲で書くことにしました。

えりーさんが持ち出したテーマは ”クワの葉っぱを食べているカイコがどのようにして絹糸をつくるのか?”
ということでした。 この問いに素直に答えると発酵から大きくはずれることになりそうですので据置とさせていただきまして,論点を次のように設定しましょう.
植物成分を食べる昆虫はどのようにして蛋白質などの栄養源を得るのだろうか?”
これでも発酵と話が少しずれているのですが、マットを発酵させる意味という点で若干のヒントを与えることができそうです.


栄養素か安定化か?

まずは、大外のとる立場を最初に明確にしておきます。 わたしは
マットを発酵させることの99%以上は幼虫にとって住み良い環境を提供するため、すなわち、マットの安定化のためで、直接的な栄養価の補給という意味は1%以下である
そう考えています。 皆さん,以下の考察についてはこの立場を前提にしていることを理解した上でお読み下さいませ。

”何故マットを発酵させるのか”という、K-sugano 氏のポストに対するコメントを少しまとめてみましょう.
1 そこにマットがあるから。
2 栄養の添加のため。
3 小麦粉添加発酵マットを使えば、幼虫を大きく成長させることができる。
4 未発酵のままだと幼虫の居住環境及び人間の居住環境が悪くなりそうだから。
  4ー1マットが腐る
  4ー2マットがかびる
  4ー3アルコール漬けになる
    4ー4酸欠になる

これらはいずれも幼虫の飼育中の二次発酵時のトラブルでしょう。
5 本に書いてある。みんなやってる。
6 シーズンオフの冬季にもクワガタをエンジョイできる。
などなど.
5はクワガタビギナーなら誰でもこういった心境で、よう解らんけどクワガタに良いことならやってみようという、クワガタ好きの素直な気持ちでしょう。 1、6についても同様で、常にクワガタを楽しんでいたいということだと思います。 2、3は同じようなことで、幼虫を大きくさせたいがゆえの栄養添加です(そのままだな)。 4はクワガタと人間が同じ屋根の下で生活する上でとても重要なことです。 マットが腐ったり、カビたりすると人間もいやですし、幼虫もいやかもしれません。 アルコール漬けになったり、酸欠になれば幼虫は☆でしょう。
一方,もう少し発酵という化学反応についてより深く考えた意見として
7 小麦粉入りの発酵は、小麦粉無しの発酵に比較して有意に大きな幼虫をはぐくむ。
8 小麦粉を加えて発酵させているが、栄養の添加とは異なる。
9 マット成分であるリグニンは分解されないが、セルロースは分解される。
10 分解されたセルロースは炭素源となる。では、窒素源はなんだろうか?発酵の立役者である細菌の死がいなどか?
というものがありました.
なるほど,各人科学的?データの裏付けをもっているようです. 以上の議論を次のようにまとめることができると考えました.
すなわち,
発酵にはクワガタ虫にとって直接餌となる栄養価のプラス作用と居住空間の安 定化という少なくとも2つの作用がある.そして,多くの方はその両方であると考えている.
きっと、大外のように「安定化のためだけ」と考える人は少ないんだろうなぁ。 でも、私がそう思う背景には以下で示すような根拠があるのです。

まちかねBBS では多様ですばらしい意見がでていましたが、えりーさんがコメントしているように、 体をつくるうえでなくてはならない蛋白質、つまり窒素源は何かということが不明瞭である以上,発酵イコール栄養価の上昇という発想を支持するだけの説得力に乏しいのです。 確かに、発酵にはアミノ酸発酵や核酸発酵というものがあり、蛋白質の構成単位であるアミノ酸と遺伝情報を担う物質である核酸をつくりますので発酵後のマットにたくさん蓄積されたため栄養価が上昇すると考えることもできます。 しかし、実際にみなさんがやっておられるマット発酵というプロセスを通して,本当にマットにアミノ酸や核酸が蓄積されているでしょうか? 私がこのように思うのは、皆さんが結構いい加減に(このいい加減さが良い結果を生むとされていますよね)水やら小麦粉を入れているからです。 発酵はある一定の条件(温度、時間、栄養状態及び水分など)を満たした場合にのみ行なわれる生化学的な反応のことです。 しかし一方で、皆さんの行なっている"いい加減発酵"の条件はかなりは幅広いものと考えるのが自然ではないでしょうか? 日本の各地で、同一ではない小麦粉、マット及び水を使用しているにもかかわらず、"いい加減に"という言葉のもとに行なわれている発酵条件が偶然にも全てが至適であったと考えられますか? それゆえ,都合よく栄養価があがっているとは考えられないのです。 また,大型個体を育てることができた=マットの栄養価が上がったという考えは短絡的です.

