ネットエージェントへのコンテンツの売り込み

 このたび某T版印刷が新規事業としてはじめようとしている「ネットエージェント」というものに、この「HPの作り方」のコンテンツを売り込みに行きました。結果は全くだめでした。というわけで、これからネットエージェントとは何か、なぜダメだったのか、通りそうなものを作るにはどうしたらよいかの私案をレポートしたいと思います。転んでもタダでは起きません(^_^)。向こうとしても、このHPの作り方は「実験のためのHPである」との認識でいました。当然この売り込み自体も実験であり、成功しようが失敗しようが、どちらにしろ貴重なデータです。秘守契約は結ばれていませんし、秘密に該当する話もなかったので公開しても問題ないでしょう。

 ネットエージェントとは
 某T版印刷が行なおうとしている新規事業。人気HP作者の作る様々なコンテンツを集め、それをプロバイダ等に売るというもの。HP作者にとっては売りこみ先の窓口ができ、プロバイダ側はそのコンテンツを会員のみに限定公開することで会員獲得のキーポイントとすると同時に、他のプロバイダと差別化ができるというメリットがある。また某T版印刷は、HP作製に関する必要機材・資金のバックアップを行う。初年度50本の配給が目標。ちなみに1本の配給価格は300万〜1000万円とのこと。なお、この事業自体、今までにないコンテンツ・しかもメリットのあるコンテンツを配給しようという意気込みで展開しようとする大真面目な事業である。


 HPの選定基準
 頂いた資料(報道の切り抜き)によると、アクセス数3万件/日、会員数1万人以上を有するサイトとなっている。しかし、この基準をクリアするサイトは数が限られていること、この報道には私が見聞きしたことと大きな食い違いがあること、情報源自体が97年9月のもので古いことから、今回はこの情報を考慮せずに話を進める。

 私は何を売り込もうとしたのか
 「HPの作り方」をもとに、HTML講座やHPに掲載する画像の加工テクニックを付加したものを売り込もうとした。

 ネットエージェントで重要視されるコンテンツの因子
 この因子には大きくわけて2つあります。「新規性」と「コミュニティー」です。この2つを満たしていないと、成功する確率は極めて低くなるものと考えられます。某T版印刷によると現在契約しているところはなく、契約直前までこぎ着けているものが2つとのことです('98年2月現在)。またこのこの事業を開始した'97年9月にはたくさんの売り込みがありましたが、現在はあまりないとのことです。
 ではこの2つの意味を詳しく述べていきましょう。まず新規性。つまり目新しさ・今までなかったもの、です。これは当然ですね。このHPでも新規性が重要であるということは「アクセス数が自然と増えるホームページ作り」のフローでも述べています。さらにこの新規性にはHP独自・HPならではだからこそ表現可能なものという意味も含んでいます。つまり本に書けるものではダメということです。私が売り込もうしたものは、本でも出せるものですよね。HTMLの解説等その典型です。ただ唯一HPならではで可能というものは、HPに掲載する画像の加工テクニックという部分でしょう。モニター上では差がわかるけど、印刷にするとよくわからなくなるような微妙な色合いを表現するテクニックの部分がそれに該当します。
 次にもう1つの因子である「コミュニティー」について見ていきます。これはなんのことかというと、パソコン通信のフォーラムのように多くの人が参加できる場所、例えば掲示板のようなもののことです。これを重要視する理由には「(掲示板に)人が群がっている、面白そうだ、だからそのコンテンツのあるプロバイダに入会したいと思う、従ってそのコンテンツが会員獲得の原動力となる」という構図があるようです。実際、「今までコンテンツで成功しているプロバイダは、コミュニティーがあるものばかりだ」と、担当の方はおっしゃってました。
 というわけで、私が売り込もうとしたコンテンツは「新規性」、「コミュニティー」の両方が欠けていたのでボツになってしまいました。もしこれをご覧の皆さん方の中に、ネットエージェントに対して自分のコンテンツを売り込んでみたいという方がいらしたら、この点は是非ご注意下さい。


