このアジアン文学がすごい! 2001年版 ^_^;
     今年は昨年に比べて「世界文学的先鋭大作!」といったものこそ少なかったものの、数     とバリエーションは揃って順風な年でした。      ジャンルに応じた何らかの強い感興がある傑作・良作で、無条件でお薦めなのは上3分     の1。      まず「エンターテインメント性」では勿論4、下部の欧米物を含めてランキングしても     贔屓目を含まずにトップランク。(「書剣恩仇録」等の初期刊行作を読まれたのみの方が     いたら、最近刊行の長いものはノリも強度も俄然アップしているので、継読を強力にお薦     めします。もちろん「グリーン・デスティニー」「チャーリーズ・エンジェル」の女カン     フーを見てイケてると思った人も。「玉女剣法」などというものが山のように描写される)      「物語性」では元祖浪花節民族の面目躍如は児童文学の6。直裁に壺をくすぐるという     意味ではこれも全体でトップランク。泣ける話という点では続いて(映画版ほどでもない     ものの)11、4、7、部分的に1、嗜好によっては16、さらにノンフィクションの1、     欧米ものの7、13、6辺り。      「先鋭文学性」では朱天文妹による2と、インドネシアの早逝した前衛作家による3。     現代文学的な問題意識の高さ、技法の巧緻性といった点で、欧米物の上3分の1とともに     今年の収穫。      「本格的ノベル」としては、いみじくも邦訳最終巻刊行日の数日後に南北会談が行われ     た、朝鮮戦争全史は記念碑的大作の1。      「詩情性」といったものでは5。タイ文化独特の穏和さと哀感がこれほど文学的に昇華     されたものは多分初。ゾウさん好きにも御推薦。ストーリーの流れには、去年の世界文学     的傑作「神樹」を簡素化してタイ化したものといった象徴主義的感覚さえあり。 (MyRank)                                        ※空白欄の作の寸評と上位作の別評は各国別の評価表にあります 1.「太白山脈」       趙廷來     韓国   '89 筒井真樹子他 集英社   後半アンチテーゼ小説としての趣が強くなるきらいはあるものの、多方面の韓国の小説を十冊読むのと、この十巻を通読するのと、同じレベルの視座の広がりを得られる、そういう強度の作品であります。 2.「古都」         朱天心     台湾   -'96 清水賢一郎  国書刊行会 「美しい」ではなくて「あいまいな台湾の私」の方ではまさにあるものの、川端先生もお喜びでしょうの先鋭パスティーシュ文学の傑作。 3.「渇き」         イワン・シマトゥパン                      インドネシア '72 柏村彰夫   めこん   インドネシアのジョーゼフ・ヘラーというか同安部公房というか、イケイケの不条理系本格文学。同国の邦訳作品中、先鋭性では現在ピカ一。 4.「神雕剣侠」       金庸      香港   '59 岡崎由美他  徳間書店  相変わらずの怒濤のワイヤーアクションストーリーを背景にするからこそ、この経脈を通すような(心洗われるような)^^;超純愛な心情描写がストレートに活きてくるのだという、その逆説的な小説的内功のパワー。 5.「ヨム河」        N・ラーヤワー タイ   '84 飯島明子   段々社   170ページの小長編。東南アジア文学賞。詩情あふれる名編なのであります。 6.「モンシル姉さん」    権正生     韓国   '84 卞記子    てらいんく 泣かせます。「姉さん」を「オンニ」と原語読みするとまた一層味が増すような感じなのでしょうねえ。 7.「連城訣」        金庸      香港   '63 阿部敦子   徳間書店 8.「中国現代文学珠玉選1」 短編集     中国   -'43 丸山昇他   二玄社   魯迅・老舎等、戦前の著名作家の15短編。さすがに現代というより近代文学的だが、茅盾の傑作スラップスティック他、艾蕪、施蟄存の作など見事。 9.「はるか遠い日」     レ・リュー   ベトナム '86 加藤則夫   めこん 10.「農園の日差し」     タック・ラム  ベトナム -'42? 川口健一   大同生命 11.「初恋のきた道」     鮑十      中国   '99 塩野米松   講談社   映画とは視点を異に、小村での教育に生涯を費やした夫の姿を中心に描く。中国版「素晴らしき哉、人生」。J・スチュワートな俳優を主役にこの方面からもう一本撮ってもいい程かも。 12.「イリアン・森と湖の祭り」Y.B.マングンウィジャヤ                     インドネシア '81 舟知恵    木犀社 13.「猟女犯」        陳千武     台湾   -'84 保坂登志子  洛西書院 14.