『シャイニング』 カットされたラストシーン(シナリオ)
脚本共作ダイアン・ジョンソンのインタビュー
脚本共作ダイアン・ジョンソンと女優シェリー・デュヴァルのインタビュー

シーンA153
病院(室内)
ルマンが来て、受付で立ち止まる。看護婦とダニーが「ヘビと階段」というボードゲームをしている。
ルマン
こんにちは、みんな
看護婦
こんばんは、ルマンさん
ルマン
調子はどうだい、ダニー?
ダニー
まあまあかな
看護婦
元気です。そうでしょ、ダニー?
ダニー
ええ
アルマン
それはよかった。今日はトランス夫人の具合はどうですか?
看護婦
だいぶよくなりましたよ。お昼もよく召し上がったし、午後は軽い散歩をしたんです。
アルマン
それはすごい。面会しても構いませんか?
看護婦
もちろんですわ、アルマンさん。
アルマンは受付を離れ、開いたドアに向かって歩いていく。警官が座っている。
アルマン
こんにちは。
警官
どうも。
アルマン、ドアをノックする。
アルマン
よろしいですか?
ウェンディ
どうぞ。
アルマン、病室に入る。
アルマン
今日は具合はどうですか?
ウェンディ
だいぶよくなりました。
アルマン
よかった。それを聞いて安心しましたよ。顔色もいいですね。そうそう、花を買ってきたんですが。
ウェンディ
ありがとうございます。
アルマン
ダニーも本当に元気そうだ。いろいろあったけど、すっかり元に戻ったみたいですね。ところで、ここへ来る途中でエリオット警部補と話したんですが、今回のことについての捜査はすべて終わったそうです。後で自分の口から説明すると言ってました。
ウェンディ
ということは、私たちもう退院してもいいんでしょうか?
アルマン
もちろんですよ。それから、あなた方がホテルで見たことですが、警部補が言うには、隅から隅まで徹底的に調べあげたけれど、異常なものは何ひとつ見つからなかったそうです。トランスさん、おっしゃりたいことがあるかとは思いますが、あなた方が経験されたようなことがあれば、こういうことを想像するのはよく理解できます。もうこのことについて何も考えるべきではありませんよ。退院した後の行き先は決めてますか?
ウェンディ
いいえ。
アルマン
トランスさん、よろしければですが、ダニーと二人でしばらくの間、ロサンゼルスの私の家で過ごされるのはどうでしょう。少なくとも、あなたの気持ちが落ち着くまで。ダニーにとっても、それがいいと思います。すぐ目の前がビーチでしてね。波の音を聞きながら眠り、朝カーテンを開けると、海や青空、そして太陽の光が広がってるんです。まったく気にする必要はありませんよ。家には腕ききの家政婦がいて、ゲスト用のベッドルームが2つあるんです。そうなさるのが、あなたとダニーにとって一番いいと心から思いますよ。断ったりしないで下さいね。
アルマン、受付カウンターに歩いていく。
アルマン(続けて)
では帰ります。そうだ、トランスさんに花をお持ちしたんです。誰かにお願いして、花瓶にさしてもらえますか?
看護婦
ええ、分かりました。
アルマン
さよなら、ダニー。また明日来るからね。
ダニー
バイ。
アルマン、行きかけて振り返る。
アルマン
そうだ、ダニー。これをあげるのを忘れてた。そら。
アルマン、黄色いボールをダニーに放り投げる。
アルマン(続けて)
じゃあ、また明日。
アルマン、去っていく。カメラ、ダニーに固定したまま。


シーン153A
ホテル・ロビー
カメラ、シートに覆われた家具を通り過ぎ、正面の壁にかけられた写真を映す。
画面が暗くなってキャプションが表われ、やがて黒くフェードアウトする。
「オーバールック・ホテルはこの悲劇を乗り越えるだろう。これまで何度もそうしてきたように。ホテルは今でも毎年5月20日から9月20日まで営業を続け、そして冬のあいだは閉鎖される。」
HP "The Overlook Hotel"より

カットされた病院のシーン。今、私たちが目にすることができるのは、この3枚のポラロイド写真だけである。(キューブリックは撮影中に照明の具合を見るため、ポラロイド写真をよく使用していた。)
HP "The Shining" The hospital sceneより

【解説】
このシナリオは『シャイニング』のファンが作成したホームページに掲載されていたものである。ひとつのホームページすべてが『シャイニング』の記事で埋め尽くされており、世の中には本当にこの映画が大好きな人がいるものだと感心する。(私も結構好きだけど。)
以下、気づくままに書き連ねていく。原文を読むと分かるが、アルマンは話の途中で、「Oh(そういえば)」と何気ない風を装って、別の話題を、それもけっこう重要な話題をさりげなく始めることが多い。相手に警戒感を抱かせない如才なさの表れでもあるが、アルマンが他人をコントロールする能力にたけているのがよく分かる。よく練られた脚本だ。警察(という権威)から聞いた話と称してさりげなくウェンディの口を封じようとし、さらには彼女とダニーを自分の手の届く範囲に留めておこうとする。ウェンディを監視するためか、あるいはホテルの亡霊のためにダニーを手元に置こうとするのか。原作のアルマンは単にジャックが不快な人物と感じるだけの存在であるのに対し、映画ではこの場面のために彼の位置づけはまったく変わってしまう。この場面がカットされた理由のひとつもおそらくそれだろう。映画はあくまでジャックに焦点を当てるべきで、ようやく逃げた二人にホテルの手が及ぶエンディングは、面白いけれども、月並みなホラー映画になってしまう。
よく書けた脚本である一方、人物の心理描写や行動は最小限しか書かれていない。おそらく、キューブリックがひとつのシーンを何回も撮影するのはこれが原因だろう。キューブリックはテイクを繰り返す理由として、俳優がセリフをきちんと覚えていない(正しく言わなければ脚本の意図が正しく伝わらない)、俳優がセリフの意味を理解していない(言葉の奥に隠された場面の意味が伝わらない)ことを理由としているが、この場面を読むだけでもその意味が分かる。例えば、この場面の脚本をきちんと読めば、アルマンの訪問が単なる社交辞令や状況説明のためではないことが分かるはずだ。ウェデンィの考えは脚本からはよく分からないが、アルマンに対しさほど警戒は抱いていないように見える。というか、惨劇のショックから立ち直りつつある段階で、まだそこまで考えがまわらないのだろう。一方、ダニーはあからさまな敵意は抱いていないが、「Yes」とか「Okay」とか「Bye」など、最小限の言葉しか発しないことから、やや警戒感を抱いているように見える。ただ、それはアルマンの隠された意図を察してというより、単に事件の後で大人を警戒して、ということのようだ。しかし、最後にアルマンが黄色いボールを投げることで、ダニーにもアルマンが今回の件に深く関わっていることが分かる。ダニーの表情は描写されない。

脚本共作ダイアン・ジョンソンと女優シェリー・デュヴァルのインタビュー

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2015年2月14日作成