『開発と国家 アフリカ政治経済論序説』を読む

2010年8月10日作成
最終更新 2011年3月7日
更新履歴 2010年9月6日、8月11日、12日、16日、18日、21日、22日、25日、27日

○更新

○9月4日公開インタビュー

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AJF公開インタビュー
『開発と国家 アフリカ政治経済論序説』をてがかりに、地域研究と開発研究の架橋について考える
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高橋基樹さん執筆の『開発と国家 アフリカ政治経済論序説』は、最初の2章が途上国の開発問題めぐる理論の検討にあてられていて、これが壁になって読み進められない若い人たちもいるようですが、第3章以降は、ケニアの独立前後から1970年代にかけての農業・土地政策の変遷と背景を、歴史的に検討しており、ケニアの現在を理解するのに大きな手がかりを与えてくれる本だと思います。
また、開発の課題を理解するために地域研究がどのような役割を果たすべきなのか、開発課題の歴史的背景に重要な関心を払わない「開発手法」によって何が起きているのかなどについて、高橋さんにも話を聞きながら、一緒に検討したいと思います。
大きくて高価な本だと思って手を出しあぐねている人、読んでいていろいろと聞きたいことがある人、国際協力・開発についてもっと考えてみたいと思っている人、どうぞご参加下さい。

日時:2010年9月4日(土)正午〜午後3時(高橋さんは所用があるため、3時には退出します)
会場:丸幸ビル2F オックスファム会議室(AJF事務局となり)
 案内図:http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/contact-us.html
参加費:無料
問い合わせ:AJF事務局 担当:斉藤
 電話:03-3834-6902
 e-mail:info@ajf.gr.jp
参加申し込み:事前に参加申し込みをいただけると助かります。
       当日参加OKです。
 e-mail:info@ajf.gr.jpもしくはFAX 03-3834-6903に、「9月4日公開インタビュー参加」とタイトルして、以下をお知らせ下さい。  1)参加者名:
 2)緊急連絡先:
 3)質問など:
主催:(特活)アフリカ日本協議会(AJF)
 〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル2F
 URL: http://www.ajf.gr.jp/

○参考
開発と国家 アフリカ政治経済論序説 [開発経済学の挑戦]
高橋基樹著 勁草書房 4410円(税込み) A5判 541p 2010年1月 [amazon]
* インタビュー当日、割引価格で購入できます(事前に連絡を下さい)。

○誤植、誤記など

【序章】

20p 第3段落1行
暗殺者よって → 暗殺者によって

147p 註2
国連食糧農業機構 → FAO日本事務所は、FAOを「国連食糧農業機関」としており、この日本語表記が広く使われている。

【第3章】

423p 参考文献
梶茂樹・砂野幸稔編著(2009)『アフリカのことばと社会-他言語状況を生きるということ』三元社 → 多言語状況を生きるということ


○印象に残る記述

【序章】

25p 最終段落
歴史の現実として、現代において旧植民地の人々が平等な人類社会の一員として立ち現れるために最も積極的な役割を果たしたのは、功利主義でも新古典派でもなかった。それは、帝国主義的世界観の陰画にすぎないとしても、疑いなく第三世界論であった。
* どういった「積極的な役割」を果たしたのか?

【第1章】

69p 最終行
市場経済において道徳や制度は明らかに人々に影響を及ぼす。何が市場で取引されてよい財・サービスであるかは、各人の効用や欲望によって恣意的に決められはしない。現実の個々人にとってその枠組みは社会から与えられるものである。アフリカにおける端的な例を挙げれば、西洋史でいう近代前半のある時期にはアフリカ人自身が誰しも奴隷という商品になりえたが、現在では、人身売買や「子ども奴隷」などは、存在するにしてもより限定されたものになっている。また多くのアフリカ諸社会でいまだに土地の市場取引が行われていないことは、何が市場の取引対象になりえるかは、すぐれて社会によって与えられる問題であることを示しているだろう。純粋な理論経済学にとってこれらのことは大した意味を持たないが、現実のアフリカ経済の分析にとっては、はなはだ重要な問題である。
* ここではアフリカ諸社会での端的な例が取り上げられているすぎないが、固有の歴史性を負った社会にはそれぞれに「市場の取引対象となりえない(してはならない)」事物がある。現在の日本社会で、具体的な例をあげれば、一部の国では「取引対象」となっているコマーシャル・セックス、臓器、代理母行為などがある。より日常的な「取引対象となりえない」事物について具体的に考察する必要があるだろう。cf.立岩真也著『私的所有論』(勁草書房、1997年)
cf. だが、この種の「純」経済的な議論の袋小路に迷い込んでしまうと、4世紀にわたる人間狩りがアフリカ世界に遺した社会制度の歪みという問題が、すっぽりと視野から抜け落ちてしまう。(峯陽一著『現代アフリカと開発経済学 市場経済の荒波のなかで』19p)

