「怪説・世界のクワガタ」 第1回 ミヤマクワガタ

 

A.CHIBA

 
 
 
 子供の頃、ミヤマクワガタはあこがれの種の一つであったが、私の住んでいる関東中部においてミヤマクワガタを採集する事は困難だった。深山と言う名のとおり、このクワガタは少し標高の高い山地に多く生息し、関東平野のど真ん中には分布していないらしい。関東の子供達には幻のクワガタであるミヤマクワガタは、あこがれの種に自然となってしまう。 

 関西(北海道も)においてはミヤマクワガタは普通種であり、採集に行くと場所によっては持ちきれないほど沢山採れてしまうものらしい。関東の子供から見ると羨ましいかぎりである。 また飼育では、圧倒的なオオクワ、ヒラタ人気の中でこの種を累代して大きな個体が羽化したと喜んでいる飼育マニアは少ないようである。確かに成虫は長生きしないし飼育マニアにはおもしろい種ではないと思われる。だがこの属は大型種も多く形態も迫力があるから、私にとっては、とても熱い熱いクワガタなのである。 

 今回は、大型種の分布と標本に付いて少し書いてみようと思うのだが、かなりあやしげな解説部分も有り、そこは怪説程度に思って頂きたい。



 
 ミヤマクワガタ属は北半球に広く分布しているが、日本産のものは大きくても80mmは越えないようである。日本産であるLucanus maculifemoratusに似た種は、台湾や朝鮮半島、中国、ロシアに分布するが、台湾にいるタカサゴミヤマクワガタ L.m. taiwanus は日本のものより平均して大きく、最大型では80mmを軽く越える。朝鮮半島、ロシアに分布するL.m.dybowskyiも80mmを越えると言うが、そんなに大きいのはまだ見たことがなく、ほんとうにそんなに大きくなるのか不明である。 

 ミヤマクワガタ属の最大種は、昆虫の少ない、特にクワガタ不毛地帯であるヨ−ロッパに分布している。このヨ−ロッパミヤマクワガタ Lucanus cervus は何十と言う亜種名がついていて、ヨ−ロッパでも一番東に位置するシリアに、この種の最大亜種とされる Lucanus cervus akbesianus (fig.1) 通称シリアミヤマクワガタが分布している。シリアは中東だと思うのだが、シリアまでヨ−ロッパに含まれるそうである。 

 このシリアミヤマを熱く語る人によると、過去に採集された個体の中には100mmを越えるものもあると言い、大型のものはマンデブルの先端が大きく開いて、なにせカッコ良い。それにこの亜種は触覚の先端の部分(アンテナ)が六節なのである。普通のヨ−ロッパミヤマは四節である。 
  
 触覚が六節の亜種はほかにも何種かいて、大型になるものにはブルガリアからトルコにかけ ssp. turcicus がいる。前亜種もこの亜種も日本で標本を手に入れるのは容易ではない。特に大型個体になると不可能に近い。現在日本でたまに売られているシリアミヤマは大抵60mm前後のもので、1900年代初めの、まだシリアがオスマントルコの支配下にあった頃の標本がほとんどである。今でも産地に行けば採れる?と言うのだが、なにせ産地が紛争地帯に近いらしく、最近の標本があるのかどうかは知らない。

 
fig.1 Lucanus cervus akbesianus
 
fig.2 Lucanus cervus pentaphyllus
 同じシリアに分布しているミヤマクワガタで、このシリアミヤマに負けないぐらい大型になる Lucanus cervus judaicusと言う亜種も凄い。これは同じシリアの中でもシリアミヤマとは産地がはなれているらしく、トルコに近い地方で採れるらしい。この亜種の標本は、近年になって日本にも入って来ている様だ。大きいものでは90mmを軽く越え100mm近くになる。触覚は四節。 

 ヨ−ロッパミヤマクワガタには触覚の先端が四節のものと六節のものがいると書いたが、では中間の五節のものはいないのかと言うと五節の亜種もいる。Luanus cervus pentaphyllus (fig.2)がそれである。 
 この亜種はそれほど大きくはならず、大きくても60mmくらいのようだ。この亜種の標本は稀に日本にも入ってくることがあって、たまに小さな個体が売られているが、産地を見ると南フランスになっているものが多い。 

 ヨ−ロッパの他の地方にも五節のものがいるようだが、詳細については知らない。 ヨ−ロッパミヤマクワガタでイラクからイラン、ロシアにかけて分布しているものについては、ロシアの一部の標本しか見たことがないのでよく分からないが、ひょっとすると、変わった亜種がいるかも知れない。 

 
 ヨ−ロッパミヤマはこのくらいにして次に大型種と言えば Lucanus cantori (fig.3)カントリーミヤマクワガタだろう。北インドのダ−ジリンからアッサム、ブ−タンにかけて分布していて、大型個体では90mm近くになると言う。このクワガタはなにせ幅が広くてガッチリとした体型なので大型のものは迫力がある。 
 産地において採集経験のある人に聞くと、このクワガタはある種の大木に一定の時間になると次々に飛んでくるのだそうである。こんなでかいミヤマが飛んでいるところはさぞかし壮観だろう。
fig.3 Lucanus cantori 
 
fig.4 Lucanus laminifer
 次は タテイタミヤマクワガタ Lucanus laminifer (fig.4)であるが、この種は中国からインドシナにかけて広く分布している大型種である。頭の上の突起が恐竜時代のトリケラトプスを連想させて、これがまた良いのである。この仲間は台湾と奄美大島にもいて、奄美のものは小ぶりだがとてもエレガントでそれなりの魅力がある。 

 中国にはやはりタテイタの仲間で プラネットミヤマクワガタ Lucanus planeti がいる。これに似た種で Lucanus hermaniもいるが、この種の標本は近年になって大量に日本に入ってきている。なにせ中国は広く、非常に多くのミヤマが分布している。 

 このタテイタミヤマの仲間はどの種も細身で、奄美大島のものを除いてどの種も90mmを越えるが台湾の Lucanus formosanus はそこまでいかないかもしれない。どの種もそこそこ日本に入って来ているが、今一番手に入りにくいのは台湾産の大型個体である。台湾は近年開発が進み、特に平地の森が少なくなって大型個体は激減した。

 
 次に手に入りにくいのは中国のプラネッテイミヤマ Lucanus planeti (fig.5)かもしれない、少し前までは古い標本だが90mm前後のものが売られていたが近頃は見かけない。最近はベトナム産のものが多く売られている。 
 ベトナムにはやはりタテイタミヤマの仲間で Lucanus angusticornis が分布しているが、この種も80mm近くなる。 
あと大型種と言うと、Lucanus sericeus がタイ、ベトナム。 Lucanus fryi がタイ、ビルマに分布している。 
 

 まだ他にも大型の種はいるが大体80mmに近い体長になると思われる種はこのぐらいだと思う。 
 10年ほど前までは手に入れる事が不可能と思われた種も、近年になって入ってくるようになってきた。クワガタマニアにとっては幸せなのだろうが、反面、クワガタの誘惑に負けて思わぬ出費が増える試練の時代になったとも言える。 

 

fig.5 Lucanus planeti
 
 誰にでも蒐集欲は多かれ少なかれあるものだが、この世界に足を踏み込んでしまうと、おいそれとは抜ける事はできない恐ろしくも?楽しい世界なのである。
 
 
( 図 DIDIER 1949より)
 
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