グループ・団体の場合: 構成人員 23名(大阪府医師マイコン同好会)
全構成員の氏名と所属医師会をご記入ください。(代表者の氏名に○印を付して下さい)
○小田徹也(福島)...堀明(松原)...谷口裕章(豊中)...梶田知道(吹田)...上田進一(寝屋川)...山上勝久(泉佐野泉南)...西村牧夫(柏原)...星喬(大正)...野村望(枚方)....
連絡先住所
小田徹也 〒553 大阪市福島区鷺洲3−5−10 TEL 06−458−2004
グループ・団体の概要
大阪府医師マイコン同好会は、昭和58年12月より発足した。会員は大阪府下に在住または勤務する医師とその家族、従業員からなり、会員相互の親睦をはかるとともに、医療・医業およびその他関連分野において、パーソナル・コンピューターの利用の普及と医療情報システムの発展に寄与することを目的としている。毎月1回の例会のほか、勉強会を行い、会員の使用経験を検討し、診療所におけるコンピューター利用の一つのモデルを作り上げつつある。
研究課題
パーソナルコンピューターを用いた診療補助システムの開発
研究期間(見込)
昭和61年1月1日より昭和62年12月31日まで
研究目的
ハードおよびソフトウエアのめざましい進歩にもかかわらず、我々開業医の使用に値するパーソナルコンピューターを用いた診療業務の補助システムは未だ提供されていない。そこで、開業医に役立つ診療補助システムの開発し、日常診療業務のレベルアップに役立たせようというのが研究目的でる。
そのためには(1)実用上有用なレベルの問題に対応可能、(2)マニア的な知識を必要としない、(3)簡単な操作、(4)充分なデータの保護対策、(5)システム内が有機的に統合され、データの変換、修正、相互利用が容易に行い得る、(6)標準フォームだけでなく、それを修正して使用したり、全く新しくオリジナルなフォームを創り得る、(7)ソフト及びハードの進歩に対応していくための考慮が払われている、等の条件が満たされている必要がある。
現在までの研究経過と成績
ハードとしてPC-9801VM2を中心に、ディスプレイ、プリンター、マウス、ハードディスク、カラー・イメージスキャナーを用いた。OSはMS-DOSに限定し、その上で動く市販ソフトを比較検討し、現時点で最も診療業務の補助に適していると判断したワープロ、表計算、データベース、グラフィックソフトを選定した。これらのソフトに会員の一人が作ったノートブック用ソフトを加えて、その使用経験を積み重ね、適応を広げると共に、それぞれのソフト使用の標準的フォームの例数を増やしていった。
これらのソフト間だけでなく自作、他作のユーティリティソフト間の有機的統合のために、MS-DOSの強力な言語BATCHと階層ディレクトリーを可能な限り活用し、ほぼ満足できる診療補助システムを構築した。
今後の研究計画
現在の診療補助システムをより有用なものにするための努力を続けるが、特にデータベースの検討が不十分なため、2種類のリレーショナルデータベースソフトと2種類のカード型データベースソフトの比較検討を行い、パーソナルデータベースの一つのモデル作りを行う。
更に次のステップとして、スタンドアロンに留まらず、他のパーソナルコンピューターとのデータ交換、レセプトコンピュータのデータ利用、データベース、キャプテンの利用、ファクシミリとのデータ交換、等のコンピューター通信と連携していくことを予定している。
その他(研究費の概算等参考事項)
大阪府医師マイコン同好会所有のコンピューターは無く、例会や勉強会の際には他の団体あるいは個人の物を借用している。データベースソフトのスタンダードとされているdBASEIIIは高価で個人的に購入し難い。また、コンピューター通信に必要なモデムも会として是非所有したい物の一つである。
コンピューター本体(PC-9801VX2):43万円、ディスプレイ(PC-TV451):16万円、プリンター(PC-PR201V):29万円、データベースソフト(dBASEIII):26万円、モデム(PV-A1200):4万円
(1987年1月、記)
<補足説明>
昭和62年1月に大阪府医師会医学会長 杉本宗雄の名前で、医学研究奨励費の公募があり、小田会長や梶田知道会員から、私の行っているパソコンを用いた診療補助システムについて応募することを勧められました。その時の私は、パソコン購入とマイコン同好会入会から1年6ヶ月過ぎたばかりでしたが、応募することにして以上の申請を行いました。幸いこの応募が認められ奨励金をいただきました。またこれを契機にマイコン同好会は大阪府医師会マイコンクラブに格上げ承認されました。
研究奨励費をもらった者は、その年の秋に開催される大阪府医師会医学会総会で演題発表をしなければなりません。1987年11月15日に大阪府医師会館で開催された第11回大阪府医師会医学会総会に、上記演題で私が発表しました。その発表演題論文が1989年2月発行の
大阪府医師会医学雑誌第22巻第1号に掲載されました。