「両岸三地」       黒孩      中国   '9? 斎藤愛    白帝社   横浜発・中華街型メロメロ不倫ロマンス。ややシビア系なノリもあり、それを押し進めてロマンス小説の馳星周化するという方法もありうるかも知れない。。 15.「孔子演義」       丁寅生     中国   '35 孔健他    徳間書店  孔子の伝記小説。エピソード圧縮型の語りで、物語性はやや薄口。 16.「愛してると言えなくて」 張小嫻     香港   '96 中田礼子   小学館文庫 香港発・都市型メロメロ不倫ロマンス。「ジャンルロマンス」としては多分個性的な方であり、語り口は上々。 17.「落華生の夢」      許地山     中国   -'24 松岡純子   中国書店  20年代に書かれた作品集。中心となる掌編散文集と、最後の東西文化論入りの家族伝的短編が良。 18.「南のひと北のひと」   李浩哲     韓国   '96 姜尚求    新潮社 19.「中国現代文学珠玉選2」 短編集     中国   -'46 丸山昇他   二玄社   戦前(解放前)の16短編。極めてオーソドックスなもの多。  ノンフィクション 1.「最初に父が殺された」  ルオン・ウン   カンボジア  '00 小林千枝子  無名舎   「ジョイ・ラック・クラブ」調のグッとくるラストシーンの後で口絵の献辞や家族写真を見直すと、思いはまたひときわとなるのであります。 2.「凍れる河を超えて」   張仁淑      北朝鮮・韓国 '00 辺真一他   講談社   北朝鮮の女性エリート建築家が息子の亡命によって追い込まれ、他の息子らとともに自らも脱出するまで。全般に穏和なタッチで書かれ、中流の上程度の人々の生活史がよくわかる。物語的なリズムも良。 3.「上海の風」       ティンシン・イエ 中国     '97 伊藤正    共同通信社 「ワイルド・スワン」「ドラゴン・パール」「車椅子の上の夢」、女性によるノンフィク系文革記録文学に秀作がまた一編。  日本人によるアジア関係本 1.「台湾、ポストコロニアルの身体」  丸川哲史    青土社    小説や映画を中心に現代台湾の位置構造を読み解く。比較的読みやすく、考えさせられる点の多い好著。「古都」の訳者の清水先生もご推薦。 2.「淡淡有情」            平野久美子   小学館    戦時下の日本留学生から歴戦の外交官となり、ポルポト時代に逃れたパリでも活躍した“マケジダマシイ”なカンボジア人紳士と、それを見守り続けた日本人養母の生き方。 3.「ハノイから吹く風」        中村信子    共同通信社  戦時下の日本留学生だった夫とともに50年代にベトナムに渡り、日本語放送のアナウンサーとなってサイゴン陥落を伝えるまでの著者の半生記。ユーモア描写も多く面白く読める。テレビドラマ化しうるレベルなのでは。 --------------------------------------------------------- その他海外文学の新刊・読了本 1.「リス」            アナトーリイ・キム    露 '84 有賀祐子  群像社   メタモルフォーゼし続ける人と動物、語り手と登場人物。平易化されたフィネガンズ・ウェイクというか複雑化したカート・ヴォネガットというか散文詩化した大江健三郎というか朝鮮系ロシアの男残雪というか..元祖プレーヴィン。文芸系ターボ・リアリズム。超秀作。 2.「舞踏会へ向かう三人の農夫」  リチャード・パワーズ   米 '85 柴田元幸  みすず書房 見事なメタフィク。間テクスト性の作品内論究と実践・・ 近年の北米物にしては体温も低めでなく、それも良。 3.「夜ごとのサーカス」      アンジェラ・カーター   英 '84 加藤光也  国書刊行会 秀作。サーカスを舞台にしたファンタジック・マジックリアリズム、(文字通りの)カーニバル文学。驚くほどキレのいい情景描写文なども散見。 4.「ザ・スタンド」        スティーヴン・キング   米 '78 深町眞理子 文藝春秋  改めて小松左京の凄さがよくわかる。きっかけのアイデアだけでなく類似点非常に多・・じゃなくて、本作、相変わらずのキング節も冴える。大人気作なる評判も頷ける。 5.「恥辱」            J・M・クッツェー    南ア'99 鴻巣友季子 早川書房  セクハラ、動物愛護、人種差別(ポスト植民地)、今風のあらゆる問題にアンチテーゼ的立場となる男を描いて問題全体を止揚する。現代小説とはこうでなくてはという感じ。 6.「儚い光」           アン・マイクルズ     加 '96 黒原敏行  早川書房  ホロコーストのトラウマを抱えて生きた詩人の生涯をその手記の形で描く。途中ストレートに恋愛小説的な方向に向いていくのが(「朗読者」とはちょうど逆の流れ)、多層的なテーマとの兼ね合い上は若干どうかとも思うが、全編が詩的言語で綿密に書かれ、質感は高。 7.