海外図書紹介『単なるアナーキー』

書籍名:Mere Anarchy
著者名:Woody Allen
出版社:Random House

ISBN:978-1-4000-6641-4
価格:21.95ドル
出版年:2007年


 07年6月にランダムハウス社から久々に出版されたアレンのユーモア短編集。ニューヨーカー誌やプレイボーイ誌に掲載された18の短編をまとめた本で、これまでの3つの短編集『これでおあいこ』『羽根むしられて』『ぼくの副作用』と同様に、どれも抱腹絶倒の作品ばかり。おなじみの私立探偵カイザー・ルポウィッツが活躍する作品や、米映画界を強く風刺する作品など、作家としてのアレンの健在ぶりをうかがわせる好著。

「タンドーリの身代金(TANDOORI RANSOM)」
 ある売れない俳優が、有名俳優のスタンドイン(俳優の代わりに本番前のカメラや照明のテストを行う人物)として、ハリウッド映画のインド・ロケに参加する。ところが、彼は有名俳優と間違われて、身代金目的の犯人に誘拐されてしまう。誘拐犯はすぐに人違いに気づくが、それでも映画会社に身代金を要求する。しかし会社側はさっさと脚本を書き換え、ロケ隊は俳優を見捨てて別の地に移ってしまう。万事休すと思われたが、ランボー顔負けの救出劇によって、俳優は窮地を脱する。助けてくれた人物の正体を知って、俳優はびっくりする。それは彼にスタンドインの仕事を紹介したハリウッドのエージェントだったのだ。命をかけて救出してくれた理由を聞くとエージェント曰く、俳優を主役にした映画の仕事のオファーがあったから来たと言う。だが、その映画とはコロンビアの麻薬ギャングを扱ったアクション物で、ジャングルでの撮影が危険なために誰も出演したがらないものだった。それを耳にした俳優はすぐさま逃げ出し、俳優をやめる決意をするのだった。

【一口メモ】役のために危険をいとわず俳優を救いに来るハリウッドのエージェントの強欲ぶりをからかったオチが効いている。

「サム、ズボンの香りがきつすぎるよ(SAM, YOU MADE THE PANTS TOO FRAGRANT)」
 久しぶりに会った友人が着ていた奇妙な服。それは健康のための水分補給がいつでもできるよう、内側のタンクの水を胸ポケットからストローで吸えるという代物だった。興味を引かれた主人公はイギリスのセビル・ロウにあるその店へ行ってみる。英国英語ならではの大変にもったいぶった言い回しをする店員と珍妙なやり取りをしながら、主人公は様々な服を見せられる。食べ物をこぼしても一切しみのつかない服、情事用に一切においのつかない服、精神安定作用のある服など。主人公は、こするだけで携帯電話が充電できる服が気に入って買おうとするが、服を着たまま金属を触ったために感電して大爆発で飛ばされて重傷を負った客が何人もいることを知り、あわてて店を去る。

「美容体操、毒ツタ、最終カット(CALISTHENICS, POISON IVY, FINAL CUT)」
 息子がサマーキャンプで製作した映画に対し、映画会社から1600万ドルで配給料の申し出があるが、キャンプの経営者ヴァーニシュクから配給料の50%を要求する手紙が届く。主人公とヴァーニシュクがやりとりする不毛でナンセンスな書簡のやり取り。完成した映画はキャンプの講師の指導のおかげと主張するヴァーニシュクに対し、映画のアイデアは息子のもので、講師はいかさま揃いだったと反論する主人公。訴訟をにおわせつつ、ネガのオリジナルを握っているのは自分だと主張するヴァーニシュク。自分達の持っているプリントからでもネガは作れると強がる主人公に対し、早くしないとネガが破壊されると脅すヴァーニシュク。ついに主人公側は配給料の10%を提案する。するとヴァーニシュクはがらりと態度を変え、丁寧な手紙を書きつつ、20%につりあげようとする。

【一口メモ】映画契約をめぐるハリウッド流の熾烈な交渉をパロディ化した短編。そもそも子供が製作した映画に映画会社が巨額の金額で配給契約を結ぼうとするあたりがナンセンスなのだが、互いに相手に罵詈雑言を投げかけつつ、主張すべきをきちんと主張するあたりは現実の映画界もかくやと思わせる。最後にようやく配給料の10%を手にしたヴァーニシュクが更にそれを20%に値上げしようとするしぶとさには脱帽。一連のやりとりには長年のパートナーだったジーン・ドゥマニアンに収益配分の訴訟を起こしたアレンの経験が盛り込まれていると見られる。

