小説「名探偵・桑形孝三の事件簿」 その3

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桑形探偵と助手の私こと八条は、今回の調査の仕上げとして、ある人物を訪れる事にな った。緑が茂る沿道を歩きつつ、私は尋ねた。
「たしかに妙な話ではありますけどね、あいつの力を借りるまでもないでしょう。桑形 さんがぱっぱと調べちゃえば終わりじゃないですか」 
右手にはかなり大きな公園が広がり、市役所の造園課か何かの人が数人で木を切ってい た。 
「事実はな。ファクトはそうだよ。しかしあの御婦人の様子をみたろう。ああいった人 物にはファクトだけ見せても駄目だよ。トゥルーを見せなきゃね」 
坂を登りきった所に訪れるべき場所、偏屈堂の住まいはある。
呼び鈴を2度ほど鳴らすと主人である偏屈堂が現れた。偏屈堂、という屋号が本名なの かどうなのかはわからない。自分の周囲10エーカーが全て死に絶えたような不機嫌な顔 をしている。
「・・・桑形か・・・」 「おお、偏屈堂、連絡はしておいただろう。例の件、どう思う?」 
「・・・まだ詳しい話を聞いてないからな。入り給え。細君は用事で出ているから大層 なものはでないがね」 
細君?こんな偏屈な男にも細君がいたのか?兎角世の中は分からない。
2階の八畳間に通された。異常な量の本とコンピューター類が雑然と並んでいる。本人 にとっては整然なのだろうが。 
「早速本題に入るが、先日の話は大体話したな?」
「女性のストッキングだかなんだかの話だな?ああ、それは大体聞いたな。話の目筋は 立った積りだよ」 
「!?」 
私にはこの男が皆目分からなかった。目筋がついた、だと?たったあれだけの話で目筋 がつけられてはこちらはもうお手上げである。単なるブラフかもしれないが、今となっ てはこの男を信じるしかない。
「それで今日、またその女性がやってきた。御主人が部長さんに向かって『里子に下さ い』といったそうなんだ」 
桑形が概要説明を始めた。
「それは、そうだろうね。それもありだろう。部長のとこのが増えすぎたんだよ」 
こいつは何を言ってるんだ?増えすぎたから里子に?確かに部長の所は子どもが6人だ か何だか言ってたそうだがそんな簡単に親元を離せる筈がないじゃないか。 
「で、"きんしょう"という言葉を奥さんは"筋肉少女帯"だと思ったそうなんだが・・・」 
「ははぁ、なるへそね。"筋肉少女帯"か・・・上手く言ったもんだね、それは」 
偏屈堂は嬉々として返してくる。この男は何もかも見透かしているのだろうか。
「うん、やはり間違いないな。明日辺り僕が行こうか。なぁに、大丈夫。大体は理解出 来た。・・・ううん、後一つ少し見えない所があるがな・・・これがああだといいんだ けど・・・。依頼人の名前、奥さんの方分かるかい?」
「真夜美さん、だ。漢字は"真実"の"真"に"夜"、そして"美しい"だ」 
「成る程ね。よし、明日、おまえの事務所に昼頃行くよ。いっきに依頼解決といこうか」 
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、偏屈堂さん」
私は口を挟まずにいられなかった。
「あなたは何もかもお見通しなようですけど、僕には何が何だか・・・」
偏屈堂は少し小首を傾げ、思案しているのか宙を見つめたまま、ブツブツ何事が呟いた。 
「口で言っても説明できないんだよねぇ、それは。恐らく言っても君は信じないだろ うしね。信じない内容は言う必要がないでしょう?」 そう言って口をつぐんだ。 
「それはそうなんですけど・・・」 
やはり、気になる。
「・・・来るとき、公園で木を切ってる人がいたのではないかな?チェーンソーの音が 何やら聞こえたと思うのだけど」 
「そう言われると・・・。ええ、見ましたよ。公園の造園課か何かの方が整備してるん じゃないのですか?」 
「ははは、そうもとれるよね」 偏屈堂は笑いをかみ殺しているようだった。

< 続く >

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