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自分の禁煙、他人の禁煙

1999.01.03. 掲載
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目次
1.私の喫煙歴
2.タバコを止めたわけ
3.禁煙を成功させるために試みたこと
4.タバコを止めてからの生活
5.患者さんへの禁煙のすすめ
6.禁煙のまとめ


私が参加しているメーリングリストのメンバーの一人が禁煙宣言をした。それについて、何か良いアドバイスはないか、と書き込んでいる。そこで、この機会に、自分が禁煙した時のこと、医師として患者にすすめてきた禁煙について、まとめてみる気になった。  


1.私の喫煙歴

私がタバコを吸い始めたのは、大学に入った55年からで、1日1箱も吸わなかったような気がする。「みどり」というミント入りのタバコが好きで、悪友どもからインポになるぞ、とよくからかわれたものだ。医師になった62年からはタバコの量も増え、最後の2年くらいは、1日40〜60本は吸っていた。お尻から煙が出るぞ、とこれまたからかわれていた。外科医として張り切っていた時期で、当時は毎日4、5人の虫垂炎(俗にいう盲腸)の手術があり、手術の後の一服は何よりも美味かった。目次へ戻る  


2.タバコを止めたわけ

それほど吸っていたタバコを65年の春に断つことにしたのは、不整脈が頻発したからである。医学的には、頻発性心室性期外収縮というが、気持ちが悪いものだ。いろいろ考えた結果、これはタバコが原因だと考え、思い切って止めることにした。目次へ戻る  


3.禁煙を成功させるために試みたこと

その頃でも禁煙を始める人はいたが、長続きしない者が多く、禁煙は揶揄のタネになっていた。私が実際にタバコを止めて一番困ったのは、口がさびしいことと、人と話す時に手持ち無沙汰というか、間が取れないことだった。  

当時の医師は診察中もタバコを吸っていたが、問診の途中でタバコを吸って間を取るのは、いろいろな意味で便利だった。日常の会話の途中でも不自然さを感じさせずに、タバコで間を取ることに慣れてしまっていた。タバコを止めてみると、この間が取れないことに困惑したが、これは慣れるより仕方がない。  

もう一つの、口がさびしいことに対しては、当時新発売されたばかりの明治マーブルチョコを一粒口に入れることで代用させた。タバコ飲みは口が卑しいので、何か口に入れておかなければ欲求不満になると思ったのである。他にチューインガムでも良さそうに思われるだろうが、あの絶えず口をクチャクチャさせている姿は嫌いなので、ガムは最初から念頭になかった。  

良く売店にマーブルチョコとコーラと平凡パンチを買いに行った。その内に、売店のおばちゃんに覚えられ「先生、平凡パンツ今日入ったよ」と教えてくれるので「パンツと違うパンチや」と何度か訂正したことがある。コーラなども、最初の頃は「こんな薬みたいなもの飲まれへん」と、私のことを不思議なものを飲む変わった人間と見ていたようだった。  

口のさびしさは、マーブルチョコで何とか解消できたが、手術の後、横で先輩に美味そうに紫煙を上げられると、禁煙を止めようという気持ちがむらむらと湧く。それを抑えるのに苦労している様子が先輩たちには可笑しいようで、よくなぶられた。なぶられると、意地を張りたくなり、それなら禁煙を本当に成功させてやろうと頑張ったようだ。  

タバコ再喫煙の誘惑を感じなくなったのは、タバコを断って40日目頃からだと覚えている。ここに来て心に決めたことは「一度禁を破れば、たやすく元に戻る。だから、1本たりと言えども吸わない」であった。これが、禁煙成功の秘訣だったのかも分からない。  

よく「ニコチン中毒」などと言って、麻薬、覚醒剤、アルコールなどの中毒と同じレベルのものとして扱おうとする傾向がある。しかし、「ニコチン中毒」のために格子の付いた部屋に収監されることはない、あくまでもこれは習慣の問題である。目次へ戻る  


4.タバコを止めてからの生活

タバコを断ってからの生活が30年以上にもなるので、自分のからだに対する禁煙の効用など考えつかないが、以前吸っていたせいか、他人のタバコが余り気にはならない。もうもうとした煙の中は閉口するが、今時そのような場所もなく、目くじらたてるほどのことはない。しかし、帰宅して翌日服に染み付いたタバコの匂いを嗅ぐと不快になる。  