さあ,反論ばかりでは仕方ありませんので,昆虫が生命活動を展開する上で必要な蛋白を得る方法について少し考えてみましょう. それは昆虫の共生体(微生物)です。 人間にもありますし,多くの昆虫の消化管の中には共生体がいますので、クワガタの幼虫にもおそらくいると思います。 ここで,クワガタの幼虫と同じように木を食べる虫、シロアリを例にとってみましょいう。 シロアリは木をばりばり食べて下手をすると木造家屋をぼろぼろにしてしまいますが、シロアリそのものはあまり効率よく木を分解できません。 しかし、シロアリは共生体として細菌や原生動物をおなかに飼っていてそれらが上手く代謝してくれているのです。 すなわち,シロアリは木を食べますが,木を直接栄養として消化吸収するわけではないのです. シロアリが木を食べると,砕かれた木片は成分としてはほとんどそのままの状態でおなかに流れてきます。 そして,おなかの中には木を餌とする生物が住んでいてムシャムシャとそれを食べて分解してくれるのです。 すなわち,この共生体は明らかに栄養的に偏っている木から有機窒素(アミノ酸:窒素源で蛋白質のもと)を生合成してくれます。 このようにして,共生体の分解作用により生じた副産物=窒素源つまり蛋白質の素がシロアリに還元されるのです。 さらに,おなかの中にいる微生物により生合成される栄養素は窒素源のみならず、炭素源、ステロール類、ビタミンと多種多様なのです。

ここで,私が何を言いたいかというとをまとめると次のようになります。

幼虫のおなかの中には微生物がいる。

この微生物は幼虫がマットを食べるときに一緒に取り込まれる。

微生物はある一定数以上存在しないと幼虫に取り込まれる確率が非常に少なくなってしまう。

効率よく幼虫に取り込ませるには,事前に微生物をマットに増やしておく必要がある。

じゃぁ、発酵させよう、すなわち幼虫が後々住み良いようにマットを安定化させよう。
と、つながっていくのではないかと考えます。 もう一度言い直しますと事前にマットを発酵(培養)するということは,幼虫にとって有益な細菌類をマ ットの中に十分に増やしておくということに他ならない、ということです。 しかし、このときマットの中にクワガタ虫の幼虫が直接餌とする栄養素が蓄積する可能性は極めて少ないのではないでしょうか。


共生体の正体

次に生じる疑問は,もし栄養でなく安定(共生体の繁殖)ならば
・その細菌はどうしたら手にはいるのか?
・その細菌は一体どういう種類の菌(何菌)なのか?
だと思います。

まず、どうしたら手にはいるのか?
2つの事例を挙げます。 1つめとして、以前報告されたものにこんなものがありました 過去の月刊むしの(jimmy さん copies ありがとう!)小島さんの実験データを思い出して下さい。 オオクワガタの幼虫飼育時のマット交換において
1 まったく交換しない。
2 毎月マット交換する。
3 3齢になったら1回だけマット交換する。
このようにして、成虫になったときの大きさの比較をしました。
結果は、3>1>2の順でした。 なぜ2の条件で最も小さくなってしまったのでしょうか?(後述) 小島さんがこの実験にどんな状態のマットを使っていたか忘れてしまったのですが(じゃ、調べろよ)、 もし、発酵イコール栄養価の上昇であるとするならば,毎月新しいマットに交換すれば栄養的には最高の条件ではないでしょうか? しかし、実際は交換回数の少ない方が良い結果を生みましたこの実験の中で、 小島さんは、マットを新しいものに交換する度に幼虫は頻繁に糞を排泄していることを見いだしました。 そして、幼虫はマット中を自分に適した状態にしていると考察しました.

