ウディ・アレン:The Woody Allen Companion

海外図書紹介「ウディ・アレン コンパニオン」

著 者:Stephen J. Spignesi
出版社:Andrews and McMeel (A Universal Press Syndicate Company, 4900 Main Street, Kansas City, Missouri 64112)
価 格:$12.95
ISBN :0-8362-8002-4
出版年:1992
概要:ウディの映画、TV、劇作、本、漫談等の全ての活動に関する解説。

前の画面に戻る 初期画面に戻る


ある時ウディ・アレンは「あなたの夢はファンの人々の心の中に生き続けることですか」と聞かれ、こう答えた。「私は自分のアパートで生きていたいね」

1935年生まれの彼は今年すでに60才だが、その仕事ぶりは相変わらず年1作づつのマイペースである。日本では昨夏「ブロードウェイの銃弾」が公開されたが、米国ではその後の作品「Mighty Aphrodite」が公開されているほかTV作品「Don't Drink the Water」が放映されている。現在その次の作品としてジュリア・ロバーツ、ゴールディ・ホーン、アラン・アルダらが出演のウディ初のミュージカルコメディを製作中で、すでにイタリアロケも行っている。これほどコンスタントに活動する作家の場合、その作品の記録を作っても、はじから古くなってしまい、記録的な価値が少なくなってしまうのが常だが、本書はその内容の濃さや幅広さからウディファンの期待を決して裏切らないだろう。

タイトルの「 The Woody Allen Companion 」は日本語に訳すと「ウディ・アレン ガイドブック」とでもいうべきものだが、その名の示す通りウディの映画、劇、本、スタンダップ・コメディ、TV等についてウディ自身や他からの引用をふんだんに用いて解説しており、非常に内容が豊富である。

以下は本書の目次だが、全体の多くを彼の映画の解説が占めている(第5章、全403ページ中110ページある)。それも映画のストーリーをなぞったり単純に解説や批評をするだけではなく、関係者の証言などから映画の舞台裏や公開版からはカットされてしまったシーンの紹介等、裏話的な内容も多く、ウディファンとしては涙が出るくらい嬉しい。

またそれ以外にも、ウディとのインタビュー(2章)や米国のショービジネス界の才人スティーブ・アレンによるウディのコメディへの興味深い分析(3章)、スタンダップ・コメディアン時代のレコード(第7章)、「アニー・ホール」「マンハッタン」と「ハンナとその姉妹」の各シーンのNYのロケ地紹介(第13章)といった、他ではお目にかかれないような内容も多く、思わず時間のたつのを忘れてしまううれしさである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1. The Woody Allen Time Line: A Bio-Bibliographic Chronology
ウディの活動を年代記風に丹念に追ってまとめたもの。ウディの所有するクラリネットがイタリアで制作された1890年に始まり、トライスター映画での初監督作品となる「夫たち、妻たち」が米国で公開された1992年9月18日の金曜日までのウディの活動をカバーしている。ちなみに彼がクラリネットを始めたのは15才の頃である。

ウディがニューヨークのブロンクスで生まれたのは1935年12月1日の日曜日のことで、本名は Allan Stewart Konigsberg であった。17才で新聞にジョークを投稿するようになった時に Woody Allen の名を用い始め、以後今日にいたっている。ちなみに初めて新聞に載った彼のジョークは「先日行ったレストランは値段がOPSだった。 Over people's salaries だ。」というものだった。

2. Woody Speaks: Interviews with Woody Allen
ウディへの4つのインタビューを収録。1973年のスチーブン・バンカーとのインタビュー(Tapes for Readers 社より発売されている)、1985年のムービーゴウアー誌とのもの、1987年のローリングストーン誌とのもの、そして1990年のロジャー・エバートとのものである。

「私にはすべての人が負け犬のように感じているように思える。・・・そしてもしそう思わない人がいるとしたら、その人は間違っている。なぜならすべての人は負け犬だから。・・・負け犬にならない事は不可能だ。それは人生の本質的事実なのだ」

