飼育講座 ノコギリクワガタ



Prosopocoilus inclinatus

by coelacanth


概要

ノコギリクワガタと言えば普通種も普通種、大体コクワガタに次いで最もどこにでも普通に見られるクワガタだ。んがしかし、「珍しくない種類はつまらない」なんて事はないのであって、実際子供の頃に夢中にさせてくれた甲虫と言えば誰でもカブトムシとノコギリクワガタを挙げるに違いない(まぁ中にはノコやカブトが少ない地方の人もいるだろうが)。子供の頃は私はオオクワガタなんて全く知らなかったし、格好ばかり立派でもコソコソ隠れてばかりのオオクワガタより、喧嘩させて遊ぶならなんたってノコとカブトだ。海外のマニアに見せたらどっちも同じ位カッコいいと思うだろう。ただ何年も生きないという所だけは弱点か?

クワガタに再度目覚めて数年の私は、実は案外ノコギリが好きだなと思う今日この頃である。いくら普通種とは言え、世の中のクヌギ林がなくなってこうも杉林ばかりになって来ると実際子供を連れて出かけてもなかなか数が採れない。お父さんが子供の頃は都内の近所の森で夏には毎朝ざくざく採ってそれはそれは面白かった、、、という世界を再現したい、、、そんな理由から三鷹の野川公園のボランティアを始め、なんとかクワガタの森みたいなものを復活させたいと思っているが、その為には当面、飼育技術も必要だ。公園の自然観察センターで飼育展示等も行っており、訪れる子供達に人気だ。というわけでここ数年結構ノコは一生懸命やっている(ようなやっぱりズボラなような、、、、)。

アゴの曲がりが何ともいい!赤い体色


特徴はその名前の由来ともなっているギザギザのオオアゴ、赤っぽい体色、比較的スリムな体型と言った所だろうか?性質は荒々しく、喧嘩っ早い。しかしそのオオアゴの力は見かけ程強くはなく、挟まれても指に穴があく程ではない。オオクワやヒラタはおとなしいものの、いざ挟まれると本当に指に穴が空いて出血してしまう程力を持っている。実際の喧嘩ではミヤマは挟む力を比べるだけというイマイチ単純な勝負なのに比べ、ノコギリはうまく挟んで投げるというなかなかの技巧派である。見ていてより面白いがあんまり戦わせ過ぎて弱らせるのもまずいか。まぁ普通種だし、いいか(おいおい)。

大歯型中歯型小歯型


ノコギリクワガタの特徴で特に注目すべきは、その歯の形が大中小でかなり変化する事だ。図鑑によれば体長の変移は雄で26.5mm〜74.7mm、雌で25.0mm〜37.6mmなどとなっているが、それらのオオアゴの形、歯を比べると全く違う種類のようである。オオクワやミヤマも変移するが、ノコギリが一番形そのものが変わるように思える。実際子供の頃は小型のものは別ものだと思っていて東京(あるいはうちの近所だけか?)の方言では「オカチメンコ」などと呼んでいた。私は知らなかったがでかくて優雅な曲線の大型のアゴを持った雄を「スイギュウ」と呼ぶ地方も多かったそうである。

これはノコギリこれは水牛だこれはメスだ


成虫飼育

ノコギリはミヤマに比べるとかなり自然破壊の進んだ都下の森でもかろうじて生き残っているようで、三鷹あたりでも激減しているものの、まだ絶滅はしていない事をあちらこちらで確認している。分布も北海道から九州まで(沖縄のは亜種となってしまう)と広く、高度も全くの低地から標高1000m近くまで生息している。

そんなわけだから飼育も比較的楽である。ミヤマのような虚弱体質のクワガタに比べると暑くても簡単には死なない(とはいえ、やっぱり35度以上が続くようなあんまり暑い環境は確実にクワガタを弱らせるだろう)し、歩き回って転倒死、などというアホな事もあまりない。適当なマットを適当に湿らせて適当な餌を適当に与えておけば適当に生きている。