2つめの例としては、K-sugano さんマットの作り方です。 K-sugano さんはマットを作るとき幼虫の糞を溶いた水を使用するそうです。 これは幼虫の排泄した糞の中には有益な菌がいることを知っており、それらを新 しいマットに継代し,利用するということは明白であります.
なるほど,最も簡単に有用菌を手に入れるには幼虫の糞を古いマットから集めてこればいいのです。 あちこちのホームセンターに行って、いろんな発酵菌を買う必要はないわけです.

次に、細菌はどんな菌?についてです. これは非常に難しい問題です。 昆虫と細菌というこの地球上でもっとも繁栄している生物の組み合わせを論じなくてはならないし、これら2つの生物の「生物学的依存度」にもよるからです。 生物学的依存度が高いということは宿主(昆虫)と細菌の関係が非常に密接で細菌がいなければ昆虫が生きていけない状態のことを指します。 まず,可能性が膨大すぎるので組み合わせの問題はコメントのしようがありません。 しかし,依存度の違いにより細菌の種類をある程度絞り込むことができるかもしれません。 ただ,おなかの中の細菌を取り出して人工的に培養し調べることは非常に困難です. なぜなら、関係が密接ゆえにこれらの細菌が特殊化しているからです. 簡単な例を挙げます。 映画"パラサイトイヴ"で主役となったミトコンドリアは宿主の真核細胞の中で特殊化しています。 その昔、宿主の真核細胞(の祖先)とミトコンドリア(の祖先)は別々の生き物でした。 もともと仲良くお互い共存しながら良い関係を保ってきたのですが,生活環境の変遷により、ミトコンドリアは宿主細胞の中に取り込まれ細胞のなかで生活する(共生)ようになりました。 この方が、別々に寄り添っていきるくらいならいっそのこと一緒になってしまったほうが都合がよかったのでしょう. 長い年月の中でミトコンドリアはもともと自分の持っていた情報の一部を宿主細胞に渡し(もしくは捨てて)、宿主細胞の中での役割(エネルギー産生)を担うよう機能的に特殊化しました. その結果、ミトコンドリアと宿主細胞は切っても切れない関係になったのです。 このミトコンドリアと同じようなことが昆虫共生体にも起きており、特殊化する事で昆虫体外では生活できないように成ってしまっているのです。 すなわち、菌を取り出して培養することが難しい(出来ないかもしれない)のです。 しかし、依存度が高いゆえ、共生体の有する機能から推測することは出来ます。 また、依存度の低い菌であれば培養が可能であることから同定出来るでしょう。


