海外の現代文学・2001年の新刊 
 <東アジア>    本格系の大作は1作だけだったものの、今年は全般に相当に好調、秀作多。ギャグ・   ユーモア含みのものがまたなぜか非常に多。ほぼどれを読んでも損はなし。映画の原作   とはいえ3、4、7、帯の謳い文句等によるものも大きいだろうとはいえ?9は一般的   にもなかなか読まれたようで、それまた結構なことであります。 (MyRank) 1.「ある男の聖書」         高行健  中国     '99 飯塚容   集英社 2.「変わりゆくのはこの世のことわり」             テイッパン・マウン・ワ  ミャンマー  -'41 高橋ゆり  てらいんく 3.「LIES/嘘」           蒋正一  韓国     '96 大北章二  講談社 4.「山の郵便配達」         彭見明  中国     -'97 大木康   集英社 5.「君に僕を送る」         蒋正一  韓国     '92? 児玉仁夫  東京図書出版会 6.「倚天屠龍記」          金庸   香港     '57 林久之他  徳間書店 7.「JSA」            朴商延  韓国     '97 金重明   文春文庫 8.「越女剣」            金庸   香港     -'61 林久之他  徳間書店 9.「上海ベイビー」         衛慧   中国     '99 桑島道夫  文春文庫 10.「鹿港からきた男」        黄春明他 台湾     -'87 山口守他  国書刊行会 11.「順伊おばさん」         玄基榮  韓国     -'84 金石範   新幹社 12.「ミャンマー現代女性短編集」   短編集  ミャンマー  -'99 南田みどり 大同生命 13.「砂漠の物語」          郭雪波  中国     -'96? 松瀬七織  福音館書店 14.「飛狐外伝」           金庸   香港     '60 阿部敦子  徳間書店 15.「現代カンボジア短編集」     短編集  カンボジア  -'99 岡田知子  大同生命 16.「もうひとりの孫悟空」      李馮   中国     -'97 飯塚容   中央公論新社 17.「愛の韓国童話集」        短編集  韓国     -'96 仲村修他  素人社 18.「中国現代文学珠玉選3」     短編集  中国     -'44 白水紀子他 二玄社 「ある男の聖書」    各国を転々とする作家が、文革期を中心に中国での過去の諸々を想起する自伝的小説。   鬱々としたトーンが強めで、ノリノリなものが多い最近の本格系の中国文学として最優   先でお薦めとも言いにくいが、技法的には意識の流れ、広義メタフィクな手法等々を効   かせたさすがの一作。文革傷痕文学の系統作として見た場合も文学的濃度としてはトッ   プ級。 「変わりゆくのはこの世のことわり」    一役人の生活と意見を描いた連作32短編。ミャンマー文学十八番のユーモア&ペー   ソスものの原典?にして読む限りでの最高傑作。味ありキレあり、泣かせる笑わせる、   仮にいま日本の現代物としてこの筆力で書かれたものがあったとしたら直木賞確実、そ   れほどの強度であります。 「LIES/嘘」    喧伝のようにいわゆるポルノ小説として(あるいは恋愛小説としてさえ)これを読み   得るのだろうか… スラップスティックな諧謔満載の超高度パロディ小説。繰り出され   るギャグのセンスは一級で、**シーンも含め爆笑に次ぐ爆笑、信頼できない語り手、   広義メタフィクション、テクストの浮遊化技法も効いている第一水準の現代文学。訳文   もノリノリ。 「山の郵便配達」    表題作は原作も秀逸。他もユーモアもの、叙景スケッチもの、泣かせる掌編ありで、   基調は標準的な農村リアリズムものとはいえバリエーションに富んでいて良。 「君に僕を送る」    これまた笑いに満ちた不条理コメディ。こちらは構成といい、文学自体に関する作中   での大量の言及といい、明示的なメタフィクションともなっている。この作者、デビュ   ー作ではそうでもなかったのが、展開の自由度、ギャグのタイミングセンス、どういう   加減でこうも吹っ切れたのだろうか。