ただ、累代、繁殖等を行っていて唯一困るのが越冬だ。こんなに普通種なのに近年まであまり知られていなかった事実としてノコギリは「生まれて1、2年で成虫になり、羽化した夏から更に次の夏までは蛹室で飲まず食わずで1年じっとしていてようやく次の年の夏出てきて活動して秋には死んでしまう」のである。ミヤマもそういう生活をするし、オオクワもそのようなパターンのものもある事が知られている。そしてこの羽化直後の1年越冬期間がどうもかったるい。以前初夏に羽化したものを無理矢理出してみたがぜーんぜん何も食う気が無く、すぐにマットに潜るだけだった。初夏ならすぐに活動するケースもあるという話を聞いた事もあるが私はそんなのに会った事はない。とっとと食べてくれれば越冬だってしやすかろうに、逆にここでいじって消耗させたせいか、冬場になんとなく死んでしまうのがいるのである。なんともまぁけったいな苦行を好むものである。変な宗教にでも入っているのか?いや、実際は次の夏に一斉に発生して繁殖相手を見つけ易くするためだと言われているが。冬場に死なせてしまうのは、 がその理由のようだ(少なくともこれまでの私のケース)。そこで今年はいっそもう蛹室は諦め、羽化したら越冬前に全て出して小さいルアーケースの小部屋みたいなのに十分加湿したマットに埋めてふたしてしまう。この方がいちいち沢山のビンやケースを眺めて乾燥具合をチェックしなくて済むし、第一フタしちゃえばあんまり乾かないから実際は一冬何もしなくても大丈夫だ。更に場所塞ぎなでかビンが一気に減って嬉しい(実はこれが一番大きな理由だったりして)。空気?そんなものは越冬中は要らないと思っていい。真空パックじゃないんだから少しはもれているし、第一越冬中の酸素消費量なんてほとんどゼロだ。なんせ仮死状態なんだから。あとはまぁなまじ暖かくなって活動して消耗したりしないように、かといってあんまり氷点下が続くような事のないように適当な低温に保つ。私の場合は暖房のない部屋に置いてあり、冬でも10度前後、最低5度、という感じだ。

コンパクトに沢山越冬できるあまりいじって消耗させないそれでも死ぬ奴もいる


採卵

採卵も特に難しくはない。ペアで飼っていれば適当に交尾は行う。私の場合特に雌だけ隔離などの処置をせずともここ3年位十分な数の卵を得ている。大体20cmか25cm程度のプラケースにワンペア飼い、やや湿り気多めのマットを深さ10cm以上は入れ、ぐちゃぐちゃに加湿した朽ち木をほうり込んでおく。マットや朽ち木が未発酵の場合、なんとなくすっぱい臭いがしたりするがさほど気にする必要はない。ノコギリはあまり気にしない。環境が乾燥気味だとなかなか産卵しない。これは幼虫がかなり加湿気味の環境を好むからである(と思う)。

ノコギリは朽ち木に穿孔して産卵するわけではなく、適当に木を噛りながらその屑と朽ち木そのものの間に産む事が多い。朽ち木がうんとやわらかければ朽ち木の中にも産むようだし、朽ち木が全くなくてもマットの中に産む。とにかく産ませたければ湿度の高い柔らか目のそんなに太くない朽ち木をグチャグチャマットの上に載せて置くというのが良いだろう。自然環境で飼っている場合、産卵は夏から秋にかけてである。秋口にマットの中をひっくり返すと幼虫が出て来るし、朽ち木を割ると中からも食い入った幼虫が出てきたりする。湿度以外はそれ程気をつけていないが、ここ3年大体1ペアから20〜30の卵を得ている。

