MSME・「中小・マイクロ企業」という概念について

                                
三井逸友


 以下は、私の従来の担当授業での講義資料にもとづき、整理紹介したものです。
 この程度の「常識」抜きの珍論暴論の横行を憂い、あえて公開することにしました。
 ご参照ご活用頂ければ幸いです。


日本の「中小企業基本法」の定義
 日本では1963年制定の「中小企業基本法」により、「中小企業」という存在が正式に定義され、以来基準の改定などもありましたが、今日に至っております。
 端的には、「常時使用する従業員数三百人以下」の会社または個人、もしくは「資本の額もしくは出資額が三億円以下」の会社とされ、半世紀以上、この基準の考え方自体は大きく変更はされていません。なお、このうち「小売業」「卸売業」「サービス業」に関してはそれぞれ、上限値が別途設定されています。
 
 この定義基準については、物価変動の加味等の変更も行われてきていますが、そもそも「資本金額」というのは妥当な基準なのかという批判もあります。あとで見るように、世界的にはあまりない定義基準であり、またこうした資本金額の基準に「当てはまる」ように、資本金額を抑えるといった企業行動も散見され、望ましくはないのではないのか、という批判です。とりわけ近年、従業員数からすればとんでもない大企業なのに、「中小企業」のうちに加えてもらおうという意図から、資本金額を大幅減資するなどという行動さえ見られるので、どうも問題ありではないか、とされるわけです。
 その是非はともあれ、この日本の中小企業定義は、従業員数、資本金額いずれかが該当すれば、「中小企業」に区分されるという、「or」・「和集合」の形式です。
 
 

EU欧州連合のSME中小企業定義
 この日本の「中小企業」定義に対置できるのは、EU欧州連合でのSME定義です。
 EUでは、「Small and Medium-sized Enterprise」を、「従業員数250人未満、年間売上額5000万ユーロ以下または年次バランスシート(総資産額)4300万ユーロ以下で、他の一つないし複数の大企業に資本または経営権の25%以上を保有されていない企業」と定義しています(1996年の欧州委員会決定、2005年に改訂)。
 日本の定義との大きな違いは、「資本金額」ではなく「年間売上額」または「総資産額」を基準としていること、また大企業の事実上の「子会社」を除外していることにあります。この後者の点については、日本でも過去に議論になったこともあるようですが、「中小企業」定義には入りませんでした。
 日本の場合とやはり異なるのは、この定義では「従業員数」or「売上額」ではなく、andで基準を設けている点です。ただ、実際の統計分析などではほとんど従業員数を基準にしているので、どこまで売上額や総資産額が基準適用されているのかは断定できません。
 また、この2005年の定義改定の際に、「「従業員数」は「staff headcount」で、以前と異なり、「所有経営者」も含まれる。また、「fulltime」であることを原則とし、「part-time」らは部分的に計算される」という細かい規定も加えられました。
 EUの場合、このSME定義に加え、「中」medium企業、「小」small企業、「マイクロ」micro企業がさらに細分されるものとなっています。そのため、表のように幾分複雑です。

 
「マイクロ」企業という概念はこの2005年の定義改定で加えられました。これは、まさに世界的なトレンドを反映していると言えましょう。詳しくはあとで論じます。
 
 

インドの場合
 「新興工業国」の大国としては、インドと中国が代表格でしょうか。
 インドでは長年、「小規模産業振興政策」がすすめられてきましたが、21世紀を迎え、工業化の進展とともに新たな政策展開が顕著です。
 2006年に制定された「マイクロ・中小企業発展法」(The Micro, Small and Medium Enterprises Development Act)では、以下のような定義がなされています。
 製造業等の産業
  マイクロ企業:設備投資額250万ルピー以下
  小企業:設備投資額5000万ルピー以下
  中企業:設備投資額1億ルピー以下
 サービス業
  マイクロ企業:設備投資額100万ルピー以下
  小企業:設備投資額2000万ルピー以下
  中企業:設備投資額5000万ルピー以下
 
