三草藩 三草藩陣屋跡の写真 All Photo By Ken究所長

丹羽家

美濃岩村〜越後高柳より 1万石
譜代 帝鑑間 陣屋

美濃岩村にあった丹羽氏音は咎めを受け、越後高柳に減知転封。養子の丹羽薫氏は大坂定番を命じられて、領地を河内のうちに移され、さらにこの播磨三草に移って、三草藩が成立する。

この三草藩の丹羽家の祖、丹羽氏明は尾張の丹羽郡を領して丹羽を姓とし、その孫の丹羽氏勝が織田信長に仕えたのだが、二本松藩主となる丹羽長秀の丹羽家とは関係がない。

この丹羽家は定府であった。

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歴代藩主
 

藩主

官位・通称

役職等

生没年/藩主在任年

出自(実父・嫡出関係)

初代

丹羽菫氏(しげうじ)

従五位下 和泉守

大阪定番

元禄8年〜宝暦7年
丹羽氏有の子

右近

寛保2年〜宝暦7年

二代

丹羽氏栄(うじひで)

従五位下 和泉守

大番頭
大阪定番

享保1年〜明和8年
丹羽薫氏の子

勘助

宝暦7年〜明和8年

三代

丹羽氏福(うじよし)

従五位下 長門守

大番頭

宝暦12年〜天保14年
巨勢利永の子、巨勢利永は実は丹羽薫氏の三男

勝道

明和8年〜寛政8年

四代

丹羽氏昭(うじてる)

従五位下 式部少輔

大番頭
伏見奉行
奏者番

天明3年〜文政10年
丹羽氏福の子

勘助

寛政8年〜文政10年

五代

丹羽氏賢(うじまさ)

従五位下 若狭守
 

文化8年〜安政1年
丹羽氏照の子

勘助

文政10年〜嘉永6年

六代

丹羽氏中(うじなか)

従五位下 長門守

大番頭

天保7年〜明治17年
丹羽氏賢の二男丹羽氏謙の子

西之助

嘉永6年〜明治4年

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