幻の映画 ウィリアム・ギブソンの『エイリアン3』


<解説>

『エイリアン3』は、79年の『エイリアン』(監督リドリー・スコット)、86年の『エイリアン2』(監督ジェームズ・キャメロン)に続くシリーズ第3作としてデビッド・フィンチャー監督で製作され、92年に公開された。このシリーズ宇宙航海士リプリーと狂暴な宇宙生物エイリアンとの宿命の闘いを描きつづけてきたが、この『エイリアン3』のストーリーが決まるまでには大いなる紆余曲折があり、最終的に撮影開始直前に決定稿が出来るまでに3人の監督と8人の脚本家の手を経ていた。ストーリー決定がもめた大きな理由は『エイリアン2』の予想以上のヒットでプロダクションが続編の製作を決定したものの、三作目のストーリーには何を求めたらいいか、最後まで優柔不断だったためである。たしかに『エイリアン』はホラー、『エイリアン2』は戦争アクションに分類され、しかも面白い作品に仕上がっていた。プロダクションは前2作とは違い、しかも観客がみたことのないような作品を作ろうとしていた。そうして一番最初に脚本を依頼されたのが、SF作家ウィリアム・ギブソンであった。

 ウィリアム・ギブソンは48年に米国のサウスキャロライナ州コンウェイで生まれた。コンピュータネットワークや仮想現実の世界を扱ったサイバーパンクという分野のSF作家の第一人者で、84年の『ニューロマンサー』はヒューゴ賞、ネビュラ賞を受賞。他に『カウントゼロ』『モナリザオーバードライブ』などの作品がある。ギブソン自身「『エイリアン』は私の作品に影響を与えた。(乗組員が宇宙船内で汚れたスニーカーをはいていたりするなど)初めて”汚れた台所の流しのような”(現実の生活感のある)宇宙船が登場し、大いに感銘を受けた。作家活動を始めた時も、私はそういった作品をめざしていた」と語っており、執筆には大いに乗り気であった。

 ところであまり知られていないが、プロダクションは当初2つの続編『3』と『4』を同時進行で製作するアイデアをもっていた。両方ともエイリアンを兵器として利用しようとする”カンパニー”とソ連を摸した社会主義勢力との対立を軸に、『3』では『エイリアン2』の生き残りのヒックスが、『4』ではリプリーがメインにエイリアンと闘うという構想であった。(後にこのアイデアは破棄された。)そしてギブソンは『3』の脚本を依頼された。ギブソンはこの構想に基づいて、宇宙ステーション「アンカーポイント」を舞台に、リプリーが事故で昏睡状態に陥ったため、ヒックスとビショップが中心になってエイリアンと闘うというストーリーを練りあげた。

 シナリオ執筆は、ギブソンの脚本家としての経験の不足やきびしいスケジュール(脚本家組合のストが2ヶ月後に迫っており、それまでに第一稿を完成させる必要があった)といった困難な状態の中で進められた。ギブソンはなんとか締切前の87年12月にシナリオを完成させることができた。シナリオには面白い要素も多かったが、プロダクションがギブソンに期待したサイバーパンクの要素がないことや、現実の社会で起こりつつあったソ連の崩壊で宇宙を舞台にした社会主義対自由主義の対立というモチーフが古いものになりつつあったこともあり、ギブソンに書き直しを依頼した。しかしこの結論が出るまでだいぶ待たされたギブソンは、別の映画会社から彼の短編『記憶屋ジョニー』(映画化名『JM』)のシナリオの依頼を受けていたため、『エイリアン3』の書き直しは断った。こうしてギブソンは『エイリアン』の製作からぬけ、そのシナリオも映画には使用されなかった。

 『エイリアン3』のシナリオはその後紆余曲折を経て、結局ヴィンセント・ワードの執筆したものをベースにプロデューサーのデビッド・ガイラーとウォルター・ヒル自身が書いたものが決定稿となり、デビッド・フィンチャーが監督して、映画は92年に公開された。ギブソンのシナリオの要素で映画に残ったのは、UPPの兵士が身元確認用に腕に(映画では囚人の頭に)彫られたバーコードの刺青ぐらいであった。しかしギブソンのシナリオには、宇宙での米ソ二大陣営の対立やバイオテクノロジーによるエイリアンの生物兵器化、感染するとエイリアンになってしまうウィルスといった面白いモチーフが多く含まれている。

 ギブソンのシナリオはTHE CINESTORE(豪・シドニー)で売っており、またインターネットでもhttp://found.cs.nyu.edu/michael/alien/ALIEN3.txtでダウンロードすることができる。