70p 註22
ただ絵所はノースのこの「功利主義的伝統からの逸脱」がむしろセンの個人合理性を越えた動機や行動に関する問題提起と接点を有するとして積極的に評価もしている。
cf. アマルティア・セン『不平等の再検討 潜在能力と自由』(岩波書店、1999年) 第4章

81p 第3パラグラフ7行
さらに付言するならば、純粋な経済学的関心による開発研究の役割はここまでで十分であろうが、しかし、自由と民主主義の発展をもわたしたちの考慮に入れるのであれば、強制の論理を抑制し、人びとの自発的な合意とそのための対話に基づく社会運営を可能にすることもまた開発研究の課題とならなければならないだろう。
* 「純粋な経済学的関心による開発研究」とはどういうものなのか?純粋な=初期条件から演繹される、と読めばよいのか?

【第2章】

95p 第2パラグラフ
第2次世界大戦以後の開発研究
*植民地期 拓殖学、植民地独立 開発研究 cf. 「アフリカを知る 15人が語るその魅力と多様性」の松田素二さん講演録

135p 11行
ヒデーンとベイツがともに参照したタンザニアの食料流通について、マリヤムコノ(T. L. Maliyamkono)とバガチュワ(M. S. D. Bagachwa)は、主食のメイズで約3分の2、米で約5分の4がインフォーマルな市場で取引されていると推計している(Maliyamkono and Bagachwa [1990: 77])。自家消費用の生産まで勘定に入れるなら、自国で生産された食料のほとんどをタンザニアの政府は補足していなかったことになるだろう(註32)。
註32 マリヤムコノとバガチュワは、タンザニア流通開発機構のデータによって、食料流通に占めるインフォーマル以上の比率を1971/72年度から1986/87年度までの平均として算出している。そしてメイズの約80%、米の約50%が自家消費に向けられたとしている(Maliyamkono and Bagachwa [1990: 77, 151])
*タンザニアの主食作物には、トウモロコシ、米のほか、自生の粗粒穀類、またイモ類があると思うのだが、それぞれの比率はどうなっているのだろうか? 自家消費食料生産の規模を推計する手法にはどのようなものがあるのだろうか?

137p 下から5行
生存のリスクの高さから、ほとんどの農民は自家消費用食料の生産を維持した(註34)。植民地政府の主な税収源は、小農大衆の総所得額あるいは食料の収穫高ではなく、輸出入関税、商品作物流通への課税、あるいは家屋税や人頭税だった。独立後に至っても、こうした税収基盤の狭さは、基本的に変わっていない(註35)。
註34 略
註35 独立から2年たった1965年のケニアでは、直接税を納めている人の数は総人口のわずか0.4%に過ぎなかった。1981年にこの比率はほんの少しだが、かえって低下している。ほとんどの大衆は独立後も所得税等を納税していなかったのである(CBS/SA [various years])

【第3章】

166p 6行
「緑の革命」への言及
 → 185p 第4パラグラフ8行
周知のとおりインドとフィリピンは「緑の革命」の模範例とされている。
cf. Food Rebellions! Crisis and the Hunger for Justice

174p 1行
ただ、アフリカ諸国における先進技術の採用の遅れがすべて、政府および市場の機能不全から説明できるわけではない。第2章で指摘しておいたように関係者が多数に及び、利用に共同行為が必要なインフラの場合には、村落社会内部の農民どうしの社会的関係に注目しなければならない。とりわけ灌漑とは、ある特定の土地における農耕のための用水・排水の仕組みであるから、通常は農民たちのその土地と水利に対する権利と表裏をなして形成される。土地が豊富な状況のもとで、人びとが移動を繰り返し、粗放な外延的農耕を行なってきたサハラ以南のアフリカの農村社会一般では、アジア・アフリカの他の社会で営まれてきたような灌漑式生産を支える社会的関係が未発達であった。アフリカの農民の多くにとって、規模の大きな組織的灌漑農耕を受け入れるということは、圃場の割当、番水(圃場への給水についての順番制)など水の配分、灌漑の維持運営のための労役・費用の分担などのための社会的関係をつくりあげていくことにほかならない。むしろ、アフリカにおける灌漑生産の履歴の欠如を考えれば、物的な設備の建設よりも、後者の社会的関係の構築こそが、困難な事業である。
cf. 石井洋子著『開発フロンティアの民族誌−東アフリカ・灌漑計画のなかに生きる人びと』(御茶の水書房)→ 195p 註35(石井論文への言及)、197p 第2パラグラフ
 → 198p 5行
政府による灌漑施設など農業インフラの整備拡大のための努力が、農村社会の側でそれを受容し、担っていくための共同行動に接合しにくいということを指摘し、この接合の困難こそが現代アフリカ国家の特徴の1つと考えられることを指摘した。