孵化まで

オオクワの場合、母虫が卵の回りに有用バクテリアを含んだ木屑を埋め戻し、これを取り去ると卵が孵化しなくなる、等という事が報告されているが、私が試した限りではノコギリはそのような事はない。大体似たようなグチャグチャマットでくるんでおきさえすれば、コロコロっと転がり出て来て元の位置がわからなくなった卵でも大体間違いなく孵化してくれる。むしろ肝心な事は温度と湿度で、決して乾燥したマット中にはおかず、温度も高目が良い。特に秋に生まれると低温の日々が続く事があり、孵化が遅れる。正確に隔離して調べたわけではないが、2週間から1ヶ月、あるいはそれ以上かかる事もあるようだ。しかしいくら湿度が肝心と言っても完全に水没したような状態だと空気が無くて窒息死し、腐るという事もある。

幼虫

ノコギリ幼虫の飼育に関してはとにかく「湿度を保つ事」につきる。グチョグチョベタベタというか、極端な事を言うとビンに詰めたマット全体を完全に水没させ、ビンをペーパータオルの上に逆さまに立てて1時間置いて水を抜いただけの状態、ってな感じで良い。湿度さえあれば中が多少青カビにやられようが、黄色っぽい粘菌がはびころうが全く何ともないようである。かなり強い幼虫だ。こんなマットを使う為にノコギリのビンは見るからにねっとりとした黒っぽい感じになってくる。また幼虫の糞もなんか下痢便のようでカブトやオオクワの様なコロコロした形を残さない。写真でわかるようになんか変に黄土色っぽい地帯がビン内にできるのも特徴だ。糞が溶けて混ざっているような感じだ。

黄色い部分ができる中は濡れている糞は柔らかい


さて、飼育ビン内の湿度を保つのに最も良い方法は「蓋に全く穴を開けない」事である。そんな馬鹿なと思うかも知れないが、私の場合それが為に幼虫が窒息死した事など全く無い。ノコは大体ネスカフェゴールドブレンド100gビン(元のコーヒーの重さであって、加水したマット餌自体はもっとずっと重い)で飼っているが、このビンの蓋の内側のスチロール状のパッキングを捨ててしまえば完全に密封される事はなくなり、これで十分な通気が得られる。ショウジョウバエだのキノコバエだのも出入りできないし、ビニールだの布だのを挟む等という面倒な事も必要ない(というかそんな面倒な事は数が多くなるとズボラな私にはできない)。蓋に穴など開けるのは全くの骨折り損というものだ。幼虫は元々地下に埋まった腐った根っこ部分を食っている事が多いのでそれほど換気を必要としていない。唯一幼虫が窒息死するとしたらそれは幼虫自身が原因ではなく、マットに小麦等を混ぜ、それが発酵した為に急激に酸素を消費した場合だけである。従ってその過程を別に行ったいわゆる「発酵済みマット」であればもう全く通気は忘れて良い。余談になるが、これまで海外に何度かクワガタ幼虫を送った事があるが、いつも穴など全く開けない小さなピルケースに詰めたまま、ひどい時は2週間かかって、それでも全くなんともなかった。まぁ暖かい時は少しは考えた方がいいかも知れないが、それでもピルケースは極端なケースの話であり、普通のビンではまず問題無い。むしろ通気が良すぎる事による乾燥の方が余程恐い。

100gビン軍団蓋穴無し若齢幼虫はしばらくピルケースでOK温室内にビン軍団(左青ケース内も)


1997年夏は自宅はオオクワのベビーブームでおおわらわのうちにノコの繁殖がいい加減になってしまった。しかし野川公園自然観察センターの展示飼育で飼っていた1ペアから29の卵や初令幼虫を得、最終的に25程の幼虫を得た。卵を得たのが9月〜10月とやや遅くなったので、丁度その頃から用意した自宅の温室に余分なスペースがあったのでそのうち20前後の卵や初令幼虫を引き取ってピルケースに入れ、そのまま温室で25度で管理した。しばらくしてほとんど無事に孵化したので全て100gビンに入れた。マットはオオクワ用に用意していた小麦数%添加発酵済みマットで、たっぷりと水を加えてビチョビチョになったものである。マットを固く詰めたビンの上部にピルケースの中身をぶちまけ、幼虫が1日のうちに全て無事マットの中へ潜っていったのを確認し、そのまま管理した。ノコ飼育では数%の砂糖や蜜等の水溶液を添加すると良いという話を良く聞くのでいくつか成虫の餌用の蜜を薄めたものを添加してみたが元々小麦添加マットなせいか特にそれらが変わったという印象はなかった。最初から与えればまた違うかも知れない。が、小麦添加だけでそもそも最大のがいるのだからどうでもいいか。