<登場人物>

リプリー 宇宙航海士。宇宙貨物船ノストロモ号と惑星LV−426からのスラコ号の生還者。

ヒックス 宇宙海兵隊員。惑星LV−426からのスラコ号の生還者。
ビショップ アンドロイド。惑星LV−426からのスラコ号の生還者。
ニュート 少女。惑星LV−426からのスラコ号の生還者。

タリー アンカーポイントの生物学研究者。

ジャクソン タリーの上司(女性)。
スペンス タリーの同僚(女性)。
オードリー スペンスの同僚。
ロゼッティ 宇宙海兵隊大佐。アンカーポイントの指揮官。
フォックス カンパニーの兵器部員。
ウェルズ カンパニーの兵器部員(女性)。
トレント アンカーポイントの指導部。宇宙生物学者。
シューマン アンカーポイントの指導部。外交問題責任者。
ウォーカー アンカーポイントのリペアショップ技術者。

サスロフ UPPの宇宙ステーション「ロディナ」の指揮官。

ブラウン 「ロディナ」の調査・開発責任者。
<あらすじ>

 前2作同様、映画は宇宙を漂う宇宙船から始まる。植民惑星LV−426でのエイリアンとの死闘の末に地球への帰途に着いたスラコ号は、途中ナビゲーションシステムの故障で、UPP(Union of Progressibe People)の領域を侵犯してしまう。UPPのパトロール艇がスラコ号に近づき、3人の偵察隊員が船内に侵入する。侵入者たちは、リプリーら乗組員が人工冬眠中のカプセル室へと入り、そこでエイリアンの卵に寄生されたビショップのカプセルを発見する。偵察隊のリーダーがよく観察しようと卵に近づいた時、卵からフェースハガーが飛び出してリーダーの顔に付着する。リーダーはパニックに陥って宇宙船のエアロックを開けてしまい、エイリアンごと宇宙へ吸い出されてしまう。残った2人はエイリアンの謎を解明するため、エイリアンの寄生したビショップのボディーを回収する。そしてスラコ号はそのまま自動的に針路を修正し、航海を続ける。

 ウェイランド・ユタニ社の前哨基地、アンカーポイント(小惑星程度の大きさの宇宙ステーション)。生物班のタリーは上司のジャクソンから、4年前に惑星LV−426へ向かったスラコ号が帰還した旨の連絡を受けるが、なぜかカンパニーの兵器部は彼にスラコ号を生物学的に封鎖するよう命令をする。タリーは基地の海兵隊員とともにスラコ号に乗船して調査を行うが、一行は船内で2匹のエイリアンに襲われる。海兵隊員は驚いて船内でナパームを使ってしまう。エイリアンは退治されたが、リプリーのカプセルは炎に包まれる。やがてアンカーポイントで目覚めたヒックスとニュートは、リプリーが事故の後遺症で昏睡状態のまま目覚めようとしないことを知る。

 一方、UPPの宇宙ステーション、ロディナではUPPの大佐サスロフがスラコ号に侵入した偵察隊の報告でエイリアンの存在を知り、ビショップを分解してその秘密を究明しつつあった。

 アンカーポイントにカンパニーの兵器部のフォックスとウェルズが到着する。二人はアンカーポイントの責任者ロゼッティ大佐にエイリアンの解明に関して協力を要請、「アンカーポイントは植民管理省の管轄下にあり、軍の命令は受けない」としぶるロゼッティを半ば脅迫して協力させる。

 人工冬眠から回復したヒックスは、ロゼッティやフォックス、ウェルズなどの幹部の査問を受ける。エイリアンの危険性を訴えるヒックスに一同は耳を貸さず、エイリアンについてより詳しい情報を求めたり、UPPがエイリアンをすでに入手している可能性を指摘して政治的危機感をあおったりするばかりで、ヒックスは上層部への不信を強める。

 ニュートはスラコ号で地球へと戻り、オレゴンに住む祖父母に引き取られることになる。意識の戻らないリプリーの部屋の壁に、ニュートは自分の連絡先を貼る。ニュートは去り、ヒックスは一人になる。

 UPPのロディナでサスロフが数名のテクノクラートと会議をしている。UPP側はウェイランドユタニがエイリアンを使った新兵器を開発中との情報を入手しており、彼らの側でも開発を進めるために時間稼ぎとして、平和的ジェスチャーとしてビショップを返還することにする。

 そのアンカーポイントではスラコ号から回収したエイリアンの細胞の培養がタリーやその同僚スペンスらによって進められていた。エイリアン細胞は無気味な増殖を続ける。突然UPPの宇宙艇がやってきて、アンカーポイントの外交担当士官と緊張したやりとりをした後、ビショップを返還して立ち去る。

 ヒックスはその後の身の振り方が決まるまで、アンカーポイントのリペアショップで働くことになる。ある時、仕事帰りにバーによったヒックスは偶然、酔ったタリーからスラコ号にエイリアンがいたことを聞き、驚く。さらにヒックスはスペンスから、カンパニーによってエイリアン細胞の培養が進められていることと、UPPに拉致されていたビショップが戻ったことを聞かされる。