「未亡人の一年」        ジョン・アーヴィング   米 '98 都甲幸治他 新潮社   相変わらずのアーヴィング節が冴える。なぜか13と同様「十代の少年と三十代女性の恋愛と、時を隔ててのその顛末」。毎度ながらまたラストがうまい。 8.「隠し部屋を査察して」     エリック・マコーマック  加 -'87? 増田まもる 東京創元社 相変わらずのマコーマック節が冴える。「パラダイス・モーテル」単体よりある意味ではいいかも知れない。グロテスク・マジックリアリズム・スリップストリ−ム短編集。 9.「待ち暮らし」         ハ・ジン         米 '99 土屋京子  早川書房  中国系移民作家による文革期以降を舞台とした「のほほん兄さんの離婚騒動記」。米の2大文学賞を両獲りの大評価だが、「不器用亭主と気丈な嫁たち」、アジアではごく一般的な展開(例えば上の「はるか遠い日」)という感もある。意識的なのかが明瞭でない奇妙なコメディセンスは◎。 10.「ジョン・ランプリエールの辞書」ローレンス・ノーフォーク 英 '93 青木純子  東京創元社 ディケンズ現代版といった趣のミステリー調教養小説。いみじくも↑の「連城訣」とのキャラクタ的・ストーリー的相同性が多々感じられて面白い。 11.「来年があるさ」        ドリス・K・グッドウィン 米 '97 松井みどり ベースボール・マガジン社 表題は阪神ファンの一言と同意味。ドジャース狂だった少女時代の日常を通して描き出す、古き良き黄金の50年代アメリカ。ほとんど幸田文かさくらももこ並の綿密な描写とユーモア。秀作。 12.「フューチャーマチック」    ウィリアム・ギブスン   米 '99 浅倉久志  角川書店  相変わらずのギブスン節が冴える。90年代3部作のうちでも最も良なのでは。終幕部、もう少し書き込んでくれてもよかったような気もするものの、作戦かなあ・・ 13.「朗読者」           ベルンハルト・シュリンク 独 '95 松永美穂  新潮社   悪くはないものの、現代文学的な鋭度や濃さ、物語的ダイナミズム、非常な超強度というわけでも。世評から例えば物語面、五味川純平を浅田次郎で語るような大盛り上がりを見せるのか、などと期待するとちょっと違います。 14.「停電の夜に」         ジュンパ・ラヒリ     米 -'99 小川高義  新潮社   インド系新人女性作家による短編集。移民の日常スケッチが主だが、それを南アジア系のインテリ独特の?ホットでもクールでもない、高踏的ともいえる視点で描く。それが詩情に変化していく感の強い中盤以降の作がなかなか。 15.「ハンニバル」         トマス・ハリス      米 '99 高見浩   新潮文庫  相変わらずのハリス節が冴える。主従構造の入れ替わり、父権的関係の母系への逆転を意味しているのだ、などと末尾を見なしたらそれはアジアン文学の読み過ぎか。 16.「ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件」ボルヘス&カサーレス 亜爾 '42 木村栄一 岩波書店  世界文学の巨匠二人の共作アームチェア・ディテクティブ。謎解き自体はオーソドックス系だが、修辞過多のハチャハチャ饒舌体で読み手を混乱させるこのテクスト攪乱化手法、より良くラテンアメリカ文学的であり、かつミステリの一実験形態としても特筆出来るものなのでは。 17.「生埋め」           サーデグ・ヘダーヤト   伊蘭 -42? 石井啓一郎 国書刊行会 同時代イランの太宰治というか、ペシミズム気分の横溢した短編7編。不条理、ペルシアン・ホラー、人類集団自殺のアンチ・ユートピアSF等。年代からも筆致は古風だが悪くない。西アジアン・テイストももちろん多々感じられる。 18.「タイムライン」        マイクル・クライトン   米 '99 酒井昭伸  早川書房  相変わらずのクライトン節がまずまず。「大衆は娯楽(小説)に飽きたら本物に向かう」という演説の後で露骨にそれをメタフィクション化したりしない所が、クライトン先生のいいところでもあり限度でもある。。^^; 19.「処刑の方程式」        ヴァル・マクダーミド   英 '99 森沢麻里  集英社文庫 ミステリー的展開自体は比較的見当しやすいタイプのものと思われ(同国の巨匠の著名作を想起したりもして)、となると文学的な処理の仕方による感興の強度が問題になってくるが、まずまずといったところか。ごく一般的なものを読むよりは良。 20.「ダーウィンの使者」      グレッグ・ベア      米 '99 大森望   ソニーマガジンズ 相変わらずのベア節がまずまず。古き良きSF好きとしては続編の方に思わず期待。予定タイトル「ダーウィンの子ら」は「アトムの子ら」? 「ス(テ)ラン」でもいいような(よくありません)。初期の前衛傑作群のノリで展開してもらうのがもちろん本当は一番ですが。

あずまアジアの現代文学