 「設備投資額」で定義するというのはずいぶんやっかいなやり方で、実際に計算・適用できるのか疑問としますし、現場ではかなりラフな扱いだという世評もあります。また、インドなどの場合は、「小規模企業(産業)small scale industry(SSI)」への優遇支援策(「生産留保制度」production reservationといったかたちで、小企業の分野を保護)が長く続き、これを「中小企業」一般への政策に拡張転換したのだという言い方もできましょう。
 2007年には政府の小規模産業省と農業・農村産業省が合同、MSMEマイクロ・中小企業省Ministry of Micro, Small and Medium Enterprisesになりました。言い換えれば、国連の「MSMEの日」決議などの用語法には、こういった動向がかなり反映されているとも言えます。
   

マレーシアなどの場合
 マレーシアには「中小企業基本法」といった法制はありませんが、政府の振興機関・SME Corporation中小企業事業団の支援対象企業としては、一般に以下のように定義されています。
 製造業その他では、
 年間売上額25百万リンギット以下、または常用従業員数150人以下
 うち 中企業 25百万〜10百万リンギット/ 150〜51人
    小企業 10百万〜25万リンギット/ 50〜5人
    マイクロ企業 25万リンギット〜 / 5人未満
 サービス、農業、ICTは、
    年間売上額5百万リンギット以下、または常用従業員数50人以下
 
 ここでも、中・小・マイクロという規模別三段構えになっています。以前にはSME Corporationの前身・SMIDEC中小企業開発公社の支援対象のSMI中小産業として、常用従業員数150人以下 ・年間売上額25百万リンギット以下となっていました。
 
 フィリピンでも「基本法」はないものの、中小企業開発計画SMEDの審議会が2003年に出した定義が一般に用いられています。
  マイクロ企業Micro-enterprises 総資産額3百万ペソ 以下  または従業員数1 - 9人
  小企業Small enterprises 総資産額3百万1~ 15百万ペソ または従業員数 10 - 99人
  中企業Medium enterprises 総資産額15百万1 ~ 1億ペソ または従業員数100 - 199人
   
 韓国の場合、中小企業政策に着手したのが早かったこと(中小企業振興計画、中小企業協同組合法、韓国中小企業銀行設置等が1961年、また「中小企業基本法」と「中小企業振興法」の制定は1978年)、しかしまたその政策理念や目指すところの変化が少なからず見られるのが特徴です。それゆえ、「定義」にもいろいろ変遷がありますが、現在では基本法により、「中小企業」として従業員数300人以下、特に小企業は4人以下と定義しています。
 その一方で、90年代経済危機から生まれた「ベンチャー企業支援政策」が続いており、独自の「ベンチャー企業」の定義を有しています。他方では、大企業の圧迫を受けて経営困難な小企業・自営業を支援するための「小商工人政策」という独特の政策枠組みがあり、「小商工人振興院(SEDA)」(Small Enterprises Developing Agency)という政策主体が存在します。これにより、いわば事業分野調整や大型店規制が実施される一方で、「大・中小企業同伴成長政策」というかたちで、「棲み分け」や「相互依存・補完関係」をはかるという施策も推進されてきました。
 また、こういう経緯なので、韓国では「マイクロ企業」という言い方は一般的ではなかったのですが、「小商工人」とはmicro and small だという呼び方も現在では広まっているようです。
 
 ほかの国々に関しては、資料不足もありますが、上記のフィリピンの例などを含め、ADBアジア開発銀行ではアジア諸国の中小企業政策に関する資料Asia SME Finance Monitor を刊行しています。またアジア以外で言えば、たとえばブラジルの中小企業定義はこのようです。
 

出所 SEBRAE's web site
 
 

