NGO、市民社会、公共

2015年2月22日 斉藤龍一郎

1.アフリカへの関わりと障害者運動への関わり

【経歴など】

  • 1955年 誕生
  • 1960年ごろ 肺炎・肋膜炎・中耳炎を発症、後遺症で難聴となる
  • 1974年 大学進学で東京へ
  • 1977年 半年休学して実家で酪農見習い
  • 1978年 復学 大学の100周年記念事業反対運動に参加
  • 1979年 大学祭にやってきたCP(脳性マヒ)者と親しくなる
  • 1980年 障害児・金井康治君の転校実現運動に参加 複数のCP者の介助に入り始める
  • 1984年 金井闘争の縁で部落解放同盟東京都連の本屋・解放書店に就職
  • 1984年 部落解放同盟足立支部の集会所裁判闘争に参加
  • 1990年 アパルトヘイト否!下町展 スワヒリ語勉強会
  • 1993年 七三一部隊展東京東部展
  • 1993年 アフリカ・シンポジウム実行委員会会合参加
  • 1994年 アフリカ日本協議会(AJF)に入会
  • 2000年 障害学研究会参加
  • 2000年 AJF幹事および事務局長になる
  • 2001年 林達雄・稲場雅紀を中心に感染症研究会を新設
  • 2002年 世界基金への拠出増額キャンペーン Coke Campaign参加
  • 2004年 解放書店を退職しAJF専従に
  • 2005年、外務省よりNGO相談員業務を受託。食料安全保障研究会の運営も担当。
  • 2008年 JVC・HFW・PRIMEとの共催セミナー「食料価格高騰がアフリカ諸国に及ぼす影響(現在は「食べものの危機を考える」)」開始
  • 2010年 障害学会第5期理事に就任(現在、第6期理事)
  • 2013年 肝ガンでの入院・手術が決まったところで,30年来介助に入っていたCP者から「月曜夜はヘルパーを入れることになった」との通告

【3つのターニングポイント】

  1. 5歳:肋膜炎で瀕死の状態から復活。その過程で発見が遅れた中耳炎で難聴に
    農家の長男だが、農家の跡継ぎは無理?
  2. 18歳:親の家を離れ、大学に入学
    大学で、識字学級、夜間中学を知り、ことばが発せられる場・背景の重みを知ったことで人生大きく変わった
  3. 45歳:AJF事務局長になって、活動領域が大きく変わった
    それまでは、日本における反差別運動、障害者運動の中でつかみ取られたことば・考えに依拠し、学ぶことが中心となる活動に従事していた
    事務局で作業にあたっているごく限られた人しかしらなかったAJFの活動を事務局として担うことになり、それまで接点のなかった人たちと出会う機会を追求し始めた

【アフリカ日本協議会(AJF)】

  • 1994年3月 1993年10月のアフリカ開発東京国際会議(日本・国連ほか主催)に先だって開かれた「アフリカ・シンポジウム」実行委員会メンバーの一部が結成
     斉藤:この年、AJFに入会。事務所が職場から徒歩15分ほどのところだったので、時々、作業を手伝う。イベント情報をまとめてFAX通信を作成したりした。
  • 1994年から1996年にかけ、南アフリカ共和国の民主化・沙漠化・女性と開発・食と環境をテーマにした国際シンポジウムを開催
     斉藤:砂漠化問題に関するシンポジウムに参加した覚えがある。
  • 1994年には、内戦・大虐殺直後のルワンダへ調査団も派遣(この調査を引き継いで「アフリカ平和再建委員会」が結成される)
  • 1997年には、セネガル・ジンバブエ・カナダのNGOと共同でネットワーク調査事業(ワークショップおよび調査対象国のNGO支援事業の調査)を実施
  • 1999年に活動スタイルを一新。情報発信(メールマガジン)・翻訳・交流の場・スタディツアー・アフリカNGO連携といったWGによる活動。
     アフリカNGO・WGは1999年、ジンバブエのNGOメンバーをタイ・日本へ招いて「産直運動」の調査・研修を実施し、解散。
     情報発信WGは1999年よりメールマガジン「Africa on Line」を毎週・発信。最新号は787号。購読者(メール受信者は2209)
     翻訳WGはセネガルのNGO・ENDAの出版物を翻訳。現在、セネガル留学経験のある大学院生が原稿を読んでいる
     交流の場WGは、毎月定例会・定例イベント(交流ハイキング・料理教室・忘年会)を実施し、2004年に解散。
     スタディツアーWGは、これまでにケニア、ブルキナファソ、セネガル・ガンビアへのスタディツアーを実施。WGメンバー主催あるいはENDA-GRAF主催でセネガルへのスタディツアーも2回実施した後、2001年に解散。
  • 2001年、感染症研究会、食料安全保障研究会を設立
  • 2001年〜2007年「エイズとアフリカ資料集」第一集〜第三集を発行。この資料集をもとに立命館大学大学院先端学術総合研究科立岩研究室(後に生存学創成拠点)から『アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争』第1部〜第4部が刊行され、のちに新山智基『世界を動かしたアフリカのHIV陽性者運動−生存の視座から』(生活書院) にまとめられる。
  • 2002年度〜2014年度、HIV/AIDS問題への取り組み、NGOと国際機関の協働、ODAとNGO、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)といったNGOの活動に関わるさまざまな課題を扱う外務省NGO研究会の事務局を担う。
  • 2004年度〜2015年度、厚生労働省科学研究エイズ研究の「特定施策対象層への働きかけ」班で在日アフリカ人向け対策に向けた調査・研究を担当。

以上


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作成:20150212
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