小説「名探偵・桑形孝三の事件簿」 その2

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次に女が来たのは3日後の事であった。以前にも増して沈痛な表情が痛々しい。

「どうぞ」

桑形はソファを勧め、自らはその対面に座った。

「何か・・・ありましたか」

女はその言葉を待っていたらしく、饒舌に喋り始めた。

「先日お伺いしてから、主人の奇妙な行動に関しては知らぬ存ぜぬという態度を決め込んでいたのですが、少し嫌な思いを2・3しましたので・・・。2日前の事でございます。主人が何やら奄美部長と電話で話していましたので、耳をそばだてますと・・・」

「・・・どうぞ、お続け下さい」

「よく会話は聞き取れなかったのですが、『部長、是非里子に頂きたいですね』と・・・」

「里子!?」

私はまたまた素っ頓狂な声を揚げてしまった。

「里子って・・・お子様は・・・?」

「はい、実は・・・私、妊娠3ヶ月でして・・・」

自分の子どもが居るのに里子とは!身重の奥さんに内緒でふらふらと奇行に走る箍枠十船という人物に対して、会った事が無いながらふつふつと怒りめいたものが沸いてくるのを押さえ切れなかった。

「それにしても里子・・・、その奄美部長の所にお子様は?」

「奄美部長の御宅は会社内でも子沢山で有名だそうで、男の子4人、女の子2人がおられるそうです・・・」

なるほど、それでは里子というのもつじつまが合わない事もない。。

「何より・・・何より私が辛いのは・・・妻の私に何の相談もなしに・・・『里子に下さい』なんて主人が言った事です・・・うう・・・」

全身が小刻みに震えている。どうしてこの女性がこんな目に遭わねばならぬのだろうか。そういう思いが全身を駆け巡った。

「2、3とおっしゃいましたが、まだ後何か・・・。お辛いでしょうが、私としましてもお話を聞かせて下さらない事には始まりませんので・・・」

桑形が何とかその場を取りまとめようと優しい言葉を掛けた。その声に少しは慰められたのか、涙をハンカチで拭い、凛とした声でまた話し始めた。

「もう一つ、あります。主人が夜な夜な週末に出歩くようになりまして、夫婦の間も何か今一つ壁のようなものが出来たと感じておりましたので、先日は主人が夜の外出から帰ってくるまで起きておりまして、出迎えたのです」

「はい、・・・それで?」

「いつも通り主人は奄美部長の車で送ってもらったようでした。『部長、いつもいつも送ってもらってすいません、やはり"キンショウ"はいいみたいですね!それでは!』と声がしたので玄関まで出迎えると非常に驚いた様子でしたが『お、起きていたのか・・・。早く寝ないと駄目じゃないか・・・体に響くよ・・・』と優しい言葉を掛けてくれたのです。私も嬉しさのあまり、つい『奄美部長も"筋肉少女帯"を聞くの?意外と若いのね』と言ってしまいました。すると主人は急に怪訝な表情になって、『"筋肉少女帯"?何を言ってるんだ?お前』って・・・すごく・・・冷たく・・・」

また女は悲しみに我慢出来ないようだった。ハンカチを目頭に持って行く動作がいじらしい。

「・・・分かりました。あなたのお辛い気持ち、よく分かります。明日中に然るべき行動に移りますので、明日は御宅にお邪魔するかもしれません。また、真実がどういう形になろうとも構わないですか?もう一度念を押します。調査の続行を希望しますか?」

女は黙って(−その時間は私にとって小一時間にも感じられた−)肯き、そして帰って行った。

主人の夜の奇行。
浮気の話。
里子の話。
会話の食い違い。

どれを取っても妊娠し始めた女性に取ってマイナスにはなれどプラスになる話ではない。あるいは悲劇的な結末が待っているのかもしれない。そういうような事をそっと桑形に尋ねてみた。彼は憂鬱そうな面持ちだった。私と同じような結論を導き出しているようだった。

「こういう話は、あいつだな」

桑形はぼそりと呟いた。

「あいつ、って?」

「妙な話なんだがな。俺のような本業の探偵から見るとどうも辻褄が合わないんだよ。こういう時は多少捻くれている方が本筋に近づける、ってなもんだよ」

「捻くれている・・・?あ、あいつか・・・」

< 続く >

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