みだれめも 第222回

水鏡子


なろうの整理2 モンスター文庫の人たち

○なろう系と短篇小説

 あいかわらずたらたらなろう系を読んでいる。その狭間でヴォネガットの短編集をまとめて読み返して気づいたことがある。
 出版逆順で『人みな眠りて』から読み返し『モンキーハウス』にたどりついたのだけどこの順番がよかった。未発表作品の落ち穂拾い、未発表作品の傑作選、戦争にまつわる未発表作品、発表作品落穂拾い、発表作品傑作品と読むたびに評価が上がっていく新鮮さがあった。
 その最初に読んだ『人みな眠りて』には、読みどころはあるのだけれどおさまりの悪い作品がいくつもあった。その感想を咀嚼していて気がついたのは、なろう系と短篇とでは読み方がちがってくるということである。
 短篇小説の魅力は鮮やかな切り口といった言葉で表されるように、結末がどうなるか意識しながら読み進む。つまり冒頭から結末まで、現在と未来を重ね合わせて俯瞰しながら「見るように読む」。だから、読みどころはあるのだけれどおさまりの悪い作品、といった完成度を意識した反応が発生する。なろう系の場合だと、頭を抱える文章や情けない世界設定、薄っぺらい心理描写に心が折れる話に事欠かないのだけれど流れに乗れば欠陥に目を瞑って現在部分だけをそう不満なく読み進められる。語られる物を「聞くように読める」。それはなろうに限ったことではなく新聞や週刊誌の連載を読むときの気安さとも通じるものだ。
 川の流れに例えてみよう。語られるのを聞くように読むというのは、川の流れに乗っかって漂うようなものだ。ゴミが浮いて濁っていたり汚かったりしたところで、流れが途切れなければだらだら進む。水が浅くて水底に足がつかない限りなんとか進む。見える範囲は現在浮かんでいる水面だけだ。俯瞰して見るというのは、土手の形状や蛇行の仕方、水面の風景、流れの先を見はるかして読むことだ。その読み方は物語の欠陥を見出しやすくなる反面、水の流れに浸る感触からは遠ざかる。濁っているとかきれい汚いとかは見えるのだけどね。
 もちろん人間、見るだけ聞くだけの読みをするわけではない。小説のタイプでどちらに偏るかというだけだ。本当にいい作品は、たとえ中短篇でも、ひたすら文章に流されながら、見える周囲の風景に舌を巻く感動がある。グリオールがその好例だ。

○近況(9月)

 台風地震と大変だった9月だけど私生活はイベントもなく平穏無事。せいぜい台風の余波で雨模様が続き、古本屋回りに支障が生じ、18切符最後の一枚が使いきれなかったことくらい。ブックオフや古本市場はアーケードのない道を駅から1キロ近く歩く場所が多いのだ。
 ただ、冊数は7月8月より多い236冊。なろう系は43冊とまた激減。それなりに本はあるのだけど、200円クラスは持ってる本とかぶりが多い。持ってる本が2,000冊を越えちゃったしね。増えたのはコミックで59冊。弓月光『ぼくの婚約者』『お助け人走る』倉田江美『一万十秒物語①②』山田ミネコ『最終戦争伝説』『星のこわれる音』坂口尚『星の動く音』など古めのもの100円で多数。いきつけの古本屋が大手の漫画喫茶から多数仕入れたらしい。弓月光はこれで9割超えが揃った。残りは単発本が3冊と40周年記念本だけのはず。
 古本を大量に拾うというのは、じつは買えば買うほど欠本が増えるということでもある。
 例えば、今月最大の収穫はシートンのノンフィクション『シートン動物誌』で、第2巻「オオカミの騎士道」と第8巻「シカの好奇心」の2冊を各200円で手に入れたこと。とても喜んだのだけど、この『動物誌』、定価3,500円で全12巻、並べたいけど200円では難しいだろうなあ。そのての半端本はとにかく多くてちくま文庫のエリアーデ『世界宗教史』や『原典訳マハーバーラタ』とか残りの巻が108円で拾えるような気がしない。
 それでもこつこつ歩いていると揃うものも少なくなく、例えば岩波の『大航海時代叢書』は最近の古本市の定番といってよくて、200円でごろごろしている。第1期は別巻を除いてすべて揃い、第2期もちらほら見かける。この後継企画でもある『ユートピア叢書』はもっと欲しいのだけど、こちらはまだ1冊1,000円レベル。200円とは言わない。500円まで落ちたら拾うつもりである。

 その他の今月の主な収穫。

など。

 うしろ二つは新刊。
 『軍事強国チートマニュアル』『現代知識チートマニュアル』に続くなろう系作者読者に向けた啓蒙書だが、前作が自然科学系技術工学書であるとすると、本書は人文社会科学工学書にあたり、SF論として読み換え可能なものとなる。科学哲学の概論に30ページを充てているほどなのだから。なろう系の作者と、ランキングだけで書籍化を判断しているとしか思えない一部の編集者には否定するにしろ取り入れるにしろ、お願いだからこの2冊を一読していただきたい。

