海外の現代文学・2002年の新刊  (-2002/12) 
 <東アジア> (MyRank) 1.「宋王之印」          国江春菁  台湾   -? 岡崎郁子編 慶友社 2.「コリアン・サラリーマンの秘密の生活」                   蒋正一   韓国  '94 大北章二  講談社 3.「シックス・ストーリーズ」   短編集   韓国  -? 安宇植   集英社 4.「貴門胤裔」          葉広〓   中国  '99 吉田富夫  中央公論新社 5.「インモラル・アンリアル」          ウィン・リョウワーリン  タイ -'98 宇戸清治  サンマーク出版 6.「上海ビート」         韓寒    中国  '00 平坂仁志  サンマーク出版 7.「サンサン」          曹文軒   中国  '98 中由美子  てらいんく 8.「砕けた瓦」          趙本夫   中国 -'94? 永倉百合子 勉誠出版 9.「多情剣客無情剣」       古龍    台湾  '70 岡崎由美  角川書店 10.「天龍八部」          金庸    香港  '57 土屋文子  徳間書店 11.「ツバメ飛ぶ」   グエン・チー・フアン ベトナム '89 加藤栄   てらいんく 12.「活きる」           余華    中国  '93 飯塚容   角川書店 13.「ねこぐち村のこどもたち」   金重美   韓国  '00 吉川凪   廣済堂 14.「至福のとき」         莫言    中国 -'99 吉田富夫  平凡社 15.「カシコギ」          趙昌仁   韓国  '00 金淳鎬   サンマーク出版 16.「友へ チング」        郭景澤   韓国  '01? 金重明   文春文庫 17.「秋の童話」          オ・スヨン 韓国  '01 宮本尚寛  徳間書店 18.「客家の女たち」        李喬他   台湾 -'97 松浦恆雄他 国書刊行会 19.「現代韓国短編選」       短編集   韓国 -'99 三枝壽勝他 岩波書店 20.「薛瑪姑娘」          高纓    中国 -'95 田中須磨子 インターワーク出版 21.「王様の漢方」         牛波    中国  '02? 江戸木純  講談社 22.「赤い服の少女」        鉄凝    中国 -'82 池沢実芳  近代文芸社 23.「白いスイトピー」  アイリーン・ライ他  香港  '96 田中官司  論創社 24.「コリアン・ミステリ」     金聖鐘他  韓国 -'98? 祖田律男他 バベル・プレス 「宋王之印」    老台湾人作家が過去に日本語で書いた(書き溜めた?)15短編。ほぼ全てが秀作で、   うち半分ほどはいわく言い難い秀逸なギャグ含みのオチ(“サゲ”といった方がいいか   も)付き、他の比較的シリアス調のものも良作揃い。これほど粒の揃った短編集は近年   の内外の小説全体を見回しても珍しく、解説にもあるように世界文学の(少なくとも台   湾文学、あるいは日本語文学中の)特筆的作品とみなされてしかるべき。「オレは(ポ   マードの匂いが大きらいで、それを嗅ぐと)三分以内に頭がふらふらし、五分で嘔吐を   はじめ、六分で卒倒し、八分で死亡する。」..この手のギャグ文を日本語で滔々と書   き綴っていた台湾人の存在というものには言がない。骨董の真贋を巡る表題作のオチの   付け方など、ほとんどこういった↓90年代のポストモダン文学のセンス。 「コリアン・サラリーマンの秘密の生活」    去年の「LIES」('96)、「君に僕を送る」('92)に続いての'94年物。相変わらずのノ   リノリ前衛文学。サラリーマンとその妻のとぼけた生活が綿々と描写されるが、ミニマ   ル化された「信頼できない語り手」文体というか、同じことを指すものであるにもかか   わらず、その内容が微妙に相違したりする文章のオンパレードで、それによってオフビ   ートな今時の都市生活感覚をピッタリと描き出す。こちらの方がより平明であるにも関   わらず、去年のヴォルマンの「ミニマル化されたメタフィク」文体に劣らぬパワー効果   を上げている。全般にも快調な饒舌体で、ギャグも相変わらず多、(単調さを表出する   ための)リフレイン気味になる話の流れを調子よく進ませる。アーバン=ギャルド・サ   ラリーマン小説。「君に僕を送る」のエピソードの一部自己引用部分あり。 「6 stories 現代韓国女性作家短編」    60年代以降生まれの中堅・若手女性作家の短編6。