「そうですか・・・クワガタだったのですか・・・」 依頼人の婦人はしばし呆然とした後、ゆっくりと呟いた。 「・・・正直、ホッとしてます」 涙を堪えつつ、女は言った。そして続けた。 「・・・でもこういう事を私に伝えてくれなかったことも少し悔しいですね・・・。」 「まぁでもやはりクワガタが趣味になった、とは言い出しにくい事でしょう」と偏屈堂がイスに持たれながら言った。 「で、でも・・・私よりクワガタの方に惹かれているなんて・・・私、私・・・」呟きが声にならないようだった。 「ああ、でもそうとばかりは限りませんよ」と桑形探偵が口をはさんだ瞬間、事務所のドアがノックされた。慌てて私が応対に出ると眼鏡をかけた、170センチくらいの細い男性が立っていた。 「真夜美はこちらに来ておられないでしょうか。私、夫の箍枠十船(たがわく・とぶね)と言います」 「やぁやぁ、やっと来られましたな箍枠さん。さぁさどうぞこちらへ」 桑形探偵が手招きして箍枠さんを招き入れた。そして婦人の方に向き直り、 「奥さん、確かに彼がクワガタの事を愛好してるとは言え、別に奥さんの事を忘れた訳ではないようですよ」 あっけにとられている私達を尻目に探偵はなおも演説を続けた。 「もう一度聞きましょう。あなたが一番好きな、クワガタムシは何ですか?」 どうして自分がそんな質問をされるのか分からないと言った体で箍枠は戸惑っていたようだが、少し悩んだ後、 「ヒラタクワガタですね」 と答えた。 「ん?」私は思わず声を出してしまった。 「確か一番好きなのは確かミ・・・」と言いかけたとたん急に偏屈堂が私の口を押さえた。そして私の耳元でこう呟いた。 「馬鹿!ミヤマ好きってのは興信所が手に入れたテープからの情報だろうに!いきなり聞いてどうするんだよ!奥さんが興信所に頼んでた事が分かるじゃないか!」確かに、それもそうである。 桑形探偵は、落ち着いた口振りで箍枠夫に語り掛けた。 「確かにクワガタの中ではヒラタがお好みでしょうねえ。でも、ミヤマも捨てがたい筈ですが・・・」 「・・・!?ミヤマですか・・・?あっはいはい、確かにミヤマも良いですね。というより一番ですよ。しかし何故ご存知なんですか?」 「ミヤマというのは奥さんの事でしょう?逆さから読めば"真夜美"="ミヤマ"ですからね」 「ああ、お恥ずかしい、妻のあだ名が分かってしまいましたか」 「いやいや、単純なアナグラムですからね、クワガタの名前と一緒ならついあだ名にしてしまうのも分かりますよ」 「・・・あなた・・・」嬉しそうにイスから立ち上がる夫人。 「すまない、僕の趣味を隠していて・・・これからは君に心配を掛けないようにきちんと全て話すよ・・・」 「いいえ、あなたこそ私の事を一番に考えていてくれて嬉しいわ・・・」 2人はこれから恐らく交尾に入るだろう。其の為に産卵木を埋めておくのが良いかもしれない(笑)。箍枠十船、逆さから読めばネブトクワガタ。ネブトクワガタだけに根が太いだろうから。 等と言うアメリカンな終り方をして良いのだろうかと思いつつもキーボードから手を放す次第である。 |