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外科を選ぶか内科にするか

<ALPHA60第5号(61年12月)より>
1998.01.11. 掲載
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現在の私の関心は、大部分のインターン生のそれと同じだと思う。つまり、将来何処へ行こうかと云うことである。私には経験がないから分からないが、これは配偶者を決める場合と似ているのではないか。人生の重大問題だからと、極めて深刻に考えるのもよいし、成行き任せと云うのも一つの手だろう。ちょっと思案してみるのも、それだけの値打ちはあるにちがいない。それで、そのちょっとした思案を書こうと思うのである。

断わっておくが、私ははっきりと武田外科へ行こうと決めているわけではない。その線が強そうだけれど、内科にもたっぷり食欲を感じているのである。今度の医局の説明会の後で、トンデモない所へ行かないとも限らない。だから、これからの話は、播口先生がおっしゃる様に、主に自分をダマクラカス為というのが、正直な所かも知れない。

嫁を選ぶ場合でもそうだと思うが、やはり自分の好みが大きなウエイトを持つのは当然だろう。その点で、二つのことが特に好きだ。それは、物を壊したり作ったりすることと、人の気持、心とかに関係したことがらである。詰め込まれた医学教育の中では、大脳生理、精神科、内科、それと外科に興味がある。

大脳生理については、グルントへ行くにはシャバッ気が多すぎるのと、人間に接する機会が少ない。それよりも精神科とか脳外科にいく方が、遥かに楽しいと思って、そう心残りなく袖にすることができた。

精神科に就いては、将来性が有望であることも分かっているが、家の者が反対するし、自分自身、医学教育の主流からはづれたと云うか、別の特殊な科目であるだけにためらっていた所、田伏君の様な適当な先生が行かれるそうだし、親しい人だから、何か自分の一部が精神科へ行くような気がして、きっぱりとあきらめてしまった。

将来性と云えばこれも大事なファクターには違いない。その点で精神科、整形外科(又は災害外科)、泌尿器科は三大成長株だと思う。又、早く大病院の医長とか高給取りの勤務医になれると云うことも、時にはそれ以上に重要なことであるだろう。これはもちろん、耳鼻科とか眼科その他の小専門科がいいに決まっている。

私の場合は自分の好みが第一条件だから、そうなると、結局残ったのは 「外科を選ぶか内科にするか」 と云うことになったのである。

内科にしろ外科にしろ、それぞれ長所短所があるのだから、そのどちらにも興味のある人間が、いづれか一つを選ばなければならないとなると、自然とシーソーゲームの様になるのは致し方なかろう。

現在のところ外科の方に傾いていて、将来もそうらしいとしか云えないとしても、無理のないことではないか。いずれにしても、内科へ行くなら外科的知識、外科的処置について十分身につけたいものだ。又、外科医になるなら内科から常に学ぶべきだと思っている。

はじめのうちは内科に傾いていた。外科医は余りに物事を単純に考え易いし、割り切りすぎる様であり、人間の精神的、心理的面での配慮なども、ムンテラと云う言葉で軽視する傾向のあるのが一番いやな点であった。昔から偉大な人、魅力のある人は、内科医であり、小児科医であり、精神科医であることが多いのも、そのせいだろう、外科医というのは、云ってみたら高等大工、高等技師にすぎないのではないか、と思うこともあったのである。

修練に時間がかかるのに、外科医としての寿命が短いこと、徒弟制度的色彩が濃いこと、朝が早いこと、肉体労働がきびしいこと、アルバイトができにくいこと等、種々文句はあった。

それが外科の方に傾いてしまったのは、大工仕事を思い切れなかったこと、つまりメスに対する魅力が強かったのも確かに大きく関係しているが、その他、外科学の特色と思っていたもののあるものが、実は、現在の外科学、まして、将来の外科学にとって有害なものであることが分かったこと、内科学の欠点(特に阪大の内科の場合)が目に付き出したこと等によっている。

散髪屋から始まった外科学は、以前は外部的疾患を主として治療の対象としてきたが、現在の外科学は、治療をメスでするか薬でするかによって内科と区別される程、発展してきているのであり、同じ外科学という名では呼ぶことができない程の変わり様であることが分かった。そして、それは、術前、術後、術中を通じての全身的関心が強く払われる様になった結果であることを学んだ。

血圧、体液、電解質、輸血輸液、EKG、肝機能、腎機能、抗感染剤、鎮痛剤、麻酔等これらを総合的にフルに駆使する事によって、外科のこれ程の発展がみられたのである。手術より前後処置の方が重視され、更にアフターケアに関心が持たれている。器質的治療だけでなく、機能的治療を目標とし始め、整形外科等ではリハビリテイションとして、大きな比重を占めはじめている。もはや、外科医にとっても、ムンテラを馬鹿にできなくなってきたのである。