訳文がこなれたものとはいささかいいにくい印象   もあるが、しかしこの作品ではそれも奇妙な味になっていると…いえないこともないか   も知れない。 「倚天屠龍記」    社長シリーズ3部作の最終編たる本作は、あちこちで美女に迫られてモテモテの森繁   が、鼻の下を伸ばしながらもその間で右往左往する話。最後の笑いオチもピッタリ・・   というのもあながち冗談ではないところの射Gシリーズ最終編。    もちろん全体には別にギャグ物というわけではなくて、相変わらずの怒濤の一大アク   ション・エンターテインメント巨編でありますが。前2作よりは若干ノリが低めかも知   れないものの、あくまで金庸ものの水準からすればで、一般的なアクション物の基準で   見れば当然ながら一級品。 「JSA」    映画の方ではいわゆる‘カタストロフ’場面での各人の行動に(不可抗力含みとはい   え)唐突さ、幾分の説明不足を感じたものの、小説では3重4重に意味付けがなされて   納得しやすいものになっている。デビュー作のためかプロットや文章にやや晦渋さを感   じるが、全体的には十分に佳作といえるレベル。 「越女剣」    中短3編。「瓊瑤が武侠ものを書いたら?」みたいな最初のもの、聊斎志異に出てき   てもおかしくないような最後の伝奇風短編、どちらも秀作だが、やはり真ん中の傑作ド   タバタ武侠コメディが◎。 「上海ベイビー」    パンクものにメタフィクションが混じる出だしで期待したが、突如メロドラマ化した   り、一転プチブル描写に戻ったり、心理的不安定さの表現という次元を超えて(非戦略   的に)リアリティをやや欠けさせてしまうのは何。その混乱を終盤で再度メタフィク処   理しかかっているのは良く、うまくこなしていたら逆転ホーマーだったかも知れないが… 「鹿港からきた男」    70年代前後の郷土文学の中短編6。阿Qをちょっと匂わせる?黄春明の巻頭の作、   「東京物語」的展開になるのかな、などと一瞬思わせる王択の作、「族長の秋」風また   はスリップストリーム調風刺SFと言えないこともない宋沢菜の作など。この最後のも   のを除けば形態的には純リアリズム系で、かつ一時代前の(最)貧困層の生活を描いた   作のみ、かつ必ずしも「ボロは着てても・・」的でない、悲観気分の含有度が高めのも   のも多いので、その辺りは心して読まれた方がいいかも知れない。 「順伊おばさん」    済州島事件とその生存者の後の心境をシンクロさせて描いた中短4編。記録文学とし   ての価値は非常に強。太白山脈や尹興吉等の作品に共通するところも(当然ながら)多。   小説的にも悪くなく、力作長編があるようなので訳出に期待。 「ミャンマー現代女性短編集」    最近年の短編21。寄稿文や解説を先に読んでしまうと、その点を強調して書いてあ   るために、強度に政治的な視線で描かれたものの集成なのかとやや引きかねないところ   もあるが(別にフェミニズム自体がどうということでなく、右派、左派、エコロジー、   思想的なものがあまり強く出れば多義性がなくなり、文学的には一般に面白くなくなる   ということ)、全体の印象はそれほどのことはなく、日常の諸々を多面的に捉えたおお   よそ標準的なリアリズム小説集。全体の質は相変わらず良。最近のものを多数集めた短   編集が他からは少ないので比較しにくいが、こういった日常点描ものではミャンマーが   実際東南アジア随一といえそうかも知れない。 「砂漠の物語」    中国北部の砂漠地帯の風俗慣習等を描いた4中短編。出版社の位置付けもあってか図   書区分はジュブナイル扱いだが、一般向けといってもいい文章と内容。擬人化された狼   が出てくる幻想文学調の最初のものが物語的には良。 「飛狐外伝」    相変わらずの金庸節が冴える。珍しく悲劇性の強い所があり(他の作品の前日談とし   ての整合性を取るためもあってか。よく言えば文学的と言えないこともないものの)後   味完全良好ともいえないところがあるので、金庸ものを初めて読むといった場合には他   の作品からの方があるいはいいかも知れない。物語の流れとしてはもちろんいつも通り   のイケイケの一編。 「現代カンボジア短編集」   70年前後の8編と90年代の5編。