Holberg

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グリーグ 組曲「ホルベアの時代から」

Edvard Grieg(1843- 1907)"From Holberg's Time"

組曲『ホルベアの時代から』(ノルウェー語:Fra Holbergs Tid)はノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグが1885年に作曲した弦楽合奏曲。原曲は1884年に書かれたピアノ独奏曲であるが、今日ではもっぱらグリーグ自身が編曲した弦楽合奏版で知られている。ドイツ語の省略された題名からホルベルク組曲とも呼ばれる。

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 エドヴァルド・グリーグはノルウェーのベルゲン生まれ、ノルウェーやその自然を愛し、ノルウェーの国民楽派を代表する作曲家です。彼が生きた19世紀から20世紀初頭のノルウェーは、400年に亘るデンマークの統治の後、民族主義による独立を模索するも失敗。1814年にはスウェーデンに割譲され、1905年に独立するまで一定の支配を受けていました。台頭する民族運動の流れの中、グリーグはノルウェー語の歌詞による歌曲や民俗音楽から着想を得た曲を数多く残しました。
グリーグは、作曲家の中では珍しく比較的恵まれていた人だと言わねばなりません。一家は曽祖父の代にスコットランドから移民してきたのですが、海産物の輸出業で成功して裕福になり、代々イギリス領事を務めるなど、父も町の名士でした。母はベルゲンで有名なピアノ教師。グリーグは母から手解きをうけてピアノや作曲に興味を示すようになりました。15歳の時に伯父である有名なバイオリニスト、オーレ・ブルに才能を見いだされ、15歳から4年間ライプチヒ音楽院でピアノと作曲を学びました。ちなみに兄のヨーンも、ライプチヒにチェロで留学しています。
ライプチヒから帰国後、更に勉強を続けるため政府の奨学金を申請しますが却下された、と聞けばまるで苦学生の話のようですが、その時期数ヶ月間イタリアなどに旅行するなど、結構よろしくやっています。若くしてピアニストであり声楽家でもあった従姉妹のニーナと婚約するも、グリーグ自身の経済力を憂慮したニーナの家族からは大反対されます。さぞかし貧乏だったのかと思いきや、新婚旅行は最初ドイツまでだった予定なのに計画が拡大してイタリアまで行っています。流石にこの時は金持ち父さんに無心したのですが・・・。
それなりに散財しつつもやはり作曲だけで食べていくのは大変だったようで(経済感覚が発達していなかったせいではないかとも思われますが)、下手糞なオケの指揮をして小遣い稼ぎをする日々が続きます。
が、やがてバイオリンソナタでグリーグを見初めたフランツ・リストからローマに招かれます。このとき有名なピアノ協奏曲をリストに弾いてもらって絶賛され、それが効を奏したのか、政府から終身年金をもらえるようになって作曲に専念するようになります。この一生貰える年金は1600クローネ、それだけでは足りないと増額を申請。「単に生活のためばかりではなく、劇音楽と新作品に対する見聞を拡げるための、外国への旅行もしたいから」でした。現在の価値にすればおそらく200万円から300万円ではないかと思われ、優雅に散財旅行するには確かに少々心許ない金額です。それでも弱冠32歳のまだあまり世に知られていない作曲家に終身の年金を約束するあたり、芸術家を支援しようという政府の姿勢は素晴らしいと思います。
 
 