「神に栄光あれ、売った!(GLORY, HALLELUJAH, SOLD!)」
 テレビ番組の大失敗で仕事を失ったライターが、ヴィレッジ・ヴォイス誌で見つけた求人広告。それは客の求めに応じた神への祈りの文句を書く仕事だった。健康、恋愛、仕事、それぞれの悩みに応じた祈りの言葉を仕上げるのだ。時には祈りが通じないと文句をつけてくる客もいるが、それは店と神にとって契約外だとつっぱねる。ライターは順調に仕事を続け、インターネットサイトのeベイで祈りを売るようにもなった。だがある日、ライターは祈りが通じないと文句をつけてきたギャング2人組に殺すと脅される。彼らの妹がeベイで200ドルを払った「アッパーイーストに2ベッドルームでダイニング・キッチン付きの部屋が見つかりますように」という祈りが原因だった。命を取り留めたライターは仕事をあきらめてメキシコに逃れるのだった。

「いとしの家政婦(NANNY DEAREST)」
 ウォール街の大金持ちの弁護士が妻からの電話で、最近雇った家政婦が自分達の家庭の内情についての暴露本を書いていることを知る。慌てて家に帰り、原稿をこっそり読むと、本は自分の家庭について面白おかしく書いている。そんなものが出版されたら、自分達は破滅だ。しかも原稿はほとんど完成している。本の出版を食い止めるため、弁護士は帰ってきた家政婦に毒入り紅茶を飲まそうとするが、誤って自分でそれを飲んでしまい、昏倒する。病院で気がつくと、すでに家政婦は辞めており、置手紙によれば、本を書こうと思っていたが、普通のIQの人間には面白くなさそうなので出版はやめ、町で出会った億万長者と結婚するという。

【一口メモ】子供の養育権をめぐるアレンとミア・ファローの泥仕合のさなか、二人の家政婦だった女性が暴露本を出したことがあり、この短編はそのことをモチーフにしている。ウォール街の弁護士は「エディプス・コンプレックス」でアレンが演じた人物を思い出させる。弁護士のどじぶりはアレン映画でおなじみのパターンである。

「我が恋人よ、何という嗜好を身につけたことか(HOW DEADLY YOUR TASTE BUDS, MY SWEET)」
 私立探偵のもとに美女がかけこんできて、サザビーのオークションで匿名でトリュフを落札してほしいと依頼する。2000万ドルの価値があるいわくつきのトリュフで、多くの組織が手に入れたがっているとか。早速サザビーにかけこんだ探偵は首尾よくトリュフを落札する。だが、依頼人の住居に行った探偵は何者かに殴られて失神。気がつくと彼は縛られ、依頼人とグルになった男からトリュフを出すよう脅される。探偵がありかを教えると男はトリュフを持参するが、それは偽物だった。男が気落ちして部屋を出た隙に、依頼人の美女は探偵の縄を解いて、自分と組んで本物のトリュフを探そうと誘惑する。が、探偵は美女の正体を見抜いて(以前パートナーだった国際的なグルメの殺人犯として)警察に引き渡す。そして一人わびしくカーネギーデリでサンドイッチをぱくつくのだった。

【一口メモ】アレン短編でおなじみの私立探偵カイザー・ルポウィッツが活躍する珍妙なハードボイルド物。(ただし本作では探偵の名前は明示されない。)前作では、神を捜したり、インテリ向けコールガール組織と対決した探偵は、本作ではいわくつきのトリュフ(マンダレイの王族が所持した後、ルーブル美術館に飾られ、第二次大戦中にドイツ軍に略奪され、戦後は大英帝国博物館から盗まれた)の争奪戦に巻き込まれる。映画「マルタの鷹」のパロディ。ラストで探偵はサンドイッチを「夢のかたまり」と形容する。

「罪を犯すのは人間−浮かぶのは聖人(To Err is Human - To Float, Divine)」
 サイキック(予知能力による占い)のダイレクトメールを読み、大学時代の友人の経験談を聞いた主人公が、サイキックの修行に参加して、空中浮揚ができるようになるが、降り方が分からなくなる。

