海外図書紹介 『フランソワ・トリュフォー書簡集1945-1984』

書名:Francois Truffaut: Correspondence 1945-1984
編集:Gilles Jacob and Claude de Givray
英訳:Gilbert Adair

ISBN :0-374-52202-2
出版社:The Noonday Press
価格:U$19.95
出版年:1990


<内容>
 50年代にフランスで起こり、世界の映画史に大きな影響を残した映画運動ヌーヴェル・ヴァーグ。その中心となって『大人は分かってくれない』『突然炎のごとく』など多くの名作を発表し、多くの人に愛されながら早世したフランスの映画監督フランソワ・トリュフォーの書簡集『Francois Truffaut: Correspondance』(88年に仏で出版)の英訳版。

 収録されているトリュフォーの書簡は、『勝手にしやがれ』のジャン=リュック・ゴダール、『死刑台のエレベーター』のルイ・マル、『獅子座』のエリック・ロメールといった同志のフランス人監督や、彼の作品の多くの音楽を手がけた盟友ジョルジュ・ドリュリューやトリュフォーが敬愛して止まなかったサスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコック、長年の友人であったヘレン・スコットやロバート・ラチネー宛のものなど数百件に及ぶ。またヒッチコックやマックス・オフュルス、ゴダール等からトリュフォー宛の書簡も併せて収録され、往復書簡として前後の内容が分かるようになっている。日本人では『華氏451度』『アメリカの夜』のシナリオ翻訳をし、トリュフォーに関する多くの著作で知られる山田宏一氏宛のものが唯一収録されている。『大人は分かってくれない』他アントワーヌ・ドワネル物シリーズなどでトリュフォーの分身ともいえる役を演じたジャン=ピエール・レオや、『隣の女』『日曜日が待ち遠しい!』などに出演し、トリュフォー晩年のパートナーでもあったファニー・アルダン宛のものはない。

 書簡の内容はそれぞれだが、どれもトリュフォーの細やかな心配りややさしさが伝わってくるものばかりである。俳優ジャン=ルイ・トランティニャン宛に『日曜日が待ち遠しい!』の出演依頼をした手紙では、ストーリーや主な配役、キャスト、スケジュール(撮影は4ヶ月後に始まり、8週間続く予定)などを丁寧に説明した後で「もしシナリオが気に入らなければはっきり言ってもらってまったく構わない。逆に、あたかも靴を選ぶのと同じようにこの役を引き受けてくれれば、どんなに歩こうともまるでシカ皮の靴を履いているかのように、あなたの足が痛むことはないでしょう」と文学的な表現でトランティニャンをくどいている。また山田宏一氏宛の書簡では、返事が遅れたことへの詫びに始まり、『アメリカの夜』の公開に合わせてシナリオを出版することができなくなったという近況や、出版された同名の小説が映画とはまったく関係がないので本の宣伝に映画の写真を使うことのないようにしてほしいといったことが書かれ、もし希望するなら『華氏451度』のシナリオと撮影日記を送るとの申し出で締めくくられている。米国の映画雑誌「フィルム・コメント」に掲載されたジョナサン・ローゼンバームによる『アデルの恋の物語』への辛口批評をめぐるローゼンバームへの書簡では、「厳しい批評を書くのは批評家の当然の権利だが、その後で私宛の(ローゼンバームの)手紙で同じ作品をほめてくれたのはどういう訳か?」と、かつては自らも辛口の批評で知られたトリュフォーが自分の作品への批評に神経質になっている様子をうかがわせる部分もある。(ローゼンバームの返事も収録されていて、その中で彼は「率直に言うとあなたが私の批評を読むとは思わなかったし、それにあの批評には大した影響力をはないですよ」と苦しい言い訳をしている。)ロング・インタビューをしたヒッチコックとの書簡も多く収録されているが、ヒッチコックからトリュフォーへの書簡で「映画のネタをどうやって見つけるのか教えてほしい。今のところ、私はまったくお手上げ状態だ。最近の映画ときたら、ネオナチだのパレスチナとイスラエルの戦いだのばかりで、しかもちっとも人間ドラマがない。アラブ人の出てくるコメディを見たことがあるかい?時々、私の事務所で働いているペギーとスー、アルファを使って素晴らしいコメディが作れるんじゃないかと思うよ。ただし問題はこの中の誰かを殺さなきゃならないことだけど」と、ユーモアでカバーされた巨匠の不満と悩みが明らかにされ、興味深い。このほか本書には、トリュフォーの直筆の書簡(あまりうまい字ではない)や、映画スチールやスナップ写真も多数掲載されている。

 なお、トリュフォーとは共にヌーヴェル・ヴァーグを旗揚げした旗手でありながら、その後意見の相違から決裂したゴダールが、かつての盟友への複雑な思いをこめて序文を書いている。序文の結びは「フランソワは多分死んでいる。私は多分生きている。しかし、そこに違いがあるのだろうか?」。

 全590ページ。


<入手先>
 94年3月、加シアターブックスにて14.99加ドルで購入。


前の画面に戻る    初期画面に戻る

ホームページへの感想、ご質問はこちらへどうぞ

99年4月11日作成