「私は自信に満ちている人間は好きではない。そういう人間を信用しないし、したこともない。私は目立たないような人にいつも惹かれる」

「いつも誰かが私に何をすべきかを教えようとした。そして私もいつも彼らの言う事に丁寧に耳を傾け、愛想よく対応をしたが、結局いつも自分のやりたいようにやってきた。世間は『あなたはこういう映画を作るべきだ』『このシーンはカットすべきだ』『こういうものを入れるべきだ』などとアドバイスを与えたがる人間で満ちている。こういう格言がある。『彼は考えることはできないが、まるで全てを知っている』」

インタビューを読んでつくづく感じるのは、ウディは彼が映画の中で演じるような病的な神経症でコミカルな人間では決してなく、確固とした哲学と仕事に対する真摯な姿勢を保つプロであるということだ。

3. Regarding Woody
ウディと関わる人々がウディについて語ったり書いたりしたものを集めたもの。

ウディと30年来の友人のディック・カヴェットはその著書の中でウディの創作に対するアドバイスとして「(スタイルがどうとか個性がどうとかいう考え)にとらわれるな。ただ時間がある時にはタイプライターに向かい、おかしいと思った事を書きおろすのだ。・・・それも頭に浮かんだジョークをそのまま書くのではなく、そのテーマで最良のジョークを思い付くまで考えつづけなければいけない」と書いている。

また「アリス」でミア・ファローのアリスが密かに心あこがれる男性を演じたジョー・モンテーニは、ミアとモンテーニが子供を連れてサーカスを見ているシーンの撮影中のエピソードをこう語っている。「彼(ウディ)が彼女(ウディの義娘)にサーカスを見ている時の演技について(二人きりで)説明していた。すると彼女が『ねえ、ホットドッグもらえるかしら?』『もちろん。それは小道具係の仕事だからね。ホットドッグがほしいと言えば、ホットドッグを持ってきてくれる。綿あめがほしいと言えば、綿あめを持ってきてくれる。フェラーリがほしいと言えば、綿あめを持ってきてくれる』」

また米ショービジネス界の才人スティーブ・アレンの自著Funny Peopleよりウディのユーモアとコメディについて書かれた1章を全文掲載、この中にはウディが彼が司会を勤めるトークショーに出演した時のスタンダップコミックやウディのスタンダップコメディの傑作「ヘラジカ」や「誘拐」その他ウディの映画や著書から豊富な事例を引用し、それらがどういう意味でどうして面白いのか解説している。

例えば「ヘラジカ」の最後で、仮装パーティーのヘラジカの扮装のまま森をさまよっていたベルコウィッツ氏はハンターに撃たれて剥製にされ、ニューヨーク・アスレチッククラブに飾られることになる。CDを聴いているとここで観客はげらげら笑い転げているのだが、何のことだか私には長い間さっぱりわからなかった。スティーブ・アレンはこのジョークを理解するための2つのポイントとして@ベルコウィッツという名が30後半〜40代のユダヤ人、それもジャズ奏者などではなく、歯科医や教師のような実直でまじめな人物を連想させること、Aニューヨーク・アスレチッククラブが長い間ユダヤ人の入会を拒みつづけていることで悪名が高いことをあげている。

4. Louise Lasser, Diane Keaton, and Mia Farrow: The Women in Woody's Life - and Films
ウディの最初の妻ハーレン・ローゼンから2番目の妻ルイーズ・レッサー、ダイアン・キートンそしてミア・ファローに至るそれぞれの女性がウディの作品に与えた影響について簡単にまとめている。章末にはそれぞれの女性とのフィルモグラフィが付いている。ルイーズ・レッサーは一般には「What's Up, Tiger Lily?」「泥棒野郎」「バナナ」と「セックスの全て」にしか出演していないと思われているが、「スターダスト・メモリー」にも秘書役でチョイ役ながら出演しているとのこと。カップル解消後も「ラジオ・デイズ」と「マンハッタン殺人ミステリー」の2作品に出演したダイアン・キートンを髣髴とさせる。尚、本書が書かれた頃すでにミア・ファローとのカップルは解消状態にあり、本章の最後にもさびしげな記述がある。

