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一外気質

<大阪大学医学部第一外科開講記念誌「50年の回想」(71年5月)より>

1998.01.11. 掲載
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「一外気質」という様な言葉は、実際には存在しないかも知れない。しかし、もしその類の言葉があるとすれば、それは間違いなく一外気質であって、曲外気質とか武外気質では、ピッタリこないのである。少なくとも、ここ十年ばかりについて云えば、そうであった。

大学紛争以来、曲直部外科などという教授の名を冠した呼び方は、教授をピラミッドの頂点とする医局封建性の象徴として攻撃され、全国的に用いられなくなったが、これと関連して思い出すのは、かって二内びいきの看護婦嬢に、一外 と呼ばず、武外 と呼ぶように、抗議された経験である。彼女が云うには、一外とか一内とかいった呼び方は公平さに欠ける、つまり、阪大病院の中で一番良い外科とか内科という印象を与えるではないか、と憤慨するのであった。

彼女の主張の当否は別にしても、一外の教室員が昔からこの一外という呼び方を好み、愛着を感じて来たのは確かである。そこで、一外気質の最初に、この一外愛着を取り上げてみたい。

この一外愛着と阪大の外科を代表するのだという自負心とは、うらはらの関係にあると考えたい。教室員の各々の深層心理の何処かに、その様な意識が多かれ少かれ潜んでいるといったら間違いであろうか。時には、エリート意識が強いと批判を受けることもあるが、この自負心と関係がないとは云えまい。

第二の特徴として、エエカッコシイであることを挙げたい。いわゆるカックイイことが好きなのである。ベンケーシーによって流行する遥か以前から、短い白衣は、一外の教室員の間では珍しいものではなかったし、長い白衣を着る人も、オーダーメイドのスマートなものを好んで身につけた。もちろん、スタイルばかりではなく、本邦最初の成功例といった華々しい業績を好み、その点では、確かに何処に出しても恥しくないであろう。

第三の特徴は、おっちょこちょいであること。例えば、大学紛争の最中、無給医局員の存在に批判が集中した時、他科に先がけて関連病院の出張、半舷上陸という形で、教室から無給医局員をなくし、有給医が全ての業務を分担するシステムをさっさと採用して了った。

他科あるいは、病院の諸機構がこれに続いてくれたなら、他に先がけてといえるが、結局は先走りに終わり、一外の有給医が最もしんどい目をしたのである。これなどは、他科がずるいなどと非難するより、一外のおっちょこちょいと考える方が無難であろう。

第四の特徴は、行動的であること。時々、行き過ぎて、考える前に行動し、行動した後も余り考えない場合もあるが、とにかく、病院内を忙しく走り回っている医師をみたら、一外の者であると考えてほぼ間違いがないというのが、最近までの一外医師鑑別法であった。

今、内科に居たかと思うと、小児科に行き、カットダウンだ、レスピレイターの調節だ、と飛び廻り、便利大工だ、器用貧乏だといささか自嘲しながら、それでも、結構喜んでやっているのだから世話はない。自分の力で、生命の危機を救ったという実感―医師として、最高の喜び―が、このような行動的傾向を助長するのであろうか。

第五の特徴は性急である。その最も強く発揮されるのが手術中で、瞬時も待てない、いら立つ、怒鳴り、地団駄を踏むといった具合いに、賑やかなことである。反対に術後、患者が慢性の経過をとりだすと、勝手が違い呆然としてしまうのである。

第六に、単純明快な論理を好むのも特徴の一つである。例えば、この部分が鋭角であればそれは何で、鈍角であれば何であるといった発想法である。これを、本質的なものを重視する立場といえば、聞こえは良いが、要するに、複雑な問題は苦手ということなのである。だから、割り切り難いものでも、無理に割り切って了おうとする。そこで、外科は単純だ、ワンマンだ、と陰口を叩かれ、挙げ句の果てが、簡単な問題を複雑化することによって解決しようとするタイプの、内科系の人達に牛耳られて了うのである。

第七の特徴は、勤勉努力型である所に求められる。閑居を嫌い、雑談を好まず、休息の時間を割いてでも、仕事の時間を増やそうとして、一年中、毎朝8時から勤務が始まる。時間をかけ、努力を惜しまなければ、如何なることでも成就するはずという信念を持っているかの如くである。遊ぶにしても、徹底して、努力して遊ぶのである。よく学び、よく遊ぶことを理想としているらしい。気違い部落の住人とか、勉強気違い何々などと陰口を叩かれる由縁である。

第八に、心身共にタフである。大食漢が多く、不眠症に悩む者はいない。神経のタフな点については、むしろストゥンプだと悪口を云う人もいる位である。

第九に、腹蔵がなく、お人好である。精神構造が単純なせいか、腹芸が苦手である。だから、深慮遠謀などは柄でなく、試みても直ちに馬脚を現す。所が、本人はしばしば露見していることに気付かず、演技を続けるものだから漫画である。

最後の特徴として、チームワークの良さを挙げたい。各グループ内でのチームワークばかりではなく、一外として、事に当たらなければならない事態が生じた時のまとまりの良さは、我ながら感心することがある。

昼食時、恵済団喫茶部の奥のテーブルは、常に一外の連中により占拠されている。少なくとも、昭和37年頃より続いているこの習慣も、チームワークの良さと無縁であるまい。一外の構成員の行動を見ていると、教授とかライターの為というよりも、一外というチームの為に努力していると考えた方が、合点のいくことが多い。

一外気質を数えてみれば、それはそのまま自分の性格に通じていたが、当然であろう。私はこの一外気質がたまらなく好きだ。一外気質を愛しながら、欠けている所を反省したく思う。


<補足説明>
「一外気質」は、阪大第一外科を辞める年に、第一外科開講50年記念誌に投稿したもので、自分を含めた外科医の特徴を分析してみたものである。これは、第一外科医局生活10年間のまとめと思っている。(96.4.16.)

<注釈>
一外、曲外、武外: 第一外科、曲直部外科、武田外科の略称名
一内、二内   : 第一内科,第二内科の略称名
カットダウン  : cut down(英語)輸液などのために静脈を切開すること
レスピレイター : respirator(英語)人工呼吸器
ストゥンプ   : stumpf(独語)鈍感なこと
ライター    : Leiter(独語)研究,臨床面の指導をまかされている医師


<1998.1.11.>

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