売れっ子のヨガ教師兼画家と出   所した初老の元政治犯の来し方を対比させた孔枝泳の「人間に対する礼儀」は傑作。ハ   ・ソンランのドメスティック・ブラックな作も秀作。他にもソン・キョンアの純メタフ   ィクションなど、ほぼ全作が水準以上の良作。お薦め。 「貴門胤裔」    清朝貴族の末裔の一族の14人兄弟姉妹の20世紀を、各編でおおよそその一名ずつ   をクローズアップしながら、全9章のオムニバス系の書式で描く自伝的長編。基調タッ   チとしてはほぼ標準的な、例えば日本の女性作家などもよく描く所の“家族の肖像”系   リアリズム。一編ごとの水準は良く、また人物のみならず各編ごとに京劇・骨董・古建   築・服飾などなど、付帯要素を変えてそれに関する蘊蓄を述べていくといった点も一興   で、全般に面白く読める。「紅楼夢」や巴金の「家」の系譜作にまたしても秀作一編。   話そのものとしては魯迅文学賞の第8章の出来が実際に最良で名編。 「インモラル・アンリアル」    タイの先進作家による短編9。ページを上下段に分けて双方で違った話を進行させた   り、スラッシュで分けた単語のみで全編を構成したり、登場人物の内心とそれに全く相   反する実行動を混在させて描いてみたり、・・といった実験性の高い作も多いが、それ   らも決して「ためにする実験」的ではなく、内容との意味関連性を持たせている上に小   説的にこなれてもおり、他のものも含めて全般に良質。文体も展開も比較的平易で読み   やすい。いかにもの「前衛文学!」というよりは、日本の日常異化系の良質なSFやマ   ンガ作品等にある面で近い趣があると言えるかも。 「上海ビート」    17歳の青年作家による長編学園コメディ。上海の中学高校の生活を多少辛辣に描い   て十分に読ませる。若書き的だと感じられる点がないわけでもないものの、全体的な筆   力は実際大したもの。オンパレードで出てくる、文化的な知識を駆使したギャグ含みの   こじつけ系の比喩が妙に面白い。同世代の中高生が読んでみるヤングアダルト系の現代   中国ものなどとしては少なくとも現況最強。 「サンサン」    文革前の農村を舞台にした悪ガキ少年大活躍系の児童文学。各々がほぼ独立したエピ   ソードからなる9編のオムニバス。最初は文字通り「中国版トム・ソーヤー」といった   調子だが、進むに連れて「独身の若先生の悲恋」「偏屈ばあさんと村人との交流」「宿   敵のガキ大将の家の没落(を見つめる主人公)」と叙情・ペーソス系の話が多くなり、   オーソドックス調とはいえ各々の出来はよく、全体として上質。四百ページ強もあって   児童物としては大作だが、読む価値は十分。 「砕けた瓦」    農村を舞台にした80年代のユーモア系3編と90年代のシリアス系3編。これも全   編水準以上の秀作揃い。去年の「山の郵便配達」に近しい系統のものなので、同作に感   心した人等には特にお薦め。表題の中編はほとんど莫言や鄭義の世界、「赤い高梁」を   想起させるような奇天烈強烈なエピソード満載の良作。しかし純リアルな自伝という意   味合いが強いもののようでもあり、どこまでが完全実話でどこまでがマジックか、ちょ   っと興味深い。 「多情剣客無情剣」    (以前の小学館のもののコピーがそういうふれこみだったものの)かえってこれこそ   最もハードボイルド系というか「不器用ですから〜」系というか、「強くなければ&優   しくなければ〜」系というか、その手のノリが最も出ているもので、全体の流れとして   も(ちょっと荒っぽいところもままあるものの)評判通りピカ一の面白さ。脇役の中心   となる超美形の超性悪女の描写がなぜか異様に冴え渡る。(実生活で何ぞあったのか?) 「活きる」    革命から現在までを生き抜いた一農民の昔語り。アヴァンギャルド系で出てきた作家   としてはもう極めて普通小説的、講談調でさえあり、すらすらと面白く読め、味もいい。   これまた去年「山の郵便配達」に感心した人等には特にお薦め。中国近代史もの・文革   傷痕ものの最も平易な入門編としても良。 「至福のとき」    '99年の短編4と'87年の中編1。著者もあとがきで述べているように、「実験的習作」   といった趣のものの集成で、これまでの傑作群に比べると内容的にも文体的にもキレや   コクの濃度が高いとはいいにくい。少なくとも「世界の莫言」を感得しようとするなら   他の長編系を先に読むのをお薦め。