消化・吸収と共生体

共生体の機能を発酵という今回のテーマに則って消化・吸収に絞って議論をすすめましょう。 昆虫の共生体のなかには、窒素を固定できる窒素固定菌という種類のものがいます。 また,木の構成成分を分解するための酵素は同じくおなかの中にいる原生生物(シロアリや木ゴキブリで明らかになっている)が産生して,分解(消化)することができます。 ちなみに、この原生生物のおなかの中にもさらに別の共生体がいて、食物連鎖の関係が体内あるいは周囲の環境のなかに築き上げられています。 その他の共生する微生物には、放線菌、酵母、コリネバクテリウム属、グラム陰性桿菌及び、真菌類など様々のものがこれまでに知られています。
共生体はどのようして宿主にとりこまれるのでしょうか? 大きく分けて2つの方法があります. 1つは、母虫は産卵の際に卵の殻に共生体を塗り付けておいたり、卵に近くに共生体塚を盛っておいたりします。 孵化した幼虫は親虫が用意してくれた「最初の餌」を食べることにより腸管内に共生体を取り込みます。 他方は、非常に依存度の高い共生体は卵がまだ母虫の体内にある時期に卵巣から直接幼虫体内へ渡されます。 このようにして幼虫内に取り込まれた共生体は腸管内に定着,発酵嚢に蓄積され,機能を始めますが一部は糞と共に腸管外へ出されます。 腸管内に定着した細菌及び原生生物は、先に示しましたように、大きく偏った幼虫の食物栄養を補います。 それは、幼虫の分解出来ない物質の消化、合成できない栄養素の供給などです。 木の主成分であるセルロースなどは、幼虫のもっている酵素の力だけでは吸収可能な物質に分解出来ず、共生体の力をかりなければなりません。 しかも、セルロースはグルコースのポリマー(グルコースが数珠つなぎになったもの)ですのでどんなに分解しても炭素源(グルコースは糖ですから)でしかありません。 共生体は特殊化しているが故に,高等多細胞生物(幼虫)が合成あるいは分解できないような物質を作り出すする能力に長けていますから、とりあえず利用できる物から,必要な物質(栄養素)を合成することが出来ます。 先に登場した共生体の一種、窒素固定菌は、空気中(気体中)の窒素を代謝して幼虫(もちろん共生体にも) が利用可能の窒素化合物(アミノ酸)を合成し、幼虫の腸管内に放出します。 幼虫はそのアミノ酸を吸収し、成長にともない体をつくります。 有機窒素はこれ以上利用できない状態まで消費し、老廃物(アンモニア)として腸管内へ捨てられ、一部は排泄されます。 排泄されなかった老廃物は共生体に再度取り込まれ、また幼虫にとって有効な栄養素に変換されます。 すなわち,幼虫が糞を放出しているのは、もちろん消化管内にたまった老廃物の排出という意味もありますが,栄養素を give and take している共生体を自らの生活空間にばらまくことで,住み良い環境を作り出しているわけです。
当たり前のことのように思うかもしれませんが,実はこれは非常に大切なことだと思います. 脱皮と脱皮の間の期間(すなわち、1齢幼虫、2齢幼虫、3齢幼虫)は常に共生体は腸管内にいますが、脱皮する際には一時的に全て外へ出されます。 口から肛門まで,すなわち消化管のなかは体の外側ですので脱皮すると腸管上皮なども一緒に脱ぐことになるからです。 彼等は脱皮後の皮などを食べることにより、捨ててしまった共生体を腸管内へ取り込み、再び定着させるわけです。 すなわち、マットの発酵という作業はクワガタ虫にとって必要な微生物環境を作り出す(安定化)ためなのだという考えに到るわけです。


古いマットほど良い?

共生体とクワガタ虫の消化・吸収についてもう少し考えてみましょう.
果たして,糞には善良な共生体だけがいるのでしょうか?
そんなことはないはずです. 普通,生物の糞というものは老廃物の塊であって本来消化管内に残っていては害になるものが含まれいます. ある種の共生体はもしかしたらこのような毒の分解,再利用をしているかも知れませんが,有用な共生体はいつまでもマット中の糞のなかで安定して存在するわけではないのかもしれません. 体外に放出された共生体がどのようにして生きているのか,いつまで生きられるのか,新しい糞と古い糞(たとえば1年前の)で比較するという実験をする必要がありますね. また,クワガタ虫の種類によっては同じ菌であっても有用であるかどうかは保証の限りではありません. 根食いのヒラタやノコギリに必要な共生体と半生木でも成長できるオオクワガタでは消化・吸収に有用菌の要求性が異なる恐れがあります. 実際,発酵マットで大きくなる種,菌糸ビンで大きくなる種がいますね.どちらでもおおきくなるものも勿論居ます. さらに言うと,同じ種の幼虫でも住んでいる朽ち木の状態が異なれば成長に最適な菌の種類も変わってくるかもしれません.