前者のソット・ポーリン作の数編は吉本調(あ   るいは↑の「LIES」の描写のソフト版)とさえいえる爆笑ギャグお下劣ギャグ連発で◎。   どちらかかといえば学術系の出版とさえ言えそうな大同生命のこのシリーズ、それにこ   れらを入れた訳者と編集者のセンスはすごい。エライ。同系統が他国のものにも入るの   を大期待。 「もうひとりの孫悟空」    悟空や水滸伝の武松等が出てきて自身の行動を逡巡したりぼやいたり、作者の声が物   語の進め方に対して同様のそれを行ったりという、強度のパスティーシュ系メタフィク   ション短編の集成。話の展開が全般にややプレーンではあるが、手法的には中国若手版   の清水義範ともいう感で、その設定と押し進め精神は買い。上の「上海ベイビー」とと   もに、大陸若手の新潮流の一端を見るということでは○かも知れない。 「愛の韓国童話集」    映画「離れの客とお母さん」の原作を含む、戦前から最近までの児童文学系の短編1   0作。全般に標準的なものが多く、特に古いものは(今となっては)オーソドックス過   ぎるきらいのものもあるものの、しかしいわゆる「元祖浪花節センス」等々、風土的な   特徴は感じられ、対象年齢層の読者が隣国文化入門として読んでみるものとしてはいい   かも知れない。 「中国現代文学珠玉選3」    女性作家選集。戦前戦中の短編13と長編の抄訳3。古い作の選集であり、全編オー   ソドックス・リアリズム系で、他が上出来なこともあるのでこの位置だが、全体として   は決して悪くない。中盤にノリの良いもの多。 --------------------------------------------------------- <欧米> (読了本)    こちらは例年に比べて何故か妙に不調、著名な中堅や巨匠の新作や、分厚い長編(特   にイギリス系の)が続々と出たものの、これぞというものはあまり多くない。パワフル   だったり意味深だったり物語的にピシッとしていたり、という点で十分に良作と言える   のはおおよそトップの4作ほど、他は悪くはないにしても超お薦めと言えるほどではな   く、特にその「巨匠や中堅の新作」は(少なくとも各々の代表作に比べれば)いまいち   プレーンになってしまったのではないかと思わせられるもの多。 1.「ガラテイア2.2」       リチャード・パワーズ    米 '95 若島正   みすず書房 2.「眠りの兄弟」          ロベルト・シュナイダー   墺 '92 鈴木将史  三修社 3.「すべての夢を終える夢」     ウォルター・アビッシュ   米 '80 新田玲子  青土社 4.「スターガール」         ジェリー・スピネッリ    米 '00 千葉茂樹  理論社 5.「ホワイト・ティース」      ゼイディー・スミス     英 '00 小竹由美子 新潮社 6.「素粒子」            ミシェル・ウエルベック   仏 '98 野崎歓   筑摩書房 7.「蝶の舌」            マヌエル・リバス      西 -'95? 野谷文昭他 角川書店 8.「切り裂き魔ゴーレム」      ピーター・アクロイド    英 '94 池田永一  白水社 9.「白の闇」            ジョゼ=サラマーゴ     葡 '95 雨沢泰   日本放送出版協会 10.「ロンドン」           エドワード・ラザファード  英 '97 鈴木主税他 集英社 11.「アメリカン・デス・トリップ」  ジェイムズ・エルロイ    米 '01 田村義進  文芸春秋 12.「ザ・ライフルズ」        ウィリアム・T・ヴォルマン 米 '94 栩木玲子  国書刊行会 13.「真夜中に海がやってきた」    スティーヴ・エリクソン   米 '99 越川芳明  筑摩書房 14.「コレリ大尉のマンドリン」    ルイ・ド・ベルニエール   英 '94 太田良子  東京創元社 15.「宮廷の道化師たち」       アヴィグドル・ダガン    チェコ '82(90) 千野栄一他 集英社 16.「アースクエイク・バード」    スザンナ・ジョーンズ    英 '01 阿尾正子  早川書房 17.「わたしたちが孤児だったころ」  カズオ・イシグロ      英 '00 入江真佐子 早川書房 18.