 次へ行く前にちょっと裏話を・・・

 裏話その1
 実は会議に行く前に、あらかじめメールやFAXで私が売り込もうとしていたコンテンツを説明していました。さらに「コンテンツに対する御社の思い、方向方針をあらかじめ教えてほしい。そうしないとお互い無駄な時間をおくることになる」との旨の内容も書いていました。ところが質問に対する返答は全くなく、「新規性(まあこれはあたりまえ)」と特に「コミュニティー」というネットエージェントの基本方針をつかむことができずに、相手の思いとは異なるコンテンツを売り込んだのでした(しかもそのサンプル版まで私はつくってノートパソコンに入れて持っていった)。ホントこれは悪い会議の例ですね。何を考えているんでしょうか。
 実は私は、世界中でその名を知らない人はいない(と思う)東証一部上場企業の研究所の研究員。しかもいろいろな会社からの新製品の売り込みを相手にするという仕事もやっています。従って売り込みを受けた側(いつもの私の立場、つまりこの場合は某T版印刷)の手の内はだいたいわかります。今回の最悪の会議は適当にあしらう手段として最適なものの1つであるため、私は厄介者として扱われたのかもしれません(だったら「詳しい話を聞かせてほしい」なんて思わせぶりな返事を書くなっつーの)。また途中から相手に採用する気がないということもわかったので、今度は頭を切り替えてこの文章を書くためのネタの質問をぶつけ始めました(^_^;)。新幹線+ホテル代=4万円もかかった内容です。心して読んで下さい。

 裏話その2
 このネットエージェント事業、初年度配給目標が50本であるにもかかわらず、半年経過して配給無しという状態です。従って、「新規性」と「コミュニティー」を両立させたコンテンツを作るということはかなり困難なことと考えられます。また、某T版印刷としてもこの2つの基準にこだわるあまり、自分自身で可能性の芽をせばめ、みすみすチャンスをつぶしているかのようにも感じました。では「新規性」と「コミュニティー」のうち、どちらがHPを作る上で難しいのでしょうか。私が思う(普段から感じる)には、コミュニティーの方です。コミュニティーは自然発生的に盛り上がったものこそ真の力があるのであり、むりやり盛り上げようとして作ったものはユーザー(この場合はプロバイダの会員)には受け入れられません。今までに存在しなかったHPを急に作ってもコミュニティーは育たないのです。未だに配給無しという事実は、そこがネックになっているのかもしれません。なおその点に関して某T版印刷側は、「人気HP作者ならば自分のコミュニティーを持っているので、新たな配給コンテンツを作ってもそのコミュニティーの人たちがやってきてくれるから解決可能」と考えているようです。が、実際にHPを運用している立場+パソコン通信歴10年以上という実戦経験から言わせてもらえば、この考え方は甘すぎると言わざるを得ません。よほど上手くやらないと成功しません。仮に「HPの作り方」に掲示板を設置したとしても、AZ−1のページの掲示板を見ている人が、HPの作り方の掲示板に来るとは到底思えませんから。

 裏話その3
 メールのレスポンスは、担当の人が死んじゃったんじゃないかと思うくらい悪いです。これから売り込もうと言う方、返事は気長に待ちましょう。あまりのレスポンスの悪さに私はメールを何度も打ち、しまいにはFAXまで打ちました。



 お節介企画:ネットエージェント成功のための私案

 先ほど、「新規性」と「コミュニティー」の2つの因子を満足することがネットエージェントでは必要であると述べました。しかしこれはあくまでも必要最小限の項目程度にしか過ぎません。ここではネットエージェントの進んでいる方向・方針の中に潜む問題点を指摘しつつ、実際にはどの様なコンテンツならば売り込みが成功するのか、供給先にメリットがあるのかを考えていきます。さらに、既存のコンテンツ事業が出した成果を比較することにより、ネットエージェントのコンテンツが達成すべき成果・目標はどこに置けばよいのかを示します。

ネットエージェントの中に潜む問題点
1.人気HPはいかにして作られるのか・・・
 ネットエージェントでは人気HP作者の作ったHPを集める、もしくは人気HP作者に新たなHPを作らせることで、確実に人気の出るHPを供給しようと考えています。実はミーティング前に送った事前の質問に返答が無かったため、またあまりに失礼な質問なのでミーティングでもできなかったため未だに疑問な点があります。それは、某T版印刷は人気HPというものがどの様な過程で形成されていくのかということを理解した上でネットエージェント事業を開始したか否か、と言う点です。これは皆さんにも関係あることですが、人気HPとして認識されるには、HP作者の実力に加えて大きく影響する因子があります。それは「老舗」という因子です(「見て面白い」、「見る側の利益につながる」という因子は、HP作者の実力の内に入るので省きます)。「老舗」とは文字どおり、早くから開設されたHPのことです。'98年3月現在で考えると96年以前に開設されたものがそれらに当たるでしょう。Yahoo等のディレクトリ型サーチエンジンに登録されているHPをご覧になればお分りいただけると思いますが、同一ディレクトリ内で初期に開設されたHPと最近開設されたHPのアクセス数を比較すると、一般的には初期ものの方がアクセス数及びそのの伸び自体も大きくなっています。しかも各ディレクトリ内で、アクセス数が他に比べて飛び抜けて多いものが1つか2つ存在するという場合が多く、これらも同様に初期に開設されたものが多い傾向にあります(余談ですがもしあなたが、アクセス数が飛び抜けて多いサイトがないディレクトリにHPを開設するなら、あなたのHPは定番サイトになれる可能性があります。ただし既に存在するサイトと比較して圧倒的に多い、しかも有用な情報が必須です)。この現象は、初期に開設されたHPが一日の長を生かして情報を充実させることで早い段階で定番HPとなってしまい、他のHPに人が流れなくなっていることを意味しています。他の言い方をするなら、アクセスの好循環が起こることで、半ば雰囲気で定番HP・人気HPとしての評価が形作られただけなのです(図参照)。