【第4章】

227p 下から3行
民族に関するデータを所与のものとして経済成長などを説明することに用いようとする発想にその原因があるだろう。

229p
あえて肯定的にいえば、マルクス主義は、近代の中に人びとの分裂と疎外を見出し、共同体の回復あるいは構築を目指した1つの事業だったといってよいだろう。

257p 註47
ケニアでは人口の半数弱が子ども(15歳未満)であり、また成人男性が同居している場合に女性に対して直接回答を求めることが状況的に簡単でない場合も多かったと思われる。そうしたことから考えて、現実の状況においては悉皆調査といっても、住民ひとりひとりが自身について答えたのではなく、世帯主が構成員の代わりに回答した事例が多々あっただろう。したがって、本文で論ずる人口調査における「部族」調査に関しては、民族間の通婚により夫婦の間の帰属感が異なっていたとしても、夫の回答が優先され、妻の帰属感にかかわらず、すべての家族が夫の民族とされた可能性が高いだろう(この点は池野旬教授の示唆による)。
cf. 「S・M・オティエノ事件」(松田素二著『都市を飼い慣らす』河出書房新社、1996年)

287p 第2パラグラフ6行
子ども、労働力年齢の人びと、そして高齢の人びとの人口の構成比はほとんど変わっていないことは図5.3から明らかである。
 こうしたかたちでの人口急増の影響は広範かつ深甚である。一方でそれは将来に向けての労働力の増大を意味し、内需の潜在的拡大をも意味している。他方で、学校教育・保健医療など子どものための公共政策費用を増加させ、雇用や就業の機会が比例して増加しない場合には若年失業を拡大させることになるだろう。 図5.3 ケニアにおける人口増加(1969〜1999年):SD〔1970〕、CBS〔1981〕、CBS〔1994〕、CBS〔2001〕のデータに基づき筆者作成
 1969年 14歳以下人口比 48.4% 総人口10,942,705人
 1979年 14歳以下人口比 48.4% 総人口15百万人余り
 1989年 14歳以下人口比 47.9% 総人口21百万人程度
 1999年 14歳以下人口比 44.0% 総人口28,686,600人
* 14歳以下人口比の高さと経済成長の関係は?

311p 第2パラグラフ 2行
新たに現れたアフリカ系の富裕な階層は、「アフリカ化」政策という、政治権力の関与と支援なしには主要な企業の経営の権限やポストを入手しえなかったということである。

319p 6行
アフリカはまずはアフリカの経験からこそ学ぶことができ、学ぶべきなのだとすれば、ケニアの農業部門の経験をもう一度掘り起こすことに一定の意義があるだろう。
* 「アフリカ」は、歴史的社会的政治的諸条件に関する共通性の高い地域という意味?

323p 4行
ベイツや寺西はアフリカの国家は小農部門を政策的に抑圧することによって、農業全体を低迷させるという想定に立っている。それは彼らの議論の核であるといってもよい。しかし、ケニヤッタ時代のケニアでは、その想定とは逆の事態が起こっていたということになる。
* 「アフリカ研究者」ではない寺西はともかく、なぜベイツがそういった「誤った想定」をしたのか?それとも「ケニアは例外」?

報告

9月4日(土)正午を少し回って開始した公開インタビューは、予定を40分ほどオーバーして3時40分過ぎに終了しました。

前半、以下の三つの質問について話してもらいました。

  1. ハンナ・アーレントに触れているのはなぜ?
  2. 構造調整にこだわるのはなぜ?
  3. 新古典派経済学が前提とする合理的人間像を問い返すのはなぜ?

1時間半近くかけて、かなり個人的な体験に則した思いも話してくれました。

高橋哲哉著『記憶のエチカ―戦争・哲学・アウシュヴィッツ』のインパクト(ハンナ・アーレント「全体主義論」に見るアフリカ黒人差別に関する考察に言及していました)、体系的思想の呪縛力、強権的な市場支配への反発・嫌悪に立った新古典派経済学の「強権性」などが強く印象に残っています。

10分ほど休憩をとった後、参加者一人ひとりが自己紹介と質問・感想・コメントを出していき、高橋さんがレスポンスしました。2時間近く、参加者ひとりひとりの問いかけ、訴えに耳を傾け、レスポンスした高橋さんに拍手です。




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斉藤 龍一郎 近況です。
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2001年
2000年
1999年まで

読書ノート です。


アマゾンのアソシエイツになりました。
昨年、亡くなったスティーブン・J・グールドの本を買ってもらいたいと思っています。
紹介文をボチボチ書いていくつもりです。まずは机の側にころがっていた「THE MISMEASURE of MAN」のことを書きます。




by 斉藤龍一郎

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