「アニルの亡霊」         マイケル・オンダーチェ   英 '00 小川高義  新潮社 19.「死んでいる」          ジム・クレイス       英 '99 渡辺佐智江 白水社 20.「考える…」           デイヴィッド・ロッジ    英 '01 高儀進   白水社 21.「家なき鳥」           グロリア・ウィーラン    米 '00 代田亜香子 白水社 22.「堕ちた天使−アゼザル」     ボリス・アクーニン     露 '98 沼野恭子  作品社 23.「スーパートイズ」        ブライアン・オールディス  英 -'01 中俣真知子 竹書房 24.「上海の紅い死」         ジョー・シャーロン     米 '00 田中昌太郎 早川書房 25.「ペトロス伯父と     「ゴールドバッハの予想」」  A・ドキアディス      米 '00 酒井武志  早川書房  「ガラテイア2.2」    「愛しのヘレン」なるロボットSFの古典があるが、まさにその名前のAIに文学や   世界の諸々を教えていこうとする作者(の分身の作家)を描く広義メタフィク・スリッ   プストリーム系パワー文学。偏屈科学者とともに問題に取り組むあたりの描写は古き良   きSFへのオマージュとさえいえそうな感、一方で恋愛小説ないし青春小説としても(   一義的にはやや薄口の感もあるものの、後追い的になかなか効いてくる)佳作。この作   家の特徴なのか、全般的な体温は低くないものの、内容や表現の複雑さに比べて話の展   開やノリが淡泊というか、「迫」がやや弱い印象は受け、それがあればもう本当に凄い   のだがという気もする、が、しかしそうはいっても去年の「舞踏会・・」に勝るとも劣   らぬ秀作ではあり、今年の洋物のほぼ文句無しのトップ。  「眠りの兄弟」    中欧マジックリアリズム(+メタフィクション)の特筆的秀作。裏「ジャン・クリス   トフ」とでもいうか、19世紀の寒村で人知れず早逝してしまう音楽的超天才少年の姿。   全体的なトーンとしては実際相当に中・東欧調で、妙にクールタッチな語りはもちろん、   要素的にもある部分「ブリキの太鼓」や「悪童日記」を想起させるような点あり。  「すべての夢を終える夢」    ユダヤ系アメリカ人作家が描く、現代ドイツの青年作家とその周囲の(主にプチブル   系の)人物連の生活と思考。不条理・陰謀といったトーンの中に、それが民族的気質だ   と取れかねないような形でナチズム問題を混入させたものを(ユダヤ系とはいえ)外部   的な作家が描いたものであり、その点あまり趣味がいいともいえないが、しかし(原題   の意味やラストのギャグ・揶揄一つからしても、それを民族性を越えて普遍化可能なも   のとしていることは逆説的に読みとれはして)小説としての全体的な強度は相当に高。  「スターガール」    超能天気なヒロインの言動に周囲がはじめは困惑するが、しかしそのうちだんだんと   ……なる欧米ジュブナイル伝統芸能的ストーリーのミレニアム極北化版にして第一級の   良作。上質の象徴性、身を切るようなシビアな展開、ピッタリ決まった泣かせる結末、   言うことなし。「ウクレレ」って小道具がまたいいねぇ。J・アンドリュースを思い出   したりして(ありゃギターか)。完成度の高い映画化がなされるといいのだが・・  「ホワイト・ティース」    ジャマイカ系ハーフの新人女性作家によるポストコロニアル・ユーモア長編。自身の   分身?の移民一家と同比重でインド(バングラ)系移民家族の生活と意見も活写してい   くのが凄い。ラシュディ等との類似が指摘されるが、マジックリアリズム調ではなく、   エィミ・タンを多民族化版にしたといったような趣に近い。ギャグもてんこ盛りという   ほどではないものの、「○○はいちばん頭が悪く、神をモンキー・マジックとブルース・   ウィリスの混じったようなものだと思っている」(前者は日テレ版の西遊記のことでし   ょうねえ)などいうものが幾つかあってマル。  「素粒子」    「もてない男、バイオ学者、人類の変革」ときたらグレッグ・ベアを思い出したりも   してしまうが、実際に上の「ガラテイア」や下の「白の闇」同様にSFの、これはサイ   バーパンクの文芸化版といえるような面あり。