共生体が消化・吸収に直接関与するかもしれない事例をひとつあげましょう. 拒食症・・・みなさんのところでも一度くらいは経験があるのではないでしょうか? 元気に摂食,排泄をしていた幼虫が何故か元気がなくなってきて,餌を食べなくなる. 食べないどころか糞もでなくなってからだがだんだん透明になってゆく. こうなるともうおしまいです. ほとんどの場合,成長するどころかどんどん縮んでしまって,さいごにはひっそりと亡くなります. この病気(?)は共生体との関係不和が原因ではないかと私は考えています. マット交換後あるいは温度変化など環境の変化で起こるようです. もしかしたら共生体が死滅してしまって吸収阻害をおこしているのかも知れません. あるいは消化管に悪い菌が住み着いて,あるいは体内に入り込んで(感染して)消化阻害をおこしているのかもしれません.
私は一度だけこのような拒食状態から復活させたことがあります. すでに2齢のときから他の兄弟に比べて成長が遅れていて,2齢から終齢への脱皮をしないオオクワ幼虫がいました. おかしいなと思っていましたが,あるときようやく脱皮しました. しかし,しばらく様子をみていたのですが,その後全然活動も成長もせず,頭も固まってしまったのに餌を食べる気配が有りません. さらに,表皮がやや黒ずんで中が透けてきました. これはまずい拒食症だ!とおもって,すでに十分成長していた兄弟のビンから糞を集めてきて少量の新しいマットに混ぜ,幼虫を小さなプリンカップに入れて加温してみました. その後約2週間までに徐々に餌を食べるようになり,お腹のなかに消化物が蓄積されてきました. そして小さいながらも糞を排泄するようになった1カ月後には大きなビンに戻しました. 最終的には兄弟に比べると小さいのですが,ちゃんと蛹になりました.
これは,たった1例だけですが,共生体と宿主の関係が悪化したときに,仲間の糞に含まれるフレッシュな共生体を補充することで拒食を回復させた良い例になるのではないでしょうか?

人間は人間が食べる食物の消化に関わる分解酵素をほとんど持っています. 胃では消化酵素(ペプシン)が胃底腺から外分泌され,肝臓や膵臓で作られた消化酵素は十二指腸に分泌されます.しかも,我々は雑食性で肉(タンパク質,ビタミン),野菜(ビタミン,炭水化物),米(炭水化物),魚貝海藻類(タンパク質,各種ミネラル,ヨウ素)など様々な種類の食物を摂取し,タンパ ク質はアミノ酸まで分解し,炭水化物はグルコース(糖)として小腸の粘膜から吸収します. クワガタ虫は朽ち木しか食べれません. 肉や野菜はいうにおよばず,腐葉土,生木でもいきてゆけないのです. このように共生体の存在はクワガタ虫のような食性の偏った生物には欠かせないものなのです.


共生体と大型化

さて、次にみなさんがマットを発酵させる最も直接的な理由,すなわち、大型個体を育てることとの関係について考えてみました。 ここでも、先ほどの小島さんの実験を例にして考えてみます。
1 まったくマットを交換しない。
2 毎月マット交換する。
3 3齢になったら1回だけ交換する。
でした。
なぜ、毎月マット交換した場合に大きな個体とならなかったのでしょうか? 1カ月ごとにマットをほじくり返されることによるストレスもあるでしょう。 しかし、小島さんが考察しているように、幼虫は交換される度に、環境をコントロールするために糞をマット中のいたるところに、 おそらく、ある一定の規則に沿った配置となるように排泄していると考える方がストレートと思います。 せっかく、住み良くなってきた環境をマット交換のために1からやり直しなっているのでしょう。 この糞パラマキ行為が非常に幼虫を消耗させていることは間違いないことです。 クワガタフリークの我々としては、飼育中いかに幼虫のリラックスムードを保ってやるかを大切にすべきです。 また、自然界では環境を自らのモノにしようと懸命になっている他の昆虫と競争しながらの生活となるため、時に妙に小型のクワガタが多く目にとまるように思えます(昨年、大外達の採ったクワガタは、みんなちびさんでした)。 糞のバラマキ、すなわち、環境コントロールによる幼虫の体力消耗を出来るだけ抑えることが出来れば、幼虫は大きく育ち、そして、大きくて立派な成虫となるのではないでしょうか? そのためには,幼虫にとって有用な微生物を前もって培養しておくことが有効であると考えられます。 そして、この培養は小麦粉を入れないよりも入れた方が効果的であるため、小麦粉添加調製マットは大きな幼虫を育むことが多いのでしょう。


発酵マットと菌糸ビン

さて、蛇足なのですがもう一議論してみます。
今回の発酵のお話とはちょっとずれたことなのですが、ここまで読んで下さった方々の中には、菌糸ビンで幼虫を飼育しているフリークもいらっしゃるはずです。 最近のクワガタ屋競争により、どんどん安くなってきているようですし、再現性良く,安定して大きな個体に育つことが既に実証されています。 (もしかしたら最近は発酵マット派よりも多いかもしれませんね) ここでは、菌糸ビン、すなわち、キノコと共生体について考えてみたいと思います。