実はそのうち折りを見て温室外に出して普通に管理しようと思っていたのであるが、そうこうしている間に真冬となり、いきなり25度から5度の部屋に出すのもあまりロクな結果にならないのではないかと思えてそのままにしてしまった(ただズボラだったという話もある)。結果、25度のまま幼虫達はすくすく育ち、予想外の好結果となった。2月にはちょっと尋常でない程の大きさになっているのがビンの外からも明らかだったので試しに大きいのを2、3出して計測した所、どれも15g、16gというような大きさになっていた。ちなみに私がこれまで育てたり朽ち木割りで出したかなり大き目の幼虫でも10gとか12gで、それが十分大歯型になっている。オオクワに比べると体が細いのと多分比重が軽いせいで同じ体長ならノコの方が遥かに軽い。16gなどというのはノコとしてはお化けである。オオクワなら30gに相当するのではないだろうか?羽化が楽しみである。さすがに16gの幼虫に100gビンは気の毒なので、それら3頭程は150gビンに追加の新しい餌と共に移し代えた。なお、蛹室は大抵横長に作るので100gビンは基本的に全て横に寝かせてある。150gビンは今は立てているが、やはり最終的には寝かせるべきかも知れない。

温室製巨大ノコ幼虫顔が黒っぽいぬくぬく育って16g


蛹化・羽化

さて後は無事蛹化、羽化してもらうだけである。前蛹や蛹の期間は成長しないので、なるべく暖かく保ってとっとと羽化してもらった方がありがたいわけなので益々温室の連中は出せなくなってしまった。通常、温室管理を行わない場合、ノコは夏に生まれて(私の場合夏の終が多かった)冬までにせいぜい2齢で、結局1年1越にならない場合が多く、みな2年1越だった。実は今も一昨年孵化したものが温室の外に数頭いる。そいつらは全然大きくない。一方温室内の連中は結局、小麦添加発酵マットを(たかが100gビン1本!)使い、9月か10月に生まれたものが、現在(翌年の3月)雌2頭の蛹化に至っている。雄はまだ蛹化の兆候を見せていないが、この雌蛹がまた馬鹿でかい。雌は最大38mm程度のはずだが、この蛹は頭をたたみ、尾部を少し前に曲げた状態で38mmある。尾部を伸ばせば40mmだ。羽化して頭を伸ばすとどうなるのだろう?まぁ腹部が縮んで結局30mm台後半なのかも知れないがそれにしてもでかい。

前蛹蓋の内側にいたもの雄蛹のいい写真がない


というわけで、これが現在ある雌のでか蛹の写真だ。蛹がでかくなると蛹室が崩れたり狭い為に羽化不全になる心配がよくあるが、こいつらの場合、餌を徹底的に食い尽くし、ビン内がすかすかになっていたために蛹室が異様にでかい。いや、蛹室というよりは単にほんとにすかすかの内部を前蛹がゴロゴロして壁をなめらかにしただけというシロモノなのだ。従って蛹を出して撮影するにも蛹室を壊す事無く、蓋の方からちょっとほじくってスプーンで蛹をすくって出し、撮影後何食わぬ顔で戻しておいた。



前蛹から羽化までは1月程度はかかると思うが、温室なのでやや早いかも知れない。この勢いでいっそ1年の休眠も3ヶ月程度にしてくれるようなら従来の3年サイクルも改善され、養殖するならこれに限るという感じになると思うが果たしてどうだろうか?今年の夏に期待したい。




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