広島県東部地区病理検査研究班

1.はじめに

 近年、われわれをとりまく環境に悪影響をおよぼす物質がクローズアツプされている。めまい、頭痛、吐き気などの症状を訴えるシックハウス症候群や化学物質過敏症を引き起こす原困物質としてホルムアルデヒドが明らかにされているが、この物質は用途範囲が広く、魚の養殖で必要な寄生虫駆除のためにも使用されており海洋汚染や魚への残留性などの問願も指摘されている。このように社会的にも大きな関心が寄せられているホルムアルデヒドであるが、病理検在室では古くから主に臓器の固定に必要不可欠な化学物質として使用されており、現在でもその重要性はかわりない。今回われわれは、病理検査室で作業することによるホルムアルデヒドのばく露状況を調査したので報告する。

 

2.対象および方法

 広自県東部地区で病理検査を行っている7施設の病理検査室を対象とした。病理検査室におけるホルムアルデヒド濃度の測定にはAir Scan(ENVIRONMENTAL TECHNOLOGIES社)を使用し、白衣の襟に約8時間装着した。反応停止後、反応線の目盛りを計測し換算表にてppm濃度に換算した。病理検査室に設置されている換気・排気装置数、窓数および調査日に臓器処理のために使用したカセット数とホルムアルデヒド濃度について比較検討を行った。

 

3.結果

1)ホルムアルデヒド濃度

ホルムアルデヒドは全施設から検出された。7施設のホルムアルデヒド濃度は0.12ppmから1.68ppm以上と施設間の差は著しく、0.12ppmから0.31ppmの低濃度群(施設A.B.C.D)と0.91ppmから1.68ppm以上の高濃度群(施設E.F.G)に大別された。

 

2)喚起・排気装置数、窓数とホルマリン濃度の比較

 喚起・排気装置、窓ともに全施設に設置されていた。喚起・排気装置は1機から7機取り付けられており、平均3.7機であった。窓は1ヶ所から5ヶ所に認められ平均3ヶ所であった。喚起・排気装置数と窓数を合計した値は2から6の少数設置群(施設A.B.C.D) と10から11の多数設置群(施設E.F.G)に大別された。多数設置群ほどホルムアルデヒド濃度が低下する傾向はなく、むしろ逆に少数設置群とホルムアルデヒド濃度低濃度群、多数設置群とホルムアルデヒド濃度高濃度群の施設が一致した。

3)カセット数とホルムアルデヒド濃度の比較

 カセット数は19個から100個で平均56個であった。カセット数の一番少ない施設Aにおいてもすでに0.12ppmのホルムアルデヒドが検出されており、一番多い施設Gでは1.68ppm以上であった。しかし、カセット数が多くてもホルムアルデヒド濃度が低値を示したり(施設B)、逆にカセット数が少なくても高値を示す(施設F)など、カセット数とホルムアルデヒド濃度に一定の傾向は見いだせなかった。

4.考察

 ホルムアルデヒドは無色の気体でばく露すると皮膚、前眼部、気道に障害を起こし、慢性症状としては肝・腎障害があるといわれている。発ガン性に関してはCIT(Chemical Industry Institute of Toxicology) は動物実験により鼠の鼻に腫瘍が発生することを証明しており、IARC(国際ガン研究機関) では、カドミウムやポリ塩化ビフェニル類と同じグループである2A(おそらく発ガン性があると考えられ証拠がより十分な物質)に分類している。この様に発ガン性が疑われる物質であるが、一報では否定する報告も認められる。

 病理検査室においてはホルムアルデヒドを37%含み安定剤としてメタノールを加えたホルマリンを主に臓器の固定液として使用しているが、病理を担当している臨床検査技師などがどの程度ホルムアルデヒドにばく露しているのか検討を行った。空気中のホルムアルデヒドの基準については、WHO(世界保健機構)が室内環境では0.08ppmのガイドラインを、作業環境では0.5ppmの勧告値を設けている。本邦では作業環境として日本産業衛生学会が0.5ppmを勧告値としているが、対象となった全施設において0.12ppmから1.68ppm以上のホルムアルデヒドが検出され、7施設中3施設は勧告値を上回っていた。検討した施設数は少ないものの、病理検査室の労働環境の改善が必要と思われた。

 一般的に病理検査室において有害な化学物質を扱う場合、窓を開けたり喚起・排気装置を使用することによってばく露を少なくしているが、今回の検討では喚起・排気装置や窓がホルムアルデヒド濃度を低下させているとは考えにくかった。有機溶媒等の発散する作業場の環境改善に広くもちいられている方法としては全体喚起と局所喚起がある。ホルムアルデヒドのように有害性が大きく、かつ発散源が特定できる病理検査室においては局所喚起の方が有効であり、発散源がフードの中に包み込まれる囲い式フードの付いた局所排気装置の設定が望まれる。

 ホルムアルデヒドに最もばく露する可能性がある作業としてカセット処理が考えれたため、カセット数とホルムアルデヒド濃度について比較を行ったが一定の傾向は認められなかった。しかしながら、施設Bではカセット処理の約6割は十分水洗された切除標本の切り出し材料であったためホルムアルデヒドを含む検体は30個程度のカセット数と考えられること、施設Fではカセット処理以外にも、水洗不十分な切除標本からのホルムアルデヒドのため高値を示した可能性が大きく、このような背景を考慮すればカセット数がホルムアルデヒド濃度に影響をおよぼすことが示唆された。しかし、ホルムアルデヒド濃度はカセット数以外にも切り出しや固定臓器の保管状況など、さまざまな影響をうけやすいため、さらなる検討が必要である。以上のことから、病理検査室のホルムアルデヒド濃度の現状は決して楽観できるものではなく、まず病理検査を担当する臨床検査技師などが自覚することが大切であり、局所排気装置の設置をはじめ、保護マスク、保護手袋、保護眼鏡等を使用し、できるかぎりばく露を少なくする努力が大切と思われた。

 

本記事については、第48回 日本臨床衛生検査学会(広島市)において中国中央病院の羽原利幸さんによって発表されました。これからの病理検査室におけるとても重要な問題を指摘した発表です。

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