さて前述の「大図鑑」によると、いわゆるオオクワガタは下記のように分類されている。
Dorcus curvidens curvidens (Hope,1840)
Dorcus parryi parryi (Thomson,1862)
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「大図鑑」が出版された当初から、ラオス産によって記載されたDorcus grandis
grandis (Didieri,1926)について「大図鑑」に全く記されていないことが話題となった。「大図鑑」発行以前のオオクワガタについてのまとまった論文で代表的なものは市川敏之氏の手による東南アジアのオオクワガタの概説(月刊むし185号 Jul.1986)だが、この解説中でDidierの記載したgrandisについて述べられており、また境野広行氏による「台湾クワガタムシ科図説」(月刊むし116号 Oct.1980)の中でもgrandisについてはformosanusとの関連で触れられている。ちなみに、境野、市川といえばクワガタムシ関係では知らぬものがないほどの有名な研究家である。
なぜ、大図鑑ではgrandisについて1行の記載もないのだろうか。おそらくはこの時点ではラオスに産するというgrandisの標本が入手できなかったためであろう。
その後、grandisに関する疑問は「Dorcus grandis Didierの再発見」(池田清彦・西村正賢)(月刊むし292号 Jun.1995)によって氷解した。著者が入手したラオス産標本の中にDidierの記載したgrandisそのものがあったことから、grandisは実在しているというものである。また、市川も暗示していたようにgrandisの前胸背板側縁の形状と類似していることから、台湾に産するformosanusをgrandisの亜種に扱っている。
まとめると、この論文では「大図鑑」のcurvidensグループを次のように再定義している。
Dorcus curvidens curvidens (Hope,1840)
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分類に関する考え方は人それぞれで、「大図鑑」の著者である水沼自身が「大図鑑」解説中で「curvidensとparryiを同一種と考える研究者もある。実は筆者もそのうちの1人なのであるが・・」と記してある。
筆者も同じ考えだが、現在好事家の間で広く認知されているのは、「大図鑑」と「Dorcus
grandis Didierの再発見」の両者をミックスしたもののようで次のように分けられているらしい。
A) Dorcus curvidens curvidens (Hope,1840)
なお、Dorcus curvidens curvidensの中でもとりわけ姿形のカッコよい、インド、シッキム、ブータン産を珍重して別に考える人も多い。
D) Dorcus grandis grandis (Didieri,1926)
F) Dorcus parryi parryi (Thomson,1862)
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さて、今回Yeti氏からこのオオクワガタグループについて種を分けるにあたって興味ある話を伺った。Yeti氏は上記の種を次のように分類する。
A) Dorcus curvidens curvidens
D) Dorcus grandis grandis
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Yeti氏によればこのように分ける根拠は3点あるとのことである。以下はYeti氏へのインタビューである。
(k-sugano)こんにちは。Yetiさんはオオクワガタの分類について独自の考え方をしておられるとのことですが、その根拠について説明していただけますか。
(Yeti氏)まず最初に言っておきますが、私の分類(表4)が一般的なものでないことは承知しております。
私は、標本収集家の方々や大学等の先生方のように交尾器を引っ張り出したり、顕微鏡を覗いて見たりはしておりません。
これからお話する私の分け方については全て飼育、すなわち生体についての観察から導き出されたものであります。
ただ、形態からの分類が袋小路にはまりこんでいる現在、これからは死んだ虫以外の研究によって、新たな発見があるように思います。
では、順にご説明していきます。まず第1は♀の外観についてです。
比較的区別のつきにくいクワガタの♀において、curvidensグループとgrandisグループの♀は間違えることはありません。点刻の深さが個体差の域を越えてあきらかに違います。クルビデンスは点刻が深く、グランディスは浅いです。
第2点は交雑実験の結果からです。 過去、私は次のような組み合わせで実験を行いました。
D. grandis grandis♂ × D.
curvidens binodulosus♀ 試供個体2セット
D. grandis grandis♂ × D.
grandis formosanus♀ 試供個体1セット
D. grandis formosanus♂ × D.
curvidens binodulosus♀ 試供個体3セット
以上の組み合わせでは容易にF1を得ることができたのに対して、
D. curvidens curvidens(Laos)♂ × D. curvidens
binodulosus♀ 試供個体2セット
D. curvidens curvidens(Thai)♂ × D. curvidens
binodulosus♀ 試供個体1セット
D. curvidens curvidens(Indiaとして売られていたもの)♂ × D. curvidens
binodulosus♀ 試供個体2セット
同じcurvidensとされているこれらの組み合わせではF1が得られなかったという実験結果が出ています。
これは、まだまだ実験数が少なく、これから皆さんにも追試実験をしていただいて、サンプル数を増やして結果を見ていかなければなりません。タイワンオオクワガタ(formosanus)と日本産オオクワガタ(binodulosus)の組み合わせについては、私の実験以外でも小島啓史さんが日本産を台湾に持ち出して実験されたそうで、そのときもF1が得られたそうです。
ところで、注意を喚起しておきたいのですが、このような雑交で生じた個体が市場に出回らないように厳格な管理をする必要があります。私はこのような雑交個体を外部へ出した事はありません。もし、みなさんが同様の実験をする場合、くどいようですがこの点には充分に気をつけてください。
第3は、これが一番面白い結果だと思うのですが、同一条件下での飼育における個体サイズの違いです。
私は、これらのすべての虫を同じ菌糸ボトルで現地飼育しましたが、同じ状況下、すなわち、25度以上をキープして、♂でも平均すれば6ヶ月強で羽化するという条件で飼育した場合、私が考えるグランディスグループは、元々大型種であるグランディス(grandis grandis)を別にして、タイワンオオクワ(formosanus)や日本のオオクワ(binodulosus)においては、平均では♂が70mm前後、♀が45mm前後であるのに対し、クルビデンスグループ(curvidens curvidens、parryi)は、タイワンオオクワや日本のオオクワに引けを取らない大型種であるにも関わらず、平均で♂が64mm前後、♀が40mm前後にとどまるのです。
クルビデンスグループでも、温度調節で幼虫期間を延ばしたり、餌の水分や養分の配合を変えることによって、当然のことながらグランディスグループに負けない大型個体は作出できると思いますが、同じ菌糸ボトルを使用した場合、結果に差が出るのは事実なのです。
以上のような理由から私は(表4)に示したような分類をしてはいかがと考えております。繰り返しになりますが、死体である標本だけでなく、生体を研究していくことがこれからは重要になってくるのではないでしょうか。
(k-sugano)なるほど、もし同じ種であれば当然交尾が可能でしょうし、食性も似たようなものでしょうから、実際の飼育結果から考察したYetiさんの分類法については、一般に認められた分類とは異なっているからといって軽視すべきものではないですね。クワガタムシでは、外観だけで種を分けてしまう場合が多いですが、Yetiさんの考察はこのような風潮への警鐘でもあります。
今日はお忙しいところありがとうございました。
今回はオオクワガタの分類について、その第1回目として、最近のオオクワガタの種分類の実際と、Yeti氏が提唱する、ある意味では「異端」である分類についてご紹介した。
なお、オオクワガタの分類について皆さんの意見をお待ちしております。
ご意見はk-suganoまで。
次回、オオクワガタの分類(2)は、「Beetle Breeding Web」のWebmasterで、「クワガタ情報交換」のコメンテイターとしても有名なFanLinさんに書いていただく予定です。
FanLinさん、よろしくね(^^;;