話の展開、その中での各種の論考、強引   なものがいささか多い感じを受けるが、しかしそれら全体として(「ほんとかよ・・」   という形ではあっても)変に考えさせる妙な小説的パワーを持っているとはいえるので   この位置。  「蝶の舌」    マジックリアリズム、寓話、サンボリズム系の短編16。映画の原作になった最初の   3編が実際に良作で、特にG=マルケスご推薦なる(実際いかにも、という感じの)2   作目は佳作。全般にも本土スパニッシュ・マジックというか、フラメンコがBGMに聞   こえてきそうなブルーなタッチがなかなか。  「切り裂き魔ゴーレム」    切り裂きジャックな19世紀ロンドンを舞台背景としたメタ・サイコ・ミステリー。   力作。最終的な因果の構造がややはっきりしない(させていない)感じもするが、小説   の構造的に仕方ないというか、そもそもの狙いということになるのかなあ。。  「白の闇」    ストーリー的には「復活の日」や、去年のキングの「ザ・スタンド」といった伝染病   蔓延&サバイバル物SFの構造そのもので、ある種のサスペンス性も含め、エンターテ   インメントとしても十分に面白い。それらから科学性やアドベンチャー性をやや差し引   いて、寓話性や象徴性を高めるとこうもなるかという感で(作品が実際にそういう方法   論で書かれたわけではないにしても)ヴェルヌに同様の操作をすると「蠅の王」になる、   ということにちょっと比せられるかも知れない。  「ロンドン」    大量の登場人物を血縁関係で繋ぎながら、ロンドンの二千年を21章分割で綿々と描   いた大作。話としては標準的な印象のものが多で、後半部分になって17世紀では「恋   におちたシェイクスピア」のパロディのような(同年の発表であり、インスパイアされ   たものなのか偶然なのか)、しかしなかなか味のいいエピソード、他にも浪花節入った   姉弟ものなど面白いものが混じり始めるものの、全体としてそのレベルのものが揃った   ら傑作だったのにと惜しまれる。話り自体は中間小説的なタッチで、読みにくいことは   なく、長いものをのんびり読んでいこうとするような場合に選ぶものとしては良。  「アメリカン・デス・トリップ」    相変わらずのエルロイ節がまずまず。年代的にも登場人物的にもほぼ完全に前作の続   編といえるもの。ワイルドさが増していて全体的にはこちらの方がより面白いかも知れ   ない。  「ザ・ライフルズ」    読みやすいとは言い辛く、話も淡々系、大推薦ということでもないものの、ヴォルマ   ンの本格系初訳ということであり、ミニマル・メタフィクションとでも言えそうな技法   は相当にいけているのでこの位置。  「真夜中に海がやってきた」    相変わらずのエリクソン節がまずまず。出だしはちょっとギブスン風で、すわサイバ   ー・マジックリアリズムでも始まるのかと期待したが^^;、全体的にはこじんまり目に落   とした感じか。エリクソン節の場合、展開的に大風呂敷を広げ続けないとパーソナルな   調子が強くなり過ぎて若干辛くなってしまう感もある。人物相関の強力な錯綜性は面白   く、後ろの方に出てくる日本文化論も…一見地としては興味深い点あり。  「コレリ大尉のマンドリン」    独伊軍の進駐に翻弄されるギリシアの小島の村民達の生活を、その前後の時期を含め   て描いた大作。ちょうど莫言の「赤い高梁」の地中海版といった設定だが、これも↑の   「ホワイト・ティース」同様、(最近のこの手の大長編にしては)マジック系ではなく   標準リアリズム基調で、また物語的にも、章ごとに語りの手法を変えたりと工夫はある   ものの、話の流れ、人物描写ともにやや一枚岩的な感。大傑作といえるほどのものでは   ないとも思えるが、全般に南方的な伸びやか基調でユーモアもあり、上の「ロンドン」   同様、長いものを滔々と読んでいきたいといった場合に選ぶものとしては悪くはない。  「宮廷の道化師たち」    ナチ収容所を出た男(たち)の復讐の顛末。評判から期待してしまうほどの凄い展開   とか圧倒的な視座があるといえるほどのものでもないように思われるが、ホロコースト   物の佳作の一つとは言える。  