 HPの人気というものは、面白く見せるというHP作者の実力と、他のHPと比較することによる相対的評価、それらが生み出す好循環によって形成されます。従って、人気HP作者を持ってきてプロバイダ向けの新たなコンテンツを作らせても、好循環が起こらなければ人気HPになれません。人気HP作者をもってくれば何とかなる、よいHPをつくれば成功するという話ではないのです。

2.コミュニティーの問題
 この話が出てきたとき、もう売り込む気をなくしました。私はインターネット上でのコミュニティーというものに関して、いい印象を持っていないからです。なぜならコミュニティーの存在は、多くの人に開かれたインターネットという特徴を逆行させかねないものだからです。
 いろいろなHPを見ると掲示板を持っているものがあります。ほとんど書き込みのないものがある一方で、非常に書き込みの多いところがあります。これはコミュニティーとしては活発に機能していることになりますが、別の角度から見ると掲示板を利用する人にとってのHPの存在理由は、「掲示板が存在するから」ということ以外の何物でもないということを示しています。この状態は、インターネットで最も大切と考えられるものの1つである、不特定多数への情報発信が機能しなくなることを意味します。掲示板しか見ないのですから・・・この現象は、残念ながら私のHPでも起こっています。共通の考え・嗜好を持った人々が集まり盛り上がるということもHPのあり方の1つですが、そればかりというのであれば、スタンドアロンのパソコン通信の掲示板と大差ありません。様々な可能性を秘めたインターネットの世界でこのような使い方しかせず、コミュニティーという名の一種の閉鎖社会を形成してしまうことは非常にもったいないことだと思います。
 これをネットエージェントに当てはめてみましょう。既に存在する人気HP(掲示板等のコミュニティー機能あり)を丸ごとプロバイダに供給したとしましょう。プロバイダとしては、それが持っている大勢のコミュニティーの人に何らかの宣伝がしたいわけです。しかしHPを利用する人にとっての目的は掲示板です。宣伝がみてもらえない、即ち不特定多数への情報発信が機能しないということになります。プロバイダ側はHPのアクセス数が増えるので喜ぶかもしれませんが、実体はアクセスカウンタの数が増えたに過ぎません。また掲示板は無料で解放し、一方で新たに有料コンテンツを作ってもそこに来てくれる確率は低いでしょう。コミュニティーの人たちにとっては現在利用している掲示板さえあれば十分なのですから。このことは、盛り上がっている掲示板をHPに開設している方、掲示板に書き込みばかりしている、つまり掲示板を実際に引っ張っている方ならば十分実感できることと思います。従って、掲示板への参加人数の多さは、コンテンツを売るときの”張ったり”と、アクセスカウンタの水増し程度にしか機能しないでしょう。

