十字架の上の悪魔

帝国主義の新植民地支配と闘う全てのケニア人に

第一章

1
 イルモログのある人々は、この話しはあまりにも下品で恥知らずだから永遠の闇の深みに封じ込めるべきだ、と私に言った。
 他の人々は、この話しは涙と悲しみに溢れているので、改めて涙にくれることのないように世に出すべきではない、と主張した。
 私は彼らに問うた。「草や木の葉で穴を隠し穴が私たちの目に見えていないからと言って、子どもたちが好きなように飛びまわっていい、と言うことができるだろうか?」と。
 通り道にある穴を察知できる人は幸いである。なぜなら、それらを避けることができるから。
 行く手にある木の切り株を見つけることのできる旅人は幸いである。なぜなら、ころばないようにそれらを乗り越えるか迂回することができるから。
 私たちの心に真実を見せず、私たちの精神から傾ける耳を奪う悪魔を十字架に架けなくてはならない。悪魔の追随者たちが悪魔を十字架から降ろし、この地上に人々にとっての地獄を創り出す任務を負わせたりしないように、注意をはらわなくてはならない。
2
 正義の預言者である私ですら、最初は負わされた重荷を大きく感じ、こう言った。「心の中の森の木々が根こそぎにされることはありえない。ふるさとの秘密はよそ者の耳に入れてはいけない。イルモログは私たちのふるさとだ。」
 そこへ、ワリインガの母親が夜明けに私の所へやってきて、涙ながらに訴えた。「ギカアンジ様、私の最愛の子どもの話しを語って下さい。起こったこと全てを明るみに出して下さい。真実を知った時、人は最後の審判を通過できるでしょう。ギカアンジ様、隠されたこと全てを明らかにして下さい。」
 最初、私はためらって自分に聞いた。「私は何者だろうか?自分自身を食べる口なのだろうか?アンテロープは、声をあげて自分がここにいると注意を引く者より、黙って見ている者の方を憎まない、と言われなかったろうか?」
 その時、私は多くの声が告発の叫びをあげるのを聞いた。「ギカアンジ様、正義の預言者よ、今も闇に隠されていることを明らかにせよ。」
 そして7日の間、私はこれらの訴える声に身をさいなまれて、何も食べず何も飲まなかった。なおも私は自分に問うた。「私は実態のない亡霊を見ているのだろうか、あるいは沈黙のこだまを聞いているのだろうか?私は何者だろうか?自分自身を食べる口なのだろうか?アンテロープは、他のものにいることを伝えるために叫ぶ者より、見ている者の方を憎まない、と言われなかったろうか?」
 7日が過ぎて、地が揺れ、稲妻が空にその明るさで軌跡を描いた。私は持ち上げられ、屋根の上へと運ばれた。そして、多くのことを見せられ、一つの声を聞いた。その声は雷の轟きのようで、私を驚かした。「誰が預言はおまえだけのものと言った?なぜ虚しい言い訳で身をとりつくろう?そうしているなら、おまえは涙からも訴える叫びからも自由になることはありえない」
 沈黙が訪れると、私は掴まれ、持ち上げられそしてかまどの灰の中に投げ入れられた。灰しか見えず、顔も手足も灰に埋もれ、私は叫んだ。
うけとめます。
うけとめます。
心の叫びを鎮め、
心の涙を拭い去ります。

この物語は、正義の預言者である私が、屋根の上へ運ばれた時、目で見、耳で聞いたことの記録である。

私は受け止めた。
私は受け止めた。

人々の声は神の声だ。

だから私は受け止めた。
だから私は受け止めた。

しかし、なぜ私は川原をさまよっているのか?

沐浴するとは、全ての着物を脱ぐことだ。
泳ぐとは、川の中へ突き進むことだ。
それはすばらしい
おいで
おいで、友達よ
来て共に語り合おう。
来て共に語り合おう、今。
来て共に語り合おう、あなたの前にいるジャキンタ・ワリインガが私たちの子どもたちに課せられた審判を通るかどうか。


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