 あと、先月初めて気づいた京極堂シェアードワールド「薔薇十字叢書」はホワイトハートだけではなかったんですね。富士見L文庫6冊、ホワイトハート3冊、講談社ラノベ文庫1冊の10冊が3年前に出ていたようだ。アンテナの錆びつき具合に愕然とする。

○なろうの整理2 モンスター文庫とMノベルス(双葉社)の人たち

 さて、なろうの整理第2弾はモンスター文庫のまとめである。
 2012年10月に開始されたヒーロー文庫の快進撃をじっくり吟味したうえで2014年7月に参入する。双葉社は意識的にヒーロー文庫に対抗する意図をもってレーベル名をモンスター文庫と決めたとのこと。帯のキャッチも「正義(ヒーロー)だけじゃつまらない!」と露骨に挑発している。
 大手出版で唯一全作品がなろう系の文庫である。
 「正義だけじゃつまらない!」と言っているのだが、意外とダークなものは少ない。マイルドな青少年向け冒険活劇と艶笑譚がメインの路線で、並の上クラスのとっつきやすい娯楽小説がほとんどだ。ヒーロー文庫と比較してもクセのある作品は少ないし、老若男女初心者から熟練者まで幅広いターゲットをにらむ気配になったヒーロー文庫と比べると、まっとうな娯楽小説好きの青少年男性読者層に絞り込まれている感じがある。
 娯楽小説・コミック出版の老舗である双葉社の気風によるものなのか、創刊時期の2年近い遅れによるものなのか。
 艶笑譚系作品には総じてぼくの評価が低い。笑いが主体になるのはいいけど、物語にどこまで真摯な骨格が備わるかが重要だと思っている。
 大きく評価したいのは作家に対する扱いのよさだ。いくつかの例外はあるものの、他社に比べて出版した作品について、一定のくぎりまで出版を続ける努力をしているように見受けられるし、一作家の複数の作品を出版するところは、作家の生活を支援する姿勢に思える。双葉文庫で女性読者を意識したオリジナル作品を書かせたり、他社から本を出すことにも寛容に見える。また『異世界転生騒動記』高見梁川『異世界でアイテムコレクター』時野洋輔など他社で評判作のある作家の起用も目立っている。16年からは単行本レーベルMノベルズの方向転換を行い、女性作家女性読者層の取り込みにも意欲を示す。
 ただ、偶然なのか意図的なのか、他社からも本を出している人はそれなりにいるのに唯一かぶっていないレーベルがヒーロー文庫である。
 よくできた話である。

 リスト(リンク先はExcel Onlineです)については前回から一部修正。WEB版の文字数を10万文字で割り戻し、原稿300枚相当の仮想書籍化冊数を提示した。現実の書籍化冊数と比較していただきたい。赤字は同一出版社からの二つ目以降の刊行作、薄字は他社からの出版作である。書籍刊行日だけど、日付数式がおかしくなって、「2015年4月」と入力すると、勝手に「2015年4月1日」とかになったりして、面倒なのでそのままにした。ごめん。シートを追加していくかたちなので、前回のヒーロー文庫もついている。前回以降の刊行作も付記したが、連載中のWEB版最終更新と文字数は直していない。

 お勧め5作のうち、異世界と現代日本を行き来する、すずの木くろ 『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』と、学校の全員が勇者として召喚される日暮眠都『モンスターのご主人様』、は最初の2か月に第1巻が刊行された作品。ある意味出版社肝いりの作品といえるかもしれない。まだ終わっていない。いずれもなろうを読み始めた最初のころにベストに選んだ作品で内容はそのときにも紹介した。
からす『余命一年の勇者』は2冊で中断していて今回選ぶことには若干迷った。WEB版は10冊越えの分量で未完。
 過酷な人体実験の犠牲者となり助け出された時には余命一年と宣告された少年はその一年を学校生活で過ごすことを希望するが、クラスまとめて異世界に召喚され、奴隷として魔族と闘うことを強いられる。
 岩舘野良猫『トカゲといっしょ』は現在3冊。単行本状況では異世界転移した主人公がトカゲと共有する異能で無双していくバトル主体の印象が強いが、このあと兵站重視の集団戦から組織経営戦略シミュレーション小説にシフトしていく。蘊蓄量は半端でなく、50冊規模に達している。
 『アラフォー社畜のゴーレムマスター』はアルファポリス高見梁川の新作。
 表題通りのチート話だか、ブラック企業ネタが随所に挿入されるのがこの作者の作品としては新味である。


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