 
さて今日演奏する曲、組曲「ホルベアの時代より」のホルベアとは、17世紀から18世紀に活躍した近代デンマーク及びノルウェー文学の創始者、ルードヴィヒ・ホルベアLudvig Holberg(1684-1754)のことです。作曲者グリーグと同じノルウェーのベルゲン生まれ。ホルベアの活躍した当時、ノルウェーは1536年以来のデンマーク統治下にあったため、政治や文化の中心はコペンハーゲンで、ホルベアのパトロンはデンマーク王フレデリック5世でした。
上流階級層では、まだラテン語やフランス語が使用されていた時代に、ホルベアはデンマーク語で様々な分野の著作を残したり、国立劇場の監督を勤めて社会風刺的喜劇を多く発表したり自国語の地位の向上に貢献したのです。
1884年、このホルベアの生誕200年祭がベルゲンで開催されました。その際に依頼を受けてグリーグが作曲した曲のうちのひとつが、この組曲「ホルベアの時代より」でした。
当初はピアノ曲として書かれ、翌1885年に自身の手で弦楽に編成されました。ホルベアの生きていた17〜18世紀の作曲様式を取り入れてかかれています。
ホルベアの生きた時代の作曲様式・・・と聞いてもぴんとこないかもしれませんが、大バッハの生きた時代と考えていただければ間違いありません。ヨハン・セバスチャン・バッハは1685年生の1750年没ですから、ホルベアの方が少し長生きですが、ほぼ重なっています。
 
それでは、この組曲の各曲について、少し紹介をしましょう。
 

第一曲 前奏曲 

冒頭からの力強いリズム動機の流れが特徴的で、活気溢れる爽やかな導入曲。
 

第二曲 サラバンド 

サラバンドとはスペイン起源のフランス宮廷舞踊。厳かで落ち着いた舞曲。

第三曲 ガヴォット 

ガヴォットはブルターニュ起源のやはりフランス宮廷舞踊で、通常の古典組曲ではサラバンドの次に置かれます。特有の足の動きに伴う強いアクセントが特徴。トリオ部はバグパイプを模したミュゼットという音楽が挿入されています。

第四曲 アリア

組曲中、唯一舞曲ではない形式で書かれ、美しい。

第五曲 リゴードン

リゴードンは南フランス起源のこちらもフランス宮廷舞踊で、軽快なテンポの曲。
 
この曲はあまり強い民族色は盛り込まれていません。古典舞曲の明快な形式の中に、少しだけグリーグらしい響きを見つけてみてください。
(Vn.かわち)

題名の通り、また副題に「古い様式による組曲」とあるように、この作品はホルベアが生きていた時代の音楽、すなわちバロック音楽の様式を借りて書かれている。グリーグ本人は「ホルベアの同時代人だった、フランスのクラヴサン奏者達の組曲をモデルにさせてもらった」とコメントしている。
 
ピアノ版が軽いタッチの爽やかな印象を与えるのに対し、弦楽合奏版は弦五部をベースにしているが、グリーグの弦楽合奏曲にしばしば見られるように、各パートがさらに細分化されたりソロが現れたりするなど、非常に音響的に豊かな作品に仕上げられている。またこのようなグリーグのオーケストレーションから考えても、かなり規模の大きい弦楽合奏(フルオーケストラの弦楽セクション)で演奏されることを前提にしている。
 

第1曲:前奏曲 Allegro vivace

バロックの組曲のスタイルに倣ったため、前奏曲が置かれる。ピアノ版はトッカータや無窮動のように疾走するが、弦楽版は無窮動な部分の各音をパートに分割。よりバロックらしく、リズミカルな印象を与える編曲が行われている。

第2曲:サラバンド Andante espressivo

三部形式。前奏曲とは対照的に穏やかな舞曲。弦楽合奏版では中間部でチェロのソロが入る。

第3曲:ガヴォットとミュゼット Allegretto-Poco piu mosso

フランスの2つの舞曲のスタイルを組み合わせている。またミュゼットならではのバグパイプ独特のドローン音が表現されている。

第4曲:アリア Andante religioso

三部形式。バロック時代の先人達に倣ってはいるものの、そのほの暗く、時には熱っぽい曲調にはグリーグの個性が強く発揮されている。

第5曲:リゴドン Allegro con brio

三部形式。前の曲とは対照的に、いかにもバロック的な明るい舞曲である。弦楽合奏版では各パートのソロの重奏が、他のメンバーのピチカートの伴奏に乗って印象的に使用されている。 
 

(出展:ウィキペディア)