実はキノコと共生体の関係は、えりーさんからのリクエストなのですが、それを頂いたときは、何ともコメントしがたいブレインストーム状態でした。 ”何かうまい具体例でもあればなァ”と思いながら幼虫の飼育ビンをながめていたら、あったんですよ、ヒントが。 皆さんはクワガタを飼っているときにカビやキノコが生えちゃったことありますよね。 大外のクワガタキャリアはまだ短いのですが、生えまくっています。 何だかウスキミ悪いのですが生えちゃったモノは仕方ありません。 でも、よーく見ると生えてるモノが違ったんですよ、クワガタの種類で。これは、国産同士でも見られるのですが、 国産と外産との間の方が顕著でした。 ”ほほー、これなら説明がつくかな?”
その時ストーム状の頭の中の考えがまとまったんです。 つまりこういうことです。 カビやキノコは真菌です。

先に、共生体の一種として真菌があることを書きました。

共生体は糞といっしょに環境コントロールのためにマット中に排泄される。

そのマットの中で、我々の目に付くまでによく成長してしまった。

よく成長するということは糞中にたくさん存在する可能性を示唆している。

多く存在するということは、共生体として幼虫との関わり合いが大きい
と、結論する事が出来ると思います。 もしこの仮説のように関わり合いが大きいなら、理論的に菌糸ビンは効果的といえます。 事実、菌糸ビンは高い再現性でもって大きな個体を生育させる効果を示しています。 つまり菌糸ビンのなかで活きているキノコ(=真菌)は共生有用菌のひとつで,しかも消化吸収に関して重要な役割を果たしているものであると考えることはできないでしょうか? 共生体の働きは多岐にわたりますが,真菌と幼虫との関わりについては先に書きましたように、栄養学的な面が多いと思います。 ヒラタケなどのキノコの菌体そのものがクワガタ虫の共生体かどうかはまだ直接証明されたわけではありません. キノコと同居している他の微生物かもしれません. しかし,菌体(=餌)を食べるということではなく「活きている共生体」を取り込むということの方が積極的に重要な意味を持つという仮説はあながち間違ったものではないのではないと考えています. なぜなら,劣化した菌床,すなわち菌が死んでしまって別の共生作用のない悪玉真菌(カビ)が生えると大抵の場合幼虫は死んでしまいます. もし,菌糸ビンがマット中に栄養物質(菌体のタンパク質)の供給を目的とするならば,キノコそのものの生き死に関わらず,同じように大きく成長するでしょう. さて,みなさんはどう思いますか?


さいごに

以上、マットの発酵とクワガタ虫の消化と吸収について書いてみました。
大外の意見は共生体による環境コントロール(安定化)を重視するものです。 大きなクワガタ虫を作るためには,高カロリーの餌を与えるのではなくて,クワガタ虫が吸収できる栄養素を作り出してくれる微生物を増やす.すなわち微生物に餌を与えて増やしておく. これが(少量の!!)小麦粉を加えて発酵させる意味ではないでしょうか? 自然状態においても、母虫はただの朽ち木,生木よりも、適度に菌の発育した朽ち木を好むのはまさにこのためなのでしょう。 ♀は自分の子供達には既に自然に形成された良い生活環境をうまく利用して、出来るだけ成長してもらい、大きなそして元気な個体となって欲しいのです。 これは将来的な子孫繁栄につながり、生物の生存戦略(自分のコピーを増やすためにはどうすればよいか)に合致したものだということを母虫(というより先代虫)は本能で知っているからです。

それにしても実際のマット発酵の過程では一体何がおこっているのでしょう? 大外と同じ考えの方もいるかもしれません。 発酵中に栄養素が蓄積されると考える方だっています。 答えはどちらでもいいと思っています。 結論はクワガタを飼っている皆様が自らの経験の中で見いだしてください。 実験動物ではなく、系統が確立されていないクワガタで極めて精巧な再現性を追求するのは難しすぎます。 どうすれば健康なクワガタが育つか、試行錯誤してみてください。 奇形や不全による死亡を少なくし,健康なクワガタを育てることこそ大切なことと思いませんか? 発酵とは話がずれましたが大外はそう思います。