5. Woody Allen, Auteur: The Films
「何かいいことないか子猫チャン」から「影と霧」まで28作品(出演・脚本のみも含む)全てに簡単な解説、ストーリー紹介、見所、そしてウディのコメントをのせている。作品中のジョークの抜粋も多くて楽しめる。総じて各作品の実に細かいところまでよくチェックしており、本当にこの作者はウディのことが好きなんだなあとつくづく感じてしまう。例えば「ボギー!俺も男だ」でウディがコインランドリーへ行く時にかぶっている帽子は彼が実生活でも人目を避けるのに使っているのと同じものであるとか、「アニーホール」等で彼がコメディアンの役で話すジョークは実際に彼がコメディアンだった頃のこれこれのジョークである、といった具合である。

特筆すべきは「セックスの全て」と「スリーパー」の最終版からはカットされてしまった幻のシーンについて。「セックスの全て」には「なぜ男はホモセクシュアルになるのか?」という幻のエピソードがあり、実際にウディとルイーズ・レッサーが出演して撮影までされたものの、ウディの気に入らなくてお蔵入りになってしまった。ウディとルイーズはクモに扮し、ウディはルイーズとの束の間の甘い愛の行為の後にあえなくルイーズに食べられてしまう。この様子を観察していた科学者(こちらもウディ)が女性恐怖症からホモになってしまうという話である。ちなみにクモ役のウディとルイーズの役名はシェルダンとリサだが、これは17年後の「ニューヨーク・ストーリー」のウディとミアの役名になっている。(こういった実にかゆいところに手が届くような解説がされているところがたまらない。)

一方「スリーパー」では科学者がウディの夢を巨大スクリーンに映し出すシーンのシナリオが抜粋されている。夢の中でウディは巨大なチェス盤の上で白の歩になっている。白は明らかに旗色が悪く、ウディは獰猛そうな黒の騎士や僧上に囲まれている。「次はおまえの番だ」とすごむ相手に「ねえ、これはなかなかいいチェス盤だね」などと愛想をふりまいたり「ねえ、みんな、これはただのゲームなんだ。どうせ後でみんな一緒に箱の中に片付けられるんだから」等と抵抗を試みる。姿は見えないが、チェスの対戦者同士の会話が神の声のように天から聞こえる。「白の歩を騎士でとるか僧上でとるか・・・それとも少し待つか・・・いやいやとってしまおう」。とうとうウディはチェス盤から逃げ出す。逃げている途中でなぜかオペラハウスの舞台に出てしまう。ウディはバイオリンをソロでひくはめになるが、演奏しようとした途端になぜか弦がしなってしまい、それが彼の男性自身を想像させて客席から嘲笑がとぶ。こちらも撮影はされたが、映画には使用されなかった。

ジーン・ハックマン、ジョディ・フォスター、ウィリアム・ハート等ウディの映画には大物俳優が出演するケースが多い。一体どうやってそれらの俳優に出演してもらうのか。「影と霧」でマドンナが空中ブランコの芸人として出演したいきさつをウディはこう語る。「奇妙なことに私はたんに役にふさわしいと思った人物をキャストしているだけなんだ。マドンナは典型的なケースだよ。『影と霧』では1920年代のサーカスの空中ブランコ芸人が必要だった。キャスティングのジュリット・テイラーがぼくらが求めている人物のタイプを示すために『つまりマドンナみたいな人のことかしら』と言い、私も『そうだ、彼女なら完璧だ』と同意した。そこでジュリエットは彼女に電話をかけ、それはほんの2〜3分のシーンだと伝えた。マドンナの反応はたいていの俳優と同様に『ええ、いいわ。』というものだった。完璧だね。これなら彼女にはそう負担にはならない。さっと来て1週間か2日かだけ働く。彼女は楽しんでいたよ」

