第36回定期演奏会レポート
the 36th regular concert report
「南からきたもの」
日本とオーストリアの修好140 年にあたり大ハプスブルク展が開かれている本年は、宗教改革の担い手・カルヴァン生誕500 年、「交響曲の父」・ハイドン没後200 年である。「古典= クラシック」という言葉は、本来は「古い」という意味ではなく「規範となるもの」という意味である。では規範となるものを過去の傑作に求めるという営為はいつ始ったのかというと、それはメンデルスゾーンが過去の作曲家の作品を集めて公開のコンサートを行ったのが初めてであり、これが現在のクラシック・コンサートに続いているのだが、いわばクラシック・コンサート芸術の父とでもいうべきメンデルスゾーンの生誕200 年も今年というのは面白い符合ではないだろうか。
今日でいう「クラシック音楽」の作曲者の多くがその生を享け、生きたドイツ= オーストリアにおいて「規範」といえば、それはイタリア文化・フランス宮廷であった。絵画、音楽、建築はルネッサンスで先行したイタリアから取り入れ、宮廷文化はフランスから取り入れた。現在のドイツ・オーストリア地域にあたる" 神聖ローマ帝国" は古代ローマ帝国の後継を自認していたが、肝心のローマはカトリックの教皇領であった。このため歴代皇帝はイタリアへの進出を常に狙っていた。ハプスブルク家は神聖ローマ帝国の皇帝の地位を独占し、フランス王国、スペイン王国との婚姻外交を行うことで覇権を維持するとともに、最新の宮廷文化をフランスから取り入れた。フランスではルイ14 世に代表される絶対王政により華やかな宮廷生活が繰り広げられており、帝国領邦のドイツ諸侯もヴェルサイユ宮殿を模範として宮殿を造営、フランス流の宮廷儀礼を取り入れ、競って楽団を構えた。イタリア人の芸術家を招き、宮廷の行事ではオペラが最重要なイベントとなった。ハイドンの主君であるハンガリーの大貴族エステルハージ家もその一つ。度重なる戦争で財政が逼迫していたハプスブルク家に引けを取らない新宮殿を建て、そこにマリアテレジアを招いたのであった。この頃には華やかな宮廷に隠れて貴族が没落する一方で市民階級が台頭していた。社会に浸透した啓蒙主義・合理主義は、封建体制への反発や自由平等博愛の精神をも南から連れてきたのである。モーツァルトは「フィガロの結婚」において古い体制を笑い飛ばしたが、時はまさにフランス革命前夜であった。ベルリンを中心としたプロイセン王国はハプスブルク帝国のライバルだったが、宗教的に寛容で、フランスから国を追われたユグノー教徒=カルヴァン派を迎えたこともあり、ベルリンはコスモポリタン的な性格の都市となっていた。そこで芸術サロンの中心にいたのがメンデルスゾーン家である。メンデルスゾーンはシューマンをして「最も晴朗で時代の矛盾を誰よりも明晰に見抜き、それを和解させる」と評さしめたが、改宗ユダヤ人として民族の出自に関する葛藤を高次の芸術に昇華しえたことで、安易なロマンチシズムから離れた「古典性」を獲得した。彼の音楽を聴くときに感じる均整の取れた爽やかさは、まさに南からやってきた普遍的な精神に通じている。
モーツァルト 「クラリネット五重奏」
Mozart Clarinet Quintet in A major K581
ハイドン 交響曲「マリアテレジア」
Joseph Haydn: Symphony No.48 in C Major Hob.I-48 "Maria Theresia"
モーツァルト「ピアノ協奏曲第21番」
Mozart: Concerto for Piano No. 21 in C Major, KV 467
メンデルスゾーン 交響曲4番「イタリア」
Mendelssohn-Bartholdy: Symphony No.4 in A Major Op.90 "Italian"



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