みだれめも 第228回

水鏡子


○近況(6月)

 かかりつけの医院から電話があった。やばいかなと思ったら予想通り。
 退職した8年前、それまで標準内に収まっていた血糖値が異常域になり、投薬治療を行っている。冬場に上がり春になると下がるという経過を繰り返してきたが今年は春になっても下がってなかった。毎月検査を行っているが再診料がもったいないので、結果を確認するのはひと月後、つぎの血液検査の時という習慣なのだが、今回来院の4日後に電話があった。前にも一度だけこんなことがあって、そのときも検査結果の血糖値が急上昇であったので、今度もそうだと思ったけれど、まさか生まれて初めてのHbA1c9.4という結果を効かされにさすがに慌てた。運動とか食事とか医者の指導をわりと聞き流してきていたけれど9はいけないい。本来は6台でなければいけないのだ。
 そんなわけで、電話を受けた日以降、自転車移動を極力減らして毎日5、6キロ以上歩くことを日課にしている。平均して2時間くらい本を読んだりする時間が減っている。
 6月の購入書籍4万円331冊。冊数の割にはめぼしい収穫なし。なろう系93冊。『転生したらスライムだった件』を8冊買って、ネットで完結まで読む。
 浜松に団体旅行。合間を縫ってブックオフ2軒。
 『天冥の標』Ⅶに到達。あと3つ。

○中国SF

 『三体』に合わせて、中国SFを読もうとしたが、なろう系読破もあって、予定通り進んでいない。ケン・リュウが100ページほどしか読めていない。日本版オリジナルでの3冊目であるのだから水準の低下があると思ったけれど、ここまでのところあいかわらずバラエティに富み、上手い。「介護士」の泣かせがツボにハマる。比べると、他の作家は水準以上であるといっても、ケン・リュウの域には辿りつけていない。『折りたたみ北京』はすばらしかったのだが。

 表題作が重なる『郝景芳短編集』だが、「北京 折りたたみの都市」が飛び抜けている。次点は異星人に支配された地球を巡る発想に面白みのある「弦の調べ」「繁華を慕って」の連作だが、全体に悪くないといった印象。

 どうしても『折りたたみ北京』が比較モデルになるのだが、SFマガジン8月号の中国SF4篇は、洗練され完成度の高い『折りたたみ北京』には見られないSFの初心が色濃い作品が並んだ。王晋康「天図」がベスト。

 で『三体』である。
 とりあえず、三部作ということで、最終評価は差し控えたい。文化大革命から紅岸基地に至る葉文潔過去篇は挿入の仕方も含めて読みごたえがある。SFマガジン8月号で言及されてる傷痕文学という指摘になるほどなと思う反面、年齢的に20代に発生した書くことのできない天安門事件の経験なども重なっていないのかなとか邪推したりする。過去篇の時代における人間たちの複雑な行動展開と比べると、現代篇の人類や三体世界の議論のレベルがずいぶんと粗雑稚拙でギャップが大きい。さらに第2部、汪淼が事態に巻き込まれていく経過が思いっきり強引な無理展開で、これはだめだろうとも一度は思った。ところが後半の展開は解説にもあるようにまさしくバリントン・ベイリーで、ベイリーであるなら小説のダメなところも許さなければと変に評価ができてしまった。むしろ過去篇の立派さが作品のバランスを崩しているともいえる。タイプや雰囲気は『天冥の標』を彷彿させるがここまでのところ『天冥の標』に軍配が上がる。
 物語的にはまだ序盤。続編に期待したい。