とはいえ、「(現代の北京に現れた)長安街のロバ   に乗った美女」などという独特のパワフルマジックイメージや、また最後の中編の(蝗   害という共通の事件を通して)現代と数十年前の事象と人物を凄まじく錯綜させていく   描出法など、現代文学的な先端性はこの作でも多々感じ取ることはできる。 「友へ チング」    映画の監督自身によるノヴェライズ。前半の子供時代は本宮ひろ志調で意気揚々と進   んでいき、後半で深作欣二というか飯干晃一調のすさまじい世界に突入。少なくともノ   ヴェライズ系としてはよい出来。 「カシコギ」    いわゆる難病もの、それも子供がなるそれであって、ごく典型的な方向に進んでいっ   たらどうしようかと思いきや、途中で広義メタフィク(「難病の子供をテーマに作品を   書くこと」について作中人物が懊悩したりする)気味になったりし、そしてクライマッ   クスでは・・さすがに話題作ということでもあり、少なくとも当たり前ではない展開で   一納得。全般にはごく中間小説的なタッチで、エンターテインメント性or文学性、強度   の点ではどちらも突出的にならないため、こういう順番付けをする場合はあまり上位に   しにくいタイプのもので何だが、韓国物オハコの深情ノリ等も多々感じられ、読む価値   はあり。 「客家の女たち」    台湾内の客家系の作家による作品のうち、女性(主に妻や母)が中心的に描かれてい   る作品9編。全般にフィクショナルでない標準リアリズム系の真面目なもので、かつ中   国語圏は(あるいは東アジア全般に)もともと女性は全般的に超強いだろうわけなので^^;   そのイメージも込みにすると、これらだけを読んで取り立てて客家の女性が特に逞しい   といった印象にもなりにくいが、しかし「生活全般を取り仕切る」感覚が他民族以上に   本質的伝統のようでもあり、女性中心のものに限らず多方面の作を選んでも、この系統   の描かれ方に帰着するものが常態的なのだろうという、そういう想定の上では(妙に長   い想定だが)納得出来る。話としては家事労働のサヴァン症候群?みたいな女性が起こ   す騒動を描いた女性作家による作(実話なのかなあ)が、最近のものということもあっ   てか最も小気味良い。この作を含むシリーズ物も↓の韓国の女史のシリーズと同様に全   訳希望ンヌ。 「現代韓国短編選」    「ディープ・ブルー・ナイト」の原作を含む80年代6作品と90年代7作品。申京   淑の作は広義メタフィクションだし、また「私の青空」も韓国へ行くとこうなるかとい   う感の、「灼熱の屋上」ノリのがらっぱちシングルマザーを描いた孔善玉のドタバタな   ど悪くないが、全般にはやや小粒の作が多めになったのではないかという印象。韓国の   さくらももこ(かどうかはともかく)梁貴子の市井人情物はさすがに安定的な出来で、   この作の入った代表作は実際全編訳したらよいのではないだろうか。 「薛瑪姑娘」    年輩の作家が60歳代で書いた恋愛小説系の中短3編。話もタッチもごくオーソドッ   クス系、「(悲劇に終わったりする)初恋の想い出」を標準的に描くというもので、現   代文学的な深みや切れ味はさほど大きいとはいいにくい。が、主要登場人物がチベット   族やモンゴル族等の少数民族だったり、話が改革後の社会状況とともに描き出されたり   で、そういった面での興味深さや意義は少なくともあり。 「赤い服の少女」    お転婆で自己主張の強い妹とそれを見守る年上の姉の日常を描いた、中国版「赤毛の   アン」と言えなさそうなこともない表題作ほかの中短6編。ただ、まえがきで著者自身   述べているように、自身にとってもそうであり、また中国の現代物としても改革直後の、   ごく当初的な作品群だということもあろうため、小説としては基本的に相当に素朴系。   表題作が当地で当時人気作になったという点、また文革後期前後の生活が描写されてい   る作が多いといった点など、文学的な面よりは時代的な意義の面での価値がより大きい   と言えるだろう作品集。 「王様の漢方」    映画の監督自身によるノヴェライズ(原作?)。広義マジック&コメディ調での始ま   りに期待したが、その後は漢方に関する蘊蓄がメインになって小説的な強度はさほどに   は大きくないと見える。 「白いスイトピー」    TVキャスターと弁護士が共同で執筆したフィクション。元映画スターの不倫と離婚   裁判を巡る愛憎&法廷劇。ストーリー的には読ませないこともないものの、共同執筆の   せいか小説全体のまとまり、登場人物の個性や意識変化などの描写にややちぐはぐな面   のある印象。