ネットエージェントで成功するコンテンツとは??
 人気HP作者にHPを作らせても人気が出るとは限らない、コミュニティー(掲示板)の存在する人気HPを丸ごと持ってきても供給先にとっての真のメリットは出てこない・・・はっきり言って完全に袋小路へと入っています。もちろん、1日数万件アクセスのあるHPを持ってくればそれなりの効果を出すことはできるかも知れませんが、この手のHPはマニアックなものが大半です。これでは様々な価値観を持った人を広く集めることができません。
 ではどうすればよいのでしょうか。ネットエージェントがコミュニティーの存在にこだわるならば、それは誰でも参加できる基盤の上に成り立っている(しかも新規性があり、みんなが興味を持っている)もので、コミュニティーを「研究的」に運用するコンテンツであると私は考えています(しかしネットエージェント自体、コミュニティーというものは「単に参加する人が多ければよい」というように漠然としたものをイメージしているようです(どんなコンテンツが優れているかの判断基準は企業秘密ゆえ、そういうふりをしているのかも知れませんが)。しかしそれでは先に述べた通り、成功しないのは明白です)。
 では私の考えているところの、「共通の基盤上に成り立ち、研究的に運用されている例」を具体的に見てみましょう。まずあげられるのがポストペットワールドでしょう。ポストペットとはペットがメールを運ぶという遊び感覚にあふれたメーラーです。ポストペットワールド成功の理由は、どこにでも売られているポストペットさえ買えば誰でも参加できるという共通の基盤のもとに成り立っている点です。またペットの機嫌・体調が変わったりといろいろな問題点が出てきても、それをコミュニティーにおいて相談し解決していく=「研究的」であったことも、成功の理由ではないでしょうか。問題の数だけ掲示板で取り上げられるネタが出てくるのです。しかも問題が解決されるとユーザー自体の利益に直結するわけですから、否応なく盛り上がります。次に希少性という要因も挙げられます。ポストペットにはペットにあげる「おやつ」があるのですが、その限定配布版がポストペットワールドでしか入手できません。それがほしいなら、いやでもso-netの会員になるか、月々の利用料金を払わざるを得ません。さらにポストペットの場合、これら3つに加えてもう1つの要因が存在します。自然発生性です。ポストペットはもともとMac版のみだったものがWindows版にも広がっていきました。この底力こそ、大いに盛り上がる原動力となるものです。
 一方、'98年2/24よりジャストネットにて、デジカメ関係のコンテンツがスタートしました。これはデジカメで撮った写真をギャラリーに掲載するというもので、掲示板もあります。またギャラリーに投稿できるのはジャストネットの会員のみということで、会員と非会員との差別化もしており会員獲得のための売りの1つになっています。しかし、現状では盛り上がりは今一歩というところです。ギャラリーに掲載されているものが9件、2/24〜3/1までの掲示板の書き込み数は27件、ミスで同じものが送信されたものを除くと21件、内容はデジカメにあんまり関係ないという状態です。まだ始まったばかりですが、どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか。
 このコンテンツをポストペットの場合と比べると、デジカメ=「誰でも参加できる基盤の上に成り立っている」が存在し、掲示板というコミュニティーも存在しており、一見同じ条件にあるように思われます。しかしジャストネット内に「デジカメ会議室」というものが既にあり、このデジカメ関係のコンテンツはそれが発展したものではなく、既存のものと並行して設置されたものなのです。先に、コミュニティーの人たちは既に存在する掲示板さえあればいいと述べましたが、ここでもその現象が起きていると言えます。つまり新たな掲示板に既存の会議室の人が来ないのです。これでは盛り上がりません。また会議室の内容が研究的でないのも問題です。これはサイト管理者が適切な方向方針をあらかじめ示して、掲示板に書き込むべき内容を制限することである程度解決可能ですが、それ以前の根本的な問題として、手軽に撮影することができることが売りであるデジカメに対して、高度な使い方を考える研究的な話題はなじまないということもあります。以上のことを総合すると、このコンテンツはポストペットワールド並みの成功を納めることは困難であり、強いてテコ入れ策をあげるとすれば、デジカメ会議室全てを新たなコンテンツとして一本化することでしょう。


 既に開設されている2つのコンテンツについて具体的に見ることで、ネットエージェント成功のためのコンテンツの条件を論じてきました。以上の結果を逆説的な書き方でまとめると・・・


 プロバイダはポストペットワールドの成功ぶりを目の当たりにしつつ、1本のコンテンツに対して300万〜1000万円も出すことになります。ですから、ネットエージェントが配給するコンテンツに対してポストペット並みとは言わなくてもそれなりの成果を期待するのは間違いありませんし、ネットエージェント自身、今までにないコンテンツ・しかもメリットのあるコンテンツを配給しようという意気込みで事業をはじめているわけですから「あれは特殊なケース」などという言い訳は通用しません。この現状をふまえてどう出るか、今後供給されるであろうコンテンツに注目していきたいと思います(いい加減なものだったら、怒りますよ)。
 「そこまで分かっていてなんでボツになるような企画を持ってったんだ?」ですって。それは某T版印刷がネットエージェントの基本方針をあらかじめ教えてくれなかったからですよ。が、仮に分かったとしても、こんな大変なコンテンツを組み上げていくことは私の力の及ぶところではありません(^_^;)。ネットエージェントにコンテンツを売り込んで一山当てようという方は、以上の点も考慮し作戦を立ててから挑んで下さい。

 教訓 「高すぎる理想は、理想自体をつぶす」。