中国の場合
 中国(中華人民共和国)となりますと、いくら「市場経済」を自称していても、政策・制度を始め、いろいろ「独自の事情」が絡んできています。なにしろ半世紀前には「中小企業者」は「資本主義の道を歩む敵」として弾圧迫害されたのですから。そうしたなかでも、中小企業のための「基本法」が制定されていることは、あまり知られていません。2002年6月29日、第9期全人代常務委員会第28回会議で採択されたのが「中小企業促進法」です。これは、中小企業の経営環境改善、中小企業の健全な発展促進、都市と農村の就業機会拡大、国民経済と社会発展における役割発揮という課題を掲げ、国家と政府の中小企業政策の責務を明示するもので、総則、資金援助、創業支援、技術革新支援、市場開拓支援、社会的サービスの各章からなっています。
 ただ、この「促進法」には対象の定義は記されず、政府の通達でこれが定められました。のちに改訂され、現在は2011年制定のものとなっています。





 このように、大型企業、中型企業、小型企業という区分に加え、超小企業(微型企業)という基準が追加されたことが特徴です。
 超小企業の条件は、農業や林業、牧畜業、漁業の場合営業収入が50万元以下。工業の場合、従業員が20人以下あるいは営業収入が300万元以下。ソフト・情報技術サービス業の場合、従業員が10人以下あるいは営業収入が50万元以下。不動産業の場合、営業収入が100万元以下あるいは資産総額が2000万元以下とされます。つまりここでも、「マイクロ企業」が新たに区分されたわけです。
 
 

米国の場合
 このような世界のトレンドに一定距離と独自性を保ってきているのが米国(USAアメリカ合衆国)の場合です。米国では世界に先駆け、1953年に「小企業法」Small Business Actが制定されました。その背景には、ニューディール政策以来の大企業優先の政策への不満、また「合衆国建国の精神」たる「個人の独立の機会の保障」があるとされます。
 ただ、この「小企業法」には、対象となるsmall businessに関して、第3条でIndependently owned and operated、Not dominant in its field of operationとしか記されていません。訳せば、「独立して所有経営されている」「その事業分野で支配的ではない」となり、実に抽象的です。もちろんそのままでは法の適用に困難となるので、別途Code of Federal Regulations「業務方法書」で、業種ごとに細かい「量的基準」が示されております。主には従業員数や年間売上額、総資産額などが用いられていますが、数十ページにも及ぶうえ、経済状況の変化でかなり改訂を重ねてきております。不便ではないかと思うものの、そうした「理念」を大切にするのですね。ただ、統計などでは概して、「従業員数500人以下」という基準で、スモールビジネスを定義するようです。
 こうした米国の法制や基準ですから、「中小」企業という呼び方は用いられず、また今日でも「マイクロ」企業という概念も一般的ではありません。small business 一本槍です。ただ、self-employed自営業、family business 家族経営といった概念は頻繁に用いられ、それが合衆国の建国以来の支えなのだというコンセンサスは広く存在するようです。世界的なビッグビジネスの国であるとともに、スモールビジネスの存在が起点であり支柱であるとする、そして個人が独立する機会のあるのが健全な経済社会であるとする理念なのです。
 
 なお、なぜか「米国の企業数は日本より少ない」などという珍論を披瀝する向きがあり、そういったトンデモ説がこの国では少なからず見られるのですが、んな訳あるはずがないでしょう。これは統計の読み方を知らない無知の産物であり、要するに米国の「法人企業数」だけを見ているのです。米国的には圧倒的な数の「個人事業」sole propriatorが存在し、またその多くは「雇用者無し」です。これらを加えれば、2千万を超えると理解するのが「常識」です。
 
 