しかし逆にまたその故か、財産分与に対する登場人物連の言動が相当にあ   られもなく描出されていて(ある意味いかにも香港的というか中国的という面もあるの   かも知れないが)ちょっと面白い。 「コリアン・ミステリ 韓国推理小説傑作選」    年度毎に出されるというミステリ短編集の98年版の全訳13作。狭義ミステリはほ   とんどなく、「意外な顛末」「オチ」を付けようというタイプの広義ショート・ショー   ト系の作が大部分を占める。単純に作品の選択性の問題なのか、ミステリ界そのものが   純揺籃期のためなのか判然としないが、内容やタッチは相当程度に素朴系なものが多。   こうしたエンターテインメント作品集の訳出そのものは買いで、他にSFやファンタジ   ー等の作品集もあれば読んでみたい気も。 入手予定または購読中 「上海キャンディ」     棉棉   中国 三須祐介  徳間書店 「地上に匙ひとつ」     玄基榮  韓国 中村福治  平凡社 「懐かしの庭」       黄〓暎  韓国 青柳優子  岩波書店 「商道」          崔仁浩  韓国 青木謙介  徳間書店 「愛のかたみ」 ヤティ・マルヤティ・ウィハルジャ                インドネシア 山根しのぶ 大同生命 --------------------------------------------------------- <欧米他> 1.「パウラ、水泡なすもろき命」    イサベル・アジェンデ    米/チリ  '94 管啓次郎  国書刊行会 2.「ヴィシュヌの死」         マニル・スーリー      米/印   '01 和田穹男  めるくまーる 3.「この素晴らしき世界」       ペトル・ヤルホフスキー   チェコ  '98 千野栄一他 集英社 4.「ハルーンとお話の海」       サルマン・ラシュディ    英/印   '90 青山南   国書刊行会 5.「マーティン・ドレスラーの夢」   スティーブン・ミルハウザー 米    '96 柴田元幸  白水社 6.「神秘な指圧師」          V・S・ナイポール     英/トリニダード '57 永川玲二他 草思社 7.「最後の場所で」          チャンネ・リー       米/韓   '99 高橋茅香子 新潮社 8.「CITY(シティ)」        アレッサンドロ・バリッコ  伊    '99 草皆伸子  白水社 9.「ショーシャ」           アイザック・B・シンガー  米/波蘭  '74 大崎ふみ子 吉夏社 10.「夜明けの挽歌」          レナード・チャン      米/韓   '01 三川基好  アーティストハウス 11.「バルザックと小さな中国のお針子」 ダイ・シージエ       仏/中   '00 新島進   早川書房 12.「戦士たちの挽歌」         フレデリック・フォーサイス 米    '01 篠原慎   角川書店 13.「渡り鳥と秋」           ナギーブ・マフフーズ    エジプト '62 青柳伸子  文芸社 14.「月」               アマール・アブダルハミード シリア  '01 日向るみ子 アーティストハウス 「パウラ、水泡なすもろき命」    ガルシア=マルケスは「百年の孤独」を「祖母が語ってくれた昔話のように書いた」   そうだが、まさにその「語りの祖母」に逆順的に相当するような(そして自身もまたそ   の実の祖母に影響下にあったりもするわけだが・・)最強の魔術的リアリズム女性作家   よる傑作マジック・バイオグラフィー。「精霊たちの家」が実際に(マジック)ノンフ   ィクション気味のものだったこともよくわかる。中南米調のバロックワールドの描写が   当然の多くなるにも関わらず、滑らかな美文ですらすらと読ませる。マジック・ノンフ   ィクションがマジック・リアリズムへと(逆順的に)回帰することによって、「重病で   昏睡状態の娘に向けての自分史語り」という話の体裁そのものが持ちかねない一抹の構   造的問題も含め、多くの要素が見事に止揚されていくエピローグは圧巻。 「この素晴らしき世界」    ナチ抑圧下で小市民夫婦に降って沸いた出来事をコメディ調に描き、そして(それこ   そサッチモの歌が流れてもそのまま行けそうな)ヒューマン系のラストで閉めた良作。   ホロコースト関係物としては珍しいドタバタ劇で(映画では有名なのものが同時期にあ   るものの)、糾弾調でない分かえって訴求力の高まっている面もある。 