「アースクエイク・バード」    知人が殺人事件の被害者となった日本滞在中のイギリス人娘が取調室で想起する過去   の諸々。語りに工夫があり、緊迫感もあって良。いわゆる狭義の「オリエンタリズム」、   西洋人がアジア人を得体の知れないものとして描くあれと取れかねないような部分が僅   かにないこともないものの、西洋側の登場人物の奇妙な部分を描いている部分も多々あ   り、その意図やセンスはあったとしても最小限と見てよいか。そもそも全体的な描写は   (著者の日本滞在歴が長いだけあって)きっちりしたもので、特にラスト近くの山手線   沿線一周の道行文(のパスティーシュ)、太平記なのか近松なのか、あるいは森田芳光   かも知れないが、柳亭痴楽の可能性さえあるが、これをされては敵わないというか、よ   くぞやってくれましたという感じ。  「わたしたちが孤児だったころ」    マジックリアリズムというほどでもないものの、若干ディフォルメされた語りが入っ   たミステリーで悪くない。ラスト少し手前で締めておいてもドラマ的には良かったかも   知れない。  「アニルの亡霊」    相変わらずのオンダーチェ節がまずまず。女性法医学者が帰郷した内戦下のスリラン   カで見聞きしたこと感じたこと。数人の登場人物の経歴や意識が錯綜して語られるとい   う「イギリス人の患者」のパターンが踏襲されている。全体的にはいまいち押しが足り   ないというか、掘り下げ不足になってしまっているのではないかと思える感なきにしも   あらず。  「死んでいる」    テーマと構成はよいが、(グロ部分を除く)一般的な事物描写の多くが散逸的で緊密   性に欠ける印象で、「描写ための描写」という感じさえ受け、そのことによって全体の   インパクトがやや押し下げられてしまっているようにも思える。  「考える…」    相変わらずのロッジ節がまずまず。認知科学の今風の知見とナチュラルな人文的視点   との拮抗、それにからめる形での異種テキスト文体の混合手法、いろいろな面白みと工   夫があって良。が、基本ストーリー的には、インテリ中年男女のアバンチュールが時系   列順に淡泊に語られるというもので、笑いもそこそこ、全般には相当にオーソドックス   系の作といった感。  「家なき鳥」    アメリカ人作家によるインドを舞台にしたジュブナイル。貧困層の少女が艱難の末に   幸福をつかむまで。文字通りインド舞台版の「おしん」で、実際妙に共通したエピソー   ド(「いじわる姑」はパターンとしても、学校に行きたくて教室を覗く、読み書きを教   えてくれる文人男、心の支えの詩、滞在先で出来る親友、物の分かった大奥様、等々)   多出。一人称であることやアメリカ人が外部的に?書いたものだということもあるだろ   うものの、こちらはいかにも洋物的で浪花節性は低め、さらっと展開していく点にかえ   って一抹の物足りなさが残るかも。  「堕ちた天使」    19世紀ロシアが舞台の、(題名から想像されるものとは違って)比較的軽いタッチ   の刑事物ミステリー。エピローグの展開からはちょっと先が読みたくなるが、続編は直   接の続きというわけでもないのだろうか…  「スーパートイズ」    アシモフの人情ものの短編かと思うような表題作や、辛辣系の文明批評物数編など悪   くないものの、全体にもう一押し、語りの上でのコクといったものが薄口な感じも。  「上海の紅い死」    アメリカ在住の中国人作家による、10年ほど前の上海が舞台の刑事物ミステリー。   ミステリ的な要素に力点は置かれておらず、中国的な風俗習慣や考え方、伝統文化の(   欧米向けの)紹介という面の比重が大。しかしデビュー作ということもあってか、それ   らとストーリーの兼ね合いもさほどにはこなれているといえず、例えば同時代の上海風   俗を知るなら「小説・大上海」(中央公論)、最近のならあるいは上の「上海ベイビー」   でもある程度、直接的な普通小説をまずは読んだ方がいいかも知れない。今後に期待。  「ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」」    将来を嘱望された天才数学者だった伯父が辿った皮肉な人生。ライトタッチの中間小   説で、そうしたものとしてはまずまずの面白さ。

東アジアの現代文学