6. Woody Allen, Auteur: The Books and Essays
ウディの著書「羽根むしられて」「これでおあいこ」「ぼくの副作用」に収録されている小品の解説。上記3つはいずれも翻訳されているので詳細は割愛。ただ翻訳版の「ぼくの副作用」には「Confession of a Burglar」のみなぜか収録されていない。これは「泥棒野郎」のヴァージルにも似たある泥棒のちょいとおかしな回顧録。

7. Woody Allen, Recording Star: The Records
ウディがスタンダップコメディアンだった頃の舞台のレコードの紹介。「ウディアレン」「ウディアレン、ボリューム2」「サード・ウディアレン・アルバム」の3作品、及びそれらを再編集した「ウディアレン:ナイトクラブイヤーズ、1964−1968」「ウディアレン・スタンダップコミック、1964−1968」の解説。現在手に入るのは後2者の編集版のみなので、前者を後者に編集する際にカットされてしまったジョーク等を細かく解説しているのがうれしい。

前述の「ヘラジカ」や「誘拐」等はもちろん、細かいジョークに至るまできちんと収めている。短いながら冴えのある「エッグス・ベネディクト」は全文掲載されている。「ある時私は胸に痛みを感じたことがありました。・・・でも医者にかかって25ドルも払ってただの胸焼けだったらくやしいので、医者には行かなかったんです。ただ痛みが胸だったので心配は心配でしたが。すると友人のエッグス・ベネディクトも同じところが痛むので医者に行ったんです。・・・医者での診断は胸焼けで、彼は25ドル払いました。私は25ドル節約できしめしめと思いましたよ。2日後、私は彼に電話しました。彼は死んでいました。私は大急ぎで病院に駆け込み、精密検査を受けました。その結果は胸焼けで、私は110ドル払いました。・・・私は彼の母親を訪ねて聞きました。『彼は苦しみましたか?』『いいえ、あっという間でしたの。車にはねられてそれっきりだったんです』」

また全人類がちょうど1時間眠りに落ち、目が覚めたらクリーニング屋になっており、宇宙人がズボンを引き取りに来るのだが、地球人に「ズボンはまだできていません。木曜日にまた来ていただけますか?」と言われて怒るというギャグは後の「UFOの脅威」(「ぼくの副作用」収録)につながるが、このように後年の別の作品につながるギャグも散見される。とにかくおかしいことこのうけなく、くだんのCDを聞きながら読むと一層笑える。映画や本ではお目にかかれないウディのギャグがぎっしりつまっている。

8. Woody Allen, Playwright: The Plays
ウディは「ドント・ドリンク・ザ・ウォーター」「ボギー!俺も男だ」「死」「神」「フローティング・ライトバルブ」等の戯曲も発表しており、本章ではウディの戯曲の内容や公演、批評等が記載されている。

「ドント・ドリンク・ザ・ウォーター」はウディが「カジノロワイヤル」の撮影のためにヨーロッパに行った時、自分の出番がまわってくるのを待っている間に書き上げた作品で、1966年11月にブロードウェイのモロスコ劇場で上演された。(「ラジオデイズ」でこの劇場の名前が登場人物の口から出てくるシーンがあるという。)鉄のカーテンの向こう側のとある共産主義国でスパイに間違われた米国人一家の脱出騒動をコミカルに描いている。「セックスの全て」で女装趣味の中年男を演じたルー・ジャコビが出演し、ウディは出演していなかった。「ドント・ドリンク・ザ・ウォーター」は1969年にウディの手は全く経ずに映画化されていたが、ウディとしては不満が残っていたらしく、1994年にウディ自身の手でTV化されている。舞台でルー・ジャコビが演じていた父親役をウディ自身が、その妻にウディ映画常連のジュリー・カヴナー、お調子者の大使の息子をマイケル・J・フォックスが演じ、撮影をカルロ・デ・パルマ、編集はスーザン・モースとTVながらウディの映画のいつもながらのスタッフがそろっている。94年12月18日には米ABC−TVで放映された。

