書評:「楽しい昆虫採集」

著者:奥本大三郎・岡田朝雄

k−sugano

出版社:草思社 価格1,942円(税抜)

ISBN:4794204272

 クワガタムシの採集方法・飼育方法については、近年のクワガタブームによって子供向けに多数の書籍が出版されており、実はその販売部数の大半はれっきとした「おとな」が買って読んでいるという話もあるくらい、一般に普及してきた。

 ところが一方で、れっきとしたムシ好きの男性が標本作成法を知らないという、昭和30年代以前に小学校生活を過ごした昆虫採集趣味の人間にとっては信じられない事態ともなっている。

 「月刊クワ馬鹿」では、A.CHIBA氏の「怪説:世界のクワガタムシ」シリーズで標本保存の重要性をそれとなく啓蒙し、CHIBA氏の命を受けた不肖k−suganoが標本作製講座(本当はその名前だったのだが、coelacanth氏のアイデアにより、視聴率を稼ぐために「美しい死体処理入門講座」などという名前になっているが、これは楽屋話)などを、恥ずかしくも担当したりしている。

 今回紹介する「楽しい昆虫採集」は、各種昆虫の標本作製法について極めてわかりやすく述べられており、この本さえあれば、クワガタムシ等の甲虫はもとより、蝶、蛾、トンボ、バッタなどあらゆる昆虫の標本を作製することができる。(「美しい死体処理入門講座」もこれの受け売りといっても過言ではないか)

 この本の主題「昆虫採集」については、捕虫網採集法、スイーピング採集法、叩き網採集法(ビ−ティング)、受け網採集法、白布採集法、石起こし採集法、朽ち木採集法、捜索採集法、灯火採集法、誘引採集法、トラップ採集法、水棲昆虫採集法などの昆虫採集法を網羅し、種類別では、クワガタムシはもとより、蝶(成虫・幼虫・卵)、蛾、カミキリムシ・オサムシなどの甲虫、トンボ、セミ等々、あらゆる昆虫の採集方法をまとめている。

 また採集用具・飼育用具・標本作製用具について、この本以上にうまくまとめたものを筆者は知らない。

 巻末には昆虫関係器具店、標本商、専門書店、図鑑と雑誌、昆虫関係の学会と学会誌、研究会・同好会と会報、全国の博物館(所蔵標本の数まで列挙)と昆虫館一覧までついていて、至れり尽くせりである。

 以上のように、昆虫採集・飼育・標本作製と収集のいずれにしても、昆虫を趣味とするものにとっては欠かせない本であるが、著者の岡田朝雄氏(日本昆虫協会副会長、ドイツ文学者)がカバー裏で、奥本大三郎氏(日本昆虫協会会長、仏文学者、ファーブル昆虫記の完訳で有名)が序文で、それぞれ、昆虫採集と本の出版意図について述べておられるので、それを紹介した方がよいかな(^^;;


 一口に昆虫採集と言っても、採集、標本作製、コレクション、標本の同定・研究、飼育・観察等いろいろの段階や過程がある。

 この趣味はまず、山野を駆け巡る健康的なスポーツであり、発見の驚きと喜びを与えてくれ、魚釣りに勝るとも劣らず人間の狩猟本能」を満足ささせてくれる。

 昆虫標本のコレクションは、種類の多さ、美しさ、珍しさ、どれをとっても比類なく、世界中に愛好家がいて、切手の収集などよりもはるかにおもしろい。

 そしてこの趣味のもっともユニークですばらしいところは、知的好奇心を満足させてくれ、自然とはどんなにすばらしく、どんなに大切なものであるかということを分からせてくれ、知らず知らずのうちにさまざまな分野の学問への興味を目覚めさせてくれることである。

<岡田朝雄氏の解説から>


 日本における昆虫採集の入門書は、明治15年(1883年)の曲直瀬(まなせ)愛の「採昆指南」がはじめてのものであるというが、昭和初年の、昆虫採集の「前期昭和黄金時代」に加藤正世の「趣味の昆虫採集」(1930年)が現われた。この書物はまさに一世を風靡し、その影響力にははかり知れないものがある。

 しかし、それ以後は、昆虫の採集と標本製作法を述べた成書は、数えるほどしか出版されていない。わずかに、内田老鶴輔発行の京浜昆虫同好会編「新しい昆虫採集」が目立つくらいである。

 一方で、最近の工業技術、材料の進歩はめざましく、木工ボンドと昔のニカワ、アラビアゴム等では接着効果に雲泥の差がある、スノコつきのタッパーウェアなど、昆虫標本製作のためにわざわざ開発されたのではないかと思われるようなものもある。

 そうしてまた、西洋伝来の昆虫採集、標本製作法は独自の発展をとげている。そうして「月刊むし」「やどりが」などに郡司芳明氏、藤田宏氏らが、ときどき、その技術を伝授する記事を書いておられ、蝶の軟化展翅の方法なども、おいおいに普及してきてはいる。それらを集大成し、1冊にまとめた、しかも新しい「趣味の昆虫採集」が、今必要とされているところである。筆者らは、あまりに特殊なことを除いて、知る限りのコツを、秘伝を、本書に記したつもりである。

 たとえば蝶の翅の修理法、タマムシのように鞘翅の固い甲虫に針を刺す方法、夜間採集において、適当な立木等がないときに白布を張る方法等、いずれも一度人から教えられればなんでもないコツであっても、すべてのコツというものがそうであるように、ひとりではなかなか気がつかないことばかりである。こういうことでも、おしえてもらうためには数年間標本商に奉公するか、十数年も、ひとりでたくさんの標本を破壊したり、指先を針で刺したりして、血のにじむ苦労の末に体得するようなことである。人に教わることの大嫌いな、傷つきやすくプライドの高い虫屋諸氏に本書を送りたいと思う。自分で買ってひとりでこっそり読んで頂きたい。

<奥本大三郎氏の序文から>

今回は、本格的な昆虫採集シーズンを前に、「楽しい昆虫採集」を紹介した。
さあ、みんな、今すぐ書店に走ろう!


 
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