ハヤカワSFシリーズ総解説より

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」16年8月号掲載
 2016年8月1日発行


※カッコ内の数字はシリーズ番号です。

■『神への長い道』小松左京 (3163)
 一九六七年発行だから、今からほとんど五十年前の短篇集である。十二編が収録されているが、ほとんどが同じ年に雑誌に載ったもの。ショート・ショートが多いが、最初の五編がSFマガジンに載った本格SFである。今読むと多少古さを感じる部分もあるが、いずれの作品も、読者にこれがSFだと宣言しているような鮮烈さがある。作者後書きで、作品の完成度よりも未来の問題を急いでピックアップすることに重点を置いたとあるように、そこに描かれた問題意識は全く古びていない。逆に言えば五十年たっても人間はそれほど進歩していないということか。表題作は超大スケールで宇宙における知性の進化を扱った、初期の代表作である。「宇宙よ、しっかりやれ」この言葉のセンス・オブ・ワンダーにどれだけしびれたことか。

■『ハイウェイ惑星』石原藤夫 (3165)
 日本のハードSFの第一人者である著者の第一短編集。デビュー作にあたる表題作を含め、〈惑星シリーズ〉を中心に七編が収録されている。著者は旧電電公社の研究所に勤める工学博士で、その作品は「小説の〈問題意識〉、〈舞台設定〉、〈展開〉、〈解決〉のすべてにおいて、理工学的な知識に基づいた科学的ないしは空想科学的な認識や手法を生かしたもの」という氏のハードSFの定義にまさに合致するものである。だがそれだけではなく、作者には強いユーモア指向があり、それが作品をより豊かで面白いものにしている。その典型が〈惑星シリーズ〉だ。ヒノとシオダのコンビが様々な惑星の異星生物と出会い、その謎を科学的に解決するシリーズであるが、今でも十分に面白い。とりわけ表題作はとびきりの傑作である。

■『星殺し』小松左京 (3250)
 一九七〇年の短篇集。六九年から七〇年に書かれた十一編が収録されている。しかし、ほとんど毎月、時にはひと月に二編も書かれており、まさにコンピューター付きブルドーザーの異名が相応しい活躍ぶりである。初期の、いかにもこれがSFといった作品より、どちらかといえば不条理な、激しい怒りや生理的な感情があふれ出す作品が目立つ。例えば傑作「兇暴な口」のように。また性愛をモチーフにした作品も多く、当時どぎまぎしながら読んだことを覚えている。表題作もジェンダーを越えた強烈なエロスと、不条理で暴力的な破壊衝動を描き、既成概念への挑戦という、SFのもつ一つの方向性を示した作品である。他にもトポロジーSFの「穴」、自虐的なユーモアSF「黄色いねずみ」など、様々な作品が収録されている。

■『生きている海』石原藤夫 (3262)
 六九年から七〇年にかけて書かれた作品を中心に、ショートショートを含む中短篇十七編が収録されている。三部に分かれており、宇宙時代、科学時代、情報化時代とタイトルがつけられているが、そのいずれもがアイデアや設定、描写、その解決までが科学技術的にしっかりと描かれたハードSFであり、正統なSFとしてのセンス・オブ・ワンダーに満ちている。中でも特筆すべきは「時間と空間の涯」で、これはブラックホールという言葉がまだ無かったころにブラックホールで起こる現象を描いた、世界でも最初期の作品なのである。内容的にも傑作だ。また情報化時代と題された作品群は、著者の専門分野である情報通信の未来をユーモラスに扱っているが、それこそ現代のネットワーク社会を半世紀前に予言したものといえる。

■『クロックワーク・ロケット』グレッグ・イーガン (5024)
 グレッグ・イーガンの、とびきりハードな〈直交〉SF三部作の第一部である。イーガンのハードSFには、この宇宙における人間やその文明を継承する存在の、近未来から遥か遠い未来にまで及ぶ運命を考察するような作品が多いが、本書はより大胆に、宇宙の物理法則自体が異なっている世界を、思考実験として描くものである。われわれの宇宙では空間の3次元と時間の次元は数学的に別の扱いが必要だが、それが区別されない〈直交〉した世界を描いている。といっても何のことだかわからないだろうが、心配はいらない。本書の主人公は人間ではなく、そんな宇宙の知的生物なのだが、とても人間的で、感情移入しやすく描かれている。時には周囲と対立しつつ、世界を救おうと孤軍奮闘する女性主人公の姿はとても感動的だ。

 2016年5月


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