『ハヤカワ文庫SF総解説』より

 大野万紀

 早川書房編集部編『ハヤカワ文庫SF総解説』掲載
 2015年11月20日発行
ISBN978-4-152-09578-7


※カッコ内の数字は文庫番号です。

■『伝道の書に捧げる薔薇』ロジャー・ゼラズニイ (215)
 ゼラズニイといえば、六〇年代後半のアメリカン・ニューウェーヴを代表する作家の一人である。本書はその初期の、そして最も華やかで印象深かった時代の中短篇十五篇を収録した短篇集である。その中でやはり読み応えのあるのは「伝道の書に捧げる薔薇」、「十二月の鍵」「その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯」「このあらしの瞬間」といった、やや過剰なほどにスタイリッシュな中編群だろう。ぼくが偏愛するのは「十二月の鍵」だ。なにしろ主人公が猫形態(キヤツトフオーム)で、数ページのうちに何千年もが過ぎ去っていく話なのだから。「伝道の書〜」は火星人の舞姫、「その顔は〜」は金星の巨大魚竜と、題材は古めかしいといえるが、そのスタイルは若々しいかっこよさに溢れ、これぞ新しいSFだと思ったものだ。

■『竜を駆る種族』ジャック・ヴァンス (220)
 サイエンス・ファンタジイといわれるが、何も異星を舞台にファンタジイを書けばいいってものじゃない。エキゾチックで華麗な異世界の描写、官能的で異質なフィーリング、奇妙なユーモア、そして何といっても豊かな色彩感覚と奇怪な動植物、様式美に満ちたスペクタクル、それこそヴァンスの真骨頂である。本書はそのヴァンスの代表作。滅びかかった人類の末裔が暮らす辺境の惑星に襲来する爬虫類型異星人。人類の側も中世的な武器だけでなく、過去に襲来した異星人の捕虜を育種改造した「竜」を武器として使う。阿修羅、金剛といった浅倉さんの訳語がとても雰囲気を出している。相手もまた人類の捕虜を改造した巨人戦士を繰り出し、おぞましくも迫力に満ちた戦いが繰り広げられる。苦い結末に寂寥感の漂う傑作だ。

■『火星の砂』アーサー・C・クラーク (301)
 五一年の作品で、クラークの第二長篇である。火星開拓がテーマのハードSFだが、さすがに科学的には古めかしい(この火星には土着生物が存在している)。とはいえ、本質的なところでは、現代のリアルな火星SFと何ら見劣りしないのだ。火星にドーム都市が建造されるようになった時代。SF作家のギブスンは地球・火星間に開設された定期航路の最初の客として、火星へと向かう。その火星では、秘密裏に大きな計画が進行していたのだった……。再読して面白かったのは、宇宙旅行が現実になった時代の、宇宙SFの存在意義に関する議論。どこかで聞いたような話だが、これってまだスプートニクが打ちあがるよりずっと前に書かれた小説なのだよ。それが今読んでも違和感ない。先取りするにもほどがあるというものだ。

■『秘密国家ICE』フレッド・ホイル (422)
 ホイルといえばその昔ビッグバン宇宙論を否定して定常宇宙論を唱えた著名なイギリスの天文学者である。彼の小説は科学者の余技を越えた本格的なものだが、第一作の『暗黒星雲』にはまだぎこちなさが残っていた。ところが第二作の本書で、彼が小説家としても一流だと証明されたのだ。本書はハードSFではなく、イギリスの伝統的なスパイ小説の体裁をとった作品である。執筆された五九年から約十年後の七〇年を舞台に、突然の驚異的な技術発展をとげたアイルランドに潜入し、その秘密を探ろうとする大学生の冒険を描いている。ここで描かれた驚くべき未来技術の数々は現在ほぼ実現していて、今読むと印象は薄い。時代を超えているのは冒険小説としての側面である。とはいえ結末のSF的な詩情はとても美しく心に残る。

■『アレフの彼方』ほか グレゴリイ・ベンフォード (591~)
 ベンフォードといえば、文学的な深みのあるハードSFや、とてつもない時空の広がりを描く宇宙SFで知られるが、こちらはオーソドックスな太陽系SFである。『木星プロジェクト』は木星の軌道ステーションを、『アレフの彼方』はガニメデを舞台に、若者たちの冒険と成長を描く作品。必ずしもシリーズというわけではないが、背景と登場人物に共通点があり、姉妹篇だといえる。もともと七五年に書かれた『木星』をボイジャーの発見で八〇年に書き直し、さらにその先の作品として八三年に書かれたのが『アレフ』だ。空には木星、凍てつくガニメデの荒野を改造された猟犬が駆ける、これは狩人の物語でもある。

■『愛はさだめ、さだめは死』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (730)
 本書の出た七五年当時、ティプトリーは男性だった。それがアリスの筆名だったこと、そして彼女のドラマチックな生涯が明らかになったことで、どれだけの衝撃が走ったことか。その顛末は本書の解説を読んでいただくとして、収録されたティプトリー初期の作品は、そんな背景を知らずとも、いずれも読み応えのある傑作ぞろいである。とりわけ、サイバーパンクを先取りしたといわれる「接続された女」、男女の性認識の違いに冷たくメスを入れる「男たちの知らない女」、強烈な迫力で破滅を描く「最後の午後に」、異星生物の生態を独特な文章で語った「愛はさだめ、さだめは死」、そして短いながらもオールタイム・ベストに入れたい静謐で致命的な傑作「エイン博士の最後の飛行」……。ここに現代のSFがあるのだ。

■『ソーラー・フェニックス』リチャード・S・マッケンロー (734)
 作者は八〇年代に本書を第一弾とする三冊のスペース・オペラのシリーズや、《バック・ロジャース》ものを書いているが、あまりぱっとしないままに終わったようだ。他にはアンソロジーの編集などもしている。とはいえ本書は、破産寸前のオンボロ貨物船の船長が、中身を知らずに最終兵器の運搬を引き受け、恐るべき陰謀に巻き込まれるという、王道の宇宙冒険SFであり、それなりに面白く読める。老船長のモーゼス、テレパシー能力を持つが内向的で未成熟な、ちょっとスペース・オペラっぽくないヒロインのミツコ、もと宇宙軍の殺人機械と呼ばれながら、今は虫も殺せぬよう心理操作された操縦士のハローハンという三人のキャラクターが魅力的だ。またミツコの精神を経由し、テレパスたちの世界につながるのも面白い。

 2015年6月


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