タバコを吸わない効用として、部屋の汚れが極端に少ないことは、喫煙する人の家を訪れると良く分かる。開業して1年足らずのヘビースモーカーの医師の部屋は壁も天井も器具もタバコのヤニ色をしていて、特有の臭気が漂っていた。それに比べて、当院に来られた方は、開業26年目で、天井、窓、照明器具など取り替えていないのにもかかわらず、汚れが目立たないのに、どなたも驚かれる。  

他人のタバコが余り気にならないと書いたが、若い女性のタバコだけは嫌だ。美容にも健康にも良くないタバコを格好が良いと思って吸っているとしたら惜しい、もったいない、と思ってしまう。タバコなど誰でも吸えるではないか、どこが格好が良いのだろう? 以前息子に話したことがある。「誰と結婚しようと、お前の好きにしたら良い、しかし、タバコを吸う女は、家には上がってもらわないからな」と。さて、どういうことになるのか、これからが楽しみである。目次へ戻る  


5.患者さんへの禁煙のすすめ

医者たるもの、患者さんに禁煙を積極的に、口を酸っぱくして勧めるのが責務かも分からない。その点では、私は不熱心のそしりを受けるだろう。あれは駄目、これも駄目と禁止をするのは、自分の性に合わない。まして、それが老人の楽しみであれば、その楽しみを奪って得られたものの価値の方が大きくなければ、その楽しみを奪うことは罪であると思う。  

ただ、あまりにも発癌物質を気にしたり、病気にならないようにと健康食品の類や民間薬に莫大なお金を費やす人などには、タバコを止めるだけで、それらに優る効果があると話すこともあるが、誰も真面目に聞こうとはせず、怪しげな民間治療を続けようとすることが多い。  

何かのきっかけから、タバコを止めたい、と患者さんから相談を受けることも時々ある。そのような時には、先に書いた自分の経験を話し、ついでに喫煙者は非喫煙者に比べて、肺癌で7倍、舌癌や喉頭癌で13倍、普通の癌で2倍なり易いなどというデータを付け加えて置く。しかし、これもあくまで統計的なデータであって、いくら吸っても、これらの癌にならない人がいることも話しておく。このような人の中には、禁煙に成功する人が幾人か出てくる。  

私が、禁煙を強く勧めるのは、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患の患者さんに対してである。いろいろある病気の中で、タバコが直接悪影響するのはこの病気であることを強調し、タバコを止めるだけで抗狭心症薬を減らすことができることを詳しく説明すると、多くの人がタバコを止める。特に、心筋梗塞を起したことのある人は、100%近く禁煙に成功している。現在通院中の市会議員とか元区長などはその代表で、数年前からタバコを断っている  

もう一つの病気は喘息で、激しい喘息を経験した人達、死ぬほど苦しんだ人の多くはタバコを断ち続けている。  

その他には、不整脈に悩む人にも、タバコは本当に肺の奥深く吸えば、あらゆるタイプの不整脈が起きることを説明している。私が大学にいた頃、教室の助教授(後に某国立大学の脳外科の教授)がタバコの吸い過ぎから、急性心房細動で緊急入院し、すぐ続いて先輩(現在某病院院長)も同じくタバコの吸い過ぎから同じ病気になって緊急入院したことなども話すことにしている。しかし、不整脈の人は余り死の恐怖を感じないためか、禁煙に成功する人は多くないようだ。  

最後に、内科には余り来られないが、バージャー氏病という、脚の動脈が詰まる病気の患者さんには「タバコを断たなければ医者は治療をしない」と忠告している。この痛みは非常に激しく、大の男が泣き叫ぶほどなので、タバコを止める人は多い。目次へ戻る  


6.禁煙のまとめ

1)タバコ飲みは口がさびしい
2)タバコを吸わないと会話の間が持たない
3)ニコチン中毒で格子のある部屋に収監されることはない、習慣の問題である
4)タバコの煙は部屋や器具、調度品を汚し、衣服に臭気を染み込ませる
5)狭心症、心筋梗塞、バージャー氏病にはタバコは駄目
6)激しい喘息、気管支炎にもタバコは駄目
7)不整脈にもタバコは良くない
8)タバコを吸うといろいろな癌になり易いが、統計の問題でもある
9)余命の少ない老人から、タバコの楽しみを奪うのは、罪ではなかろうか?


<1999.1.3.>

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