「フローティング・ライトバルブ」は1945年のブルックリンを舞台にした、夢破れたユダヤ人一家のシリアスな物語で、1981年4月にヴィヴィアン・ボーモント劇場で初演された。「カイロの紫のバラ」のダニー・アイエロが一家の父親役で出演している。「ドント・ドリンク・ザ・ウォーター」と「フローティング・ライトバルブ」はそれぞれ未邦訳。

9. (Tele) Vision of Woody: The TV Work
1950〜60年代にウディが多数こなしたTVの仕事の紹介。1955年に20才の時にNBCの「コルゲート・バラエティ・ショー」の脚本を書いて以来、「シド・シーサース・チェヴィ・ショー」でエミー賞にノミネートされたり、「エド・サリヴァン・ショー」に出演した時のことなどが書かれている。69年に友人のディック・カヴェットのショーに出演したシーンは後に「アニーホール」に使われている。

10. Woody Allen, Culture Animal: Woody's Cultural Influences
ウディがその影響を受けたと思われる数多くの芸術家をアルファベット順に列挙し、その影響が現れている作品名をあげている。例えばイングマール・ベルイマン(「愛と死」「インテリア」「私の中のもう一人の私」他)、グルーチョ・マルクス(「バナナ」「スリーパー」他)といった具合で総勢191人の名前があがっている。

11. Wooden Poses: The Reel Woody Allen - The Characters Woody Has Written for Himself & the Creation of the 'Woody Allen' Myth
BBCのインタビュアーはウディに「あなたは単にギャグを作りつづけたのではなく、一つのペルソナ(人格)を創りあげたのだ。」という指摘をする。筆者はこの指摘を発展させ、ウディが自作で演じた人物について解説する。私たちはしばしば、ウディが映画の中で演じてきた神経質でひ弱なインテリをウディの実像と誤解してしまう。しかしウディ自身が自分にもっとも近い人物としてあげた3人は「インテリア」のイブ(ジェラルディン・ペイジが演じた)、「カイロの紫のバラ」のセシリア(ミア・ファロー)そして「私の中のもう一人の私」のマリオン(ジーナ・ローランズ)である。筆者はそれらの人物がウディのどういう部分を表現しているのか、それぞれの人物のセリフを引用しつつ興味深く分析している。

12. Seen Scenes: Woody Allen's (Almost) Obligatory 'Going to the Movies' Scenes and References in His Film
ウディの映画では多くの場合、登場人物が映画や演劇、TVを見たり、それらについて話したりするシーンがある。それらを作品毎につづったもの。「カイロの紫のバラ」でミア演じるセシリアはミアの実姉のステファニーが演じる姉に彼女が「OKアメリカ」を2回見たと語っているが、実はこの1932年の映画にはミアとステファニーの母親のモーリン・オサリヴァンが出演している。

13. 'This Is Really a Great City': Big Apple Landmarks in Annie Hall, Manhattan, and Hannah and Her Sisters
「アニー・ホール」「マンハッタン」「ハンナとその姉妹」の3作品のロケシーンを紹介しているが、残念なことに地図が付いていないため、ニューヨークの地理に不案内な人間はよく分からない。ちなみにウディのアパートはセントラルパーク東5番街にある。彼が毎週月曜日にクラリネットを吹いているマイケルズ・パブは211 East Fifty-fifth in Midtown Manhattanに、彼の映画にもたびたび出てくるレストランのエレインズは1702 Second Avenueにある。

14. When Harry met Sally ... : The 'Woody Allen Movie' Not Made by Woody Allen
1989年の「恋人たちの予感」(ノラ・エフロン脚本/ロブ・ライナー監督)は公開当時からウディの映画との類似性が指摘されていた。脚本を書いたノラ・エフロンは「心みだれて」の脚本でも知られているが、ウディのファンであるらしい。1989年の雑誌プレミアの記事を元に筆者独自の発展も加えながら、2つの映画の類似点をあげていく。

