小説「名探偵・桑形孝三の事件簿」 その4

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私達一行は、偏屈堂の家の前に広がる公園に向かっていった。其の公園の一角に、何や らそう言われてみると奇妙な集団が一本の木に群がっている。まるで、アイスの棒に群 がる蟻のようだ、と例えればシックリくるだろうか。
偏屈堂は、私を省みて言った。
「確か、八条君と言ったね。さっき君たちは僕の家に来る途中、この人たちを見かけた と思うんだけど、何事だと思った?」
急に尋ねられたので多少驚いたが、狼狽を隠しつつ、答えた。
「・・・市役所の造園課か何かの人が整備してるんじゃないんですか?それともボラン ティアの人か・・・」
偏屈堂はひとつニヤリをはさんで、
「やはりね、やはり普通の人にはそう見えるんでしょうな
と言い、その木に群がる人たちに会釈をした。どうやらお互い顔見知りであるらしい。 そして、桑形に向かって
「桑形君、この木は何か分かるかい?」と尋ねた。
「立派な榎だね。といってもかなり朽ちているようだけど」
「流石だ、桑形君」おどけて拍手をしながら続ける。
「そして朽ちている事が何よりこの人たちにとっては重要なんだよ」
『朽ちている事が重要!?』私は何が何だかさっぱり分からなかった。そうしている内 に木に群がっていた人たちのリーダー格の人物が現れた。がっしりした体格で、目には サングラスを掛けている。芸能人で例えるならば、N・Kという感じだろうか。念のため、 錦織健では、ない。
「こちら、椎名さん。こちらのエノキをカッパギっておられるんですよ」
偏屈堂が紹介した。"カッパギる"という動詞があるのかどうかも気になったが(恐らく ないだろう。あったならば『ラ行五段活用』だな、と関係ない事も考えたが。)、それ以 前に、この『朽ちた榎を取る事』を実際やっている人がいる事に驚いた。
何の為に−−−−−。
「そして、こちらが私立探偵の桑形君と、助手の八条君」
手早く私達を偏屈堂が紹介した。
「おやおや、探偵さんでしたか。確かに、私達この公園の榎、公共物になりますが、こ れをカッパギってます。しかし市役所の方にはきちんと許可を頂いてるんですよ」
なんと、この言うなれば"枯れ木"をカッパギる行為にお役所の許可まで頂いているとは !それほどまでに情熱を賭けるに足る物なのか?この枯れたエノキが・・・。
私が訝しげな表情をしていたのが先方にも伝わったのか、"椎名さん"は
「ううん、やはり普通の人には分からないでしょうねぇ、この樹の価値が・・・」
と隣りの大きなエノキを見上げて言った。そして、椎名さん達が切り出したエノキのブ ロック材を指差し、
「これなんか、100万、200万の価値がありますよ、私にとっては」と言った。
お宝鑑定団かっちゅーの(byパイレーツ)、という気持ちも多分にあったが、私謎から見 たらただの枯れた木のなのである。一体これがどうして・・・
「どうです?八条君。さっぱり分からないでしょう、どういう事か」
偏屈堂が、そのエノキのブロック材を不思議そうに撫でる私に対して言った。
「ええ、何が何やら・・・」
「つまりは、真夜美さんも、そういう事なんです」
偏屈堂は、ポツリとそう言った。
< 続く >

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