 UPPのラボでもすでにビショップの体内から採取したエイリアン細胞の培養が進んでおり、チェストバスターまで成長していた。

 ヒックスはビショップに再会し、エイリアンがアンカーポイントで培養されていることを伝え、ともにそれを阻止しようと誓う。一方でビショップは自分がUPPに拉致されているあいだに彼らによってリプログラムされている可能性があり、知らぬ間に敵の工作員として行動しているのではないかとの不安を隠せない。ともかく二人は協力してエイリアン細胞のある部屋に忍び込み、サンプルを破壊する。二人は捕らえられる。

 アンカーポイント幹部による緊急対策会議の席上、ウェルズは破壊されたもの以外に別のエイリアン細胞のサンプルが存在し、スラコ号に載せられて地球へ向かっていると語る。しかし話している途中でウェルズは突然胸をかきむしって苦しみ出す。驚く一同の目の前で、ウェルズの皮膚が破れ、身体の下からうろこのような皮膚が現れ、ウェルズは恐ろしいエイリアンに変貌する。エイリアンはその場でフォックスを殺し、逃げていく。同じ頃エイリアン細胞の培養をしていたタリーもエイリアンに変身していた。ロゼッティはヒックスとビショップの拘束を解いてエイリアンを追跡させる。ヒックスらは地下トンネルでエイリアンと交戦するが、かなわずに撤退する。

 その頃ロディナでも暴走したエイリアン細胞によってエイリアンが発生し、サスロフら幹部は殺され、乗組員のほとんども追い詰められてしまう。

 ヒックスやロゼッティらはコントロールルームにたてこもる。一番近いステーションのカンサスシティからでも救援には20時間かかる。しかしビショップはアンカーポイントが、感染した人間をエイリアンにしてしまうエイリアンウィルスに汚染されていることを指摘し、核による自爆を主張する。一同はまたロディナから入った交信でUPPのステーションでも同様のことが起きたことを知る。しかもロディナからの要請でかけつけたUPPのストイコ号はアンカーポイントの一同の目の前でロディナを核攻撃し、すべてを破壊する。

 ヒックスは眠り続けるリプリーを救命艇に乗せ、アンカーポイントを脱出させる。そして数名の部下をつれて基地内のエイリアンを撃退しにいく。ヒックスらはトンネル内で、身体からエイリアンウィルスの胞子を発しているクィーンエイリアンを発見、間一髪で空調を止めさせてウィルスの蔓延を防ぐが、部隊はエイリアンにやられて全滅する。

 コントロールルームに戻ったヒックスは、アンカーポイントをロディナ同様に核で128人の生存者もろとも自爆させることを主張するが、指揮官のロゼッティは生存者の救出を主張。言い合う室内にもエイリアンが侵入し、一同は救命艇をめざして部屋を脱出する。ビショップはアンカーポイントを核で自爆させるためにヒックスにのみうちあけて一同から分かれる。ヒックスは22:00に爆発をセットすることを約束し、コンピュータ室に入る。

 ヒックスらは途中で生存者を助け、エイリアンと闘いながらついに救命艇にたどりつく。しかし救命艇の入り口にはエイリアンが待ち伏せしていた。近くの部屋に逃げた一同はエアロックを開けて宇宙から救命艇に入ろうとする。真空や低温をものともしないエイリアンは宇宙空間へも追ってくる。すでに生存者はヒックス、スペンス、ジャクソンの3人だけ。爆発の時刻は刻一刻とせまる。ついにだめかと思われた瞬間、ビショップが現れてエイリアンをなぎたおす。爆発の時刻は当初の予定より30分後の22:30にのばしたという。4人はようやく救命艇にたどりついたが、救命艇内にもすでにエイリアンがおり、ジャクソンはクイーンエイリアンに殺される。そのクイーンをビショップが仕留めたところで、ロディナからの唯一の生存者(初めにスコラ号に侵入してビショップを拉致したベトナム人女性兵士)の宇宙艇が一同を救出し、アンカーポイントが爆発する前に間一髪で脱出する。

 艇内でビショップは、生存者(ビショップ、スペンス、ベトナム人女性兵士)がエイリアンウィルスに感染していないことを確認した後、人類とエイリアンとの対決がさけられないものであるとはっきりと告げる。すでにスラコ号は地球に向かっていた。人類の未来への不安を残しながら宇宙艇はカンザスシティへと向かう。