日本での「小企業」定義
 さて、再び日本です。
 1963年中小企業基本法での「中小企業定義」は、大きくは変更されることはなかったのですが、2013年から2014年にかけ、「基本法」の見直し改訂とともに、新たに「小規模企業振興基本法」が制定されました。ここでは、「中小企業基本法の基本理念である「成長発展」のみならず、技術やノウハウの向上、安定的な雇用の維持等を含む「事業の持続的発展」を位置づける」として、小規模企業の独自の役割を強調しています。これにもとづき、従来からの『中小企業白書』に加え、『小規模企業白書』が毎年刊行されることになりました。
 そして同法では、「常時使用する従業員数5人以下」の企業を「小企業者」と位置づけ、これを英訳ではmicro enterpriseとしております。世界のトレンドに加わる形となったわけですが、しかしまた若干ややこしいことになってきました。同法第二条の定義では、「この法律において「小規模企業者」とは、中小企業基本法第二条第五項に規定する小規模企業者をいう。2 この法律において「小企業者」とは、おおむね常時使用する従業員の数が五人以下の事業者をいう」となっており、実は法の対象自体が「二本立て」なのです。ここにもあるように、従来から「中小企業基本法」には「中小企業」の定義とともに、「小規模企業」という概念があり、これは「常時使用する従業員数20人以下(商業サービス業は5人以下)」とされてきました。ところがこんどは、「小企業」=「常時使用する従業員数5人以下」です。商業サービス業ではいずれも「5人以下」で重なりますが、全体としてかなりややこしいことになってきました。
 この「小規模企業」を英訳ではsmall enterpiseとしてきたので、単純化すれば、medium=中、small=小規模、micro=小という三段構えで、世界のトレンドに乗れることにもなりますが、「中小」>「小規模」>「小」といった並びで、日本語的には違和感否定できませんね。まあ逆に、日本の法律に「マイクロ」なんていうカタカナともいかんでしょう。
 
 実はかっては、「零細企業」という言い方もありました。私自身もそれにもとづく研究レビュー的な小稿を記してもおります(三井逸友「戦後日本の小零細経営研究」『駒澤大学経済学部研究紀要』第41号、1983年)。ただ、「零細」という呼び方はあまりに価値観を伴いすぎで、「差別語」に近いといった批判もあり、近年は用いられなくなりました。当事者が自らを「零細企業だから」などと称する際は、明らかに自虐的ないし卑下的感情を伴っています。単なる規模の大小以上の表現とせざるを得ないでしょう(本来はそういった価値観を離れた、一般的な規模表現だったのでしょうが、言葉は社会的な生きものでもあるので、歴史とともにまとわりつく価値観や感情、ニュアンスをいまさら棄却するわけにもいきません)。それゆえ、私も避けざるを得ません。では、英語でのmicroはどうなのか、これはそもそもが「百万分の一」という極小単位の呼称であり、微量を示すものであり、価値観からはかなり遠いでしょう。ただ困ったことに、確かにそれに直接該当する日本語表現はないのです。「大」「中」「小」、その下の単位の語は見当たりません。「極小」(企業)でもねえ。

 いずれにせよ、ともかく申したいのは、いまや世界の殆どで、「中小企業」と「マイクロ企業」という概念が普遍化しているという事実であります。その一端が、国連2017年「中小・マイクロ企業の日」(MSME Day)決議に示されたわけです。 



【追記】関連して、先進諸国の企業数を比較する統計数値をご紹介します。
 これは、三菱総研が担当した調査報告書(2016)および政府統計(『中小企業白書』)にもとづき、渡辺俊三氏(名城大学名誉教授)が整理・計算したもので、中同協の『中小企業家しんぶん』に掲載されました。同氏の転載表示許可を頂いております。



*「マイクロ企業」とはおよそ対照的な、「ベンチャー企業」なる和製語の語源学・言語社会学的考察については、こちらへ


*三井の過去の主な関連担当授業:
 駒澤大学経済学部「中小企業論」・横浜国立大学経済学部「比較中小企業政策」・嘉悦大学経営経済学部/ビジネス創造学部「中小企業政策論」
 北星学園大学大学院経済学研究科「中小企業論特論」・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科「中小企業論」・横浜国立大学大学院経済学研究科「Comparative Studies on Policies for SMEs」・嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科「Comparative studies on SMEs in the world」