全身的関心と云う点では、現在の内科学、少なくとも阪大の内科では、これを重視していないのではないかと思えてしかたがない。哲学から発生した内科学は、本来総合的な面を大切にする学問であると思う。しかし、現在の内科学は、分化が細かく進み、(もちろん、それは学問的発展の結果として結構なことであるが)深いことは深いが、視野の狭い専門医ばかりを養成しようとしているのではないか、と思われることがしばしばある。

それと云うのも、直接生命の危険に関係することがない上に、有効な治療法が少なく、対症療法に頼ったり、或は薬剤名とその効能書さえあれば、別にその薬品の作用機序を知らなくても、自然治癒の機転によって治るものは治るから、のんびり専門的学問的研究に耽けるのではないか、と勘ぐってみたくなる。

例えば、内科のC.C.を聞いていると、病人とか病気とか症状とかに就いてではなく、臨床検査成績の細かい点に議論が集中し、それに就いて腎臓、肝臓、心臓、ホルモン等の各専門家が、それぞれ勝手なことを云っている。そんなことで時間の大部分を費やし、肝腎の点に就いては偉い先生方が集まって、インターンが考える程度の域を出ないのは、学問としてはそれでよいとしても、臨床医としては恥しいことではないか。

臨床検査はたくさんするが、診断の上では余り変わりばえがしない、かえって、アナムネーゼとか理学所見を軽視して誤診をするなら、弊害の方が大きいのではないか。専門医制度が叫ばれて以来、猫も杓子も専門医づいているが、それが万能ではない点に注意すべきである。何でも少しづつできるが、深く知らない八百屋式の医者を必ずしも軽蔑できないと思う。

医学は本来、応用科学であり、患者中心であるべきではないか。一方では、金儲け主義の医者、一方では学問的興味にとらわれた専門医が多数を占めて、患者のことを考える医者が少ないとしたら、患者と云うものは不幸な存在ではないか。もし気が変わって内科へ行くとしたら、今のことは充分心掛けたいと思う。

外科を選ぶもう一つの理由は、クッシングとかペンフィールドとかによって脳外科が進歩し、それは又、人間の脳とか神経に関する科学を発展させたように、人間でしか実験できない領域と云うものがたくさんあるが、その点で外科は恵まれている様に思うからである。

最後に、アルファー60のメンバーの大部分が内科へ行くのではないか、と予想されるので、内科はその人達にまかせて、自分は別の所へ行こうと思ったのである。できることなら各方面に分散し、それぞれの分野で活躍してくれた方が、私にとっては嬉しいのだが、それが叶わぬとしてもいた仕方ない。

まだまだ、書き出したらきりがないし、書いても書かなくてもよいことで、福地君を悩ませるのは罪なことだと思うので、これ位にしておく。できるだけキレイゴトを避けるつもりだったが、どうも自信がない。もちろん、もっともな理由をたくさんならべたからと云って、必ずしも本当の理由とは限らないし、意識下に隠れているかも知れない欲望のことなどは、書いている本人に分かるはずがない。(昭和36年12月8日、中之島図書館(阪大)にて)


<補足説明>外科を選ぶか内科にするか」は、インターンの終わり近く、何科を専攻するかを決めなければならなかった頃、アルファ会会報に投稿したものである。アルファ会というのは、社会医学実践を目指す阪大医学部学生のサークルで、当時は大阪市浪速区日東町地区を中心にセツルメント活動をしていた。私たちの学年でこれに入っていたのは14〜5名くらいだったと覚えている。

播口先生というのは、播口之朗君で1995年に肺癌で亡くなった。当時、阪大医学部精神神経科の助教授であった。田伏君というのは、その後義兄となった田伏薫で、現在星ヶ丘厚生年金病院の副院長をしている。福地君というのは、現在兵庫医科大学核医学科教授をしている福地稔君である。

この文章は医学生、インターンという医師になる準備期間のまとめでもあるが、考え方の大筋は今も変わっていない。また「私の場合は自分の好みが第一条件だから」と書いているのを読み、この頃から「自分のしたいことをすることが行動原理だった」ことを知り、面白く思う。(96.4.16.)

ムンテラ   : Mund Therapie(和製独語)口(言葉)による治療
EKG    : 心電図
C.C.   : Clinical Conference(英語)臨床症例検討会
アナムネーゼ : Anamnese(独語)既往暦、病歴 問診
理学所見   : 視診、聴診、打診などで得られた身体所見
武田外科   : 教授名を冠した阪大第一外科の通称名
グルント   : Grund(独語)基礎医学(解剖学など)


<1998.1.11.>

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