15. Driving Mr. Woody: Woody ('you Know I Don't Drive Well') Allen's Driving Scenes
この章のタイトルはもちろんあのアカデミー受賞作品からとられている。映画の中でウディが車を運転するシーンを抜き出している。車嫌いで知られるウディだが、意外に車を運転するシーンは多い。

16. 'Woody in Wonderland' by John Taylor
永年ウディにほぼ完全な芸術的自由を与え、その多くの作品を製作してきたオライオンの経営危機により、ウディの芸術的自由は先行きが不透明となっている。ウディがもし大資本の映画会社でその作品を製作しようとしたらどうなるのか。この章は1991年にニューヨーク誌に掲載されたもので、ウディの架空の新作脚本「秋の間奏曲」の製作依頼にパラマウントやワーナー等の映画会社がウディに返事をしたとしたらと想像したものである。しかし実際問題ウディはハリウッド式の「プロジェクト」と呼ばれる映画製作方式には非常に懐疑的で、100%彼の芸術的自由が保証されない環境では決して映画を作ることはないだろうと思う。

Appendix 1. The Film Credits: The Cast and Crew of Woody Allen's Films
ウディの全作品の出演者、スタッフらのクレジット。

Appendix 2. Woody's Favorites: Actors and Actresses Woody Has Used in More Than One Film
ウディの映画に2回以上出演した俳優のリスト。「カイロの紫のバラ」のダニー・アイエロは最終版からカットされてしまったものの「アニーホール」にも出演するはずであったという。

Appendix 3. Through Woody's Ears: The Music in Woody Allen's Life and Films
ウディの全作品で使用された音楽のリスト。

Appendix 4. Woody and the Oscars
「賞のコンセプト自体が馬鹿げている」とアカデミー賞に批判的なウディが「アニーホール」がアカデミー賞を受賞した時もいつも通りニューヨークのマイケルズパブでクラリネットを吹いていたのは有名な話である。そんなウディのアカデミー賞のノミネートと受賞の記録。この本の後で「ブロードウェイの銃弾」でダイアン・ウィーストが「ハンナとその姉妹」に続いて2度目のオスカーを受賞している。

Appendix 5. Woody, the Actor: The Directors Woody Has Worked For
ウディが監督としてではなく純粋に「俳優として」出演した作品リスト。「ボギー!俺も男だ」やゴダールの「リア王」、マザースキーの「結婚記念日」等の6作品。

Appendix 6. The Uncollected Nonfiction
ウディがプレイボーイ誌やエスクワイヤ誌のために書いた映画紹介の記事のリスト。そのいくつかは本書に抜粋されている。

Annotated Bibliography
ウディについて書かれた書籍のリストとその紹介。ほとんどが未邦訳で、資料として貴重なものも多いが、残念なことに多くは絶版となっている。ウディの友人Eric Laxの「Woody Allen : A Biography」をウディの伝記の決定版として推奨している。私が1993年にカナダにいた頃はペーパーバック版がかなり本屋に置かれていたので、まだ発注すれば手に入るかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マーシャル・ブリックマンは「アニー・ホール」の脚本をウディと共作していた時に、彼らが現在作っている映画が独創的すぎて客が入らないのではないか、との懸念をウディにぶつけた。ウディは言った。「人生で唯一確かなことは、人生は2度と繰り返さないということだ。だからもし君が優れた芸術家であるならば、思い切って跳躍しなければならない。もしそれで崖から落ちる羽目になったとしても、少なくとも落ちる途中の眺めを楽しむことは出来るよ。それに本当に行う価値のあることとは、確実なことではなく、まだ誰も行ったことのないような、むしろ君を不安に感じさせるようなことだ。」そして彼はこう付け加える。「芸術的に独創的な作品だって、必ずとは言えないが、商業的な成功を収める時もある」

ウディはその言葉を実行し続けている。彼はこれからどのような跳躍をみせてくれるのだろう。


前の画面に戻る 初期画面に戻る

ホームページへの感想、ご質問はこちらへどうぞ

96年2月1日作成