<見所・名シーン>

  • 昏睡状態のリプリーを見守るニュート。その言葉にはリプリーへのいたわりがあふれている。

    スペンス「眠るほうがいい時もあるわ。つらいことがあった時には」
    ニュート「リプリーは夢を見るの?」
    スペンス「さあ」
    ニュート「夢を見てなければいいけど(It's better not to.)」

  • ロディナに戻ってUPPのサスロフ大佐にエイリアンとの遭遇について報告するベトナム人女性兵士の腕にはIDを示すためのバーコードが刺青されている。ギブソンのシナリオは採用されなかったが、このバーコードの刺青というアイデアだけは映画まで残り、惑星フィオリナの囚人の後頭部にバーコードが見えるシーンがある。

  • UPPから解放されたビショップは、自分がUPPのために行動するよう拘束中にリプログラムされているのではないかという不安を抱き、それがストーリーにサスペンスを与えている。

    ビショップ「・・ただ君が私を完全に信頼していいかどうか自信がもてないんだ」
    ヒックス「何だって?」
    ビショップ「UPPは私をリプログラムしたかもしれないんだ。もちろん私は徹底的な検査を受けたけれども、それでも可能性は残っている」
    ヒックス「自分では分からないのか?」
    ビショップ「ああ。私は敵の工作員として行動しているかもしれないんだ」
    ヒックス「何てこった」

  • アンカーポイントがエイリアンに占領されつつある中、ヒックスは眠ったままのリプリーを一人乗りの救命艇に乗せて脱出させる。エイリアンウィルスを広げることになったのではないかと不安なビショップに、ヒックスは機械ではわりきれないリプリーへの思いをつぶやく。

    救命艇発射口。
    リプリーの救命艇が暗い宇宙空間に発射される。

    救命艇発射室内。
    ビショップが入ってきてヒックスの後ろに立つ。

    ビショップ「彼女が(エイリアンウィルスに)感染してないと言い切れるのか?」
    ヒックス「チャンスに賭けたんだ(I'll take the chance.)」
    ビショップ「どうして?」
    ヒックス「借りがある(I owe her one.)」

  • アンカーポイントを核自爆させるためにビショップはコンピュータールームに侵入する。その際にコンピューターから身分証明を求められて「ビショップ、サイエンスオフィサー、ハイパーダインA/5、3型」と言う。これは「サイバーダイン101型」の型名をもつ『ターミネーター』へのギブソンのオマージュだろうか。

  • アンカーポイント内でエイリアンの追撃をかわしながら救命艇へ急ぐヒックスら。途中で合流した生存者の一人タツミがエイリアンに襲われて重傷を負い、ヒックスは鎮静剤を打つ。その時のやりとりが「日本好き」のギブソンの一面が見えて面白い。

    ヒックス「彼の名前は?」
    ジャクソン「タツミよ」
    ヒックス「カクテルだぞ、タツミ!」

    ヒックスは圧力タンクのついた銃の形をした鎮静剤を取り出す。

    ヒックス「ヘロインより6倍きついやつだ、ギンザじゃ手に入らない代物だぜ(Can't get this on the Ginza, fella.)」

  • ようやくエイリアンから逃げきり、アンカーポイントの爆発を見届けた上でカンサスシティへ向かうUPPの宇宙艇内で、ビショップはヒックスに人類とエイリアンとの避けがたい闘いについてこう語り、映画は終わる。(この時点ではリプリーを主人公にした『エイリアン4』の製作が検討されており、その続編へのつなぎとなるセリフでもある。)

    ビショップ「起源だよ、ヒックス。エイリアンのもとを辿って、最初の起源をつきとめなければならない。そしてそれを破壊するんだ」
    ヒックス「どうかな、ビショップ。それより我々はエイリアンを避けていた方がいいんじゃないのか」
    ビショップ「それは不可能だよ。これは単に2つの種族の競争というにとどまらない。2つの生命体は生物学的に対局にあるのだよ」
    ヒックス「どういうことだ」
    ビショップ「この2つの種族が宇宙で共存していくことは不可能なのだ」
    ヒックス「そんなばかな、ビショップ」
    ビショップ「本当だよ。そして闘いはすでに始まっているんだよ、ヒックス。絶滅への闘いがね。エイリアンには他の生き方はないんだ」
    ヒックス「何てこった。我々はすでに彼らと闘い続けてきた」

    ヒックス、眠っているベトナム人女性兵士を見下ろす。

    ヒックス「彼らの兄弟姉妹ら全員とだ。それがこんな結果になってしまった」
    ビショップ「しかし君にはもう本当の敵がわかったはずだ、ヒックス。彼女もだ。我々の敵は彼女ではないし、我々も彼女の敵ではない。宇宙は適者生存で動いているよ、ヒックス。(This is a Darwinian Universe, Hicks.)最後に生き残るのはエイリアンだろうか?(Will the alien be the ultimate survivor?)」


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    96年11月1日作成