小説「名探偵・桑形孝三の事件簿」 その5

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翌日、私が事務所の方に行くと既に偏屈堂は来ており、桑形さんと話していた。そして 私を見つけるなり、おぉ、八条君、事件の目鼻はついたかい?と尋ねた。
「・・・ついたも何も、私には皆目分かりませんよ」
「まぁ、そうかもしれない。見る角度によって随分かわるものだよ、物事は」

午後3時を少し回った頃に真夜美さんが入ってこられた。先日よりかは少し落ち着いた 様子である。あるいは桑形探偵が今回の一件の大体の様子は分かった、と連絡をいれた のかもしれない。
「あぁ、こちらが依頼人の箍枠(たがわく)さん。そしてこちらが私の友人です。彼が今 回の事件、事件と言うのかな?まぁ、それに関しまして協力してくれたんですよ。今日 は彼の口から話をお聞き下さい」探偵が手早く両者を紹介した
「どうぞ・・・宜しくお願いします」かすれそうな声、例えると『冷たい月』の中森明 菜のような声で女は呟いた。
偏屈堂は手を擦りあわせてじっと指の先を見つめていた後、おもむろに顔を上げて、話 し出した。
「・・・今回の話は、あるいはその道の方が貴女の周囲にいらっしゃったならばすぐに 解決した話であると思われます。今回に関しては問題は唯一つ、御主人が奥さんに隠し 事をしていた、という事です」
女はビクっと震えて、肯いた。
「貴女は旦那さんの女関係に疑いを持っておられると思いますが、それはまったくの誤 解です。むしろ関係があるとすれば生物学的に言うメス の方です」
私は何のことか分からなかったが、偏屈堂は続けた。
「旦那さんの重要な秘密さえわかれば、全ての謎は解けます。世の中に不思議な事など 何もないのです−−−−−」ここで一端言葉を切って、「ご主人の秘密、それは、クワガタムシです」と言った
誰もが唖然とした。いや、正確に言うと偏屈堂と桑形探偵を除いて・・・。
沈黙を破るように、女が尋ねた。放心状態なのも無理はない。
「ク、クワガタムシ・・・って・・・あの挟む・・・?」
「まぁ挟みますね。誤解の無いように言っておきますとカブトムシの角の部分も挟む箇 所ではありますし、名の通り挟むハサミムシ、というのもいます。また挟む力ならアリ ジゴクも負けておりませんがね」
「は、はぁ・・・それは分かりますが・・・」
女に替わって私が疑問を浴びせてみた。
「クワガタムシ・・・で御主人の行動が全て解明できるんですか?まぁ夜な夜な出歩く のも、子分けの話も分かるけども、女性のストッキングを持ち出す、ってのは何なんで すか?」
「ストッキングはですねぇ、あれはクワガタ採集の為の基本なんですよ。ミカンを入れ る赤い網でも良いんですけどね、なかなか欲しいときに手に入らないでしょ、あれって 。だからストッキングで代用するんですよ」
「使うって・・・どういう風に?」
「まぁご存じないのも無理ないですけどねぇ・・・。ストッキングの中にバナナなどを 入れるんですよ。そして少し発酵させる。場合によっては香りをより出す為に焼酎とか 、ビールとか、アルコール分に浸したりする場合もありますがねぇ。で、それを広葉樹 のクワガタがいそうな樹に仕掛けておくんですよ。するとクワガタがそれに集まってく る、という寸法なんです」
「ス、ストッキングってそういう使い方をするんですか・・・知らなかった・・・」私 は物凄いカルチャーショックを受けた気分だった。
「八条君、まだ謎解きは始まったばかりだよ」
偏屈堂は愉快げに微笑んだ。

< 続く >

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