「売文稼業(This Nib is For Hire)」
 怪しげなハリウッドのプロデューサーに雇われた三文作家が、文学趣味のシナリオを仕上げる。プロデューサーは気に入ったと語るが、その後連絡が取れなくなる。月刊プレイボーイ07年9月号に翻訳が掲載。

「ご用心、落ち目のモーグルへ(Caution, Falling Moguls)」
 路上で果物売りをするハリウッドの元大物プロデューサーが、映画会社の下働きから始めて、やがて電話帳すらヒット映画にできると言われるほどの辣腕プロデューサーになるが、調子に乗って大失敗し、全てを失うまでを回顧形式で描く。

「拒絶(The Rejection)」
 息子が私立の幼稚園の入学試験に失敗したため、主人公はこのままでは息子がパブリックスクールに行かねばならないとか、息子が将来の就職面接で幼稚園で習う歌を歌えず失敗するなどと嘆き、裏口入学のために家財を売り払うがうまくいかず、ついにはホームレス用のシェルターで暮らすに至る。

「歌え、サッチャー・トート(Sing, You Satcher Tortes)」
 新作上演の資金を求めるブロードウェイの怪しげなプロデューサーにつかまった昔馴染みが、マーラーやワグナー、フロイトの登場する怪しげなミュージカルのアイディアを聞かされる。

「悪い日には永遠が見える(On a Bad Day, You Can See Forever)」
 マンハッタンのマンションを買った夫婦が、怪しげな業者に内装工事を依頼するが、工事はどんどん遅れつつおかしな方向に進み、精神に異常をきたした夫婦はついに部屋を売らざるを得なくなる。

「ご注意を、天才の皆さん:現金のみ受け付けます(Attention, Genius: Cash Only)」
 ゴッホの理解者ガシェ博士のように、理解されない天才の理解者となることを願う精神分析医が、ある音楽家の患者を擁護し、はげますが、彼はばかげた音楽や常軌を逸した行動で医者を悩ます。しかし事業の失敗で金を失った医師が音楽家を見放した後、彼のショーは成功する。

「拡大(Strung Out)」
 人生の出来事をすべて物理の法則で説明しようとする男の珍妙なエッセー。宇宙が膨張しているために、朝起きてからローブを探すのに時間がかかると言ったり、自分の給与も光の速度に比べれば大したものではないとぼやいたりする。新しい秘書に言い寄って殴られて怪我をするが、妻には宇宙が縮小しているのに、ぼんやりしていたと説明する。

「法の上で(Above the Law, Below the Box Springs)」
 ある田舎町の留守宅に侵入し、「顧客以外の人間が値札をはがすのは法律違反です」と書かれた絨毯の値札をはがした恐るべき犯罪者の追跡と顛末をテレビのドキュメンタリー形式で描く。

「ツァラトゥストラ、かく食えり(Thus Ate Zarathustra)」
 ニーチェのダイエットブックを発見した著者が、ダイエットの苦労をニーチェが哲学的に解説する本を紹介する。

「サプライズ・ロックス・ディズニー裁判(Surprise Rocks Disney Trial)」
 オーヴィッツ社長への退職金が高すぎるとしてディズニーのアイズナー会長が株主から訴えられた裁判で、証人として喚問されたミッキー・マウスと原告側のやりとりを会話形式で再現した珍妙な証言。「ここ数年、ドナルドダックは自分のキャリアは終わりで、このままでは広東料理のメニューに載せられると悩み、抗うつ剤を飲んでいた」など、ミッキーマウスがディズニーの様々なアニメ・キャラの裏側を赤裸々に語る。

「ピンチュクの法(Pinchuck's Law)」
  ニューヨークを震撼させる謎の連続殺人事件を追う刑事。なぜか被害者には撃たれた跡も刺された傷もない。手がかりを求める刑事は、毒物の線を洗ったり、怪しげな霊媒を訪れる。やがて被害者がかかっていた歯科医にたどりつき、治療中に歯科医の長話を聞いて意識を失う。病院で目覚めた刑事は、自分が間一髪助けられたこととを聞く。議会では、歯科医が「口を開いて」とか「口をゆすいで」と言わずに長話を続けることを禁じる法律ができる。


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2008年1月10日改訂