【米国時代のフリッツ・ラング】

『ビッグヒート 復讐は俺に任せろ』
THE BIG HEAT


犯罪組織に妻を殺された刑事の復讐の物語。ハリウッドイズムとラングの感性がミックスしたフィルムノワールの佳作となり、ヨーロッパなどで高く評価された。

警察の記録係トム・ダンカンが自宅で拳銃自殺し、政界の大物ラガーナが配下のギャングを使って市政を牛耳っており、自分もそれに荷担したとの遺書を残した。だがトムの妻バーサは遺書を隠し、それをネタにラガーナをゆする。刑事デイブ・ダニアン(グレン・フォード)は、トムが健康で悩んでいたとのバーサの説明に疑問を抱く。トムの情婦だったという酒場の女ルーシーからの証言も彼の疑問を裏付けるが、ルーシーは何者かに殺される。捜査の手を広げようとするデイブに警察上層部から圧力がかかるが、デイブは無視してラガーナの邸を訪れる。そしてラガーナに警告を与えると、その用心棒を殴り倒す。翌日、家に帰ったデイブは家族とくつろぐが、出かけようとした妻ケイティは車に仕掛けられたダイナマイトで爆死する。デイブは上層部の捜査方針への疑問を口にして、署長からバッジを取り上げられるが、独自の捜査を開始する。彼は酒場でラガーナの子分ヴィンス(リー・マーヴィン)とその情婦デビー(グロリア・グレアム)に接近し、ヴィンスの目を盗んでデビーを連れて出し、情報を取ろうとする。デビーがデイブに連れて行かれるのを遠くから見ていたヴィンスは、戻ってきたデビーに怒りをぶつけ、彼女に熱いコーヒーを浴びせて顔半分に醜い火傷を負わせる。ヴィンスの元を逃げたデビーは、デイブのホテルに身を寄せる。デイブは爆破された車を回収したスクラップ業者に話を聞きに行くが、業者はかたくなに口をとざす。帰りしなに秘書の女性が、ラリーというギャングから口止めされていると教えられたデーブは、デビーの情報でラリーの元を訪れる。ラリーをたたきのめして、すべてを白状させる。一方、バーサが自分の身に何かあればトムの遺書が公開される手はずを整えていると知ったデビーは、ヴィンスへの復讐のためにバーサを射殺する。そしてアパートに戻ってきたヴィンスに、デビーは熱いコーヒーをかける。怒りに燃えるヴィンスはデビーを射つが、かけつけたデーブが応戦する。テラスでの激しい銃撃戦の後、ヴィンスは降伏し、かけつけた警官に逮捕される。だがデビーはデーブの腕の中で息を引き取る。事件は解決し、職務に復帰したデーブの刑事としての一日がまた始まるのだった。

52年12月から53年2月にサタデー・イブニング・ポスト紙に連載されたウィリアム・P・マクギャヴァンの小説が原作で、連載中の53年1月にコロンビアが映画化権を買い取った。そしてブラックリストの取調べを終えてスタジオに戻ったばかりだったラングによって、映画化の準備が始まった。脚本のシドニー・ボームは長らく新聞記者を務めたことがあり、犯罪の世界については非常に詳しかった。完成した脚本は魅力的な登場人物やセリフを生み出し、映画の完成度の高さに大いに貢献した。この脚本は全米ミステリー作家協会からエドガー・アラン・ポー賞を受けている。

美術セットの素晴らしさも、この映画で特筆される点である。ヴィンスのアパートのテラスは、背景に明りのたくさんついた都会の高層ビルが見え、本当に街の真中にいるような錯覚すら覚える。デーブが聞きこみを行う廃車回収業者の事務所は、暗くて室内にがらくたがちらかっており、異様な雰囲気をただよわせている。

ギャングの情婦デビーを演じたグロリア・グレアムの演技の素晴らしさが光っている。彼女は前年の『悪人と美女』でアカデミー助演女優賞を受けていた。気が強かったために撮影現場で監督のラングとも衝突したが、ラングも彼女以上にタフだったため、撮影にも大きな支障はなかった。

この映画では、ギャングによる女性への暴力が荒々しく描写されている点が注目される。トムの情婦ルーシーの死は新聞記事で報じられるのみだが、デーブのセリフで、彼女がさんざん痛めつけられたうえに火のついたタバコを身体に押し付けられるなどされていたことが明らかになる。またギャングの情婦デビーはギャングのヴィンスから熱いコーヒーをかけられて大火傷を負う。この場面では、カメラはヴィンスがコーヒーをかける様子のみを映して、デビー本人の姿は映さず、その悲鳴を画面外から聞かせることで、かえって暴力的な印象を与えるのに成功している。この場面での暴力の印象があまりにもあらあらしいため、後にデビーがヴィンスに同じように熱いコーヒーをかける場面では、観客は大喝采をおくっていた。

53米/監督フリッツ・ラング/脚本シドニー・ボーム/撮影チャールズ・ラングJr/音楽ミッシャ・バカライニコフ/出演グレン・フォード、グロリア・グレアム、ジョスリン・ブランド、アレクサンダー・スコービー、リー・マーヴィン/90分/白黒


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2002年8月6日作成