「ハルーンとお話の海」    現代文学の鬼才が児童文学するとどうなるか、という期待に違わぬスーパー・メタフ   ィク・ジュブナイル。ラシュディ御大らしくより一層イメージがグシャグシャになった   り毒入りになったりしたらもっとよかったかもと一抹思わないでもないものの、それで   は児童物の枠を越えすぎるし、このくらいで必要十分と言えそうか。逆に言えば極端な   無茶はないものなので、個性的ないし先進的なファンタジーとして若年層のハリポタフ   ァンなどにもそのまま充分お薦め出来る。 「マーティン・ドレスラーの夢」    前世紀の変わり目のニューヨークでアトラクション満載の巨大ホテルの建築と運営に   賭けた若者の半生。展開上の吸引力やノリのよさはそう大きいわけではないが、読了後   に話全体の意味・象徴性を多様に喚起させるという点の強度は高い。 「CITY(シティ)」    孤独な天才少年とその世話役の看護婦を巡るメインとなる話、その少年が創作するプ   ロボクサーの話、看護婦が創作する(マカロニ)ウェスタン話(これが妙にいけている)、   その三話を平行して進めていく、「海の上のピアニスト」の作家による広義メタフィク。   現代版カルヴィーノというか、文体も比較的簡明で読みやすい。全般にもう少し濃度or   強度があったらよりよかったかも。 「神秘な指圧師」    文士志望の無為な指圧師を主人公としたトリニダードが舞台のユーモア小説。「暗い   河」等とは相当に違い、紹介文の「滑稽小説」という表現がピッタリのノリで、近年話   題のカリブ・ポストコロニアル文学の原典的作品にして、かつ、それらの中でもすらす   らと面白く(うてやがて多少悲しき)読めるという点ではピカ一の作といえるのではな   いか。 「バルザックと小さな中国のお針子」    フランス在住の中国人作家による文革期の下放青年たちに纏わる物語。フランスでベ   ストセラーだそうだが、同国の作を中心に西洋文学をきつい生活に耐える糧とする、と   いう辺りが自尊心をくすぐったのか、最近の中国ものが仏語で広く読まれることも少な   かっただろうからそのためなのか、あるいは(アメリカでの同様版といえる)「待ち暮   らし」(の方が小説的にはより濃いが)がそう言及されたように、漢語的な文体感覚に   興趣を引かれるところでもあったのか。小説そのものとしては、悪くはないものの、話   の流れ的にも文体的にも、最近の中国文学全体はもちろん、文革傷痕物としてもやや小   品という感じ。    ・・しかしそれにしても、「フランス文学を糧とした青春を描く」といえば、これも   ちょうど今年単行本が出た高野文子女史の「デュ・ガールと小さな極東のお針子」もと   え「黄色い本」、これはもう完全にそれを「描き切った」日本文化史的傑作なわけで、   同書を訳したらもっとベストセラーになる可能性があったりしないのだろうか。「MANGA」   そのものの認知度も結構あるようでもあり。 「戦士たちの挽歌」    大先生の中短編5。話のオチの付け方としては(個人的には)ある程度方向が見える   パターンが多かったためその点少し何だが、しかし美術品詐欺の話や、最後の(180   Pもあるほとんど長編の)準SF西部劇などは、撮り方次第でなかなか面白くなりそう   なハリウッド映画の脚本風という感じで楽しめ、エンターテインメント作品集としての   全体的な出来は良。 「渡り鳥と秋」    政治的混乱期に要職を解かれたエリート青年の懊悩を描く、ノーベル賞作家後期の作。   文体的にも展開的にも相当にオーソドックス系。・・ではあるがしかし、主人公の思考   行動が一貫して「本来的に自己中な俗物エリート」で通され、(純自然主義や不条理や   風刺物ではないごく標準的なタッチの小説の中で)読み手がほとんど感情移入しえない   タイプの人物を主人公に据えて語り続けていくというのも、思いのほか珍しいし面白い   ことなのかも知れない。 「月」    シリアの最新小説ということで期待したが、話としては(少なくともストレートに受   け取る限りは)いわゆる(古き懐かしき)「ラブ&ピース」系の思想の展開を行ったも   のという感で、その点での目新しさ、現代文学的な奥行きはそれほど大きくないともみ   える。現地での生活や思想上の各種ジレンマの一端をみることや、また文学技法的にも   多少マジックリアリズム&多少メタフィクションになっている所などはあり、そういっ   た点での一定の興味深さや面白さはあり。

東アジアの現代文学