○老後についてのお話

 これまでも何度か話していることだが、老後2000万円不足問題がメディアを騒がしているので、比較的若い世代に向けて、年金受給世代からの見解を改めてお伝えしておく。

老後2千万円が不足するという問題。こんなことは60代以上の人間にとっては基本常識である。そんなことは、年金がいくらもらえるかわかったうえで、それ以外の収入がなければ、自動的に計算できる。正直2千万円では足りないと思っている。周回遅れでメディアも気づいてきたようである。
金融庁の試算では60歳の妻と65歳の夫で年額240万円の年金収入があり、312万円の支出が発生。72万円の赤字が30年で2千万円必要とのこと。
 安部首相は国会で、いろんな世帯があるので、一律で2千万円足りないというのは世間に誤解を与えたと答弁しているが、これは基本的に正しい。平均とされる試算モデルはかなり裕福な、それこそ金融庁が投資を促す資産を有する世帯であり、たぶん半数以上の世帯はこの試算モデルまではるかに及ばない。
 老齢基礎年金つまり国民年金の満額支給額は78万円である。これは国民年金もしくは厚生年金を40年間480か月支払った人が受け取れる金額であり、自営業自由業の皆様は40年間きちんと納めてはじめてもらえる額である。国民年金の掛け金と給料から一定比率天引きされる厚生年金の掛け金とは大きな開きがあり、この差額部分に基づいて支払われるのが厚生年金報酬比例部分と呼ばれるものである。
 金融庁の試算モデル世帯の場合、60歳の妻はまだ年金を受給していないので、夫一人の年金額だと、報酬比例部分の受給額が160万円ということになる。
 ご承知の方もおられるように、僕は元地方公務員である。厚生年金ではなく共済年金だが報酬比例部分に当たるものは150万円である。給与レベルとしては世代的にたぶん中の上の下位あたりであると思うので、160万円の試算モデルへの疑問符が残る。
次にこの試算モデルの支出部分である。
支出額の明細は、それなりに優雅であるけれど、緊急出動部分が反映されていない。つまり、親や自分たちの介護の問題である。これに家や車のローンや家賃の問題である。さらには残される家族に対する遺産の問題。この問題を抱えていると実際生涯設計など建てようもない実情がある。
 ぼくが人より優雅な老後が送れているのは、こうした問題をクリアできているからだ。残る課題は自分自身の心身の老化障害問題だけだ。税金や国民健康保険介護保険料と月平均20万円の生活費として年三百万円を上限とする生計を30年間で二千万円、これに緊急出動部分に一千万円の別途積立、合わせて三千万円を確保して、上記の懸案をクリアすれば、老後の不安は金銭的にはほとんどなくなる。使い切る予定であるから残りの資金で書庫を建てたりできる。経験的には節約すれば年2百万円でなんとかなる。
老後の生活の様々な懸案について、50代以上の人間は、基本的に国の制度を遵法していけば概ね不安視しないで生きていける。40代以下に関しては、はっきり言えないがよくなる可能性もないではない。カギとなるのは団塊の世代である。この集団こそ日本における制度破壊の元凶である。
日本の社会組織や福利厚生制度はすべからく団塊の世代の数の暴力を前に変質を余儀なくされた。
年功序列による役職の獲得が出来なくなり、給与や退職金が頭打ちからさらには減額がなされ、健康保険の本人負担が初診料200円のみから3割負担になり、社会保険料比率が上がっていった。年金の報酬比例部分の受給年齢引き上げもあった。すべて団塊の世代に掛かる支出負担の増大による制度破綻への対応策だった。
 問題は常に団塊の世代で顕在する。10年前は年金や給与、退職金といった給付関連の問題だった。70歳を迎えた今は、老いに伴う様々な問題の制度的確立が至近の問題になってきている。巷をにぎわす老々介護、認知症、8050問題、車の暴走事故など、のきなみ年齢80代であることをみれば、これからの10年で団塊の世代による制度的解決を頑張らなければならない。
 団塊の世代とは制度変化の精神的なストレスを抱え続ける世代である。制度変化の渦中であるので、うまく立ち回って既存の利益を享受できる人間と、デメリットだけを受ける人間が混在する。
 ぼくらはこのあと、ポスト団塊の世代である。団塊の世代が様々な福利厚生を食い散らかし、何もなくなった踏み固められた荒地を粛々と歩く世代。ただし、踏み固められて安定しているので、おいしくはないけど将来的な不安も少ない。団塊の世代が解決を制度化してくれるから。
 一度制度化して安定すればたぶん20年くらいは安定する。50代まではなんとかなるというのは。制度の寿命が最低それくらいは持つだろうということである。それ以下の世代についてわからないけど、もしかしてよくなるかもしれないというのは、制度疲労の問題は残るが団塊の世代の消滅するからである。抗老化剤のブレイクスルーとかがない限り。
年金制度の将来予測(抗老化剤のブレイクスルーとかがない限り)。
まず、掛金合計が生涯受給予定額を下回ることは絶対にない。どれだけの税金投入を行っても、これは維持される。制度瓦解を招かないためのこれは必須要素である。だから年金は必ずかけ続けること。
 受給条件は厳しくなる。
受給開始年齢は70歳になる。厚生年金の報酬比例部分も同様の70歳支給となる。基礎年金の受給額は現在の70歳延伸受給額より増加するが、老齢基礎年金の満額受給要件は現在の480か月から、5年分60か月増えて540か月になる。たぶん150万円くらいの受給額が確保され、これに厚生年金報酬比例部分として120万円くらいもらえれば、ほぼ年金だけで暮らしていける。
こんなところで収まるはずであるの。問題は抗老化医療の進展で団塊の世代が退場しない場合だけれど、たぶん間に合わないと思う。抗老化医療の恩恵は今の50代以降であると思っている。その結果、現在の40代は80歳定年社会に生きることになると思っている。

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